2011年10月19日 (水)

天覧能を観た

久しぶりに官能の世界(笑)、いや観能の世界に浸ることが出来た。このブログでは、クラシック音楽、それもここ5年ばかり活動している合唱を多く採り上げているが、私にとって能楽との付き合いは合唱よりずっと古い、大学のクラブ活動がその始まりである。

旧華族の友人からのご招待で、水道橋の宝生能楽堂に能を観に行った。観能は二年ぶりくらいか。社団法人 霞会館主催の「天覧能・狂言の再現」という興味深いテーマで、NHK文化センターが共催している。

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開演に先立って、法政大学名誉教授 西野春雄氏が「近代能楽の復興~皇室が果たした役割」という講演があった。なぜこのユニークなテーマなのか。それは、主催者の霞会館が知る人ぞ知る旧華族の団体だからである。ご存知のように、能楽は室町時代に完成した日本の誇る伝統芸能である(世界遺産)。しかし、長い歴史を通じて、伝統の継承は易かった訳ではなく、特に明治維新直後は絶滅の危機に陥っていたという。というのも、江戸時代において能楽は、幕府のお抱え芸能として維持発展したわけで、維新により能楽をバックアップする母体が消滅したからである。息の途絶える寸前だった能楽を救ったのが、岩倉具視をはじめとする旧華族の面々・・・・ということで、上記のテーマに繋がるのである。実際、明治9年の天覧能(天皇皇后両陛下による観能)から、能楽の復活が始まったといわれている。

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本日の能講演では、両陛下の行幸啓はなかったものの、天覧される特別室の御簾を上げた形で演能され大変興味深かった。

さて、演目は和泉流狂言「棒しばり」と宝生流能楽「船弁慶」という余りにポピュラーな人気曲。能楽愛好家というよりも、霞会館のメンバーが多いので、分かりやすく、かつ動きのある曲を選定したのであろう。

棒しばりは、人間国宝の野村萬が体調不良で息子の9世万蔵が演じた。万蔵の堅実かつ温かみのある芸風は好きである。

船弁慶は、シテ:大坪喜美雄、ワキ:宝生閑、囃子方が大鼓:亀井忠雄、小鼓:鵜澤洋太郎、太鼓:金春国和、笛:一噌仙幸。ワキと大鼓、笛が人間国宝の大変豪華な布陣。

シテの大坪は初めてみる。というか、私は観世流だからめったに宝生流を観た事がないのだ。シテは上背があり恰幅もよい。前シテの静では、子方の義経とのバランスがやや取りにくいように思えたが、おおらかな芸風とみた。反面、後シテの平知盛はやや迫力不足か。しかし、宝生の謡は渋い。特に地謡は低い音(声)の連続が多くそこが魅力なのだろうが、観世から見るとうしても華やかさに欠けるように感じてしまう。

人間国宝の宝生閑(ワキ)はいつ観ても素晴らしい。格調の高さ、小柄な体躯に関わらず圧倒的な存在感において、当代右に出るものはいない。77歳と高齢だが、齢を重ねて、孤高の美しさに到達しているような感がある。

そして、笛の一噌仙幸。美しい音色とはこの笛方のためにあるのではないかと思う。優美繊細だが、憂いが濃く漂っており、前シテの別離の心境をぴたり表現していた。中の舞は勿論だが、アシラヒがとても洒落ていて思わず引きこまれてしまう。入退場の足の運びがやや不自由に見えたり、ヒシギの音が出なかったり・・・・まあこれは芸術的価値とは関係ないが、身体を大切にしていただきたいものだ。

もう1人の人間国宝については、これは好みの問題だから、あえて書かないことにする。

なお、この日は「後ノ出留ノ伝」の小書(特殊演出)付きで、中の舞やら変化に富んでいるようだ。特に最後の留で、シテが揚幕に入った後、再度半幕にして執念を見せる演出はなかなか効果的である。

さて、大学のクラブ活動以来、お能は中断しているが、またいつか再開したい。むしろ合唱よりも私に合っている気もするのだが・・・・・。

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2009年5月28日 (木)

深大寺といえば・・・・・

深大寺といえば・・・・・・蕎麦ですかね。いや、今日は深大寺に薪能を観に行きました。

私の友人が、某大手企業のオーナーさんの知り合いで、この会社が主催している薪能だった。このオーナーさんは、ベンチャー企業の育成に力を尽くされた方で、私の仕事とも関係がある方です。私の友人からオーナーさんをご紹介いただきましたが、仕事の上でもご縁ができるとよいと思います。

薪能とは、神社仏閣などの野外で行われる能楽。お能は通常専用の能楽堂で行われるが、昭和40年代ころから全国各地で薪能が行われるようになった。文字通り夜間かがり火のもとで演じられるお能は、幽玄な趣があって素敵である。深大寺では今年で18回を数えるというから、古い部類に入る。残念ながら今夜は大雨で、急遽お寺の本堂で演じられることになった。

このブログでも何回か書いているように、私は大学時代能楽のクラブに入っていて、それ以来時々お能を観にいっているが、ここ2年くらいご無沙汰していて、本当に久しぶり。やっぱり、お能は素晴らしい・・・・合唱も良いが、能楽は日本人の血が騒ぐのである。

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演目は「清経」。能楽にはいくつかのジャンル(類型)があって、この能は二番目=修羅物に属する。修羅というのは、仏教の六道輪廻の一つで、生前戦いに明け暮れた人間が陥る苦しみの世界で、修羅道でも争いにさいなまれる。主人公は平家の武将「平清経」だが、源平の戦いの報いで、死後も苦界にとどまっている。

というと、なにか壮絶なお能のようにも見えるが、実はこの演目は夫婦の細やかな情愛がテーマとなっている。源氏に追われて入水自殺をした清経の亡霊が、哀しむ妻の前に現れて、自分の最期の様子を再現する。妻の悲しみとそれを慰めよう?とする清経の亡霊の掛け合いがなんともしみじみとした能なのである。

お能の武将には平家と源氏の両方を扱った演目があるが、その内容の深さは平家の演目が断然勝っている。「滅びゆくものの美しさ」を愛でるのは、やはり日本特有の美学であろう。そして、源氏の荒々しい武将ではなく、平家は「公達」といわれるように、文武両道に秀でた貴族的なインテリジェンスが、お能の題材にピッタリなのである。

久しぶりに日本文化の粋に触れた夕べであった。

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2007年11月 4日 (日)

鎌倉能舞台

鎌倉能舞台で能を観てきました。

昨日はコンサート、今日は能と芸術の秋だなあ。大学時代能楽のクラブに入っていたので、お能は大好きです。卒業以来練習はやっていませんが、時々観に行きます。今日は会社の友人がチケットをくれたので、いそいそと鎌倉長谷へ。同じ鎌倉市内ですから、家からも近いんです。

鎌倉能舞台は初めてです。座席数160と小規模で能楽堂というよりまさに能舞台。いす席ではなく畳に座椅子で鑑賞します。能楽師の自宅にある能舞台(練習場)といった趣ですが、舞台と見所(ケンジョ:客席のこと)が接近していて、とても身近に感じられます。実はここの創設者=中森晶三さんは、私の大学時代の師匠(津村禮次郎)の兄弟子なんです。現在は長男の中森貫太さんが主催しています。

http://www.nohbutai.com/

Photo_3 演目は「経正(つねまさ)」。40分ほどの短い能ですが、小品であるが故の凝縮されたヒカリを放つお能です。平経正は平清盛の甥、一の谷の戦で戦死しますが、生前は琵琶の名手として名を馳せた貴公子。美しくも儚い物語なんです。いろいろ書きたいのですが、長くなってしまいます。一つだけ、お囃子のことを。お能のお囃子は舞台に向かって右から笛、小鼓、大鼓、あと太鼓が入ったり入らなかったりの編成です。この日は笛方が八反田智子さんという女性。最近でこそ女性の演者は珍しくなくなりましたが、約1割弱とか・・・・・・。笛や小鼓は女性に向いているかもしれません。シテ方(主人公)も女性が増えてきました。因みに私の師匠の師匠は日本で初の女性能楽師。津村紀三子と言います。まさにパイオニアですから、その苦労たるや大変なものだったらしい・・・・・というか、男勝りの人物だったそうです。女流誕生という本にもなっています。

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2007年1月 9日 (火)

ノド声に自信あり!?:能楽(お能)のこと

私は大昔(学生時代)に能楽(お能)のクラブに入っていました。あの「高砂や~~」というやつです。発声は声楽とまったくといってよいほど違います。右翼と左翼、自民党と共産党ほどの差です(たとえが悪いですが)。

腹式呼吸?という点では共通するようなのですが、声楽は「声帯に力を入れずに、息を送り続ける」「頭のてっぺんから声を出す」イメージですよね。ところが、お能は声帯から声を出す・・・しかも大きな声を絞り出すように「謡う」のです。まさに「ノド声」。これが私は得意です。

会社では、それ相応の立場にいますので(笑)、よくスピーチとか挨拶を求められます。会社の人たちは、私が第九をやっているのを知っていますので、年末は第九、新年は謡曲をご披露しました。後で、どちらがいい声だったかと聞きましたら、謡曲ですって。まあ、そんな状態ですから、声楽の発声がなかなか会得できません。ヴォイトレの先生にでもつかなければだめでしょうか?

因みに「謡う」と書きましたが、お能の場合、声楽のアカペラにあたるものが謡曲と呼ばれ、謡うわけです。能楽をご覧になったことありますでしょうか。日本が誇る伝統芸能、深遠な世界です。オペラのような総合芸術で、舞い手=謡い手がいて、オーケストラ(囃子)があって、コーラス(地謡)があります。

年寄り芸と取られる方も多いとは思いますが、どうしてどうしてシュールでカッコいいのです。舞台で回転ジャンプしたりトンボを切ったりする型もあります。いまはまったくやっていませんが、能を観に時々能楽堂に足を運びます。リタイヤしたらまたはじめたいと思っていますが、発声が違うので合唱と両立しますかどうか・・・・・・・?

ご興味があれば、また折に触れてお能のことも書いてみたいと思います。

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