2009年5月28日 (木)

深大寺といえば・・・・・

深大寺といえば・・・・・・蕎麦ですかね。いや、今日は深大寺に薪能を観に行きました。

私の友人が、某大手企業のオーナーさんの知り合いで、この会社が主催している薪能だった。このオーナーさんは、ベンチャー企業の育成に力を尽くされた方で、私の仕事とも関係がある方です。私の友人からオーナーさんをご紹介いただきましたが、仕事の上でもご縁ができるとよいと思います。

薪能とは、神社仏閣などの野外で行われる能楽。お能は通常専用の能楽堂で行われるが、昭和40年代ころから全国各地で薪能が行われるようになった。文字通り夜間かがり火のもとで演じられるお能は、幽玄な趣があって素敵である。深大寺では今年で18回を数えるというから、古い部類に入る。残念ながら今夜は大雨で、急遽お寺の本堂で演じられることになった。

このブログでも何回か書いているように、私は大学時代能楽のクラブに入っていて、それ以来時々お能を観にいっているが、ここ2年くらいご無沙汰していて、本当に久しぶり。やっぱり、お能は素晴らしい・・・・合唱も良いが、能楽は日本人の血が騒ぐのである。

Tn8kiyotsune04_2 Tn8kiyotsune02 

演目は「清経」。能楽にはいくつかのジャンル(類型)があって、この能は二番目=修羅物に属する。修羅というのは、仏教の六道輪廻の一つで、生前戦いに明け暮れた人間が陥る苦しみの世界で、修羅道でも争いにさいなまれる。主人公は平家の武将「平清経」だが、源平の戦いの報いで、死後も苦界にとどまっている。

というと、なにか壮絶なお能のようにも見えるが、実はこの演目は夫婦の細やかな情愛がテーマとなっている。源氏に追われて入水自殺をした清経の亡霊が、哀しむ妻の前に現れて、自分の最期の様子を再現する。妻の悲しみとそれを慰めよう?とする清経の亡霊の掛け合いがなんともしみじみとした能なのである。

お能の武将には平家と源氏の両方を扱った演目があるが、その内容の深さは平家の演目が断然勝っている。「滅びゆくものの美しさ」を愛でるのは、やはり日本特有の美学であろう。そして、源氏の荒々しい武将ではなく、平家は「公達」といわれるように、文武両道に秀でた貴族的なインテリジェンスが、お能の題材にピッタリなのである。

久しぶりに日本文化の粋に触れた夕べであった。

音楽ブログランキング ここをクリック

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年11月 4日 (日)

鎌倉能舞台

鎌倉能舞台で能を観てきました。

昨日はコンサート、今日は能と芸術の秋だなあ。大学時代能楽のクラブに入っていたので、お能は大好きです。卒業以来練習はやっていませんが、時々観に行きます。今日は会社の友人がチケットをくれたので、いそいそと鎌倉長谷へ。同じ鎌倉市内ですから、家からも近いんです。

鎌倉能舞台は初めてです。座席数160と小規模で能楽堂というよりまさに能舞台。いす席ではなく畳に座椅子で鑑賞します。能楽師の自宅にある能舞台(練習場)といった趣ですが、舞台と見所(ケンジョ:客席のこと)が接近していて、とても身近に感じられます。実はここの創設者=中森晶三さんは、私の大学時代の師匠(津村禮次郎)の兄弟子なんです。現在は長男の中森貫太さんが主催しています。

http://www.nohbutai.com/

Photo_3 演目は「経正(つねまさ)」。40分ほどの短い能ですが、小品であるが故の凝縮されたヒカリを放つお能です。平経正は平清盛の甥、一の谷の戦で戦死しますが、生前は琵琶の名手として名を馳せた貴公子。美しくも儚い物語なんです。いろいろ書きたいのですが、長くなってしまいます。一つだけ、お囃子のことを。お能のお囃子は舞台に向かって右から笛、小鼓、大鼓、あと太鼓が入ったり入らなかったりの編成です。この日は笛方が八反田智子さんという女性。最近でこそ女性の演者は珍しくなくなりましたが、約1割弱とか・・・・・・。笛や小鼓は女性に向いているかもしれません。シテ方(主人公)も女性が増えてきました。因みに私の師匠の師匠は日本で初の女性能楽師。津村紀三子と言います。まさにパイオニアですから、その苦労たるや大変なものだったらしい・・・・・というか、男勝りの人物だったそうです。女流誕生という本にもなっています。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2007年1月 9日 (火)

ノド声に自信あり!?:能楽(お能)のこと

私は大昔(学生時代)に能楽(お能)のクラブに入っていました。あの「高砂や~~」というやつです。発声は声楽とまったくといってよいほど違います。右翼と左翼、自民党と共産党ほどの差です(たとえが悪いですが)。

腹式呼吸?という点では共通するようなのですが、声楽は「声帯に力を入れずに、息を送り続ける」「頭のてっぺんから声を出す」イメージですよね。ところが、お能は声帯から声を出す・・・しかも大きな声を絞り出すように「謡う」のです。まさに「ノド声」。これが私は得意です。

会社では、それ相応の立場にいますので(笑)、よくスピーチとか挨拶を求められます。会社の人たちは、私が第九をやっているのを知っていますので、年末は第九、新年は謡曲をご披露しました。後で、どちらがいい声だったかと聞きましたら、謡曲ですって。まあ、そんな状態ですから、声楽の発声がなかなか会得できません。ヴォイトレの先生にでもつかなければだめでしょうか?

因みに「謡う」と書きましたが、お能の場合、声楽のアカペラにあたるものが謡曲と呼ばれ、謡うわけです。能楽をご覧になったことありますでしょうか。日本が誇る伝統芸能、深遠な世界です。オペラのような総合芸術で、舞い手=謡い手がいて、オーケストラ(囃子)があって、コーラス(地謡)があります。

年寄り芸と取られる方も多いとは思いますが、どうしてどうしてシュールでカッコいいのです。舞台で回転ジャンプしたりトンボを切ったりする型もあります。いまはまったくやっていませんが、能を観に時々能楽堂に足を運びます。リタイヤしたらまたはじめたいと思っていますが、発声が違うので合唱と両立しますかどうか・・・・・・・?

ご興味があれば、また折に触れてお能のことも書いてみたいと思います。

| | コメント (3) | トラックバック (0)