2009年9月21日 (月)

弦楽合奏の名曲

弦楽合奏の名曲を聴いた

弦楽合奏の名曲といえば、モーツァルトの「アイネ・クライネ」がまず頭に浮かぶだろうが、私的にはチャイコフスキーの「弦楽セレナード」に止めを刺す。流麗でメランコリックな旋律は、いつ聴いても胸が熱くなる。もっとも、チャイコフスキーはモーツァルトが大好きで、弦楽セレナードを書くきっかけとなったのが「アイネ・クライネ」だというから面白いチャイコフスキーには「フィレンツェの思い出」という隠れた名曲もある通常は弦楽六重奏で演奏されるが、弦楽合奏版もあってこれまたロマンチックな佳曲

さて、私はもともと叙情的な弦楽合奏曲が好きだが、チャイコフスキーのほかにも大好きな曲が沢山ある。同じ弦楽セレナードのくくりで言うと、ドヴォルザークの「弦楽セレナード」。これはチャイコフスキーのそれよりも前に作曲されていて、ブラームスのセレナードを手本にしているようだ。エルガーの「弦楽セレナーデ」もいい曲だ。イギリス人らしい穏やかで優しい心休まる曲だ

グリーグの「ホルベア組曲」も素晴らしい。バロックの様式を模倣して描かれていることもあり、端正で優雅な曲。バロック音楽といえば、レスピーギの「リュートのための古風な舞曲とアリア」。この中の第三組曲は弦楽合奏で演奏されるが、特に第三番の「シチリアーナ」は有名。哀愁あふれるメロディは一度聴いたら忘れられない

時代は下って、アメリカの現代作曲家バーバーの「弦楽のためのアダージョ」も名曲中の名曲。10分にも満たない小品だが(もともと弦楽四重奏からの編曲)、叙情と情熱を兼ね備えた旋律は胸を打つ。かのケネディの葬儀に使われて有名になった。バーバーと同じ時代のシェーンベルクが作曲した「浄められた夜」。「女が見知らぬ男に身を任せ妊娠した・・・・」云々、内容はエキセントリック?だが、音楽はうねるような情念に満ちている。シェーンベルクが無調音楽に足を踏み入れる直前の音楽である。独立した楽曲ではないが、しばしば単独で演奏されるマーラーの第五交響曲のアダージェットは感情吐露=ロマンチックの極致といってよいだろう。ヴィスコンティの「ベニスに死す」のテーマ音楽にもなった

以上、思いつくままに挙げてみたが、どれもこれも大好きな曲で、演奏会やFMで放送されると胸がワクワクする。さて、やっと本題になるが、もうひとつ弦楽合奏の名曲を発見した。ラジオやCDでは聴いていたのだと思うが、生演奏を聴いて圧倒されたのが、リヒャルト・シュトラウスの「メタモルフォーゼン(変容)」(アルミンク指揮の新日本フィル定期)。シュトラウス最晩年の作曲だが、第二次世界大戦の終戦前後に、祖国ドイツが荒廃してゆく様を嘆き、悲しみ、絶望し・・・・その思いを託した名曲である。しかし、その音楽は悲しみから生まれる甘美ともいえる曲想が、聴く者の胸を打つ。永遠に続くかと思われる息の長い旋律が体全体に浸み込み、心を溶かしてゆく

編成が面白い。弦楽合奏ではあるのだが、Vn10,Va5.Vc5,Cb3の弦楽器23丁が合奏ではなく独立して演奏するのであるつまりスコアが23段あるということ。シュトラウス一流の精緻な書法によるが、テクニックが表に出るのではなく、音楽として非常に豊かで悲痛な叫びが聞こえてくる名曲名演奏であった

http://www.youtube.com/watch?v=DRbf71sdTrwアドレス貼り付けてご覧ください。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月30日 (日)

未完の名曲

昨年に続き、親銀行(三菱東京UFJ銀行)のオーケストラ演奏会に行った。

私の同業(兄弟会社)の社長さんが、このアマチュアオケでクラリネットを吹いていてお誘いを受けたのである。

場所は墨田トリフォニーホール。曲目は

ウエーバー:魔弾の射手序曲

シューベルト:交響曲第7番(未完成)

サンサーンス:交響曲第3番(オルガン付)

という魅力的なプログラム。

聴きものはメインのオルガン交響曲。いままで何回となく聴いている名曲だが、ライブで聴くとオルガンの音が小さいことが多い。今日の演奏はオルガンの音色がよく聴こえてとてもよかった。空気の振動する様を実感できるのは快感である。特に、第一楽章の後半はオルガンとオーケストラ、特に弦楽器の掛け合いがとても美しく、まるで大聖堂でミサを授かっているような雰囲気であった。オケも熱演で、終盤の盛り上がりが感動を与えた。

さて、問題・・・・というか、驚いたのは未完成。こんなゆっくりとしたテンポの未完成を聴いたのははじめてである。アマチュアのオケだからテンポを落としているわけではない。指揮者(山口哲人)の解釈である。第一楽章の終わりでは、演奏がストップしてしまうのではないかと、ハラハラしたほどである。経過部分のホルンのソロなどは引っ張るだけ引っ張って吹いていて、よく我慢したと思う。

テンポが遅いだけではなく、伸縮もユニーク。解釈も重厚で、金管群もかまわず強奏する。まるで、ワーグナーを聴いているような錯覚を覚えた。あるいは、かのフルトヴェングラーが未完成を振ったらこんな具合になるのではなかろうか?最近は、躍動感あふれるスッキリとした演奏が多い中で、こうした重厚な解釈は珍しい。その意味で大変楽しめた演奏ではあった。

社長さんのクラリネットはこの未完成に登場。クラリネットソロはとても品のよい雰囲気のある演奏でさすが。

アンコールは、エルガーの威風堂々。大いに盛り上がった。再来年の2月~3月ころ、銀行合併5周年を祝し、銀行オーケストラと銀行合唱団の共演でベートーヴェンの第九を演奏するらしい。合唱団の人数が足りないので、私の合唱団にも出演依頼が来ている。アンコールには、この威風堂々を歌いたいな。私は二度ほど合唱付の威風堂々を歌ったが、大変気持ちよく、歌いたい曲である。

さて、来週は銀行合唱団の演奏会である。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年8月18日 (火)

七色銀の鈴

前回号で、藝大学長の宮田亮二さんの話をしたのだが、今日の日経新聞朝刊をみて驚いた。

日本を代表する「金属工芸家」宮田藝大学長の一番ポピュラーな作品が、東京駅地下グランスタにある「銀の鈴」。なんと、日経の「首都圏けんてい」欄でグランスタが紹介されていて、宮田さんの「銀の鈴」が大きく採り上げられていたのである。

これもシンクロか?大体において、私はこの手のシンクロが多い。ちなみに、シンクロとはシンクロニシティのこと。竹内まりやの歌ではなく(笑)、ドイツの心理学者カール・ユングによって提唱された共時性=偶然の一致のことである(乱暴な言い方で正確性に欠くがお許しいただきたい)。

新聞記事によると、現在の銀の鈴は4代目。描かれている図柄は、前回紹介した宮田さんが得意とするシュプリンゲン=イルカが描かれていて、これはJRならではの旅立ちを表現しているそうだ。ちょっと、こじつけ気味だが、なるほど!

この四代目銀の鈴はグランスタ開業にあわせて付け替えられたものだが、最近下部からライティングされるようになった。しかも、七色光線(表現古いが)で時間に応じて色がくるくる変わる。これは、ちょっと品がないなあ。いくら、宮田さんが遊び心に富んだ、フットワークの軽い人でも、ここまでくるとやりすぎ感がある。七色光線は後から別の人が付け足したのではないかと考えるが、どうだろうか。

St340464 St340465 St340470

さて、今夏休み特集としてNHKハイビジョンで「絶景シリーズ」と銘打ったヨーロッパの紀行番組をやっている。日曜日はフランス特集。先日旅行してきたばかりなので、つい全編4時間見てしまった。

今夜は早く帰宅してテレビをつけると「ドナウ川」シリーズをやっていた。フランスもドナウ川もかつての特集番組を再編集したものだが、ハイビジョン画像は大変美しい。今夜も全編2時間タップリ観てしまった。二年前にやはり家族旅行でオーストリー、チェコ、ハンガリー中欧三カ国を観光したので、懐かしい画像のオンパレードだった。

今夜のドナウ編は画像もよいが、バックに流れる音楽がハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ヨハン・シュトラウスなどなど名曲揃い。目も耳も楽しませてもらった。シュトラウスの「美しき青きドナウ」ではじまり、イヴァノヴィチの「ドナウ川のさざなみ」で終わる選曲も心憎い。

特筆すべきは、ソプラノの幸田浩子ちゃん(「ちゃん」というのは、いつもFM番組の「きままにクラシック」で相方の笑瓶が呼んでいる)の5年前の可愛い姿が見られること・・・・もちろん、歌声も素敵である。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (2)

2009年8月16日 (日)

藝大学長からのエール

「題名のない音楽会」は大昔から親しんでいるクラシック音楽番組。ギネスブックにも登録されている長寿番組だ。

先週、今週と45周年記念「伝説の名場面スペシャル」をやっていた。司会者は黛敏郎、武田鉄也、羽田健太郎、いまの佐渡裕へと続くが、どれもこれも懐かしい想い出でいっぱいだ。特に驚いたのは、30年前に録画された岡本太郎のピアノ。岡本はアンチ・音楽論者だと紹介された。絵画はどんな下手な人でも描けるが、音楽は楽器を介在しないと演奏できないからだという。なるほど、と思ったが、この言に反して、岡本太郎の弾くピアノは凄かった。ショパンの軍隊ポロネーズ。もちろん、完璧な演奏ではなかったが、グランドマナーというか堂々とした演奏スタイルは、分野は違うが、一流と呼ばれる芸術家は凄いと感じ入った次第。

また、美空ひばりの「トスカ」。「歌に生き恋に生き」の堂々たる貫禄。まさに、この題名からして、名実ともに美空ひばりに書かれた曲のようではある。

http://www.youtube.com/watch?v=HX2U_VN0jN0

さて、なぜかこの記念番組に、東京藝大学長の宮田亮平さんが出演していた。彼は、司会者の佐渡裕の友人で、佐渡の「題名のない」初回番組に友情出演したそうだ。なぜ、親しいか・・・・・宮田さんは生まれが新潟県の「佐渡」だから・・・・と発言していたが、なかなか宮田さんは面白い人である。いや、初めて尊顔を拝したが、フットワークが軽くユニークな人・・・・・とても学長とは思えないノリのよい人なのだ。爆笑問題のテレビ番組に出演するし、大学構内を自転車で乗り回す。私自身も、周りから「とても○○に見えない」と陰口をたたかれているようだが、私は「軽い」、宮田さんは「ノリがいい」レベルは違うが(笑)・・・・・親近感を感じる。

Miyata2

このブログで宮田さんを採り上げたのは、もちろんマルガツで10月に藝大さんとのコラボレーション(オペラ・ガラコンサート)があるからだ。宮田さんの作品を見たければ、東京駅の地下、最近評判のグランスタに行ってみるといい。そこにある「銀の鈴」が宮田学長の作品である。彼はわが国有数の金属工芸家である。特に、シュプリンゲンというイルカをモチーフにしたシリーズは、銀の鈴でも見ることができる。

10101624761_s

宮田学長は、題名のない音楽会の番組の中でこう言っていた「題名のない・・・・はこれから美術とのコラボレーションをやったらいい」。また、「藝術に枠を作ってはダメだ」とも。藝術教育に携わる人たちへの要望として、異分野への挑戦をどんどんやってほしいという話だったが、私には丸の内合唱団へのエールに聴こえたのである。ほかの合唱団にないユニークなマルガツらしさを大切にしてほしいものである。

音楽ブログランキングここをクリック

| | コメント (10) | トラックバック (0)

2009年7月22日 (水)

巨星墜つ! 若杉弘

名指揮者 若杉弘が亡くなった。享年74。ダジャレではないが「若すぎた」死である。

Msc0907220009000n1_2 

若杉は大好きな指揮者だった。著名な日本人指揮者としては小澤征爾にトドメを刺すが、実力的には若杉のほうが上だったような気がする。そのキャリアをみれば、ケルン放送響首席指揮者、ドレスデンシュターツカペレ常任指揮者、バイエルン国立歌劇場、ドレスデン国立歌劇場、ラインドイツオペラ音楽総監督(以上wikipedeia)など特にドイツ圏でのオペラ指揮者としてのキャリアは素晴らしい。日本でも、東京都交響楽団音楽監督、最晩年は新国立劇場の芸術監督を務めている。

私の若杉への思い入れは、40年以上も前、中学校の頃におそらく初めて聞いたコンサートの指揮者が若杉だった頃から始まる。平塚の市民会館の読響公演で、ブラームスの1番を聴いたのをはっきり覚えている。赤ちゃんが生まれてはじめて見る親のような感覚である。

その後かなり時代は下るが、都響音楽監督時代のマーラー全曲演奏会(1988年~)、これに続くワーグナーチクルスは素晴らしかった。今でこそマーラーの全曲演奏会は珍しくないが、当時としてはかなり画期的なもので毎回胸をわくわくさせながらサントリーホールに足を運んだ。若杉のタクトは非常に明快で、各旋律をクッキリと浮かび上がらせるところに快感が生まれる。奇をてらったところのない演奏だが、ダイナミックレンジも大きくメリハリが利いている。指揮振りもスマートでカッコよいのだ。

124_100

マーラーで感動したのは、2番、3番など声楽が入る曲。大曲なのでソリストは通常楽章の合間に入場するのだが、若杉は前の楽章の途中、フォルテの総奏でシンバルがジャーンと鳴るような時にソリストを入場させた。まるで歌舞伎俳優が大見得を切って花道から舞台に上がるような心憎い演出で、なんてカッコよい・・・・思わず鳥肌がたったものだ。

面白かったのは、ワーグナーチクルスの一夜。アンコール?を演奏する前だったと思うが、若杉が客席に向って挨拶をした。その時発した言葉が「毎度ありがとうございます・・・・」。クラシックコンサートに「毎度あり」はいかにも似合わず、思わず苦笑したのを覚えているが、意外と庶民的な感じがして親しみが持てた。

その後彼の演奏会とは遠ざかっていたが、数年前横浜能楽堂での公演で彼と出くわした。よく覚えていないのだが、演目は「井筒」だったと思う。あつかましい(笑)私としては嬉しくなって休憩時間に声を掛けた。新作オペラで同じ演目を演奏するのでお能を観に来ていたということだった。研究熱心な人だなと感心したことを覚えている。

また、ある方のご紹介で日本舞台藝術振興会の新年会に行ったとき、若杉夫妻が来ていた(奥様は著名なアルト歌手長野羊奈子)。このときも二言三言お話をしたのだが、「ぜひ新国(新国立劇場)にもきてください」と熱っぽく語っていたのを思い出す。晩年は、新国の盛り上げに傾注していたのだ。

若杉は「オペラの子」であり、現代オペラ曲の日本初演を数多く手がけるなど、日本のオペラ界に貢献した功績は非常に大きい。ますます円熟の域に達するのを楽しみにしていただけに惜しまれてならない。ご冥福をお祈りする。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2009年7月 9日 (木)

異形(いぎょう)の「運命」

いやー、驚いた。そして、めちゃくちゃ楽しかった。感動したかは別として・・・・・「運命」、そうベートーヴェン第五交響曲である。

合唱団員にはネタバレだが、ある方からコンサートのご案内をいただき、サントリーホールに出かけた。仕事が遅くまであったので、後半からしか聴くことが出来なかったが。プレトニョフ指揮のロシア・ナショナル管弦楽団のサントリー公演で前半がベト7で後半が運命。

0907e3839fe3838fe382a4e383abe383b_2 

休憩時間に舞台を見ると、最近では珍しくなくなった「対向配置」。そう、このブログでも何回か紹介した、バイオリンが第一、第二と左右に分かれる配置のことである。これは、ビブラートを抑えたピリオド奏法で、颯爽と演奏する、流行のスタイルかと思い込んでしまった。

ところが、である。全く期待を裏切られた。といって、ドイツ伝統風の重々しい解釈でもない。なんと言ってよいか、本当に「変な」音楽なのである。第一楽章の出だしからして、なんて遅く、重いのだろうとビックリさせられる。確かに全体に遅めの運びなのだが、テンポがくるくる変わる。さらに、オーケストラ、特に弦楽器がテヌートかつマルカートで、これでもかと弓を一杯に使って弾きまくる。インテンポで推進力に富んだ音楽に慣れた耳には、なんとも居心地の悪い演奏なのである。

しかし、ここまでやりたい放題徹底してやられると、すごく楽しくなってくる。指揮ぶりは無骨で細かな指示も出していないように見えるが、聴こえる音楽は変幻自在なのである。チャイコフスキーなどお国柄のロマンチックな曲目ではフィットすると思うが、ベートーヴェンの音楽とは似て非なるもの。噂によると、逆にロマン派はインテンポで指揮したりするらしいから、彼には時代考証なんて関係ないのだろう。作曲家○○の音楽ではなく、まさにプレトニョフの音楽である。ここまでくれば、喝ではなくアッパレを差し上げたい(笑)。このブログのサイドバーのMixpodを聴いてほしい。

それにしても、オケはやはりロシアのオケ。なんとも音がデカイ。金管はいうに及ばずだが、弦楽器の隆々たること。特にチェロの豊かで豪放な音、ビオラの深い響きは日本のオケでは絶対に聴けない。快感そのものである。アンコールに、バッハの「G戦上のアリア」が演奏されたが、通常の編曲とは異なり(ストコフスキー編曲?)、チェロを思いっきりフィーチャーしたもの。おそらくこのオケのチェロが自慢なのだろう。

こんな演奏はめったに聴けるものではない。感動はしなかったけど、めちゃくちゃ楽しかった。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年6月 6日 (土)

熱狂の日 再び

教育テレビの「藝術劇場」で今年のラフォルジュルネ(熱狂の日)の特集をやっていた。

この番組をみて驚いた。テレビ番組で4つのコンサートが紹介されていたが、このうち2つが、私の聴きにいった演奏会だった。具体的には、ビオンディのヴィヴァルディ「四季」。バーバラ・ヘンドリクスのペルコレージ「スターバト・マーテル」。いずれもこのブログで紹介している。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-6e63.html

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2009/05/post-9f99.html

あまたコンサートがあったなかで、この確率は我ながら凄いと思う。自慢話ではないけれど、私の選曲眼もなかなかのものでしょ(笑)。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月27日 (水)

合唱団はお呼びじゃない?!

前回ブログの続きである。合唱団がいらないというのは、大問題である。

バッハの宗教曲を聴いていて、近年の流行は合唱の各パートを1人で歌う・・・場合によってはソリストを兼ねるという、大変な演奏方法が定着しつつあることである。

これをOVPPという。ブランデーのVSOPではない(もう死言だが)。One Voice Per Partの略である。ラフォルジュルネ(熱狂の日)のリチェルカーレ・コンサートの演奏はまさにこのOVPP。最後に聴いた、鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンによる「ヨハネ受難曲」でも、各パート1人ではなかったが、合唱はパートあたり3人程度に刈り込んでいた。

なんで、こんなことになったのか?最近の不景気の影響で演奏にもコストカットが求められているのか・・・・・いや、ちゃんと理由があるのである。一昔前までは、バッハの宗教曲では大人数の合唱とソリスト、そしてちゃんとしたオーケストラがついていた。ところが、前回のブログでも述べたように、作曲当時の演奏をそのまま再現するという潮流が大きくなり、必然的にオーケストラも声楽も少人数になってきた。バッハでも、これまた有名な「ブランデンブルク協奏曲」もオーケストラ各パート1人の演奏形式も当たり前になってきている。

考えてみるに、バッハの複雑かつ絡み合うポリフォニーの処理、繊細な表現、言葉の明瞭性などを重視すれば、各パートの数を減らしたほうが良いことは明らかである。我々、丸の内合唱団がモテットを歌った際も、特にあの気の遠くなるようなメリスマを100人規模の合唱団で歌うことの難しさを、いやというほど味わった。なかでも言葉の表現力は大切で、音楽学者の礒山雅さんは「バッハのカンタータは単なる音楽ではなくて、人間として生きるうえでの宗教的なメッセージである。それには言葉を重視した演奏でなければならない。」「そして、それ以上に大切なのは、歌手一人ひとりが人間的なレヴェルで音楽とかかわりを持つこと。演奏者全員が親密な関係をもち話し合いながら音楽を作ってゆくことだ」と言っています。大人数の合唱では、そうした目標の達成がなかなか難しいのは確かなのである。

メリスマで思い出したが、最近は例えば、ホホホホとかハハハハと各音符を切って歌うのは古めかしい歌い方らしい(合唱団の団友の話)。別の合唱団の指導者も、そういう歌い方は間違いだと指摘していた。熱狂の日でも、プロの歌い手はメリスマは各音符の音価を保ちながら「レガート」で歌っていた。我々、マルガツにこのように歌えといわれても難しいだろうが・・・・・。

J_rifkin

さて話を戻すと、こうした傾向に拍車を掛けたのが、音楽学者であり指揮者でもあるジョシュア・リフキンの考証である。リフキンはバッハの時代、ライプチッヒの合唱隊は様々な理由で人数を確保する事が出来ず、原則各パート1人で歌っていたことを突き止めた。それどころか、ソリストと合唱の区別がない・・・つまり、オーケストラとソリスト4人(合唱を兼ねる)で演奏したというのだ。これはまだ、定説にはなっていないが、現時点では有力な説として認められている。実は、このOVPPはリフキンが提唱した演奏形式で、日本ではリフキン方式とも呼ばれている。実際、リフキンは「ロ短調ミサ曲」でこのOVPPを実演している(CDもある)。

マルガツがアンコールで歌った「主よ人の望みの喜びよ」はリフキンの演奏ではこうなります。http://www.youtube.com/watch?v=Q2MVohd9yJE

いずれにしても、各パート1人なんてことになると、合唱団の出番はなくなるし、仮に歌うことになってももの凄いプレッシャーだろう。以前、マルガツの練習でバスパートが私1人しかいなくて、大変往生した。OVPPなんてとてもじゃなけれど、勘弁、勘弁。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月24日 (日)

女性は教会で黙すべし

大分間が空いてしまったが、ラフォルジュルネ(熱狂の日)の続きを書きたい。

今回の一連のコンサートで、一番驚き、最も感激したのは「カウンターテナー」の上手さであった。カウンターテナーとは成人男性が主にファルセット(裏声)を使って女声の音域(アルトが多い)を歌うこと、あるいは歌う歌手のことである。

わが国でこのカウンターテナーが広く知られるようになったのは、「もののけ姫」を歌った米良美一を嚆矢とする。もちろん、米良はもともとクラシックの歌手なのだが、最近は合唱を聞きにいっても、男声がアルトに混じって歌っているのをチラホラ見かけるようになった。バッハのカンタータ、ミサ曲などの宗教曲でも、いまやカウンターテナーが大活躍、女声歌手(主にアルト)の存在を脅かすまでになっている。

この背景には、1970年代からバロック音楽を席巻しつつある、古楽器演奏の潮流がある。例えば、バッハを演奏する際には当時の楽器=古楽器、オリジナル楽器を使うという流れである。確かに現代楽器はロマン派の時代を経て、大きく、そして輝かしい音が出るように改造されたもので、バッハの時代に演奏されていた音とは大きく異なる。楽器そのものばかりか、ピッチを低く取ったり、演奏方法もビブラートをほとんど掛けない「ノンビブラート」の演奏が主流になっている。

となると、必然的に声楽も当時のオーセンティックなものが求められるようになってくる。実は、当時ヨーロッパ教会では「女性は黙すべし」という、今考えるととんでもないシキタリがあって、歌を歌うことが出来なかったらしい。まあ、男尊女卑の考え方は洋の東西を問わずあったわけで、芸能では日本も能楽や歌舞伎は女性ご法度であった。したがって、教会では少年がボーイソプラノとして女声パートを歌っていたが、少年では表現力に限界があるため、アルト部分を成人男性が裏声で歌うようになったのである。

Art_028

現代の古楽演奏が行き着くところ・・・・・バッハの時代の演奏を再現するという目的には、カウンターテナーがなくてはならないのである。10年以上前までは、カウンターテナーも少数しかいなかったし、日本でも好奇の目で見られていたことは確か。しかし、今回の熱狂の日では、素晴らしいカウンターテナーに接することが出来た。ヴィオラ・ダ・ガンバの名手でもあるフリップ・ピエルロ(上記写真)率いるリチェルカーレ・コンソート(ベルギー)の演奏で聴いた、カルロス・メナその人である。

演奏曲目は、

①ヨハン・クリストフ・バッハ:ラメント(哀歌)「ああ、私の頭が水で満ちていたら」

②バッハ:カンタータ第4番「キリストは死の縄目に繋がれたり」bwv147

③バッハ:カンタータ「主よ、深き淵よりわれ汝を呼ぶ」bwv131

Menacarlos2

リチェルカーレ・コンソートの演奏は、しみじみとした情感に満ち、深い精神性をたたえた演奏。本当に良いものを聴いたなという感想であった。特に、カウンターテナーのメナの声は素晴らしい。正直、冒頭で採り上げた米良美一の「カウンターテナーってこの程度」という概念を大きく打ち破る大変立派な声なのだ。言葉では言い表せないもどかしさああるが、芯のある伸びやかな声。音量も十分でノンビブラートの艶やかな音の塊が、聴く者の胸をついてくる。それでいて押しつけがましくない端正な表現。中性的という表現は当てはまらないが、男性にない色気も感じさせる、なんともいえない生理的に美しい声なのだ。

このコンサートの前に、ペルコレージの名曲「スターバトマーテル」(悲しみの聖母)を聴いたのだが、ソリストは著名なバーバラ・ヘンドリクス。しかし、その大きなビブラートには正直幻滅した。60歳という年齢のせいもあろうが、女声にはビブラートが付きまとう。宗教曲はやはりノンビブラートの清純な声で聴きたいものである。この点、カウンターテナーでは、ほとんどビブラートがかからず、清明な神の世界に遊ぶ雰囲気に浸れるのである。

このあと、書きたかったOVPP・・・VSOPじゃありません(古い!)、One Voice Per Partについては、長くなったので次回に回します。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年5月18日 (月)

現代浪漫主義

日曜日に日本の現代音楽を聴きにコンサートへ行った。

現代音楽は難しくて、眠くなるあるいは寝させてくれない(笑)曲が多いが、今日の曲は現代浪漫主義。とても良かった。会場はミューザ川崎シンフォニーホール。東京交響楽団のコンサートです(指揮:大友直人)。

Otomo3

曲目:
    *坂本龍一/映画「戦場のメリークリスマス」テーマ曲
    *三枝成彰/NHK大河ドラマ「太平記」より
    *三枝成彰/映画「優駿 ORACION」より
    *服部隆之/TBS日曜劇場「華麗なる一族」より
    *羽田健太郎 交響曲「宇宙戦艦ヤマト」

これがクラシックかと訝しがる向きもあるかもしれませんが、れっきとしたクラシック。坂本龍一(東京藝大)、三枝成彰(東京藝大)、服部隆之(パリのコンセルヴァトアール)、羽田健太郎(桐朋ピアノ科)とくれば、れっきとしたクラシックをベースにした作曲家たちです。三枝さんにいたっては、80年代はまさに前衛現代音楽の作曲家だったが、90年代になって現代浪漫、ネオ叙情派ともいえる作風に大転換したのが大変興味深い。

「戦メリ」は乾いた叙情が涙を誘い、「太平記」「優駿」はいかにもドラマ・映画音楽らしく優しいメロディラインと豪勢な盛り上がりを兼ね備えた名曲。やっぱり、日本人の心情のツボにぴたりはまる美しさです。新世代の旗手である服部さんの「華麗なる」は凝ったつくりの曲で、ドラマの登場人物の葛藤を描いて余すところがない。

お目当ては東響コーラスでもあったのだが、流石によくトレーニングされていて、声の均一性、厚みが素晴らしい。ヴォカリーズだけしかなかったのが残念であった。

Images

さて、ハネケンの「ヤマト交響曲」は1時間にもなんなんとする大曲。宇宙戦艦ヤマトはポップス作曲家の宮川泰によるものだが、このモチーフをハネケンは大叙事詩交響曲に仕上げた。

申し遅れたが今回のコンサートは、東響の東京藝術劇場シリーズ100回記念。曲間に大友さんの説明が入る異例な展開。大友さんから「普通ならマーラーやエルガーの合唱付の大曲を選ぶのだが」というコメントがあったが、どうやら東響の前身の東宝交響楽団が映画音楽を演奏していたことから創立時のDNAが脈々と受け継がれていること、そして大友さんがこの「ヤマト交響曲」の初演者であり、とても思い入れがあることが選曲の理由のようだ。

大友さんは、25年前にN響を指揮して初演しているが、このときのハネケンの精魂を込めた作曲振りなどのこぼれ話を披露していた。解説の途中で、先年、働き盛りに亡くなったハネケンのことを思い出して、思わず涙ぐむシーンもあって感動的であった。

曲は大変立派なもので、ヤマトのメロディーが全編にちりばめられ、ある時はチャイコフスキー風、またあるときはブルックナー風の音型が顔をだしてとても楽しい。ハネケンの才能がフルに発揮されている。特に聴きものは第4楽章で、なんとピアノ(若林顕)とヴァイオリン(大谷康子)のドッペル・コンチェルトに仕立て上げられている。ハネケンは自らがソロを弾くためにピアノを挿入したのだが、このピアノが素晴らしい。両手が縦横無尽に鍵盤を走る楽想は、ラフマニノフもかくやと感じるほどのグランド・マナーである。ハネケンは大変なヴィルトーゾとして名を知られていたが、ピアノの若林にハネケンが乗り移ったかのような熱演で、感動的であった。

こうした素晴らしい現代日本の浪漫主義音楽に、もっと光を当ててほしい。そして、録音され広く世の中に聴かれることを願ってやまない。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (4) | トラックバック (0)

2009年4月29日 (水)

バッハ=熱狂の日オープニングコンサート

丸の内に大聖堂が出現した。

私のブログでもことあるごとに、丸ビルマルキューブはヨーロッパの大聖堂の響きがあると絶賛してきたが、それが現実になったのだ。

今日、丸の内合唱団のスポンサーさんにチラシを届けに行く帰りに丸ビルに立ち寄ったら、ちょうど「熱狂の日」と並行して行われる「丸の内ミュージックイベント」のオープニングセレモニーと出くわした。

マルガツ広報担当のMさんとランチを済ませ、コンサートを覗きにいった。客席には総監督ルネ・マルタンの姿も。マルタン氏にご挨拶しようと待ち構えていたのだが、彼は一曲目でそそくさと退出され残念。スポンサーのH部長さんは、相変わらずかっこよく決めている。

ステージも完成されていて、東京メトロポリタン・ブラスの四重奏が演奏された。トランペット2、トロンボーン、チューバの編成でメロウな響きがなんとも心地よい。金管は強奏するばかりではないのだ。ステージ奥中央には、立派な電子オルガン(ロジャース)が鎮座していて、飾りの?パイプもついている。オルガンの上には、普段は厳粛な顔だが、大バッハの笑顔が・・・・・・。

我々丸の内合唱団はミナエ先生のオルガン演奏をバックに歌うんだなあと考えると、俄然やる気が湧いてきた。

St340400

さて、夕方はこれまた偶然にも会社のアドヴァイザーと丸ビルで会食の機会があり出かけたのだが、運よくオルガンコンサートを聴くことが出来た。森武靖子さんのソロでバッハを三曲。教会といえばパイプオルガン、いやー、まさに大聖堂の響きに感激です。一階フロアでも素晴らしいが、三階あたりで聴くと、吹き抜けの空間にオルガンの重厚かつ柔らかな響きが満ち満ちて、なんともいえない感動を味わうことが出来た。マネジメント担当のKさんと短い話をした。音響調整に苦労されたようだが、とても自然な響きである。

St340402

曲目は、まずフーガト短調。小フーガとして有名な小品である。ソプラノから足鍵盤(ペダル)のバスに至るまでクッキリとした旋律が美しい。

二曲目はオルゲルビュヒライン(オルガン小曲集)から第24曲「おお人よ、汝の大きな罪を嘆け」。これは受難節のための小曲だが、高音部に以前このブログでも述べた「十字架音型」が現れ、バス=足鍵盤は半音階的な進行で、キリストのゴルゴダの丘への道行きを現す・・・・という深い悲しみの曲。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-1559.html

最後にパッサカリアハ短調が演奏された。例の「トッカータとフーガ ニ短調」と並び称されるバッハオルガン曲の名曲。15分近い変奏曲の大曲だが、まさに壮麗で重厚なオルガンの響きに魅了された。特に足鍵盤の深く大きな響きは圧倒的である。

このオルガンをイベントのためだけに使うのはもったいないような気がした。丸ビルは素晴らしい大聖堂なのだから、定期演奏会をやってほしいものだ。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月21日 (火)

青春アカペラ甲子園

女ポール・ポッズ

K10054889011_01

昨日、友人が教えてくれた「ズーザン・ボイル」という女性アマチュア歌手?。帰宅してユーチューブに見入ってしまった。Britain's Got Talent(ブリテンズ・ゴット・タレント)というイギリスの公開オーデション番組で賞賛された「事件」である。日本のテレビでも放映されたようで、家人も知っていた。

今年の4月11日というから、つい最近のこと。お世辞にも美しいとはいえない容姿の(差別しているわけではない)47歳の中年女性。ステージに登場した時点では、会場の失笑をかっていたのだが、ひとたび歌いだすと、その美しく張りのある声に聴衆は騒然。審査員も万票の最高点を与えた。歌はミュージカル「レ・ミゼラブル」の「夢破れて」。まさに名歌名唱。感動を与えること間違いない。容姿と歌のギャップの大きさといってしまえばそれまでだが、いまや中年女性(彼女はキスもしたことがないという)のドリームストーリーとして、瞬く間に世界中で有名になっている。

http://www.youtube.com/watch?v=hZTmbmvYSm0

この番組を見て、思い出したのが、以前にブログで紹介したポール・ポッズ。同じ番組、同じ設定・・・・・・ちょっと出来すぎているような気もするが、まさに女ポール・ポッズなのであります。男ポッズも女ボイルも、見る者に感動と勇気を与えてくれます。皆さん、一見いや必見ですぞ。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_eb19.html

さて、本題に入ろう。最近は会社で嫌なこと、疲れることがまとまって起こっていて私は元気がない(Oさんのせいではありませんよ)。久しぶりに、早く帰宅して食事をしながらテレビを見ていたら、面白い番組をやっていた。「青春アカペラ甲子園」。いろいろなアマチュアのユニットが登場して、アカペラで歌い、出来を競うというユニークな番組である。前身の「ハモネプ」から数えると7回目になる歴史ある?番組とのこと。

アカペラというとゴスペラーズを思い出すが、単に声部が分かれた(例えば混声四部)ユニットではなく、ボイスパーカッション(ボイパ)が入っているのが面白い。ボイパは様々な楽器(主に打楽器)の音色をそっくり口で表現する技術とされていて、人間業とは思えないような名人もいる。

http://wwwz.fujitv.co.jp/FOD/hamonep_index.html

ユニットは小学生から大学生、社会人?まで多種多様で、聴いていて実に楽しい。さぞや練習が大変だったろうと思うが、素晴らしいハーモニーを聞かせてくれる。なかには愛知県岡崎高校のコーラス部発祥のユニットも。このコーラス部は音楽コンクールで優勝の常連で、世界合唱オリンピックで一位に輝いたというツワモノ。そこのメンバーによるユニットだから上手くて当然。

我々丸の内合唱団からもユニットを誕生させてはどうだろう。フツーの合唱団ではない、マルガツにピッタリの企画だと思うが。

音楽ブログランキングここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月19日 (日)

バッハ、ミステリー作曲家としての実像に迫る

丸の内合唱団は、今夜は男声だけの特別練習。某女声役員?の「男声しっかりしろ」との叱咤を受けて、そこまで言われたくないとの思いを秘めつつ、がっつんと練習しました。二時間半歌いっぱなしで本当にヅカレダ。熱も出てきたみたい(笑)。でも、2回前のブログで、「感情に訴える」と私が絶賛したBWV227Jesu,meine Freude(イエスは、私の喜び)のバス433小節からのメリスマとシンコペーションのところを、ミナエ先生が同じように褒めてくれたので、とても嬉しかった。

バッハの音楽は、なんの予備知識がなくても凄いと感動させるものを持っている・・・・直近2回のブログで書いたことだが、もう一つ驚かされるのは、その作曲テクニックだ。数学的な精密さと象徴性=つまり暗号を備えていて、楽譜を解読してゆくと、さながらバッハはミステリー作家のように思えてくる。

良く指摘されるのが、バッハの数の象徴である。例えば、3は神の数(三位一体)、4は人間、7は神の神聖、10は律法と言った具合。14はバッハ自身をあらわす。BACHA=1,B=2,と当てはめて数を足してゆくと14になるからである。バッハ研究家として著名な礒山雅氏は、ロ短調ミサのグローリアを使って数の象徴を説明している。グローリアの冒頭は金管3本、3部の弦、3拍子でニ長調の3和音を奏でる。この部分は三位一体の神を賛美する部分。ところが、100小節目から音楽はぴたりと静まり調性がニ長調からト長調に下降するが、拍子も4拍子に変わって天上→地上世界の平和を願う音楽が奏でられる。声部の数は14となり、他ならぬバッハも地上の平安を願っていることを示す・・・・・とまあこんな具合である。モーツァルトのオペラ「魔笛」における3の数象徴はフリーメーソンを暗示すると以前のブログに書いたが、バッハの場合、同じような事象がさらに徹底されて盛り込まれているのだ。数の象徴を解き明かすことにより、作曲者バッハの意図を読むことができる・・・・これもバッハの音楽の楽しみでもある。

象徴は数だけではない。もっと分かりやすい事例として、音符の形態や音名などを通して、バッハは音楽を超えたものを提示しているのである。一番有名なのに十字架音型がある。これは、例えば、ソ、シ、ミ、ソの音符の連なりの場合に、ソとソを繋ぎ、シとミを繋ぐと線が十字架のように交差する。また、調性を示す記号の♯(シャープ=ドイツ語でまさにクロイツ)も十字架の象徴として扱われている。先にあげた礒山雅氏による500ページもの大著「マタイ受難曲」を読み返してみたが、バッハはマタイでも十字架音型や♯による象徴を、受難曲の場面や言葉に応じて、極めて有効に使っているのである。

こうした例は枚挙に暇がない。上記「マタイ受難曲」によれば、スタッカート=罪の棘。通奏低音のピチカート=涙のしたたり。二本のフルートの同じ音型連続=香油が注がれる様。通奏低音の不気味なうねるような動き=ユダすなわち蛇の例え。付点リズム=イエスへの鞭打ちなどである。

今回丸の内合唱団が「熱狂の日」で歌う、モテットを見てみよう(指揮者和田朗さんの説)。BWV227Jesu, meine Freude」の第一曲では、冒頭がテナーの跳躍音型が生き生きした喜びを、バスの安定した進行がイエスに裏付けられた平安を示す。

3曲「Unter deinem Schirmenアルトとテナーに八分音符を主体にした激しい動きがあり、サタン・敵の攻撃の激しさを語るものと考えられる。特に107・113小節のアルトは, Sturmen (嵐) erbittern (怒らせる)といった言葉の激しさを十六分音符をまじえた激しい動きで表現している。116・117小節では、 kracht (すさまじい音をたてる・雷鳴がする) blitzt (稲光がする)という言葉に対応して,鋸の歯の形に動く八分音符ひとつひとつに単語の1音節が付けられ,しかもパートによって繰り返し同じ言葉を歌ったり,他パートとずれて歌うことから,雷鳴や稲光のすさまじさが表現されている。119小節では、 Holle (地獄) schrekken (脅かす)という単語に対応して,h-molに一時的に転調して無気味なハーモニーを作り出しているし、臨時記号が多くなることから,不安定な響も感じとられる。

10曲「So nun der Geist des410・417小節 Toten (死者)という言葉は,常に全パートがそろって,それまでの四分音符の刻み(音楽の動き)を失っている。443~444小節 ソプラノ1の Geist は,あたかも天より生き生きとした霊が地におり人間の内に宿ることを象徴するかの様に下行してくる。
 

バッハは、こうした象徴あるいは暗喩をなぜ多用したのか?聴くものを楽しませるため?いや、断じてそれはないだろう。彼は音楽に象徴を盛り込むことにより、より高い次元の音楽・・・・神の高みに近づく音楽を作曲しようとしていたに違いない。相手は、聴衆ではなく、神に対して・・・・神のために音楽を捧げていたのだと思う。

だから、バッハの音楽を聴いて、あれやこれや象徴の意味を探るのはクラシックファンとして邪道なのか?

天国にいるバッハは微笑みながらこう答えるかもしれない「いやいや、私の音楽から象徴を見つけ出すことが、神へ近づく道なのですよ」と。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

いつかはマタイを歌いたい

さて、昨日のブログ「バッハは昔から好きだったけど・・・」の続きである。

社会人になってからは、四大宗教曲、すなわちマタイ受難曲、ヨハネ受難曲、ロ短調ミサ、クリスマス・オラトリオなどにも手を染め(正確には耳を染め)、バッハの奥深さを味わうことになる。

宗教曲だから詞があるのだが、日本人にとってはなかなか理解し難い。ドイツ語から日本語への訳を見ても、フツーの人はキリスト教の素養がないとチンプンカンプンかもしれない。私は中高がカトリックの私立校で、聖書の勉強会もあったので、クリスチャンではないが、なんとなく理解は出来る。しかし、仮に言葉がわからなくても、バッハの宗教曲、カンタータなどは音楽だけで十分に楽しめるのだ。

中でもマタイは素晴らしい。マタイについて語り始めると長くなりそうなので、マタイ(また)の機会にしたいと思うが、まさに人類の宝ともいうべき作品である。受難曲とは、キリスト教の4つの(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネの4人が書いた)福音書に基づく、イエス・キリストの受難をテーマにした宗教曲。ユダの裏切りやペテロの否認、イエスの捕縛と裁判、十字架上の処刑、そして復活が・・・・・独唱、合唱、オーケストラにより劇的に展開される。古今東西、多くの作曲家が受難曲を書いているが、バッハのマタイは最高峰、いや世の中の全ての音楽の首座に位するかもしれないほどの素晴らしさである。

受難曲すなわち本来は教会典礼用の形式を借りながら、バッハのマタイは「人間の罪」と「神の愛」という極めて深遠なテーマが、ある時は激しく、ある時は粛々と語られてゆく。しかも、極めて主情的で人間的な衝撃を聴く者に与えるところが凄いのだ。まさに演奏者も聴衆もともにイエスの受難を追体験することになるのである。最も古いマタイの録音のひとつメンゲルベルク指揮・アムステルダムコンセルトヘボウ管弦楽団の演奏を聴くと、聴衆のすすり泣く声が録音されている。いや、合唱もソリストも・・・・オーケストラも泣いていたに違いない。演奏に関わったものが皆涙するような曲を私はほかに知らない。

今年の「熱狂の日」、丸の内合唱団の出し物はバッハのモテット。これでバッハの素晴らしさを「体感」した私としては、いつかはマタイを歌ってみたい。その思いがますます強くなっている。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年4月18日 (土)

バッハは昔から好きだったけど・・・

今年のラフォルジュネ(熱狂の日)で丸の内合唱団はバッハのモテットを採り上げる。我々マルガツのレベル&練習量からすると、かなりの難曲で、皆四苦八苦している。かくいう「楽譜も読めない」私も非常に苦労しているのだが、反面バッハを歌うのはとても楽しい。生理的に楽しいのである。

思えば、昔からバッハは好きだった。私がクラシック音楽を聴き始めたのは小学生高学年だから。もう、40年も前のことになるだろうか。別に裕福な家庭ではなかったので、ビクターの小さなステレオを買ってもらい、なけなしの小遣いを貯めてレコードを買っていた。中学生になってからだが、行きつけのレコード店にバッハのブランデンブルク協奏曲のセットがあって、とてもほしかった。バッハの権威カール・リヒター指揮のミュンヘン・バッハ管弦楽団の演奏で、ドイツ・アルヒーフ特有の布製のボックスが高級感を醸しだしていた。やっとの思いでこのセットを買ったときの喜びを今でも良く覚えている。G線上のアリアや、フルートのポロネーズで知られる管弦楽組曲もリヒターのレコードを買った。どちらかというと地味な「音楽の捧げもの」も大好きで、これもリヒター盤。当時は、私にとってバッハ=リヒターだったわけだ。リヒターの厳格な構成美はとてもバッハに合っていて胸のすく演奏だった。

ほかにもバッハを良く聴いた。名バイオリニスト、シェリングのバイオリン協奏曲全3曲。レッパードのチェンバロ協奏曲、名手ヴィンシャーマンのオーボエ・オーボエダモーレ協奏曲などなど、数えだしたらキリがない。奇才グレン・グールドのゴールトベルク変奏曲も印象に残る。これらは、近年になって古楽器演奏やピリオド奏法が主流になると、ピノックやホグウッド、レオンハルトなどのCDにとって代わられた。

バッハの曲というと難解、とっつきにくいといったイメージが付きまとうが、上述した私のお気に入りの楽曲の多くはケーテン時代~初期のライプチヒ時代の世俗曲で、聴いていてとても楽しい。律動的な愉悦にあふれ、それが爽快感にも繋がる。思わず体が揺れてしまうほどだ。バッハのモテットを歌っていて感じるスイング感はまさにコレなのだ。例えば、BWV227の「Jesu,meine Freude(イエスよ、私の喜び)のバス433小節からのメリスマとシンコペーションはどうだろう。知性よりも感情に訴えるなにかがここにはある。

ユーチューブにあるモテットの動画を見ても、指揮者を含めて、合唱団の面々は体でリズムを表現していて面白い。

http://www.youtube.com/watch?gl=JP&hl=ja&v=PKHDAmiqmG8

難しいけど、楽しい。歌っていて喜びを感じる・・・・この感覚は、大昔からバッハの音楽に耳が慣れ親しんでいたせいなのだろうか。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年3月 8日 (日)

たまげた、ハーディングの幻想

昨日は、丸の内合唱団の打ち合わせの後、錦糸町トリフォニーで新日本フィルの定期を聴いた。若手の奇才ダニエル・ハーディングのオール・フランス・プロ。さすがに新進気鋭の指揮者だけに、ホールはほぼ満席で、聴衆の熱気が伝わってきます。

前半は、ドビュッシーの「牧神の午後」とラベルの「ラ・ヴァルス」。後者のほうが断然面白い。

しかし、なんといってもタマゲタのはメインのベルリオーズ「幻想交響曲」。指揮者のすぐ後ろ、オーケストラ弦楽のトップ奏者を隠すように左右に二台ずつ、合計4台のハープが設置されているのだ。正気の沙汰とは思えない配置で、視覚的に聴衆から指揮者は見えないし、聴覚的にもどうかなあ?しかし、いろいろ調べてみると、どうやらこのハープの配置は、ベルリオーズ本人の指示らしい。まあ、幻想交響曲そのものが、妄想・幻覚の類だから、正気とも思えない配置もヨシとしておこう。

St340359

ハーディングはこうした奇をてらった演出が好きなようで、とても楽しませてくれるが、音楽そのものにも驚かされるところが多い。まず、オーケストラは対向配置で、ノンビブラートのピリオド奏法を原則としている(原則といったのは、第二楽章の有名なワルツの旋律ではちゃんとビブラートをかけている)。これも、ベルリオーズ時代の時代考証による配置・演奏方法に違いない。ノンビブラートは、弦だけではなく、管楽器にも要求しているので、なんとも明るく透明な響きがユニーク。ピッチが高いのではとさえ感じられる。ベルリオーズの狂気よりも、ハイドンのような清涼感が漂う。

だからといって、音楽のスケール感は小さいわけではない。むしろ自由奔放で、趣のままに情熱がほとばしるといった印象。ダイナミクスの振幅、音色の変化などどれをとっても鮮やかである。随所随所にいろいろと策を凝らしているのだが、一方で全体感を失わないのは、音楽に流れるようなしなやかな勢いがあるから・・・・・・ハーディングの天才たるゆえんである。

St340361

彼は外国人にしては小柄で華奢。まだ30台前半と若いが、見た目にはもっと若そう。この小柄な体躯をフルに使って、アクロバティックな指揮を繰広げるのだが、それ自体も見ごたえがある。CDを購入しサイン会があるというので、ロビーで列を作って待っていたが、現れた姿は学生のよう。でも、サインは明らかに手抜きだなあ?これなら、僕にでもまねできるよ。

St340364

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年2月 8日 (日)

天地創造・・・そして、そう成った

昨日土曜日、新日本フィルの定期公演「天地創造」を聴いた。

St340316_2

交響曲の父、ハイドン晩年のオラトリオの大作で、演奏時間約2時間。大合唱が入るのでそれを楽しみにしていたが、もうひとつの楽しみは、ソリストに私の贔屓にしているソプラノ歌手マリン・ハルテリウスが出演すること。

Bio_img03

彼女はチューリッヒ歌劇場の専属歌手で、NHKハイビジョンで時々放映される同歌劇場オペラを観て、ファンになっていた。一昨年のチューリッヒ歌劇場の日本公演でも、大好きな「薔薇の騎士」のゾフィー役で素敵な歌を聴かせてくれた。タイトルロールを歌う華麗なプリマドンナではないが、美しく清純な美声を持つ名脇役といってよいだろうか。なにより、ごらんのような美人である。

「天地創造」では、天使ガブリエルとイヴ役を歌ったが、その美声に聞きほれた。「薔薇の騎士」でも感じたことだが、やや線が細いものの女性らしさを美しく表現できる数少ないソプラノのように思える。

St340317

終演後、サインをもらおうと楽屋口に押しかけた。既に列が出来ていて、ややお宅っぽいクラシックファンが並んでいる。さすがにいつもはこんなことはしないのだが、ハルテリウスと会えるのなら・・・・・恥ずかしさ半分で列に並んだ。大方はバリトンのデイヴィッド・ウィルソン=ジョンソンが目当てのようだが、私はためらうことなくハルテリウスのところへ。片言の英語で賛辞を述べ、持参した鎌倉豊島屋の「ジャパニーズ・トラディショナル・キャンディー」をプレゼントし、握手をしてもらった。もちろん、サインも。幸せである。

さて、「天地創造」についても少し触れよう。旧約聖書にあるように、神が天地を創造する様が描かれたオラトリオだが、いかにもハイドンらしく明るく楽天的な楽曲である。三部構成で、第三部では、アダムとイヴの会話が楽しく語られる。自然や動植物の動きなどが描写的に扱われている部分もあって、聴いていて楽しい。そして日本を代表する栗友会の合唱の見事さ。厚みのあるハーモニー、子音の明瞭さなど学ぶところは多い。ホール入口で配っていた演奏会のパンフレットにシティフィル=シティコアが天地創造を採り上げるとのこと。うらやましい。私も一度は歌ってみたい曲である。

大切なことを忘れていた。指揮はバロック音楽(最近は古典~ロマン派も振る)の巨匠フランス・ブリュッヘン。齢70を超え、痩躯な体ながら、楽曲からほとばしるパッションは見事である。歩行にも困難が伴うようだが、何回もカーテンコールに応じていた。もう10年前にもなるだろうか、同じトリフォニーホールで、バッハの三大宗教曲の連続演奏会があり、ブリュッヘン、ヘレヴェッヘ、クリスティー(だったと思うが?)を聴きくらべたことを思い出した。

オーケストラは対向配置による、ノンビブラートのピリオド奏法。もちろんモダン楽器だが、日本のオーケストラもノンビブラート奏法が上手くなった。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 7日 (水)

プッチーニとフリーメイソン

プッチーニがフリーメイソンだとは知らなかった。この前ブログで採り上げた番組「まるごとプッチーニ」で、なかにし礼が発言してました。

西洋の著名人にフリーメイソンが多いのだが、音楽家も例外ではない。モーツァルトは大変有名だし、ハイドンやベートーヴェンもそうだと思う。しかし、プッチーニは初耳だった。なかにし礼は「トゥーランドット」はフリーメイソンのオペラだというのである。

プッチーニはフリーメイソンの啓蒙思想、自由・平等・博愛=友愛思想に感銘を受けていたらしく、トゥーランドットのお伽噺にこの思想を当てはめた。メイソンを象徴する3という数字が随所に出てくる。3人の大臣(ピン・ポン・パン)。トゥーランドットが投げかける3つの謎。クライマックスの太鼓の3音・・・・

これは聞いて、私はメイソンの音楽として有名なモーツァルトの魔笛を思い出した。3人の童子、3人の侍女、3人の僧侶、3つの難関、冒頭の3和音・・・トゥーランドットそっくりなのである。3という数字は最初の奇数と偶数、それを調和させる三つ目の数字からなり、3角形を構成する。3角形の象徴は光であり、光を当てる=啓蒙=人を目覚めさせることに繋がる。トゥーランドットに即して言えば、人を目覚めさせる=「誰も寝てはならぬ」のナンバーに繋がるのである。

さらには、リューという地上の愛を超越して(リューの死)、改めてカラフはトゥーランドットとの天上の愛に目覚めるのという筋立てもメイソンの思想を反映しているのだろう。

このような状況証拠がると、プッチーニもフリーメイソンだろうと思わざるを得ないのだ。ここまでプッチーニを駆り立てたものはなにか?背景に彼のダークサイドの存在があったのに違いないと思うのだが・・・・・。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2009年1月 3日 (土)

プッチーニ・・・その愛の遍歴

先ほどNHKのニューイヤー・オペラコンサート・・・別名「クラシックの紅白」をみていたら、丸の内合唱団のガラコンサート(第九)のソリストをつとめた佐藤泰弘さんが出ていて驚いた。「紅白」に出られるんだから、実力あるんだなあと、妙に納得してしまった。ほかには、先日の芸大演奏会で、瀧井先生からご紹介いただいた、芸大オペラ科の直野資教授と佐々木典子教授も出演しておられた。マルガツは、これからこのお二人にお世話になることになるだろう。

「クラシックの紅白」には、日本を代表する歌手達が出ているのだが、年の経過を感じることも多い。テノールの佐野さんは頭がずいぶんと薄くなったなあとか、ソプラノの高橋薫子さんもオバちゃんになったなあとか(高橋さんはもともと童顔だがら、かわいいオバちゃん)・・・・・まあ、自分も歳をとっているのだから、しょうがない。ヘルデンテノールの成田さんは健在だし、福井敬さんもいい声出してる。幸田浩子さんはコケティッシュで、オランピアははまり役。林美智子さんのカルメンは可愛すぎてアバズレ女とは程遠くて面白かった。

さて本題だが、正月には撮りだめしたDVDを見ようと考えていたが、一向にはかどらない。撮りだめした量が膨大なのである。やはり、会社をリタイヤしないと無理かもしれないな。

51nvn05jh4l_3   

そのなかで、NHKハイビジョンで12月にやっていた「まるごとプッチーニ」を見ている。昨年が生誕150周年で、番組はトゥーランドット、蝶々夫人、ジャンニ・スキッキ、大好きなボエームという取り合わせだが、ゲストのトークも面白い。なかにし礼、堀内修(評論家)、「クラシックの紅白」にも出演していた売れっ子、幸田浩子(歌手)の面々である。

オペラに混じって興味深いのは、ドキュメンタリー「ダークサイド・オブ・ザ・ムーン」(副題プッチーニの光と影)というドイツのフィルムである。プッチーニの妻エルヴィーラは悪妻として有名だが、一方でプッチーニ自身の女性遍歴もたいしたものである。実際プッチーニは女性にもてた。番組であのジェローモが「プッチーニはチョイワルおやじだ」とコメントしていたが、まさにその通りで、男としてはうらやましい。ただ、単純に「この悪妻にして、この浮気亭主あり」では片付けられない事情があった。このフィルムでは、プッチーニが公的にはオペラで大成功を収め大作曲家として高い地位と名誉を得た半面、プライベートでは常に愛を渇望していたことが明かされる。たくさんの愛人役が次々に登場し、彼との性愛を告白するのだが、そこにはいつも孤独なプッチーニの姿がある。

このフィルムでは精神分析医などがコメントし、フロイト流の精神分析が行われる(実際にフィルムにはフロイト役が登場する)ところが、いかにもドイツ映画らしい。プッチーニは一種のマザーコンプレックスなのだろう。おそらく、イタリアでは祖国の英雄プッチーニにこんな扱いは出来なかったろうし、そもそもダークサイドを見ようという発想はイタリア人にはあるまい(イタリアの方には失礼しました!)。

しかし、ゲストの話をあわせ聞いて面白かったのは、プッチーニの有名なオペラの主人公は全て女性で、しかも例外なく悲劇的な結末を迎えること。精神分析医いわく、マザコンの反作用あるいは愛を与えてくれない「女性」という存在へのプッチーニの復讐であると。そこで、「トゥーランドット」では、最後は氷の女トゥーランドットの心も溶け、カラフと結ばれるのでは・・・・・という反論がありそうだが、違うのである。プッチーニが作曲したのはリューが自害するところまで。エンディングは弟子が完成させた。とても興味深いのは、プッチーニはエンディングまで作曲する時間はたっぷりあったのに、なぜか筆を折った。書こうとしなかった・・・いやハッピーエンドを書くのが怖かった、書けなかったのである。まさに、プッチーニのダークサイドを見る思いがする。

まあ、そんな精神分析的なことは置いておこう。なにがあろうとも、プッチーニの音楽は美しく、そして輝いている。理屈抜きに、人に涙させる素晴らしいパワーを持っている。さて、そろそろボエームを見るとするか。

音楽ブログランキングここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月28日 (日)

第九を歌う

「第九を聴く」の次はいよいよ「第九を歌う」だ。

昨日、今日の二日連続で第九を歌った。今年の2回目、3回目の第九である(1回目は「1万人の第九」)。オーケストラは、仕事の都合で「第九を聴く」ことになった某在京フィル。昨日がサントリーホールで、今日は東京藝術劇場(通称芸劇)である。

第九の演奏を客席から客観的に聴くのもよいが、やはり舞台で歌ってこそ完全燃焼できるというものだ。指揮者やオーケストラを目の前にして歌い・聴く第九は素晴らしい。このオケとの協演では、曲の最初から合唱は舞台に乗っているので、1~3楽章がじっくり聴ける。第一楽章の緊迫感あふれる演奏、そして私が繰り返し主張する「世界で最も美しい音楽」の第三楽章を目の前で聴くことが出来る幸せは格別である。

今回指揮をされたマエストロNさんは、端正な音楽作りに定評があるが、今年は違う。オケや合唱団と一緒に燃え尽きんばかりの指揮ぶりである。舞台で聴いていても、情熱のほとばしりが直接感じられる、聴く者の胸が熱くなるような演奏で、我々が歌う合唱にもおのずから熱がこもってくる。特筆すべきは、そうした情熱の中にあっても、彼の強みともいうべき、パースペクティブのよさは健在。普段聴こえにくい楽器の旋律も自然に浮かび上がってくる。マエストロの指揮で第九が歌えて本当によかった。

因みに、マエストロの練習は実に楽しい。偉ぶらず、ユーモアたっぷりで、それでいて核心をずばりと突いてくる。特に、「例えかた」がユニークというか、お茶目で可愛らしい。押しも押されぬマエストロなのに、彼の人間性がにじみ出てくるような指導で、いっぺんで好きになってしまった。

さて、サントリーホールは音響のよさでは、わが国で一、二を争う名ホール。特に響きの芳醇さから声楽に向いており「歌のサントリー」とも呼ばれるが、第九の合唱は別物である。ほとんどの場合、サントリーの合唱はP席に配置されて歌うが、舞台が下に位置するので、特に後ろの列では指揮者を見下ろす形となり、顔が下を向いてしまい「客席に飛ぶ声」が上手く出せない。客席に向って歌うと、今度は指揮者が視界ギリギリとなって演奏に不安を覚えるのである。

さらにP席自体に高低差があるため、合唱の場合、後ろの列の声が頭を通り越してよく聞こえない。隣の席との間隔もあるので、かろうじて両側の歌い手の声が聞こえるに過ぎない・・・・・・・つまり、合唱としての一体感が生まれにくく、疎外感・孤独感のうちに合唱、いや「独唱」状態というハンディを負うことになる。芸劇はホールとしてのランクはやや落ちるが、舞台の上で合唱できるので、合唱団にとっては大変歌いやすいというメリットがあるのである。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月25日 (木)

第九を聴く

私にとって第九は歌う(合唱団)ものだが、久しぶりに第九を聴いた。12月25日、某オーケストラの第九演奏会である。

指揮/沼尻竜典 ソプラノ/大岩千穂 アルト/清水華澄 テノール/錦織健
バス/ホセ・カルボ パイプオルガン/勝山雅世  
某オーケストラ

曲目

ギルマン/ヘンデルの主題によるパラフレーズ 
バーバー/きよしこの夜 
ウィドール/オルガン交響曲第5番より「トッカータ」
ベートーヴェン/交響曲第9番「合唱」

本来は舞台に乗っていたはずだが、今日は平日なので仕事がある。集合時間に間に合わそうもないので、参加はあきらめていたが、その分客席でじっくり聴けるのが楽しみであった。しかも席はA券だが二階のセンターで指揮が真向かいに見える最高のポジション。

合唱の印象を一言でいうと「大人の合唱」。音が揃っていてよくブレンドされとても上手い。こんなに凄い合唱団なのかと初めて認識した。その反面、ちょっと真面目すぎで面白みに欠ける。第一顔が怖い(笑)。もう少し感情豊かに歌ってくれるとより素晴らしいのだが・・・・・・・だから、感激も中くらい。ちょっと厳しすぎる批評だろうか。あと、女声と男声の数のバランスが悪いのか、男声が弱く聞こえる。まあ、これは多くの日本のアマチュア合唱団の悩みだろう。

個別にさらってみると(自分がバスだから男声中心になってしまうが)、最初の男声のFreudeは迫力不足。出だしだけに難しいところだがちょっと上品過ぎた。Dはよく揃って上手いが、声のブレンドがいまひとつ。男声が飛び出すJa,も上品過ぎる。待ってましたとばかりに踏み込んでほしい。Gの最後のvor Gottも男声が弱くないか。Iの男声行進曲は男らしくて大変力強い。Mは大変立派な合唱で、いかにも歌いこんできたということがわかる。ただ、型にはまった感じで、もう少し自由な勢いがほしいところ。Seit um schlungenは深い声が素晴らしい。ソプラノは全体的に響きがとても綺麗だが、高音が続くフレーズでは、どうしても音が下がり気味なのが残念。・・・・という具合に書いてきたが、おそらく自分が歌う側に回ったら、同じようになってしまう・・・・・第九は難しい曲である。

四人のソリストはいずれも素晴らしい。特にアルトの清水さんは深くて暖かみのある立派な声で、後半の4重唱であんなにアルトの声が飛びだして聴こえたのは初めてだった。また、バスのホセ・ガルボはオーストラリアの新進歌手。朗々とした大きな声はホールを包み込むようであった。ただ、待機中に左右をキョロキョロ見たりして落ち着きがなく、また歌の途中でも顔を振ったり手でしぐさをつけるなどオペラチックで行儀が悪いのが珠に瑕。

指揮とオーケストラも好演。沼尻マエストロの誠実で力のこもった指揮振りは客席から見ていても気持いい。音作りや楽曲の解釈もオーソドックスで、ツボを心得た演奏は安心して聴ける。オーケストラは木管がとても美しくて秀逸。弦も綺麗な音をしていたが、やや迫力不足・・・・というか、これはマエストロの意向かも知れない。

最後にオルガン演奏もよかった。選曲は近代・現代の作曲家によるクリスマスに因んだもの。東京藝術劇場のロマンティック・オルガンが真価を十分に発揮する。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年12月23日 (火)

冬のイルミネーション

久々のブログである。中国出張や帰国後仕事が多忙であったことで、なかなかアップする時間もなかった。また、しばらく遠ざかっていると、億劫な気持になるのも確かである。勇気を振り絞って書くとしよう。

中国の雑感でもと思ったが、クリスマスもすぐそこということで、イルミネーションを採り上げる。近年、クリスマスが近づくと自宅をイルミネーションで飾る家が増えている。ハウスイルミネーションである。私が住んでいる住宅地にもハウスイルミネーションが増えてきた。昔は単なる電球の電飾だったが、発光ダイオードの普及により色も多彩かつ華やかになっている。またサンタやトナカイなどの立体的なイルミネーションも増え、家々が工夫を凝らしているのが面白い。

かくいう我が家も通りに面していることもあって、子供が学校に行っていた頃は玄関のシンボルツリーに電飾を飾っていたが、大分前にやめた。子供が大きくなったし、飾り付けが結構面倒なのである。それでもハウスイルミネーションが増えているのは、クリスマスを楽しもうという心豊かな家庭が増えてきているのだろう。

2_2 3 

同じ町内で有名なのが上の写真の家。かなり前からイルミネーションをつけていたが、毎年買い足してゆくので、シーズンが来るたびに豪華になってゆく。しかも高台にあって、モノレールの駅からよく見えるので、いかにも自慢げであるのもほほえましい(左写真)。反対側の玄関に回ってみると、これまた豪華なイルミネーション。ここまでやれば楽しむためではなく「見せるため」のイルミネーションで、立派である。近所からわざわざ見物に来る人もいるし、ちょっと遠くから車で乗りつける人もいて、結構混雑しているのである。

20081124_0007

さて、毎年秋に行われているNHK音楽祭の放送があった。ちょこちょこ見てはいたのだが、今年のテーマであるバイオリン協奏曲を纏めた番組を見た。庄司沙矢香のチャイコフスキーには感嘆した。20代の若さ、そしてあの小さな体から素晴らしいパワーが発散されている(小柄だからバイオリンじゃなくてビオラに見える)。テクニックが優れているのは言うまでもないが、演奏の気迫が一触即発という感じで圧倒される。聴く者の胸に食い込むような演奏の解釈、アーテキュレーション・・・・・・特に間(ま)のとり方は明らかに東洋、いや日本のそれである。昔のチョン・キョン・ファの演奏が頭をよぎった。

音楽ブログランキングここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月30日 (日)

ラフマニノフの新曲

ラフマニノフの新曲、いや珍曲を聴いた。

毎週、J-POPSヒットチャートを録画しているのだが、なかなか時間がなくて視聴できない。昨日、久しぶりに飛ばし見したのだが、なかなか面白かった。まずは、ゴスペラーズノ「Sky Hight」。ゴスペラーズは好きなグループだし、良い歌を歌っているのだが、なにせあのハイトーンには手も足もでない。それでも、リーダー格の黒沢薫が独立して歌っている名曲「遠い約束」はキーを下げて愛唱している。

さて、肝心の「Sky Hight」なのだが、とても良い歌・・・・いや、まてよどこかで聴いたなじみのあるメロディライン・・・・・それもそのはず、ラフマニノフのピアノコンチェルト第二番三楽章の主題を、ほぼそっくりそのまま使い、日本語の歌詞をつけた曲なのだ。

http://jp.youtube.com/watch?v=MxQCs9L1Xqk

もともとこの曲はロシアロマンチシズムの極致みたいな曲で、映画音楽と聴きまごうばかりの有名曲。実際、古くはイギリス映画「逢びき」で、またモンローの「七年目の浮気」にも使われていたことは広く知られている。ラフマニノフの交響曲第二番もロマンチックな旋律にあふれ、ポピュラーにも編曲されている。かのハリウッド出身で(笑)、いまや押しもおされぬ大指揮者のアンドレ・プレヴィンがこのシンフォニーを十八番としていたことも、無縁ではない。

ゴスペラーズのこの曲は、現在放映中のアニメ版「のだめカンタービレ」のオープニングテーマなのだそうだ。アニメは残念ながら見たことはないのだが、なるほどと思う。テレビドラマの「のだめ」でも主人公の千秋君が、番組中によくこの曲を弾いていたからだ。因みに、上記PV(プロモーションビデオ)では、オーボエ吹きの高校生の主人公がフランス留学が決まり、恋人と別れなければならなくなる・・・・・という切ないラヴストーリーの設定になっていて、「のだめ」を意識しているようだ。

もうひとつ驚いたのは、南沙織の「十七才」。銀杏BOYZとかいう4人組のロックバンドが歌っている。まあ、これも「Sky Hight」同様、先日ブログに書いたカヴァーの一種。南沙織の「十七才」は我々の年代ならばダレでも口ずさめる青春の歌(表現古いが)である。南沙織の爽やかで、ちょっとエキゾチックで、そして意外にもとても深い声に当時魅了されたものだ。

http://jp.youtube.com/watch?v=Lxb_VmBHM10

ところが、この銀杏BOYZの歌は一言で言うと暴力的でありアナーキーな歌い方である。なんで、そんなに怒って歌わなくても・・・・と感じる。WIKIで調べると、「何にも比喩しない裸の歌詞、性的衝動を書きなぐった歌が特徴」とある。また、ライブではメンバーが全裸になり、書類送検されたり、かなり破天荒なグループだ。しかしである。南沙織ファンで「こんな歌けしからん」と怒っていた私が、聴いてゆくうちに、心が揺さぶられるような感じを覚えるのである。

この十七才、映画「俺たちに明日はないっス」の主題歌だそうだ。PVの映像はまさにこの映画であり、タイアップしている。先の「Sky Hight」も青春ものだが、このPVを見る限り、「俺たちには・・・」は、生の青臭い青春像がユーモラスに描かれているようだ。「Sky Hight」の切ないラブストーリーとは正反対だが、どっちも真実?

別の番組で、SALYUのインタビューがあってたまげた。彼女の声は天からの授かりものだと思う。とても深く聴くものを包み込むような豊かな、そうでいて張りのある声。非常に特徴的で一度聴いたら忘れられなくなる。名プロデューサーの小林武史がほれ込んだのも良く分かる。特にミスチルの桜井などによるユニットBankBand との「to U」は非常に素晴らしいし、その後の「iris~しあわせの箱」も彼女の持ち味を十二分に発揮した曲だった。

http://jp.youtube.com/watch?v=0BnwrqK1rP8

惜しむらくは、容姿がもう少し良かったら・・・・・といつも思っていたのだが(だからファンが少ないというメリットもあるのだが)・・・・・・・なんとダイエットで別人のような可愛い?容姿に変身したのである。1年くらいの間に、これは驚き。女性は侮れない。

http://www.salyu.jp/

こりゃ別人だよね(笑)。神様が与えてくれた声質が変わらないことを祈る。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年11月26日 (水)

一万人の第九

一万人の第九(万九)に参加することになりそうである。もともと丸の内合唱団の有志が万九に参加する計画だったのだが、申し込み時に男声の人数が足りないので名義貸しをした。でも、参加費も取られたことだし、まあ参加しようかな・・・・という気分であった。

41nkjxzygjl__sl500_aa240_

今週の月曜日祝日にサントリー小ホールで、総監督=指揮者の佐渡裕マエストロによる練習があった。佐渡さんの人柄に触れて感激し、やはり絶対に参加したいという気持に変化した。

佐渡さんは噂どおりに「あつい」人である。第九に対する思い入れも人並みではない。我々アマチュアを指導していても、全身全霊でぶつかってくる感じ。佐渡さんは我々の合唱を聴いて涙ぐむほど熱く、そして感激屋である。私も感激屋であるから、こういうタイプの人には弱い。一緒にもらい泣きしたらどうしようか・・・・いいや、第九という曲自体が、十分人を感動させ、涙させる名曲なのだ。

佐渡さんの話を聞いて嬉しかったことが二つあった。ひとつは、第九第三楽章の感じ方である。私が第九で好きなのは第三楽章アダージョであると以前のブログで書いた。これは素晴らしく美しい音楽だ。「第九が3楽章で終わってくれたら、どんなにか嬉しい」と言った人がいたそうだ。第四楽章の合唱は例えようもなく偉大かつ素晴らしい音楽だが、第九全体から見ればむしろ異質とも感じられる。その点、3楽章はただただ美しく、「ベートーヴェンのアダージョで最も美しい」とか、「ベートーヴェンが書いた最美の音楽」ともいわれる。でも、私にとっては「世界で一番美しい音楽」である。あまりに美しすぎて、舞台の上で聴いていて鳥肌がたち、涙を禁じえないほどである。それを佐渡さんは、「最高の愛の歌」と評してくれた。なんと嬉しいことだろう。マルガツの丸ビルでの演奏は第四楽章だけ。全楽章全曲は無理だとしても、なんとか三楽章から出来ないものか。入江団長、神尾先生来年は是非お願いします。

二つ目が、フリーメーソンのこと。佐渡さんは練習のとき「ハイドンやモーツァルトがフリーメーソンだったことは有名」だとわざわざ言った。ではベートーヴェンは?確固たる証拠はないし諸説あるのだけれど、ベートーヴェンの思想そのものはフリーメーソンに近いと私は思う。第一、シラー原作の第九の詞がフリーメーソンそのものなのである。「人類皆兄弟」という考え方は、メーソンの「自由、平等、博愛」に合致する。フリーメーソンというと、いかがわしい秘密結社・・・・・秘密結社そのものが怪しい響きであるが・・・・と勘ぐる向きがある。しかし、メーソンの思想は極めて純粋なものであり政治的あるいは陰謀的なものとは対極にある。私は心情的にはフリーメーソンの教条が好きである。特に博愛・・・それも女性に対しての博愛(笑)である。かつて私は東京タワー下にあるロッジ(拠点:教会のようなもの)を見学に行ったほどである。佐渡さんがフリーメーソンかどうかは別として(おそらく違うが)、彼の口からメーソンの言葉が出てきて嬉しかったのである

音楽ブログランキング ココをクリック

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2008年11月24日 (月)

来秋マルガツ芸大コラボに出演ヵ?!

東京藝術大学の定期演奏会を聴きに行きました(1121日金曜日)。場所は藝大キャンパス内の奏楽堂です。

Sougakudouphoto6_2

もともとは、「藝大in丸の内」で藝大の瀧井教授をご紹介いただき、今回の演奏会にお招きいただいたのです。http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-96e7.htmlその後、瀧井先生とは不思議なご縁を感じることになりますが、そのお話は後で。

演奏曲目は、メンデルスゾーンのオラトリオ「パウロ」。彼のオラトリオ「エリア」は日本でも比較的よく演奏されますが、この「パウロ」はまれ。二時間超の一大叙事詩です。瀧井先生によると、08~09年はメンデルスゾーン生誕200年とパウロ生誕2000年が重なる記念すべきシーズンだとのこと。まさに時機を得た素敵な企画を先生がなさいました。私は中高校がカトリックだったので、多少のキリスト教の知識があります。パウロは初代教皇ペテロと並び称される大聖人。もともとはイエス・キリストを迫害する立場にありましたが、復活したイエスに出会ったことでキリスト教に改宗する「パウロの回心」が有名です。メンデルスゾーンの本曲でも、パウロの目が見えなくなり、神の力によって再び目が見えるようになるのですが、その時「目から鱗のようなものが落ちる」というくだりがあり、これが現在の「目から鱗」の由来となったと言われています。

このオラトリオを聴くと、主人公パウロは、第一部すなわち回心前まではサウロと呼ばれていますが、回心した第二部ではパウロになっている・・・・なぜという疑問があり、この機会に調べなおしてみました。いくつか説がある(もともと二つ名前があった)のですが、最も納得が行くのは、回心を契機に自ら改名したという説。パウロには「小さき者」という意味があり、彼は自らを「使徒達の中で一番小さな者であり、使徒と呼ばれる値打ちのない者です」(コリント人への手紙)と言っているのです。

さて、肝心の演奏ですが大変感動しました。圧倒的な合唱の迫力です。最初の音を聴いた瞬間から、150人あまりの藝大の学生さん(声楽科)の声がひとつになって覆いかぶさってきます。特に子音の発音の確かさ、声の同質性は素晴らしく、音が立って聞こえるのです。迫力と明快さ・・・・・まさにこの上ない快感に浸ることが出来ました。こんな素晴らしい演奏、合唱を聴いてしまうと、終演後は脱力感と我々丸の内合唱団のとのレベルギャップを思い知らされました。まあ、相手はプロだから仕方ないですけどね(笑)。

今回の演奏で気がついたこと。ひとつは、メンデルスゾーンの音楽の作り方。声楽の扱い方がとても上手い。彼がバッハの名曲、いや人類の至宝である「マタイ受難曲」を復活したことは音楽史上特大筆される「事件」ですが、バッハの伝統の上に立った彼の宗教曲は時代を超えて感動を与えてくれます。冒頭序曲にバッハの有名なコラール(カンタータ)「目覚めよ、と呼ぶ声あり」のモティーフが出てきてビックリします。曲中にもこのコラールが挿入されていますが(16番)、私はメンデルスゾーンのバッハへの敬愛を示すものと考えました。瀧井先生は、バッハから流れ来る宗教曲の伝統を自分が受け止め、それを発展させる矜持・・・・というような表現をされていましたが、確かにこの矜持がパウロ、そして晩年の傑作エリアへと昇華されてゆくのでしょう。また、瀧井先生は曲中の「石投げ」の激しい場面には、メンデルスゾーン自身の体験が反映されているともおっしゃいました。彼は裕福なバンカーの家に生まれましたが、ユダヤ人という出生から、いわれのない迫害にあっていたことも事実です。その不条理な気持も、この「パウロ」に盛り込まれ神の力によって浄化されることを願ったのかもしれません。

さて、コンサートの始まる前と休憩時間に、瀧井先生から藝大の先生方をご紹介していただきました。直野資教授、佐々木典子准教授、多田羅迪夫教受・・・・日本を代表するそうそうたる声楽家の先生方で、私にとって夢のようなひと時でした(後でサインをいただきたかったと後悔しきり)。ついでに申し上げると、先生方は皆さん偉ぶらず、とても紳士的でユーモアがあり温かみにあふれた方々で、私のような初対面の者にも優しく接していただき、感激しました。

http://www.geidai.ac.jp/staff/fm016j.html

http://www.geidai.ac.jp/staff/fm012j.html

http://www.geidai.ac.jp/staff/fm013j.html

勿論、ただご挨拶ということだけではなくて、瀧井先生が来年の秋の「藝大in丸の内」の企画を考えていらして、オペラハイライトをやりたい。その際に、丸の内合唱団にも出演してほしい・・・・という前提があったからなのです。マルガツが藝大と協演する・・・・・・これまた夢のようなお話ですが、大変名誉なことです。

瀧井先生のお考えは、藝大が丸の内に出張してくるだけでも意義は大きいが、丸ビルやホールで演奏するだけではなく、丸の内で働いている人たちとともに演奏する・・・・・そこに本当のコラボレーションの意義がある、というものだと思います。私もまったく同意見で、「丸の内から文化発信」を目指すマルガツの理念とピッタリあうような気がしています。具体的な内容の取り決めはこれからですが、丸の内合唱団の皆さん、来年の秋を目指して頑張って「声」を磨きましょう。

最後になりましたが、瀧井先生とは不思議と共通することがあります。スポンサーの地所さんと打ち合わせした場所が、丸ビルの「フレミナール」という小岩井農牧経営のレストランで、そこの店員さんから瀧井先生もよくお見えになるとの話を聞きました。さっそく、その旨を瀧井さんにお伝えしたら、瀧井先生は毎年小岩井農場に生徒さんをつれて合宿・演奏会を開かれているとのこと。私は驚きました。だって、小岩井さんとは前にいた会社とお取引があって、社長さんもよく存じ上げている間柄。盛岡の小岩井牧場にも二度ほど足を運んでいるからです。来年の夏は、瀧井先生の合宿を訪ねて小岩井に行くことになるかもしれませんね。

音楽ブログランキング

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 5日 (水)

決起集会・・・フルネの死

このブログでは仕事の話はほとんど書かない。社内で見ている人がいるからだ。でも、今日はひとつ決起集会について書いてみよう。

社内であるプロジェクトが立ち上がり、その言いだしっぺである私以下で決起集会をした。場所は新橋の居酒屋?すき焼きとしゃぶしゃぶが両方食べられるところ。盆と正月が一緒に来たような気分だ。しかも肉・野菜が食べ放題。久しぶりに腹一杯食べた。味もまずます・・・・・・個室はカラオケまでできる。お勧めの場所である。

決起集会というからには仕事の話もするのだが、あいにく私は酒食で仕事の話をするは大ライ(仕事の話は職場で十分)。グダグダ仕事や上司の話をするのは御免だ。救われたのはカラオケがあったこと。後半は全員が歌いまくった。カラオケは点数が出る機種で、シニア組の私ともう一人が89点という高得点を取ったものだから、若手?がこれを追い越そうと躍起になって歌った。こういうところは頼もしい。仕事でもこの調子だと嬉しいものだ。因みに私は受け狙いで、以前このブログで紹介したアラジンの「陽は、また昇る」と鼠先輩の「ギロッポン」。シニアな私がこんな歌を歌うとなって、みんな目を白黒。まあ、こんな○長さんはあんまりいないだろうね(笑)。

St340214_2

歌い足りなくて1時間延長しなのだが、終わってからも名残惜しいのかまだ立ったまま歌っています(上記写真)。

さて、昨日フランスの名指揮者ジャン・フルネが亡くなった。享年95。まさに大往生である。フルネは大の親日家で、晩年は毎年多くの日本のオケを指揮していた。私も都響や新日本フィルなどで何回となく聴いている。得意とするのは勿論フランス音楽。フォーレ、ショーソン、オネゲルなどのフランス音楽はやはりフランス人じゃないとピンと来ない。でも、フルネはドイツ音楽にも定評があった。往年の大指揮者カール・シューリヒトをして「最もドイツ的なフランス人指揮者」とまで言わしめたほどである。

Fournet2

フルネの特徴は温たかく・高潔でスッキリした音楽性にあると思う。少し物足りないと思うのだが、そこはフランスのエスプリを端的に表現していた。だから、モーツァルトも相性がよくて、造形がしっかりしていて、均整の取れた表現は他の追随を見なかった。指揮姿も端正そのもの。特に晩年はタクトの振りも極端に控えめで、ほかの指揮者が無理やり音を引き出しているように見えるのに、フルネの指揮はまるで音楽そのものが指揮台から立ち上ってくるように聴こえた。

でも、練習はとても厳しかったそうだ。ひとつの箇所を2日間も練習させた・・・・というから妥協のない音楽家だったのだろう。温厚そうな人柄からは想像できないが・・・・・・・本当のプロである。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年11月 4日 (火)

死と再生

今日はコンサートと丸の内合唱団の練習とで盛りだくさんの一日だった。

コンサートは新日本フィル定期。なぜか「死」がテーマなんです。現代の作曲家クルタークの「石碑」(戦場で倒れた者の音楽)、ベルクの名曲「ヴァイオリン協奏曲」。これには副題がついていて「ある天使の思い出のために」・・・・・マーラーの奥さんアルマが建築家グロピウスと不倫してもうけたマノンという娘の急逝をいたむ曲。武満徹の「弦楽オーケストラのための死と再生」、最後がマーラーの未完の交響曲第10番「アダージョ」。

最初の「石碑」は総勢120名ほどの超大編成。なんとフルートが6本。ホルンが8本でしかも半分は持ち替えのワグナーチューバまで登場する。驚いたのはコントラバスクラリネット。はじめてみたが、長くて大きくて異様な楽器。でも、現代音楽ってこれだけ大編成でも、総奏は少なく意外と透明な音楽だったりして、なんでごんなに楽器を無駄遣いするのだろうといつも不思議に思う。ベルクのソリストは女流イザベル・ファウスト。とても切れ味鋭いシャープな音楽性が素晴らしい。死をいたむ悲しみに満ち満ちた名曲・名演奏であった。アンコールのパルティータ2番からサラバンドも静謐な美しさをたたえた名演。

さて、その後、マルガツの練習に行く。先のブログでフランク永井の死去について書いたが、彼を追悼する意味で「有楽町で逢いましょう」を皆で合掌、いや合唱した。フランクさん、天国で喜んでいるかなあ?ビクターのディレクターさんとも電話で話し、今日合唱団の練習で「有楽町」を歌うこと、「偲ぶ会」などがあれば連絡がほしいこと(参列したい)、追悼コンサートがあるならマルガツとして出演することも検討する・・・・・などなど、話しました。

そして、役員からNHK番組出演の話がありました。どうやら、役員会ではスケジュールがタイトなどの理由で断り方針だったようですが(ホントは????)、団員から「出たい」との挙手が相次ぎ、前向きに検討するようです。私は、やっぱり、マルガツは違うなあ・・・・・前向きな合唱団だなあと感心すると同時に嬉しくも思いました。大変なのは分かっているけれど(特に先生と役員)、「来るものは拒まず」の精神で前向きにチャレンジする姿勢は天晴れです。これぞ、マルガツ!

そうそう、大事な団長選挙がありました。入江さんが新団長です。入江さんとは、某プロオケ付属合唱団でご一緒で、大の仲良しです。合唱に命をかけるくらい熱心で、尊敬しています。本日最後のスピーチを聞いて素晴らしいなあと思いました。やっぱり、団長の「顔」が皆さんに見えることがとても大切ですよね。きっと再生、いや新生丸の内合唱団の道が拓かれてくると思います。私も親友だからこそ、出来る限り入江さんに協力したいと思います。実はつい最近私のブログで採り上げたIさんとは入江さんのことなんです。http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-d325.html

ということで、今日のブログのテーマは「死と再生」でした。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年10月26日 (日)

鯨のレクイエム

二つの合唱団で一緒に歌っているIさんが出演する、合唱団「鯨」の公演を聴きにいった。

曲目はヴェルディのテ・デウムとレクイエム(東京芸術劇場、オーケストラは東京シティ・フィル)。合唱団「鯨」は40年前に故芥川也寸志が設立した歴史ある合唱団で、今回の定期演奏会が60回目だというから恐れ入る。毎年1~2回オーケストラつきの合唱曲を採り上げていて、現在の常任指揮者は黒岩英臣。黒岩は一時は修道士の道も歩んだ敬虔なキリスト教徒(カトリック)であり、宗教曲に対して共感性のある演奏が感動を生む・・・・とプログラムに書いてあった。その通り、とても誠実な指揮振りであるが、一方でデューナミクに富んだ表情豊かな音楽を作っていた。

004_3 005   

さて、合唱団だが、「鯨」というからには、さぞかし「ホエール」(吼える・・・笑)のかと思っていたが、大変バランスのとれた素晴らしい合唱団であった。男声合唱が立派。特にテノールがよく伸びる声を出している。惜しむらくは、声の均質さがいまひとつで、個人の声が聞こえてきてしまう点。女声も聴かせるが、ややアルトが弱め。ソプラノはアインザッツに乱れが生じたり、出だしの高音部が上がりきらない(これは怖くてなかなか出せないものですが)箇所が散見されたのが残念・・・・・・・なんて、自分を棚に上げて失礼極まりない評価だが、合唱を始めてからほかの団体の歌を聴くと、とても勉強になるのです・・・・しかし、子音の発音も確り統一されていて心地よく、トータルではよく訓練されたよい合唱団だな、と感じた。

2曲ともヴェルディの名曲。テ・デウムは初体験だが、短いながら素晴らしい曲だと思った。冒頭にアカペラでグレゴリオ聖歌の旋律がそのまま男声合唱で歌われるのだが、聴いた瞬間に鳥肌がたつほど美しい響きなのである。混声8部(4部×2)が絡み合う難しい歌だと思うが、鯨の面々はよくこなし、感動を与えてくれた。ヴェルディはこのテ・デウムを絶対の自信作とし、死んだ時には枕の下に楽譜を入れてほしいと遺言したそうだ。いわゆるヴェルディらしくない清澄な祈りの音楽だが、晩年のヴェルディの心境をうかがわせる名曲である。

一方、レクイエムは演奏時間100分にもなろうという大曲。「怒りの日」の壮絶な合唱で有名なヴェルディの代表作である。テ・デウムとは対極的で、いかにもヴェルディらしい音楽である。特に、リコルダーレ、奉献唱、アニュスデイなど多くの部分でソリスト達が朗々と歌う様は、あたかもオペラのアリアのよう。初演時に「これはレクイエムでなく、オペラだ」と評されたことが、本当に良く分かる。素晴らしい曲だが、感動(共感)はしない・・・・・私にはどうも苦手な部類である。でも、この曲を来年秋に某プロオケ付属合唱団で歌うんだよなあ・・・・・・実際に歌ってみれば、好きになるかもしれません(笑)。だいいち、合唱もものすごく難しそうだし、大きな声を要求される。大変だなあ。

合唱は一年間?練習を積んできただけあって立派な出来。特にサンクトゥスの二重フーガは素晴らしい。独唱者もベテラン・若手を取り混ぜてレベルが高かった。まずベテランのテノール成田勝美は、相変わらず強い高音域が見事。ヘルデンテノールの面目躍如です。そして、カルミナ・ブラーナ以来ファンになったソプラノ松原有奈。豊かで澄み切った声質は本当に美しい。http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_0050.htmlアルト西川裕子も健闘。アルトは普通地味な役回りだが、この曲は大変アルトが活躍する珍しい曲。バスの牧野正人も昔からのファン。藤原歌劇団の中核で活躍しているが、ちょっとトボケタ風貌が好き(歌と関係ないが)。

さて、最後にIさんのこと。彼は、私よりも年長だが、ものすごい合唱への情熱を持っている。少なくとも3つ以上の合唱団を掛け持ちしているが、まさに合唱=命という感じで頭が下がる。ご自分が声が出なくなるまでに、オーケストラつき合唱曲約40曲(日本で舞台に上がる曲)を制覇するという目標を立てているのだ。百名山と同じくらい、いやそれ以上に大変なことだと思うが、Iさんの情熱と行動力を以ってすれば、遠くない将来達成されるのではないか。Iさん、今回も感動をありがとうございました。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年10月12日 (日)

審美耳!?

「しんびみみ」と読むのでしょうか?歯を白くする審美歯科の親戚だとすると、耳を聴こえやすくする医療でしょうか?

いつもブログの食いつきでひねっているのですが、今回はちょっと無理がある(笑)。つい最近、丸の内合唱団でお世話になっている方から、「私には審美耳がある」と言われた。審美眼は、美を識別する能力のことだから、審美耳は音楽を識別する能力がある・・・・ということになるのだろう。そういわれて、正直嬉しかった。でも、審美耳って才能なんだろうかと考えた。

絵画や音楽は沢山見聴きすることによって、眼や耳が養われるという。確かに私は音楽が好きで、これまで色々聴いてきた。でも、自分で楽器が出来るわけでもなし、音符が読めるわけでもない。また、クラシック音楽が中心だが、どちらかというと広く浅く聴くほうで、歌謡曲、ポップス、ジャズ、邦楽、能楽とロック以外は拒絶しない。だから、クラシックを私より聴いている人は世の中にゴマンといるはずである。もちろん、私は相応の年長者であるから、長い間音楽に触れてきたことは事実。しかし、クラシックを聴く経験の集積度が高いとはいえないだろう。

経験に加えて、聴く人の感性も大切だというのが、私の一応の結論である。感性というと本来、直感的、無意識的なものと受け取られる。モーツァルトのような天賦の才・先天的な要素もあるが、経験を積むことによって感性を高めてゆくこともできる。だから、骨董の世界では良品に触れることを一義とし、音楽でも質の高い演奏を聴くことが大切とされる。

でも、この場合、私が大切な感性だと思うのは、頭で音楽を聴くことである。演奏者の解釈や演奏意図をどこまで感じ取れるのか、それには頭を使わなくてはだめ・・・という意味で知的な感性だと思う。結局、音楽を構成しているのは、作曲家(&作詞者)、演奏者、聴衆であり、前二者を理解する聴衆がいなければ、音楽は成り立たないのだと思う。審美耳を養うには、頭で音楽を聴くことが大切である。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年8月28日 (木)

個人遺産

今夜も深夜帰宅です・・・・・・・・もうヘロヘロ。歳なんだから、無理しちゃダメだよと思うんですが・・・・というわけで、今日は「盗作」じゃなかった自分の文章だから「流用」。最近では「使いまわし」とも言います(笑)。

丸の内合唱団の神尾先生のブログで、「溜まったものの整理」の投稿がありました。共感する部分も多いので、コメントをつけましたが、それだけではもったいないので、自分のブログにも書き直してみたのです。

本当に、個人の趣味の資産をどうするのかは大きな悩みです。
おそらく、家族のだれも引き継いでくれない。
我が家には私が収集したCDが一千枚あるけど、自分しか聴かない(ときどき家内が無断で持ち出しているが)。家内からは、一回きりしか聴かないものを買わないでほしいと文句を言われ、CD一千枚の後は、図書館でCDを借りて、せっせとMDにダビングしていた。これだけでも一千枚近くあるはず。
近年は、CATVからの音楽・旅行・美術番組のダビング。数えるのが恐ろしいのでやめているが、これだって5百枚はくだらないと思う。

悩みは、見る時間もないと。音楽なら通勤途中に聴くことができるが、映像はそうはいかない。真剣にポータブルのDVDを購入しようかと思ったくらいである。仕方なく家内には、「リタイヤしたら見る」と嘯いているが、さてどうなるやら。私みたいな好奇心の強い男は(笑)、一日中部屋にこもってDVDと格闘なんて難しいだろう。録画したDVDは溜まる一方だし、一生かかっても見れないかもしれない。
こうした個人遺産の行方はどうなるんだろう・・・・・?

図書館に寄付も出来ないし、廃棄処分かなあ?それじゃあ、あまりにも寂しい気もする。コレクター共通の悩みである。

こういう、市場価値はないが、個人にとってはかけがえのない宝物のことを「個人遺産」と呼ぼう。「世界遺産」の対極の存在である。世界遺産は人類が守ってゆくべきものだが、個人遺産はいずれ朽ちてゆくもの・・・・・・・・

私のコメントに神尾さんからコメントをいただいた。「コレクションは男のロマン」だと言うのである。男のロマンだと言われると、妙に自信がわいてきます(笑)。そういえば、私の好きな番組にNHKの「探検ロマン世界遺産」という番組がある。以前、ウィーン特集でシューベルトのミサ曲第4番の一部を放映して狂喜した番組である。ここに登場するナレーターのドクター・ロマン(上記イラスト)のきめ台詞が「うーん、ロマンですなあ」。不思議なことに「個人遺産」も「世界遺産」もロマンなんだなあ。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年8月26日 (火)

ダッタン人のシンクロ

昨日は、丸の内合唱団の練習。ダッタン人の踊りを歌った。難曲。なんといっても、ロシア語の発音が難しい。幸いにローマ字で発音を書き込んだ楽譜なのだが、それでも歌い辛い。

ふと、よこの団長さんを見ると、なにやら対訳かつカタカナで発音が書いてあるペーパーを持っていました。これは凄い。早速、帰宅してネットで検索してみると、ありました・・・・その名も「韃靼人の踊り~ 歌劇『イーゴリ公』の世界」というサイトです。

http://www.prince-igor.jp/index.html

世の中には、好きな人がいるんだなあ・・・・とまず感嘆。「このサイトは、「だったん人の踊り」で有名なボロディン作曲の歌劇『イーゴリ公』を とことん楽しもう!という目的で製作・公開しています。」とはっきり書いてある。ウェルディやプッチーニ、はたまたワーグナーならいざ知らず、ボロディンというどちらかというとマイナー(失礼!)な作曲家のしかも一作品を取り上げて、サイトを造っちゃうんだから凄いです。さらに驚いたのは、なんとオペラ「イーゴリ公」の全幕のロシア語-日本語の対訳歌詞を自費出版していること。いやはや頭が下がると言うか、大変な熱の入れようです。このサイトでは、なぜ本来の「ポロヴェツ人の踊り」が「ダッタン人の踊り」になってしまったか云々などが、分かりやすく書いてあります。

Img_pm

でも、確かにダッタン人の踊りのメロディーは素敵ですね。やはりロシアやスラヴのメロディーは日本の歌に通じるものがありますよね。日本でこの曲が人気があるのが良く分かります。この優美なメロディは望郷の歌「風の翼に乗って飛んでゆけ」という意味なのだそうですが、まてよ、これって一緒に歌うヴェルディ「ナブッコ」「行け、我が想いよ、黄金の翼に乗って」と瓜二つじゃありませんか。二つとも祖国を思う望郷の歌。なんというシンクロ、偶然でしょうか。こんなことを発見して嬉しくなってしまいました。

さて、イーゴリ公の舞台は観たことがありませんが、以前NHKのBSで「ダッタン人の踊り」の部分を放映していました。サンクトペテルブルグ建都300周年ガラコンサートの一部です。手元に録画したDVDがありますが、この舞台がまた凄い。男性の息つく暇もない迫力ある群舞には圧倒され、一方ロシア美女たちのの優美でなかなかエロティックな踊りには目が釘付け(笑)になります。指揮はあの「たこ踊り」で有名な奇才ゲルギエフ。もちろん本家本元のマリインスキーオペラですから素晴らしいのは当然といえましょう。このDVDを動画でブログに貼り付けしたいのですが、どなたか教えていただけませんか(副団長さんまたお願いします)。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年7月30日 (水)

真夏のトナカイ

久しぶりにトナカイに行きました。オペラサロン・トナカイです。http://www.opera.co.jp/

丸の内合唱団の仲間たちとです。皆さん、トナカイは初めてで、とても楽しんでいただけたようです。出演者は前川朋子さん(sop)、渡邊史さん(sop)、小城龍生さん(ten)、そしてピアニストの浅海由紀子さんです。

Maekawa Wataa Kojo Asaumi

前川さんは以前からのファンでマイミクさんでもあります。予め聴きに行きますとお伝えしておいたら、「いい歌冷えてます・・・」と返事がきたので、私からは「トゥーランドットのTu che di gel sei cinta「氷のような姫君の心も」とか、
あるいは、涼しげな水の女神ルサルカの「月に寄せる歌」なんかどうでしょうね。」とお返ししました。 そうしたら、本当にルサルカをとっても感情豊かに歌ってくれたのです。感激!彼女は名前が月×2つなので、これをもち歌にしたいと言っていました。曲想も前川さんにピッタリですね。青いドレスもとてもお似合いでした。ドヴォルザークのメロディは非常に親しみがわきます。有名な「新世界」も聴き様によっては日本の民謡に似ていて、素直に耳に入ってきます。

この日はほかにも嬉しいことがありました。渡邊さんの歌を聴いたのは本当に久しぶりですが、声に艶がのってきてスケール感もアップしたような印象です。オペラの世界でも活躍しているのですね。偶然と言うのは、渡邊さんは某プロ合唱団でも歌っていらっしゃいますが(ラフマニノフ晩祷)、一緒にトナカイに行った合唱団の仲間が、その某プロ合唱団の姉妹合唱団で一緒に歌っていたのです。

極め付きは、ピアニスト浅海さんとのご縁。やはり一緒に行った仲間が別の合唱団でも歌っているのですが、なんと浅海さんが専属のピアニストだったんです。これには一同驚き!以前、ブログでも書きましたが、私の周囲ではこうしたご縁が多いのですが、またしても「何か」を呼び込んだのでしょうか?!

そうそう、テノールの小城さんも張りのある美声を目イッパイ聴かせてくれました。この日は我々マルガツが聴きに来ているので前川さんが配慮してくれたのか、客席と一緒に「夏の思い出」を歌うことが出来ました。本当によい思い出になりました。

エンディングはいつものように、「メリーウィドウのワルツ」。何回も聴きに来るうちに、この歌詞覚えてしまいました(笑)。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年7月15日 (火)

新幹線のダッタン人

新幹線の車内音楽サービスで「ダッタン人の踊り」を聴いた。

ダッタン人の踊り・・・・・もちろん、我らが丸の内合唱団が10月13日の丸の内交響楽団とのコラボで歌う曲である。本当は「ポロヴェツ人の踊り」だが日本ではダッタン人の方が一般的で、なんといっても覚えやすい。その辺の事情については、ひとつ前の私のブログ「よくぞ男に・・・」のトガピーさんのコメントを参照されたい。

さて、新幹線でダッタン人なのである。新幹線の音楽サービスは数チャンネルあってJR西日本の内容が優れている。クラシックも話題盤が紹介されていたり、落語の番組があったりする。その点、JR東海の番組はいささか寂しく、クラシックは企画が陳腐な上音源も古かったりする。だから、新幹線に乗り東海の車両だとちょっとがっかりする(本数的には東海が多いのだが)。なお、普通車ではFMで聴くことができる。

さて、かなり前からJR東海のクラシック番組のエンディングの曲が気になっていた。これが、ダッタン人をポピュラーに編曲したもので、男性&女性歌手のデュエットで実にムーディーで心地よい(下記視聴サイトの一曲目)。

http://musico.jp/contents/contents_index.aspx?id=tT5SQ

Photo_2 JR東海の「うましうるわし奈良」のキャンペーンソングなのだが、私はずっとナットキングコールとナタリーコールの親子デュエットだと思っていた。ナットキングコールWHO?ということかもしれぬが、長くなるので一言でいうと1900年代中盤に活躍した偉大なるジャズヴォーカリストであり、ダッタン人を編曲した「ストレンジャー・イン・パラダイス」を十八番にしていた。ナタリーは彼の娘であり、彼女も著名なポップスシンガー。「蛙の子は蛙」である。かれこれ20年も前になるが、父ナットの死後、彼の声をオーバーダビングして親子デュエットにした「アンフォゲッタブル」というアルバムが大ヒットした。それが私の耳に強く残っていたので、JR東海の曲もてっきりコール親子のデユエットと思い込んでいたのだ。ところが今日車内誌をみて、曲名は「Again」で、Nello Angelucci &Donna Burke の歌によるものであることを発見した。JR東海のキャンペーンサイトには、Donna Burk(女性)のソロがフィーチャーされていてこれも秀逸、映像もとても美しい。

http://nara.jr-central.co.jp/campaign/song/index.html

このように、ダッタン人はポピュラーの世界でも有名曲。洋の東西、ジャンルを問わずに多くの人に愛されている。そうしたら、面白いダッタン人サイトを発見した。小澤ベルリンフィルのワルトビューネコンサートも素敵ですが、ここではトニーベネットの甘く屈託のない歌声を聴くべきでしょう。サラブライトマン(オペラ座の怪人の主演、ミュージカル作曲家ロイド・ウェバーの元妻)はちょっといただけませんが。

http://musicsan.seesaa.net/article/101368352.html

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (5) | トラックバック (0)

2008年6月24日 (火)

カラヤンに学ぶ「けれん」の大切さ

NHK教育テレビの「知るを楽しむ」という番組が好きだ。古くは人間大学なんて名前の時期もあったけど、様々なテーマを業界人が面白く説き起こす。

普段は忙しくて見られないので、大体録画して休日に早送りで(笑)見ることにしている。先日「カラヤン」の特集(全4回)があった。今年はカラヤン生誕100周年とかで、この番組を見た音楽ファンも多いことだろう。ここでコラムニストの天野祐吉が面白いことを言っていた。

Karajan_mainimage_2 カラヤンは繊細さとけれんを兼ね備えた音楽家である・・・と。ここでは、前者は関係ないので置いておくとして、天野祐吉はカラヤンはけれん味たっぷりの指揮者だとエッセイに書いたことがあって、複数の人から手厳しい批判を受けたと言う。辞書を引くと「けれん」とは演劇用語で「見た目本位の、俗受けを狙った演出」と出ている。歌舞伎では差し詰め「宙乗り」で有名な市川猿之助などがズバリであろう。なんとなくカラヤン=けれんもわかるような気がした。

しかし天野は言う。確かに「けれん」は「あざとく皆の関心を得ようとする」といったネガティブな意味があるが、これは一面に過ぎない。

本当の「けれん」の意味は、人々に何かを届けたい、伝えたいと思うときに考え出された仕掛けであると。

本当に音楽の好きな人だったら、全神経を集中させて音楽を聴くだろう。

しかし、ほとんどの聴衆は、たとえばコンサートじゃなくて家でレコードを聞いている音楽ファンには、一音も聞き漏らすまいなんて人はまずいない。

それが聴衆としての一般的な姿勢だとしたら、そういう聴衆に絶えずこちら側に目を向かせるためにはどうしたらよいか・・・・・・その仕掛けを考えるのがけれんである。あるいはその仕掛けがけれんなのである。ここにカラヤンが良い意味でけれんたっぷりな指揮者であるという所以があるというのである。

私はこじつけではなく、丸の内合唱団も「けれん」だな(「かれん」じゃない!)・・・・と直感した。たまたま年末の第九イベントをキッカケに集まった合唱団。私を含め多くの人が「合唱経験豊富な合唱人」ではないフツーの人。不断の練習の積み上げが大切なことは理解しているが、それより華やかなイベントを楽しみにしている人が多い。そうした、団員の人たちを引っ張ってゆくには「けれん」が必要なんだな。私自身、短い間ではあったけれど楽しいイベントを考えて実行してきた。これからも、そうした楽しい「けれん」は必要だろう。勿論、本当に合唱の好きな人たちだけが残って、筋肉質の合唱団に唱歌じゃない、昇華してゆく道もある。しかし、それでは丸の内合唱団ではない、とも思う。マルガツはどうあるべきなのか、自問自答している今日この頃です。

音楽ブログランキングここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年6月14日 (土)

紫陽花と涙のブラームス

今日は梅雨の中休み。鎌倉の成就院の紫陽花と鎌倉交響楽団の定期コンサートに行きました。

002_2 ジモティーですが、江ノ電に乗るのは久しぶり。旬の紫陽花目当ての観光客で小さな電車はすし詰め状態です。江ノ島駅乗車で極楽寺駅で降ります。極楽寺も紫陽花の名所ですが、時間が無いので徒歩3分の成就院へ。鎌倉の紫陽花といえば、北鎌倉の明月院がとても有名ですが、近年クローズアップされているのが鎌倉西部の長谷寺と成就院。長谷寺は観光誘致?のため紫陽花を植えたと聞きましたが、この成就院はかなり昔から参道に紫陽花が植えられています。つまり、明月院は境内、成就院は参道ということで、成就院の境内は狭いし見るべきものは見当たりません。

014 でも、参道の紫陽花は素晴らしいです。成就院は海に面した高台にあるのですが、そこにいたる参道の両脇に紫陽花が咲き誇っています。もともと紫陽花は可憐なイメージなのでしょうが、帯状に繋がる紫陽花群は豪華ともいえます。しかし、凄いですよね・・・・この人の帯。午前中でこの混雑ですから、午後は入場規制が出たのではと思います。

005 そうそう、ここの見所は参道を登りきって後ろを振り返ると七里ガ浜の海岸が見えることでしょう。鎌倉の海と紫陽花の取り合わせは、景観的にとても魅力的です。今日はちょっと霞んでいましたが、天気がもっとよければ絶景です。うーん、やっぱり来て良かったなと実感。

012 タイミング的には紫陽花の花も丁度見ごろ。色とりどりの花々に思わず見とれてしまいます。紫陽花の花言葉は「移り気」。たとえ移り気でも、こうしてさわやかなパステルカラーのバリエーションを見せてくれるなら許します(笑)。日本原産ですから、まことに誇らしく思います。

その後、江ノ電・横須賀線を乗り継いで鎌倉芸術館へ。鎌倉交響楽団の91回定期コンサート。以前投稿しましたが、この由緒ある実力アマチュアオケのコンサートマスターを会社の後輩が勤めているのです。曲目はウェーバー「オイリアンテ序曲」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲3番」(ピアニスト芹澤桂司)、そしてブラームスの4番シンフォニーがメインです(指揮:角岳史)。先の2曲も良かったけれど、ナント言っても聴きものはブラ4。NHKハイビジョンの迷?番組、名曲探偵アマデウスでも採り上げられていました。この番組、名曲のアナリーゼを面白おかしく説いてくれるユニークな番組です。ブラ4の時の「オチ」は「ブラウス4枚干しといて」でしたが、さすがNHK、ブラジャーじゃないところが受信料不払いに対する苦悩がにじみ出ています。閑話休題。

001 ブラ4は彼のシンフォニーの中で一番好きな曲。あの第一楽章冒頭のすすり泣くような「3度のため息」を聴いただけで心が熱くなります。この部分は、技巧的には容易ですが、揺れ動く男の哀愁をどれだけ思い入れを込めて演奏するか、とても難しい部分だと思います。おそらく、指揮者の技量も含めて、出だしを聴いただけで、全曲の出来を推し量れるキーポイントでしょう。考えてみると、ブラームスの交響曲、とりわけこの4番は極めて私的な曲のような気がします。先人のモーツァルトやベートーヴェンと違って、宇宙や神、自然と人間、あるいは善悪といったような概念的な発想が感じられません。ブラームス個人の私的な体験、思想、気持ちの現れが極めてエモーショナルな曲想に乗って展開されます。男の哀愁といえばかっこよいですが、ウジウジした中年~初老男の煮え切らない気持ち・・・・・というと実も蓋もありませんが、ブラームスがエライのはそうした私的感情を、世の中の男たちが共感して涙を流すレベルにまで高めたことだと思います。

ちょっと個人的感想を言い過ぎました。この日の鎌響は素晴らしい演奏で、世の男たちの期待に応えてくれました。もちろん、管楽器のバランスとか弦のピッチの不揃い、とかもう少し・・・というアマオケ固有の部分はありますが、管楽器などは随所にはっとさせる美しい演奏をしてくれました。弦も素晴らしかった。弦楽器演奏者にとって、男の哀愁を紡ぎだすという点においては最高の楽曲ではないかとさえ思います。特に、コンマスは心底共感しきった弾きぶりで、中年男(笑)の哀愁を十二分に描き出していてとても感動的でした。アンコール曲でコンマスのヴァイオリンの弦が切れてしまったことがそれを良く物語っています。終楽章に至ってはオーケストラ全員がひとつの楽器になったような高揚感伴う演奏。思わず鳥肌がたち、涙がにじみでてきました。ありがとう鎌響!

音楽ブログランキング これをクリックしてください。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年6月 8日 (日)

クリック!・・・・・ポール・ポッツ

ポール・ポッツさんの番組ですが、「アンビリバボー」のホームページに粗筋が分かりやすく書かれていましたよ。

http://www.fujitv.co.jp/unb/index2.html

それから、丸の内合唱団に倣って、音楽ブログランキングを貼り付けました(左サイド)。気が向いたら(笑)クリックしてくださいませ。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2008年6月 5日 (木)

ポール・ポッツ・・・・アンビリバボー

アンビリバボーです。

Image_2 今日は珍しく早く帰宅して妻とテレビなんか見ていたんですが・・・・「アンビリバボー」にはびっくりしました。携帯電話の冴えないセールスマン、ポール・ポッツ氏(36)が、イギリスのタレント発掘番組で優勝するまでの奇蹟を描いたドキュメントで、本当に泣かせます。

スーパーの店員をしながら歌の夢を捨てきれずにいたポールでしたが、ある日交通事故にあい大怪我。入院中は妻が働き彼を支えます。ポールは妻の献身的な愛情に報いるべく、歌を捨てて携帯電話のセールスマンに。未払いの入院費をまかなうために残業を続け、奥さんとの共働き・・・・・・でも、ある日勝利の女神が微笑んだのです。

上の写真は成功後(笑)のものですが、イケメン?が主流のクラシック界にあって、どうみても冴えない容姿、おまけに歯並びがガタガタなんです。よれよれのスーツを着込み、ステージに出てきた瞬間から聴衆の嘲笑をかっています。しかし、ひとたび歌いだすと会場は熱狂の嵐に・・・・・涙をぬぐう人も見えます。辛口で有名な審査員たちも「鳥肌か立つ」感動ぶり。歌はあの「誰も寝てはならぬ」。

歌自体が感動的ですが、容姿や雰囲気とのギャップ、そして彼のこれまでの苦しい人生を振り返ると、思わず涙がこみ上げてくるのです。さっそくネットで検索してみましたが、ユーチューブほか多数採り上げられています。是非ご覧ください。

http://ameblo.jp/iride/entry-10062789583.html

http://jp.youtube.com/watch?v=o5GUM8E0xPI

こちらは、準決勝と決勝の模様も採り上げています。http://labaq.com/archives/50955465.html

なんと映画化されるそうです。http://www.bmgjapan.com/paulpotts/

たまに早く帰ると、良いことがありますね。そうそう、今日は家内との記念日でもあったんです。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2008年3月16日 (日)

スターバト、武闘派・・・そして天上の音楽

またまた、わけの分からぬお題ですが・・・・・昨日、今日と連チャンでコンサートを聴きに行きました。

Photo_2 昨日14日は飯守泰次郎指揮のシティフィルでドヴォルザークの「スターバト・マーテル」(悲しみの聖母)です。合唱はシティ・コーア。コーアの友人がチケットを取ってくれたので、家内と待ち合わせてオペラシティへ。スターバトは初めて聴く曲ですが、地味・・じゃなかった滋味あふれる名曲でした。世の中には様々な作曲家による400になんなんとするスターバトがあるそうですが、ドヴォルザークの同曲は演奏時間90分もかかる最長の大曲です。それを、驚いたことに合唱団は暗譜で歌うんです。こんなことに驚いちゃいけないのかも知れませんが、5月に私が歌う「ドイツレクイエム」はどうなるんだろう・・・という不安が一瞬アタマをよぎりました。

全曲を通じて概ねゆっくりとしたテンポの穏やかな曲想ですが、第1曲と終曲は迫力に満ちています。特に終曲は各ソリストと同パートの合唱が一緒に歌うなど興味深い部分もありましたが、なんといってもアレグロに入ってからのアーメンフーガは、ホールを揺るがすような立派な合唱でした。ほの暗くマッシブなサウンドで、ここではじめてスラヴの作曲家なんだなあと実感しました。印象に残ったのは第7曲の合唱の美しさ。アカペラで歌う部分は胸を打ちます。全体的に合唱はよくトレーニングされていてスキのない出来上がり。特にテノールにとっては「おいしい」曲ではないかな?ソリストも粒ぞろいでした。光ったのはテノールの櫻田亮で、やや線は細いが確りした透明感ある美声です。エヴァンゲリスト(エヴァンゲリオンじゃありません。福音史家です)聴いてみたいなあ。この日は言わずと知れたホワイトデーですが、キリストの受難を題材にした曲だけに女声の衣装はオールブラックでした。

Photo コンサートの前に、オペラシティ53階の「八かく庵」という京豆腐料理屋で豆腐尽くしを食しました。時間も無かったので一番安いコース(4千円弱)にしましたが、とても凝った豆腐料理で美味でした。ヘルシーですし、店員さんの応対も素晴らしく、お勧めです。

Photo_3 今日15日は新日フィルの定期(錦糸町トリフォニー)。指揮はおなじみイケメンのアルミンクで、曲目はシベリウスのバイオリン協奏曲とマーラーの交響曲第4番。シベリウスのコンチェルトは僕の好きな曲ですが、なぜかコンサートで聴く機会が多いのです。ラクリンは史上最年少でウィーンフィルと協演したという「神童」でしたが、今はおん歳34。それでも若いなあ。太くてザラツキ感のある音でグイグイ弾いてくる。ちょっと私が描くシベリウスのイメージ・・・・・北欧寒冷地の透明感・寂寥感みたいなもの・・・・・とは違うんです。でも、こういう行き方も悪くない。驚くのは彼のタキシード。胸に深紅のポケットチーフを挿してきたのはご愛嬌だが、上着の裏地もall同じくマッカッカなんです。ラクリンが体を揺らすたびに赤い裏地がチラチラ。闘牛の気分になります(笑)。井上道義の裏地はゴールド色で有名だそうだが(見たことないが)、こうしてみると演奏もスタイルもラクリンは「武闘派」といえましょう。しかし、アンコールに弾いたバッハのパルティータ第2番~「サラバンド」はビブラートを抑えたとても格調高い演奏でした。やっぱり、タダモノじゃないです、この若者。余談ですが、とても興味深いことが・・・ネットでいろいろ調べていたら、同じ時期に来日しているヒラリー・ハーン(彼女も神童!)がラクリンとまったく同じシベリウス、そしてアンコールまで同じ曲だったんです。アンコールまで同じなんて、どういうこと??

Photo_4 後半がマーラーの交響曲第4番。これは大のつく名演でした。4番はマーラーの中では小編成で小ぶりな曲であるといわれますが、それでも演奏時間55分、フルートは4本もあって、同時にpで合奏するなんて・・・・やはりゴージャス・マーラーです。マーラー得意の破滅的な大音響が少ない代わりに、明るく室内楽的でオケ奏者の名人芸が随所で楽しめます。こうした曲想はアルミンクの作り上げる音楽にピッタリ。大変に素晴らしいサウンドを楽しみました。ソリストのシルヴィア・シュヴァルツは、美しく(容姿も)やわらかい声でホールを包み込むかのような演奏。まさに「天上の音楽」にふさわしい好演でした。3楽章の終盤フォルティシモでソプラノが登場する演出も素敵ですよね。もう20年も前になりますが、若杉弘が都響とマーラー連続演奏会をやった時、楽章の途中でソリストが登場する演出をはじめて見て息を呑んだことを思い出しました。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2008年1月20日 (日)

練習サボって・・・・

18日金曜日は合唱の練習をサボってコンサートへ・・・・。新日フィルの定期は土曜日なんですが、土曜は地元でのオペラがあったので、金曜の定期に振り替え、もともと金曜日の某フィルの合唱団練習をサボったわけです。もっとも、土曜日も合唱練習があったのですが、これもオペラで欠席。

Photo 新日フィルの定期をどうしても聴きたかったのは、ブルックナー8番交響曲、指揮が名匠ハウシルトだったからです。振り替えなので、座席はいつもの一階センターから→二階左翼バルコニー最前列と音響の点ではちと聴き劣りします。反面、ステージが手にとるようによく見えます。音も思っていたほど悪くなく、たまにはこうした席替えもよいかもしれません。オーケストラ団員の一人ひとりの顔がよく見えます。8番シンフォニーは90分にもなんなんとする大曲ですが、指揮のハウシルトは堂々たる演奏を聴かせてくれました。ブルックナーの曲は雄渾かつ素朴であり、ともすると演奏効果を狙って変化をつけたりする指揮者も少なくないのですが、ハウシルトは虚飾を排して音楽そのものに語らせる感動的な演奏を成し遂げたと思います。指揮ぶりは無骨ですが、丁寧で分かりやすい職人的なバトンさばき。ちょっと、風貌は往年のマタチッチオケをちょっと髣髴とさせるところもあります。オケも熱演で、特にホルンとワグナーチューバ計8人の迫力、珍しく最初から最後まで活躍するトロンボーン・チューバの力技にも拍手を送ります。

拍手で思い出しましたが、終楽章フィナーレが終わったとたんに、観客から拍手が・・・・・でも、ハウシルトの指揮棒はまだ宙にありました。しばらくして指揮棒が降りてから万雷の拍手が起こりました。もちろん、感激のあまりの拍手には違いないのですが、演奏者も観客も最後の余韻を大切にしていたいのに、拍手のフライングはいただけません。

Photo_3 さて、19日土曜日は地元鎌倉芸術館でプラハ国立劇場オペラのモーツァルト「フィガロの結婚」を家内と観に行きました。長女も一緒の予定だったのですが、急遽休日出勤で高価な?チケットを無駄にしたのが残念。プラハ国立劇場オペラは、プラハの旧市街にあるスタヴォスフケー劇場を中心に上演されているオペラです。英語名エステート劇場ともいい、昨年の中欧旅行でも劇場の前を通りました。歴史と誇りを感じさせる素敵な外観です(写真)。それもそのはず、この劇場の創設は1783年と古く、4年後にはモーツァルト自らの指揮で「ドンジョヴァンニ」が初演されたことで有名なのです。映画「アマデウス」のオペラシーンもこの劇場で撮影されました。

Photo_4 演奏は、ヨーロッパの超一流(たとえばミラノとかウィーンとか)と比べればスター歌手もおらず地元歌手中心の地味な印象ですが、どうして歌い手は粒ぞろいで上手。なかなかの聴きものでした。モーツァルト劇場の別称もあるとおり、200年以上もモーツァルトを上演しているという自家籠薬中の作品であることも大きいのでしょう。大変感動を覚えました。特に伯爵夫人(スヴォボドヴァー)の貫禄と美声(最初のアリアは不調だったが)、スザンナ(クニジェーコヴァー)の初々しさは素晴らしかったです。ケルビーノ(ヤロフツォヴァー)も若手歌手を起用し素敵なアリアを聴かせてくれましたが、ちょっとオドオドしすぎた演技(演出)で、もっときりっとしたケルビーノを期待していただけに残念でした。男声陣も立派。威圧的な声ではなく、ビロードのような柔らかな声。フィガロには四~六重唱が随所にあるのですが、うまくバランスのとれた歌唱が楽しめました。あっという間の3時間半。贅沢な一日でした。恥ずかしげも無く、ブラヴォーを連呼してしまいました。。

びわこホールのHPですが・・・http://www.biwako-hall.or.jp/kouen/event_syousai/080104.html

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2008年1月14日 (月)

北斎とサンデーコンサート

北斎展と日フィルのサンデーコンサートに行ってきました。両方ともタダ券(ご招待)なので、大変得した気持ちです。

Photo 北斎は両国の江戸東京博物館の特別展です。家内も娘もこの博物館に行ってみたかったとのことでしたので、丁度よい機会で引率してきました。北斎は富嶽三十六景や北斎漫画など版画で有名ですが、実はわが国で最も早く西洋画法を研究した画家でもあります。長崎のオランダ商館から、版画ではない肉筆の風俗画(民衆の生活)を依頼され、多数作品を残しています。その多くがシーボルトなどによって海外に持ち出され、オランダ国立博物館やフランス国立図書館のコレクションになっているのです。今回の展覧会はこれら肉筆画の初めての里帰りという画期的な企画で、見ごたえ十分でした。それにしても、北斎のシュールともいえる絵の構図、対象の本質を掴み取る眼力には驚かされます。しかも当時としては驚異的な90歳まで長生きして、死ぬ直前まで描き続けたバイタリティと向上心には頭が下がります。今月27日までやっていますので、ぜひご覧ください。

両国に来たのだから、昼食はちゃんこをチョッと食べようということで、三軒訪ねましたがどこも満席。外食チェーンの江戸沢でさえ一杯なんです。おそらく、大相撲初場所の初日だったので混みあっていたのでしょう。仕方なく娘のリクエストで中華を食べました。

Photo_3 さて、次は日本フィルのサンデーコンサート。小林研一郎の指揮で池袋の東京芸術劇場です。この日は新年初めての東京公演ということで、華やかな曲目が並んでいました。一曲目はレハールの「金と銀」。金さん銀さん(古い!)ならずとも、おめでたい曲ですが、華やかさと情感にあふれた大好きな曲です。コバケンの指揮はテンポを柔軟に動かした巨匠風?なもので、こんな小品でも「唸り声」が聴こえます。我らがコバケンにとって、どの曲も一生懸命なのでしょう。二曲目はモーツァルトのピアノ協奏曲k488(23番)で、ピアノは仲道郁代。k488はモーツァルトのピアノ協奏曲中で私が一番好きな名曲。仲道さんのピアノはもちろん素晴らしいのですが、第一楽章はオケとの間合いがもう一つのように聴こえました。この曲、チャーミングな名曲ですが演奏は難しいのです。さらさらと弾くと表層的な感じになってしまうし、逆に思い入れすぎると流れなくなり不自然な印象を与えてしまう。近年の仲道さんは、演奏中も口でブツブツ言ってみたり、オケを指揮するしぐさをしてみたり、大変情感豊かな演奏をしますが、第一楽章はちょっと後者に寄った演奏のような気がしました。でも、第二楽章は素晴らしいの一語。テンポを落として、しみじみと慈しむような哀しみの歌が紡ぎだされます。デリケートでいて、しかも格調高い最高の演奏でした。コバケンの解釈も文句なし。第二楽章の終わりに、弦が上下音する神秘的な部分があります。近年の自筆譜による研究成果で、ヴァイオリンはピチカートではなくアルコで弾くことが一般的になっていますが、これでは神秘的かつ暗い情感が出てきません。コバケンは旧来のピチカートで演奏させ、ドキドキするような雰囲気をとても上手く演出していました。

最後はサンサーンスの交響曲第三番。いわゆる「オルガン」交響曲です。オルガンは井上圭子。東京芸術劇場は、パイプオルガンがバロックとロマン派の二種類ある贅沢なホールです。この曲には当然ロマン派のオルガンを使います。この曲でロマン派のオルガンは私も初体験。はたして、とても豊かな響きに魅了されました。三階席で聴いたせいか、オルガンとオケがよくブレンドされて、ホール全体が鳴っているのを実感しました。また、特に緩序楽章の日フィルの弦セクションは非常に美しく、まさに天国の歌の趣。

アンコールは、なんとカヴァレリアルスティカーナの間奏曲でした。しかも、オルガン入りのヴァージョン。考えてみると、このオペラの舞台の一つが教会ですから、本来はオルガンが入るのでしょう。通常版でも美しい曲ですが、オルガンが入ると、敬虔な雰囲気が醸しだされ、例えようもなく悲しく美しい響きになります。これでおしまいと思いきや、恒例のコバケンの「おしゃべり」があって、「オルガン交響曲のフィナーレ1分10秒(笑)」のアンコール。うーん、コバケンって日本、いや世界的にも数少ない巨匠の一人だと思いますが、とてもサービス精神旺盛で気さくなんですね。恐れ入りました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年12月23日 (日)

世界で一番美しい音楽

「世界で一番美しい花」ではありません。音楽です。それは、人それぞれ、時期によっても違うものでしょう。私がいま、というかずっと一番美しいと感じているのは、ベートーヴェン第九の第三楽章です。基本的には弦が好きなので、チャイコフスキーの弦楽セレナーデ、同じくエルガーやドヴォルザークのセレナーデも美しい。マーラーのアダージェット、グリーグのホルベア組曲などなど挙げていったらきりが無いのですが、やはり第九の第3楽章にトドメをさします。

この季節第九のオンパレードで、私も合唱するのですが、合唱の前に聴くアダージョのなんと安らぐことでしょうか。誰だったか思い出せませんが、「第九が三楽章で終わってくれたら、どんなにか嬉しい」と言った人がいたそうです。四楽章合唱は例えようもなく偉大かつ素晴らしいですが、第九全体から見れば異質とも感じられます。その点、三楽章はただただ美しく、「ベートーヴェンのアダージョで最も美しい」とか、「ベートーヴェンが書いた最美の音楽」ともいわれます。でも、私にとっては「世界で一番美しい音楽」なんです。

木管の密やかな動機に導かれるようにしてヴァイオリンの奏でる第一テーマは神秘的で安らかな雰囲気で我々を包んでくれます。特に、テーマがビオラに引き継がれるところは胸が締め付けられる思い。オーケストラの通常配置では、ヴィオラの顔は合唱団に向いているので、とても艶やかな音で迫ってくるのです。そして、この世のものとも思えないくらい美しい第二テーマがヴァイオリンから紡ぎだされます。まるで、力尽きた戦士をいたわるかのごとく、シルクの布で包み込むように優しく語りかけてきます。まさに恍惚の歓喜に身を委ねることができるのです。ここは、いつも「くるか、くるか・・・・・・・あーきたっ」という感じで鳥肌がたちます。でも、ベートーヴェンは四楽章で更なる高みに上ってゆく・・・・・。

合唱を歌うことも勿論大きな喜びですが、舞台から三楽章の静かで美しさに満ちた愛の響きに身を浸すことが出来るのも大きな喜びです。今年は既に2回、あともう一回この喜びを味わえるのです。大晦日の第九も三楽章から出来ないでしょうか(笑)。

| | コメント (3) | トラックバック (0)

2007年12月 1日 (土)

楽しいこと尽くしのコンサート

Photo_3 楽しいこと尽くしのコンサートに行ってきました。「白石准とぴよ ~北方の音に溺れる夜~」というピアノ白石准+メゾソプラノ池田香織+コールアングレ篠崎隆によるジョイントコンサートです。場所は門前仲町天井(天丼ではない。注意!)ホールです。なにが、楽しいこと尽くしだったかというと・・・・・・

①ちょっと見は酒飲みのオッサン風だが(ホントに酒飲みとの噂もあり)、大変畏敬する天才ピアニスト白石さんと、熱くお慕い申し上げる歌姫(表現陳腐)池田さんが主役なんですから、Nオケ合唱団の第九の練習をサボってでも聴きに行かないわけにはゆきませぬ。お二人は偶然にオペラサロントナカイで発見した芸術家です。池田さんはズーット前、白石さんは最近ですが。そういえば、やはりトナカイで遭遇した白石さんの追っかけ、マイミクでもある「おばちゃん」ことYさんにも会場でお会いできて嬉しかったんです。

②管楽器では一番好きなオーボエダモーレ(篠崎さん)の演奏を聴けたこと。なんたって「愛のオーボエ」ですからね。

③敬愛するC合唱団のHさん(Yさんとも言う)が隣に座ってくれたこと。嬉しかったです。もっとも、ちょっと遅くこられて、席が無かったんですが(笑)。

④会社の同僚の奥様がやはりC合唱団に入っているという話を聞いていたんですが、なんと偶然にも受付で初対面できたこと。私が受付で名前を名乗らなかったらわからなかったのです・・・・・終演後C合唱団に勧誘されました。

⑤私がリクエストしていた、ラフマニノフのヴォカリーズ(コールアングレ)とグリーグの「君を愛す」(アンコール)が聴けたこと。天にも昇る気持ちです(大げさだけど)。でもヴォカリーズは池田さんの歌で聴きたかったなあ。

番外:折角だからこれも採り上げよう。元会社の大先輩(とても偉い方なんです)だったUさんにもお会いできたこと。ナンデ君がいるの??と聞かれたので、私が池田さんのマイミクだといったら、やきもち焼かれました(笑)。でも、Uさんとは毎週Nオケ合唱団の練習で顔合わせているし、今日はお互いに練習サボって来ているので、なにをかいわんや。

ということで、伏字ばかりで読みにくくて申し訳ありません。個人情報最近うるさいですから(笑)。それでは、本題のコンサートのことを・・・・・・・。天井ホールは70人も入ればギュウギュウの小さなホールですが、意外と音響が良いのです。デッド気味なのでピアノは綺麗に聴こえました。歌もかぶりつきで臨場感たっぷり。

前半は「北方の音」ということで、没後100周年のグリーグと後期ロマン派の巨匠ラフマニノフ。白石さんのピアノはグリーグ(叙情小曲集)はキリリと軽やかに、ラフマニノフ(プレリュード)は気宇壮大に鳴って素晴らしい。やっぱり天才です。トナカイの時もそうですが、構えず、もったいぶらず、しらっと弾いてしまうところが憎いんです。池田姫は見るからに華やか、でも芯の強い声で聴衆の胸を打ちます。メゾは音が低い分地味な印象がありますが、彼女の声は密度が濃いのかな?グリーグのいつくしむような可憐な歌も素敵でしたが、なんといってもラフマニノフが素晴らしかった。ロシア語初挑戦とのことでしたが、言葉の不安なんてまったく感じさせず、大きなスケールで歌いきりました。拍手拍手です。

後半は、「妄想と三角関係」という「そそる」お題ですが、まあ、女+男性二人=三角関係という意味でした。冒頭にバッハロ短調ミサを持ってきたのにはビックリしました。三角関係では謹厳実直なバッハは驚くでしょうが・・・・。確かにオーボエとアルトという組み合わせではバッハですね。このアリアQui sedes はオーボエダモーレのオブリガートに乗った美しい曲。アンコールのクリスマスオラトリオの有名な「エコー・アリア」は本来はソプラノですが同様の趣向。面白いのは、池田さんのエコーを白石さんがオヤジ・ソプラノで歌ったこと。客席からもクスクスと笑い声が出ました。楽しいです。それにしても、バッハはアルトの名曲を沢山作っています。次回はぜひ名曲中の名曲、マタイ受難曲のアルト・アリア「あわれみたまえ、わが神よ」をリクエストします。

その後、仮面舞踏会・・・・これも妄想チックですが・・・をはさんで、締めはブラームスの二つの歌曲。来年合唱団でドイツレクイエムを歌うんですけど、ブラームスは滋味深くて大好きです。三人の息も合い、池田さんが見事に歌いあげてフィナーレ。池田さんは「三角関係」と記しましたが、私に言わせれば見事な「三位一体」。本当に素晴らしいコンサートでした。

ところで、池田さんをガン見していたら、まてよ誰かに似ている・・・・・ホラホラ、今シーズンでテレビでやってる・・・・・・フィギャの浅田真央ちゃん。池田さん童顔美人だから。クラシック界の真央ちゃん、ミラクル香織と呼ぼう!・・・・・・今夜はハイテンションで大変失礼いたしました。

| | コメント (6) | トラックバック (1)

2007年11月28日 (水)

「第九」の兄弟って?

「第九」の兄弟って?第九のテーマは「人類皆兄弟」ですが、第九の兄弟とは「ミサ・ソレニムス」(荘厳ミサ)のことなんです。

今夜、サントリーホールで新日本フィルのコンサートを聴きに行きました。いつもはトリフォニー定期に行くのですが、今回は特別。ソリストの池田香織さんが出演するからでもあります。

ミサソレは第九と作曲時期が重なっていて、いわば兄弟の関係なんです。独唱、合唱、オケと編成もほぼ同じ。ミサソレは教会ミサのテクストに則っているので曲想は異なりますが、「グロリア」の冒頭などは第九を髣髴とさせる力感みなぎる音楽です。演奏が始まる前に、指揮者のイケメン=アルミンクさんがプレトークをしました。この曲はミサ曲=神を讃える音楽としては不安定な部分が多い・・・・という指摘です。グロリア(神の栄光)やクレド(信仰宣言)においてもなのです。特にクレドの「私は教会を信じます」という部分はテノールが歌いますが、ほかの声部は違う歌詞を歌っていて、テノールが埋もれてしまいます。これは、アルミンクさんもはっきり言いませんが、ベートーヴェンは教会を信じていない、いや教会・宗教を超越した「神」を信じているのだ・・・・と私は理解しました。第九との関係で言えば、ミサソレを完成させた後に、更なる高みである第九で宗教を越えた人類愛・世界愛を讃える域に達したというのが私の解釈です。いかがでしょうか?

さて、演奏も素晴らしかった。ミサソレはずいぶんと前に一度聴いたことがありましたが、その時の印象は難解な曲。でも、今日聴いてなんて素晴らしい曲なんだろうと感心しました。昨年から合唱を始めたせいで聴き方も変わってきたのでしょうか?第九と同じように合唱にも器楽的なテクニックが求められ、とても難しそうですがさすが栗友会。ピシッと決まっています。バスの深くそしてとても柔らかい声・・・・しびれました。

独唱も素敵。ほとんど池田さんのガン見状態(笑)。13列だったので、よく見えるだろうと思っていましたが、ソリストはオケの前ではなく、後ろの合唱団の前。オペラlクラス持っていってよかったです。結構アルトが目立つ曲で、美声・美顔(笑)に酔いしれました。あとはテノールのサカリアセンが光っていました。

でも、このミサソレ、最終曲のアニュス・デイの最後になって、急にティンパニーの連打を伴ってラッパの音が・・・・・・ちょっと違和感だなあ。終わり方もあっけないし。ベートーベン自身が「最高傑作」というわりには、最後の部分はいただけません、という感想です。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

松原有奈というソプラノ

昨日11月3日は私の誕生日。文化の日は「晴れ」の特異日だし、国民の方々が祝ってくれるので(笑)、お得な誕生日です。そんな話には関係なく、地元鎌倉交響楽団のコンサートに行ってきました。創立45周年、第90回の記念コンサートです。ここはアマチュアですが団員が100人超もいてさすが文化水準の高い?鎌倉だけのことはあります。団の長老の話では、戦中戦後、今のN響の方々が鎌倉に疎開していてメンバーになっていたこともある由緒ある楽団。コンサートマスターが同じ会社の後輩だったのでよくご案内をもらっています。

Matsubara_2 さて、前置きが長くなりましたが、演目は「未完成」とオルフの「カルミナブラ-ナ」です。後者は実演では初めて聴きましたが、感心したのはソプラノの松原有奈さん。素晴らしく美しい声です。清冽で透明感があって、それでいてしっとりと温かみのある声。たとえは陳腐ですが、乙女か天使か、それとも聖女か・・・・・といった感じでしょうか。容姿もチャーミングで舞台栄えします。リリカルな声質ですが、鎌倉芸術館の大ホールが「幸せ」で満たされるのをこの耳、この目で実感できました。プログラムのプロフィールを見ると、新国にフィガロのスザンナで初登場し大喝采をうけたとか。納得です。

Photo ソリストではバリトンの牧野正人さんに期待して行ったのですが、松原さんを聴けて思わぬ収穫でした。さて、カルミナブラーナは20世紀ドイツの作曲家カール・オルフの大曲。曲全体に様々なリズムがあふれていて、さながらリズムの祭典でオケ、合唱ともに迫力満点です。中世の詩集が下敷きになっていますが、享楽的、風刺的でとても大きなエネルギーを感じます。歌詞の配列にも工夫が凝らされていて、聴く者を飽きさせません。戸塚混声合唱団は大変立派な演奏でした。聴いていて難しい箇所も随所にあるのですが、チームワークで切り抜けていました。本当に良い曲なので、機会に恵まれれば、ぜひ歌ってみたいものです。

| | コメント (2) | トラックバック (1)

2007年10月 7日 (日)

芸術の秋、音楽の秋

芸術の秋、音楽の秋です。今日も前回のメンデルスゾーン「エリア」→ミナエ先生とオペレッタに続き音楽の「ハシゴ」でした。

Photo なんと今日はSホール改装記念○○コンサートに出演なんです。合唱団の一員として、ELGARを歌いました。ゲネプロでSホールに行くと入口に豪勢な垂れ幕が・・・・・・気分が盛り上がります。司会の若村麻由美さんによれば、床も座席も壁も全て「総とっかえ」。でも、21年前と同じ材質を使っているので、ほとんど分からないのです。これ見よがしな改装ではなくて、なんと奥ゆかしくかつ贅沢な改装なんでしょうか。さすがS社です。

003_10 歌ったのは英国第二の国歌といわれる「Pomp and Circumstance」(いふうどうどう)です。そう、あのBBCプロムスの最後に観客と一緒に旗を振りながら?!歌うアレです。プログラムも素敵でしょ。三ツ星レストランのメニューみたいにシックです。正装コンサートですから、お客様も着飾って賑々しい。有名人もそこらじゅう徘徊しています。オーナーの佐治さんはもちろんのこと、どこかで見たような紳士・貴婦人たち。私のグループ会社の会長さんまで来ていました。招待されたんだろうな・・・・・羨ましいご身分です。そうそう、「お兄ちゃん」こと若乃花もタキシードに身を包み(似合っていない)歩ってました。離婚報道で、奥さんを連れず一人ぼっち。心なしか人目を避けているようにも見えました。仲間いわく、若乃花の仲人が先代の佐治さんだったとか。

Photo_2 さてさて、ゲネプロのあと本番まで時間があるので、新日本フィルの定期を聴きに錦糸町へ。後半の部になんとか間に合いました。だって、ブラームスの交響曲第4番。好きな曲だから聴き逃せません。指揮はミヒャエル・ボーダーで期待通り名曲・名演奏。ブラームス特有の古典派のルールに沿いながらも、感傷的で憂愁あふれる名曲です。男の浪漫が横溢していて、涙がチョチョギレ(笑)ました。取って返してSホールの本番へ。ただしその前に、休憩時間を利用してお客様への合唱指導がありました(写真)。お客様に混じって我々合唱団が歌うのです。これはかなり恥ずかしい。

そして本番。イノウエ・ミチヨシさんの「たこ踊り」指揮(ゲルギエフの専売特許ですが)のもと、お客様も総立ちで歌い、大感激です。最後にちょっとフライングしましたが(涙)、自分的には素晴らしい経験をさせていただきました。合唱を始めて1年ですが、本当に合唱はすんばらしいなあ!!!

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年9月23日 (日)

ミナエ先生とオペレッタへ!?

今日は、ミナエ先生とオペレッタを観に行きました・・・・!!

まず、ことの成り行きから説明しますと。13時からサントリーホールでグループ企業の合唱団が主催するコンサートがありました。メンデルスゾーンのオラトリオ「エリア」という2時間半の「エリアー」長い大曲です。これがなかなか素晴らしい名曲・名演奏でした。さすが、バッハをお蔵から再発見したメンデルスゾーンだけあって、起伏に富んだ聴き応えのある曲です。合唱団には、私の自宅のすぐ後ろに住んでいる人とか、前の会社でお世話になった人とか、関係者多数。なぜか、私が末席を汚している某オケ付属合唱団の前団長さんの姿もありました。そして、ピヨ吉先生がソリストときちゃ一睡もせずにまじめに聴きました。

ところがこの日は運悪く、新日フィルの定期がダブルブッキング。演目はオペレッタ「こうもり」ですから聞き逃せないんです。やむなく「エリア」は休憩時間にエスケープしてタクシーで錦糸町に向かいました・・・・・滑り込みセーフ。入場口で会社の人にばったり会う。「えー!お好きだったんですね」なんて話をしながらホールに向かいます。

会場は既に満席に近い入り。列の真ん中のシートに座ろうと入ってゆくと、席の後ろから手を振る妙齢の女性が・・・・・・えっつ、ミナエ先生どうして・・・・という状況に遭遇したのです。ミナエさんは演出助手のお友達からチケットを貰ったとのこと。しかし、2000人から入るホールで、すぐ後ろにとはねえ。会社の人もそうですが、この偶然にはビックリしました。

「こうもり」はコンサート形式とはいえ、舞台が確り作られていて十分に目を楽しませてくれました。歌い手もアイゼンシュタインのリッペルト、ロザリンデのイエンセンをはじめ芸達者ぞろい。観客席から思わず笑い声が漏れます。途中に、椿姫の歌が挿入されたり面白いことこの上ありません。筋はたわいのない茶番劇?ですがこれが実は我々小市民の心理を突いていて、考えさせられるのです。真面目なオペラも良いですが、「面白うて、やがて悲しき」オペレッタにこそ、人間の真理があるのではとも感じました。

ミナエ先生とは、せっかくだから二人でオペレッタ観にきたことにしようね、と約束をして、ホールを後にしました・・・・・ばらしちゃってゴメンナサイ。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年9月17日 (月)

大人のオペラ

「大人のオペラ」を観に行きました。R・シュトラウスの「ばらの騎士」です。

オペラについてはほとんど素人ですが、オペラといえばイタリアオペラ・・・・・ヴェルディやプッチーニを思い浮かべますね。情熱的で感情的で、ベルカントで朗々と歌い上げるオペラです。ストーリーは起伏に富んでいるがどちらかというと単純なオペラ・・・だと個人的には思います。もちろん、こうしたイタリアオペラも大好きです。たとえば「ボエーム」は一番好きなオペラかもしれません。

Photo_2 今回観に行ったのは「ばらの騎士」。R・シュトラウスの最高傑作です。そして、大人のオペラ。元帥夫人・その恋人の若い伯爵・好色な男爵との結婚をひかえた若い美女・・・・の三角関係といってしまえば実も蓋もありませんが、その心理描写がものすごく巧みなのです。いつか若い二人の男女が惹かれあうようになり、最後には元帥夫人が悲しみを抱きながらも身を引く決心をして、二人の幸せを祈りつつ立ち去ります。そこで歌われるのが有名な第三幕の三重唱。美しく、悲しく、とても味わい深い音楽です。

面白いのは、若い伯爵はメゾソプラノ=女性ということ。三角関係といっても歌手はすべて女性。それに、第一幕・三幕では伯爵が女装するのですから、女性歌手が男性役を演じ、それが女装するというなんとも魅力的な設定になっているのです。モーツァルトの「フィガロの結婚」と類似した設定ですが、シュトラウスもフィガロにあやかって作曲したといわれます。シュトラウスはモーツァルトを敬愛していて、まさにロマン的・官能的な「モーツァルト」と言ってもよいと思います。このブログではとても言い尽くせませんが、本当に大人のオペラを堪能しました。

元帥ヴェルデンベルク侯爵夫人(S):ニーナ・シュテンメ
オクタヴィアン(Ms):ヴェッセリーナ・カサロヴァ

ゾフィー(S):マリン・ハルテリウス
レルヒェナウのオックス男爵(Br):アレフレッド・ムフ 他
指揮:フランツ・ウェルザー=メスト
管弦楽・合唱:チューリッヒ歌劇場管弦楽団/合唱団

この「ばらの騎士」は同じ配役でNHKで放映していました(2004年)。指揮のメストはウィーン国立歌劇場で小澤征爾の後任となる人気者。1992年にロンドンフィルと初来日した時に聴いて以来です(本当はテンシュテットの指揮だったのですが急病で代役)。理知的な歌唱で美しいハルテリウスさんは僕のお気に入りです。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年8月25日 (土)

日本語で歌う第九

この時期になると第九の合唱練習が始まります。

私の場合、某オケ合唱団、丸の内合唱団に加えて、地元の合唱団でも第九を歌おうと考え、今日初練習に参加しました。3つ掛け持ちですから、果たしてどうなることやら・・・・・・。

地元の第九は去年から歌詞が「日本語」になっています。これは古都鎌倉ならではの特徴を出そうという狙いもあるようです。実は、地元では四、五年第九を歌っていたのですが、去年から日本語になり、ちょっとそれは辛いなあと感じたのがきっかけで、某オケ合唱団に参加したという経緯があるのです。そのおかげで第九のみならず、デュリュフレのレクイエムや来年はドイツレクイエムを歌えることになったのですが・・・・・。

Photo_3 でも、やはり地元の第九も気になっていて、しかも合唱指導が大好きな富澤裕さんなので、思い切って参加してみることにしました。皆さんは、日本語の第九というと「晴れたる青空、明るい雲よ・・・・」を思い浮かべるかもしれません。これはシラーの歌詞との関連性は薄く違和感がありますね。でも、鎌倉の第九は「なかにし礼」作詞によるもの。シラーの歌詞を原典におきながら、意訳部分もあってなかなかの優れものなんです。

一部をご紹介すると、冒頭は「わが友よ 歌うなら もっと 快い歌を歌おう 喜びに見た歌を・・・・・」これは原典に忠実です。ところが、Freudeは愛と約されます。「愛! 愛! 愛こそ歓喜に導く光・・・・」なんて具合なんです。なるほどよく考えたなという感じもします。実際に歌ってみると、なかなかいけるんです。

富澤先生はクロール唱法のほかにも、機関車唱法や歌舞伎唱法を新たに編み出していて、大変に愉快でした。歌舞伎唱法とは歌舞伎の発声にヒントを得た母音をはっきり歌う日本語特有の唱法です。富澤先生は素人さんを教える天才です。

因みに鎌倉の「日本語で歌う第九」は12月16日(日)午後3時、鎌倉芸術館で演奏されます。オケは現田茂夫指揮神奈川フィルです。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年8月 5日 (日)

エルガーのチェロ協奏曲

会社がかわって何かと忙しく、ブログの更新もままなりません。久しぶりの書きこみです。

先月28日に新日フィルの定期エルガーのチェロ協奏曲を聴きました。エルガーはあのイギリス第二の国歌といわれる「威風堂々」で有名ですが、このチェロ協奏曲も大変愛されています。ついでに、私が属している某合唱団がサントリーホールの改装?ガラコンサートでこの威風堂々を歌うことになっています。BBCのプロムスみたいなのかなあ?

さて、チェロ協奏曲がなぜ愛聴されているかというと、その哀愁をたたえたしみじみとした味わいがなんともいえないこと、そして夭逝したかのジャクリーヌ・デュ・プレの名演奏が語り継がれていることがあります。初演時に女性チェリストが弾いて成功を収めたとのことですが、デユプレの名演以来この曲は女性が弾くとのジンクスが出来ているようです。本当に心の奥底から揺さぶられるような憂愁に富んだ名曲です。

Solgabetta_2 今回期待していたのは、チェリストがソル・ガペッタという女性であること。この曲は女性ソリストに限りますから(笑)。舞台に出てきたのは20台半ばの小柄なお嬢様でした。豪快というかスポーティーにチェロを弾きます。いかにも現代の女性といった感じ。ですから、エルガーの哀愁とか寂寥感はあまり感じさせないのですが、やっぱり曲の魅力なんでしょうか胸に迫るものがあります。特に、2楽章アタマでピチカートのアルペッジョが出るところは鳥肌が立ちました。おかしなたとえかもしれませんが、昔からこの部分は琵琶法師が琵琶をさびしくかき鳴らすように聴こえます。絶妙の間があって、エルガーは邦楽に親しみがあったのではないかとさえ思います。

アンコールがヴァスクスという作曲家の「チェロのための本」という曲。開放弦を多用したりして蚊の鳴くような音に始まる現代音楽ですが、これがまた東洋的な色彩に彩られている素敵な曲で収穫でした。途中女声ソロが入ってくるのですが、ガベッタ本人が歌っているのか、録音なのかちょっと判別がつきませんが大変美しい曲でした。

ついでに当日のほかの曲を紹介すると、最初が新日本プィル委嘱作品でジャノウという女性作曲家の「聴け、神秘なる季節へと誘惑する風を」。もちろん現代音楽ですが作風はマーラー~ショスタコーヴィチの延長線上にあるような古風?なもの。聴きやすく眠くなりませんでした(笑)。最後は、ベートーヴェンの第四交響曲。シューマンが「二人の北欧神話の巨人(英雄と運命)の間に挟まれたギリシャの乙女」と評したあれです。管のソロの美しさや弦の切れ込みが鮮烈な曲で、僕も大好き。携帯の着メロにしているくらいです。アルミンクの指揮はメリハリが利いた鮮やかなもので期待にたがわぬ名演でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年7月 8日 (日)

打楽器コンサートin横浜開港記念館

会社の友人のお嬢さんがコンサートに出演するというので、横浜の開港記念館に行ってきました。

011 開港記念館は大正6年に建てられたタウンホール。大阪中之島公会堂と並んで大正期二大公会堂と呼ばれるそうです。赤レンガに花崗岩を組み合わせたとてもシックな建物で、国の重要文化財です。ホールは昔の学校の講堂のようで、天井も高く音響抜群です。

002_1 さて、コンサートですが、若手女性6人による華やかなもの。皆さん打楽器を専攻され、それぞれ音楽界で活躍されています。太鼓やタンバリンといった狭義の打楽器からマリンバまで、とてもバラエティに富んでいて楽しめました。

010 なにせ6人いますから、曲によっては一台のマリンバに3人が張り付いて、楽器の周りをぐるぐる回って演奏するなんて珍しい曲も披露されました(Mark Ford作曲のAFta-StuBa)。そうそう、グループ名は輪(りん)。輪になって仲良く・・・・・という意味もこめられているようです。

005 最後は、3人が大太鼓とコンガ、中国の銅鑼を打ち鳴らす曲(N.J.Zivkovic作曲Trio per uno)。ものすごい迫力に圧倒されました。選曲もなかなか素晴らしく、ピアソラありイギリス民謡ありラヴェルありと、とても楽しめました。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年6月18日 (月)

ハネケンとダジャレ

題名のない音楽会で羽田健太郎(ハネケン)の追悼番組をやっていました。千住明、大谷康子などゲストの方々の面白いエピソードにハネケンの温かい人柄がにじんでいました。

Profile_photo1_1 でも、最高だったのはピアノの盟友前田憲男さんのコメントです。ハネケンの演奏の素晴らしさの80パーセントは彼のダジャレにあるというのです。なぜか?芸術もダジャレもそのタイミングと発想・構想がポイントだから・・・というのが理由です。ダジャレの好きな私としては、勇気づけられてわがことのように嬉しくなりました(うぬぼれ!)。そうなんです、単にお調子者ではなくて、ダジャレを言う時は、アタマをフルに働かせているのですよ。

ハネケンのダジャレが聞けなくなるのは寂しいです。あとは池辺晋一郎先生よろしくお願いします。

| | コメント (2) | トラックバック (0)

2007年6月 5日 (火)

追悼ハネケン

ハネケンこと羽田健太郎さんが亡くなりました。残念です。mixiにも書き込みしましたが、このブログでも思い出をひとつ。

かなり昔ですが、銀座のスゥイングというジャズライブで、彼がピアノを弾いたビッグコンボを聴きました。往年の名プレーヤーたちが揃ったバンドで、前田憲男が指揮。たしかウィンドブレーカーズという名前だったような気がします。素晴らしいピアノでした。テクニックはもちろんですが、とてもリラックスしたピアノ。この時もガーシュウィンのラプソディー・イン・ブルーのさわりを弾いていたように記憶しています。

彼は桐朋を首席で卒業しながら、ジャズ・ポップス界に身を置いた人。ジャンルを超えた稀代のエンターテイナーでした。山本直純さんのように。音楽の普及に力を尽くした方ですが、個人的にはジャズ・ポップスの道を究めてほしかった。

前田憲男が老境の域に達し、佐藤允彦とのトリプルピアノも聴けなくなるんだなあ・・・・・・・合掌。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年5月 6日 (日)

マルガツの後は・・・中欧ツアー:音楽編

連休を使ってプラハ→ザルツブルク→ウィーン→ブダペスト=中欧ツアーのお話です。時系列にするのも芸がないので、ジャンルわけしてご報告します。私の行動パターンからすると、まず食べ物(笑)と来るところですが、節度を保って音楽の話から。

Photo_49 中欧三国は音楽と縁の深い国ですが、そのなかではオーストリアのウィーン。学生時代の友人がウィーンに駐在していて、幸運にもオペラ(ウィーン国立歌劇場)のチケットを取ってくれました。それも、小澤征爾さんの病気復帰初日の公演。演目はワーグナーの「さまよえるオランダ人」です。オペラ座は絢爛豪華な内装で、見る者を圧倒します。

20070430_dscf4406 我々の席は、オケピットと舞台が間近に見えるボックス席。パルケット・ロージェ(平土間に接するボックス席)というそういです。音響的にはイマイチかもしれませんが、オペラグラスがなくても舞台が良く見えるし、小澤さんの指揮ぶりもばっちり見ることが出来ました。これで95€(15000円)ですから日本と比べると本当に安いのです。

20070430_dscf4411 小澤さんはとても元気。力感あふれるタクトさばきが見事です。息遣いさえ聞こえてきます。序曲の最後では、体全体がオケピットの後ろの壁にぶつかるほどの力演で、感激しました。歌手陣も立派。タイトルロールとヒロインの二重唱などは息をのむ美しさです。コーラスも迫力に満ちていて圧倒されました。

20070430_dscf4414 演出はクリスティーネ・ミーリッツで新奇な演出で有名らしい。確かに、一部眉をひそめるような露骨な描写はありましたが、全体的にはオーソドックスで、特に幕切れでヒロインが火に身を投じる(本物の火なんです)場面にはビックリ。日本では消防法の規制で、出来ないんじゃないかな?当然、ブラヴォーの嵐でした。

20070429_dscf4286 もう一つの音楽は、ウィーンの王室礼拝堂で、ウィーン少年合唱団のミサを聴いたこと。これはツアーに組み込まれているイベントです。ただ、毎週日曜日のミサに出席するのですから、日本人の我々にとっては違和感があるでしょう。私は中高とカトリックの学校でしたから親近感はありますが、ほかの日本人の方はどれだけ理解できたか?

20070429_dscf4299 さて、曲目はハイドンのミサ曲第8番「ハイリゲ・ミサ」。ミサの儀式の合間に管弦楽の伴奏で合唱隊が歌います。ただ、オケと合唱隊は礼拝堂の高い部分にいて、我々は姿を見ることが出来ません。このほかに教会専属のカントールム(聖歌隊)もいてグレゴリオ聖歌を歌う歌ミサの形式です。

20070429_dscf4301 音楽は素晴らしいの一言です。日本では、演奏会としてホールでミサ曲が採り上げられますが、本来は教会音楽。教会の中でミサとともに歌われるべきものなのだということが実感されました。それにしても少年合唱団はまさに天使の声。天使の声が空から降ってくるようでした。女声合唱部分を歌うので、男声は成年の合唱団が歌っていますが、礼拝堂全体に響く迫力も見事なものです。それに、オーケストラがウィーンフィルのメンバーときては、まさに天に昇る気持ちでした(笑)。

20070429_dscf4305 残念だったのは、時間の都合で途中退出したこと。ミサは曲によりますが、通常1時間半もあるのです。このミサの楽しみは、終了後少年合唱団が降りてきて一曲歌い、その後気軽に記念撮影に応じてくれることだといいます。私はミサ曲そのものが聴けたので満足でしたが・・・・・。途中退出はちょうど聖体拝領(キリストの体であるパンを信者が受けて食べる=キリストと一体になる儀式)のどさくさにまぎれて出ようと思いましたが、信者の方々の列に並ぶ羽目になり、信者でない私も拝領してしまいました。信者じゃないけど、シンパだから許されますよね・・・・お願いですキリスト様。

| | コメント (4) | トラックバック (0)

ブラヴォー丸の内合唱団、そして・・・

楽しかったなあ。熱狂の日の丸の内合唱団。

009_1 私は5日のみの参加でしたが、またまた素晴らしい経験をさせていただきました。自主練習は都合がつかず、不安ではありましたが、mixiの書き込みを見たりして勉強していました。オアゾは平場のステージで響きもイマイチだったかな?。いきなりだったので、ちょっと燃焼感がたりないような気もしました。

020 でも、仲間のみんなは頑張っています。写真を見ると女声は整然とおしとやかに?歌っています。対して、男声はあっち向いたりこっち向いたりで自己主張!しているのが面白いです。勢いを感じますね。

006 二回目は丸ビルで。ちゃんとステージが設けられていて、天井も高くよく響きます。神尾先生の「これが最後と思え!」との叱咤を受けて、みんな万感の思いをこめて歌いました。私も「ふるさと」の二番では思わずジーンとなってしまうほど。客席を見ると、Aチームの応援団はもちろんですが、年配の方を中心に一緒に歌詞を口ずさんだり、シンミリしていらっしゃる方もちらほら。演奏者にも観客の皆さんにも感動を与えるなんて、やっぱり音楽は素晴らしいものです。

その後の「打ち上げ」も大いに盛り上がりましたよ。神尾先生、ミナエ先生本当にご指導ありがとうございました。

合唱団については、みなさんそれぞれにブログに書かれると思うのでこのくらいにしましょう。打ち上げのあと、熱狂の日コンサートに二つ出かけました。赤い顔をしてです(笑)。一つは、仲道郁代さんのグリーグピアノ協奏曲。コレがよかった。あの華奢なお体から、とても強靭でいてしなやかな音が出てくるのです。テクニックはもちろんですが、近年の中道さんの演奏には、もっともっと深い思索的な信念が感じられます。表情を見ていてもそれが分かるのです。それにしても、中道さんはキャリアを重ねられても相変わらず美しくかわいらしいですね。オケもなかなかのもの。指揮者も堂々たる体躯で(太っているということ!)シベリウスのフィンランディアは重戦車が砲撃をしているような迫力でした。

もう一つは、フォーレのレクイエム。声楽の「神様」といわれる指揮者コルボの十八番中の十八番です。このレクイエムは、6月に某合唱団で歌うデリュフレのレクイエムと姉妹関係にあるような名曲です。興味深く聴きました。

昨年もコルボの指揮でモーツァルトのレクイエムを聴きましたが、いかんせんAホールでは広すぎて、音の感動が届いてきません。ということで、今年は都合5公演のうち唯一Cホールの演奏をピンポイントでゲットしたのです(そのかわり終演11時です)。本当に感動しました。コルボの手兵ローザンヌ声楽アンサンブルは見事の一言。どこまでも透明でハーモニーも抜群。まるでソロが歌っているようでした。独奏者も素晴らしく、特にピエイエズのソプラノソロは、合唱団と同じステージに乗せて、まるで天上から天使の声が降り注いでくるようでした。コルボは40年近く前の録音ではフル・オケでボーソプラノを使っていましたが、今回はヴァイオリンのいない版での演奏です。いっそうたおやかな音色の中に、以前よりも彫琢の深い音楽を聞かせてくれました。

というわけで、昨日は音楽漬けの一日。大満足でした。

| | コメント (4) | トラックバック (1)

2007年4月15日 (日)

レクチャーコンサート

作曲家諸井誠さんのレクチャーコンサートのお話です。

諸井さんはクラシックの作曲家の長老格。評論でも活躍され、私が愛読していた「レコード芸術」でも昔「マコトニ オモンロイ」(諸井誠のアナグラム)のペンネームでユニークな評論を書いておられました。懐かしいです。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%AB%B8%E4%BA%95%E8%AA%A0

でも、今回は諸井先生がメインではなくて(失礼)、協演?されたピアニストの奈良希愛さんを聴きにいったのです。希愛さんはブログ友達で、私の「お気に入りブログ」にもエントリーしています。希愛さんが鎌倉にこられるので、勇んででかけました。演奏を聴くのも初めてです。

001 会場は鎌倉市生涯学習センター。鎌倉駅から歩いて数分のところです。ところが、このホールは古くて評判が悪い。始まる前から心配していましたが、ピアノの調律がおかしいのか・・・いや構造的な問題のような気がしますが、部分的にヘンな響きがするのです。また、床の問題があって、ペダルを踏むとこすれて雑音が出る始末。希愛さんかわいそう・・・・・・と同情しきりです。それに、諸井先生のスピーチと同時進行なので(というか解説をピアノで実演する)中断されることしばしば。でも、さすがプロ。そんなことではへこたれずに、とても素敵な演奏でした。月光ソナタを全曲聴けたのが収穫。あのピアノで、デューナミクに富んだ感情あふれる演奏が出来るのはさすがです。感激しました。

002 諸井先生の解説も立派。ベートーヴェンの幻想ソナタ(OP27-1、と月光ソナタ)と弦楽四重奏14番の共通点を分析されたいわばアナリーゼなんですが、冗談も交えながらとても分かりやすく解説くださいました。お隣の客席の方の話をそば聞きしたんですが、諸井先生はご病気から回復されてこうした講演活動に取り組まれているようです。舌鋒するどく、ユーモアを交えてお話いただきました。キャラウェイのカレーで(前ブログ)満腹状態でしたが、眠気はまったく感じないくらい興味深い演奏・レクチャーでした。

残念だったのは、希愛さんと十分お話しする時間がなかったこと。でも舞台でおみうけすると、とてもチャーミングでいて、かつお元気=パワーを感じさせる方でした。この次はよろしくお願いします。このブログ礒さんにもトラバしておきます。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2007年4月 1日 (日)

イタリア文化会館

イタリア文化会館にコンサートを聴きに行ってきました。 

Photo_15 イタリア文化会館は赤い外壁で、景観を損なうと物議を醸したところです。グレーに塗り替えるとの報道もされていますが、個人的にはなかなかシックな色だと思います。下品な赤ではなくエンジを濃くしたような落ち着きのある赤色でした。

Photo_16 入口も原色を使いながらモダンな雰囲気を出しています。さすがイタリアのセンスですね。

Photo_17 さて、コンサートは個性的な演出家ダリオ・ポニッスイが主催する若手のオペラアリアコンサートです。ダリオさんの下で研鑽を積んだ若手歌手の発表会といった趣。観客も若い人が多いです。

Photo_18 アニエッリ・ホール。370席のこじんまりしたホールで、舞台との一体感もあって音響もなかなかすぐれています。舞台には大きなスクリーンがあって、歌ごとにふさわしい画像が映し出されます。前半はまだ声の若い人たちが多く、思わず聴くほうが緊張する場面もありましたが、皆さん素直に歌う姿勢は立派です。後半になるとキャリアを積んだ歌手も登場し、素晴らしい声を披露してくれました。そうそう、私は前川朋子さんからこのコンサートをご案内いただき、足を運んだのです。

Photo_19 ダリオさんの演出は個性的で、ベッリーニの「夢遊病の娘(女)」では、舞台に寝転がって歌うのです。びっくりです。「ホフマン物語」のオランピアは「人形ぶり」(というか人形なんです)が定番ですが、ネジに加えて空気入れが登場したり、最後はダリオ扮する博士に抱きつく・・・・などなどイタリア人ならではの賑やかな演出が満載。写真はアンコールでの全員による「乾杯の歌」。舞台も観客も楽しそうです。

Photo_20 中央が前川さんです。「椿姫」の「ああ、そは彼の人か」~カバレッタ「花から花へ」は瑞々しい歌声で掛け値なしに当日のぴか一でした。美しい容姿もあいまって、本当に華のある舞台でした。でも、お酒(シャンパン?)をがぶ飲みする演出で(笑)、あれでは本当に酔っ払ってしまいます。

Photo_21 今「プリマヴェーラ・イタリアーナ」イタリアの春2007が開催され各地でイベントが開かれています。今回のコンサートもその一環ですが、イタリア好きの私としてはとても楽しめた一夜でした。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年3月25日 (日)

ブラヴォー ローエングリン

オペラ「ローエングリン」素晴らしかったです。

Photo_70 24日土曜日、新日本フィルによるコンサート・オペラ形式の上演です。指揮は音楽監督のアルミンク。アルミンクは若いしイケメンだし、女性の人気絶大ですが、実力派です。全席完売はその実力のなせるわざではないでしょうか。私は2時間程度の「抜粋形式」だろうと高をくくっていましたが、なんと全曲上演。午後3時開演で終了したのが8時前でした。3幕途中休憩2回・・・・ワーグナーのオペラはなんとも長い!

Photo_71 当然のことながら、撮影は禁止。でも入場したときに舞台装置をちょっとだけ写しちゃいました。照明がないので暗いですが、なぜかダヴィンチのウィトルウィウス的人体図(ダヴィンチ・コードに出てくる例の素描)の幕がかかっています。このわけはいまだに分かりません。立体感のあるトリフォニーホールの舞台を縦横に使いこなした装置には感心しきり。歌手陣は外国勢中心ですが、栗友会の合唱団総勢200人弱の迫力には圧倒されました。驚いたのは、開演前に場内アナウンスが「ローエングリンとオルトルートの女性が体調不良ですが、なんとか務めます」.と放送したこと。「ええーっ、タイトルロールと敵役が声が出ないの!!」とばかりに、観客からひとしきりざわめきの声が・・・・。でも、両者ともなかなかの健闘ぶりで声のトラブルはわずかでした。

Photo_72 特筆すべきは、ヒロイン役エルザのメラニー・ディーナーが清純な美声ではまり役。国王と敵役の男声も堂々たる歌いぶりで、たっぷり楽しませてもらいました。ローエングリンはワーグナーのオペラの中ではなじみやすい曲で、オーケストラも第一幕・第三幕の前奏曲や結婚行進曲など聴き所が満載。筋書きは無実の罪を着せられたヒロインを白鳥に乗った聖杯の騎士(ローエングリーン)が助ける・・・・といった分かりやすいものです。衣装は本格的だし、白鳥とか聖杯とか、私の好きな象徴的な符牒が随所に出てきて面白い。ただ、騎士の素性を聞いてはならないという掟をヒロインが破るので二人は一緒になれないという悲劇でもあります。なにか、「鶴の恩返し」あるいは「ツゥーランドット」に通じるものがあるオペラです。ロビーでは、特製のTシャツまで販売していました。第三幕ではコーラスが全員このTシャツを着て登場します。売れ残りかなあ(笑)なんて思ってしまいます。

そんなわけで、観客も大満足。ブラヴォーの嵐。普段はおとなしい私でも(笑)、ついついブラヴォーをかけて、声をつぶしてしまいました。隣の人迷惑だったかな?因みに、ロビーで見た有名人は、オリックスの宮内社長。これはスポンサーだから当然かもしれませんが、普段は見かけません。同業では井上道義。相変わらず禿アタマで目立ちます(失礼)。そのほか、アナウンサーの八潮圭子、評論家?の江川詔子さんもいました。ちょっとしたお祭り気分です。

台風並みの大風が吹く中、満足感に浸って家路についたのでした。

| | コメント (1) | トラックバック (0)