2009年8月23日 (日)

面白写真集vol.3

旅行面白写真の続きです。

シャルトル大聖堂にあった聖母マリアの「聖衣」。サンクタ・カシミアと呼ばれ、マリアがイエスを産むときに着ていたチュニックだという。カトリックの世界で言うところの「聖遺物」である。世界中には聖遺物がごまんと存在するが、当然のこととしてその真偽は疑わしい・・・・・いや、はっきり言ってニセモノである。

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例えば、広く知られる聖槍(せいそう)、聖杯、聖骸布などなど。聖槍は十字架上のイエスを刺した槍のことで、イエスの血に触れたものとしてあがめられている。これを手中に収めた者は天下を取るとの伝説から、ヒトラーが気に入っていたことは有名。また、聖杯はイエスが最後の晩餐で「これは私の血である」といって弟子達とワインを飲んだ盃。のちに、数々の聖杯伝説を生むことになる。また、聖骸布はイエスが磔刑に処された後に遺体を包んだ布のこと。イタリアのトリノ大聖堂の聖骸布が有名(写真)。

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一番我々に身近なのは、映画インディージョーンズ。一作目が「失われたアーク(モーゼの十戒を収めた容器)」、三作目「最後の聖戦」ではまさに聖杯が採り上げられている。

次は、ルーアン旧市街のチョコレート屋さんのショウウインドウ。盆栽風のデコレーションで、盆栽はフランスでもブームのようだ。

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ルーアン大聖堂にて。主祭壇の周りにはキリストの一生(あるいは受難など)をテーマにした彫刻が並んでいることが多い。たまたま目にした面白い表現。最初の写真は幼児期リストの「割礼」の場面。ユダヤ教の儀式ではあるが、嫌がっている(痛がっている)?のはほほえましい。次の写真は、キリスト昇天。天に昇る様を、キリストの足元だけを描くことで示している。これには笑ってしまった。

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ルーブルに展示されていた彫刻。背中は天使の手か?詳しくはわからないが、これもなんともほほえましい。

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ルーブル美術館。ブラチェスコの受胎告知。我々がよく知っている受胎告知の絵は、フラ・アンジェリコやダヴィンチの静謐かつ劇的な場面。ところが、このブラチェスコのものは、大天使ガブリエルから告知されてよろめいているようだ。というか、これは迷惑そうな表情にも見える。軽いノリというか、吉本の漫才を見ているようだ。

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これもルーブル。ドラローシュの「アルプスを越えるナポレオン」。ロバに乗ったなんとも弱弱しい姿。同じテーマを扱った、ナポレオンのお抱え画家ダヴィッドの作品が有名だが、実際はドラローシュの絵のようだったのだろう。

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2009年8月18日 (火)

七色銀の鈴

前回号で、藝大学長の宮田亮二さんの話をしたのだが、今日の日経新聞朝刊をみて驚いた。

日本を代表する「金属工芸家」宮田藝大学長の一番ポピュラーな作品が、東京駅地下グランスタにある「銀の鈴」。なんと、日経の「首都圏けんてい」欄でグランスタが紹介されていて、宮田さんの「銀の鈴」が大きく採り上げられていたのである。

これもシンクロか?大体において、私はこの手のシンクロが多い。ちなみに、シンクロとはシンクロニシティのこと。竹内まりやの歌ではなく(笑)、ドイツの心理学者カール・ユングによって提唱された共時性=偶然の一致のことである(乱暴な言い方で正確性に欠くがお許しいただきたい)。

新聞記事によると、現在の銀の鈴は4代目。描かれている図柄は、前回紹介した宮田さんが得意とするシュプリンゲン=イルカが描かれていて、これはJRならではの旅立ちを表現しているそうだ。ちょっと、こじつけ気味だが、なるほど!

この四代目銀の鈴はグランスタ開業にあわせて付け替えられたものだが、最近下部からライティングされるようになった。しかも、七色光線(表現古いが)で時間に応じて色がくるくる変わる。これは、ちょっと品がないなあ。いくら、宮田さんが遊び心に富んだ、フットワークの軽い人でも、ここまでくるとやりすぎ感がある。七色光線は後から別の人が付け足したのではないかと考えるが、どうだろうか。

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さて、今夏休み特集としてNHKハイビジョンで「絶景シリーズ」と銘打ったヨーロッパの紀行番組をやっている。日曜日はフランス特集。先日旅行してきたばかりなので、つい全編4時間見てしまった。

今夜は早く帰宅してテレビをつけると「ドナウ川」シリーズをやっていた。フランスもドナウ川もかつての特集番組を再編集したものだが、ハイビジョン画像は大変美しい。今夜も全編2時間タップリ観てしまった。二年前にやはり家族旅行でオーストリー、チェコ、ハンガリー中欧三カ国を観光したので、懐かしい画像のオンパレードだった。

今夜のドナウ編は画像もよいが、バックに流れる音楽がハイドン、モーツァルト、ベートーヴェン、ブラームス、ヨハン・シュトラウスなどなど名曲揃い。目も耳も楽しませてもらった。シュトラウスの「美しき青きドナウ」ではじまり、イヴァノヴィチの「ドナウ川のさざなみ」で終わる選曲も心憎い。

特筆すべきは、ソプラノの幸田浩子ちゃん(「ちゃん」というのは、いつもFM番組の「きままにクラシック」で相方の笑瓶が呼んでいる)の5年前の可愛い姿が見られること・・・・もちろん、歌声も素敵である。

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2009年8月16日 (日)

面白写真集vol.2・・・食いしん坊編

フランス旅行第四弾。今回は食べ物を中心とした話題にしよう。

フランスはワインの国だが、北部ノルマンジー地区はブドウノ栽培に適さない。そこで、ワインに代わってりんごのお酒、シードルが飲まれている。ルーアンでも、モンサンミッシェルでもそうだった。アルコール度数は3度くらいだから、お酒が飲めない私には丁度よい。面白いのは、グラスではなく、コーヒーカップのような陶器で飲むこと。フランスでは酒の部類に入らないのかもしれない(以下の写真は全てクリックするとポップアップします)。

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フランス一、いや世界一の観光地「モンサンミッシェル」はノルマンディーとブルターニュの境目にある。ここでの名物料理は二つ。一つは有名な「巨大オムレツ」。オムレツというより、シフォンケーキのような味わいだ。昔、島に渡ってくる巡礼者のためにボリュームのある食事を・・・・とマダム・プーラールが考案したものらしい。名人技により凄く泡立てられた卵をふわっと焼いてくれる。淡白で甘くなのでペロッと平らげた。

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もうひとつの名物が「プレ・サレ」。正確には、モンサンミッシェル周辺のプレサレ=低湿地帯で育てた子羊の肉のことを指す。海の潮風を受けた牧草をタップリ食べる羊は独特の風味を持ち、肉も柔らかい。地域限定の幻のラム肉である。プレ・サレはなんとしても食べたかった。ツアーだから料理はお仕着せだが、もし出なかったら別注文しようとまで決心していた。はたせるかな、モンサンミッシェルのランチにお出ましと相成った。通常はローストで供されるが、ソテーで出てきたのと、ツアーの料理だからたいしたことはないと思い込んでいたが、食してみるととても柔らかく、羊特有の臭みもほとんど感じられない。大変美味であった。

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四日目はロワール川の古城めぐり。これも定番観光です。「6人の女の城」として優美な姿で有名なシュノンソー城でランチをとった。特産の川魚カワカマスも美味だったが、デザートのケーキにはビックリ。いったいなにが始まるのかと驚いた。ツアーでここまでやるのは、エライ!デザートを切り分けると甘いアイスクリームケーキだった。

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フランスはチーズ王国としても知られているが、ロワール地方ではシェーブルという山羊乳のチーズが有名(写真右上)。写真は当日宿泊した古城ホテルのディナーで出されたものだが、サント・モールという地名ヲ冠したシェーブル。円筒形で表面に灰が付着していて、真ん中に藁が一本通してある。美味しかったので、帰りの空港で買ってきた。

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最後に、日本ではまずお目にかからない、イチゴ味のヴォルヴィック。チャントいちご果汁が入っていますよ。

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2009年8月14日 (金)

面白写真集vol.1

夏休みフランス旅行第三弾。として、面白い写真をピックアップしてみた。

ヨーロッパ、特にフランスは日本食ブーム。フランス到着日のホテル、ドゴール空港近くのロワシィーという小さな町にも日本食レストランがあった。OISHIIという店名と赤提灯が笑える(以下写真は全てクリックするとポップアップします)。

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ヴェルサイユのレストラン街にも寿司ショップが・・・・・・ルイ14世もびっくりだろう。

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ゴッホ終焉の地、オヴェール・シュル・オワーズ村内、ゴッホ公園にあるゴッホの像。ロシア出身で後にフランスを代表する彫刻家となったオシップ・ザッキン作の「野山を歩くファン・ゴッホ」像である。どうやってもゴッホには見えないが、デフォルメされたゴッホの姿には、最晩年の孤独な天才ゴッホの雰囲気が余すところなく表現されているようだ。ちなみに、この像は我らが丸の内仲通りにもある(orあった)らしい(右側写真)。驚きである。

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2日目のルーアンの旧市街。ローマ時代からの歴史を持つ古都で、木骨組のなんともいえない風情のある町並みが続く。上層に行くほど壁がせり出している家が面白い。

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同じくルーアン。ジャンヌダルクが火刑に処された場所に建てられたジャンヌダルク教会。1979年建立と新しく、斬新な海をイメージしたデザイン。彼女は異端を理由に火あぶりとなったが、カトリックでは近世1920年にようやく聖人に列せられた。教会内部に入ると、素晴らしく美しいステンドクラスが我々を包み込む。このステンドグラスは16世紀のもので、サン・ヴァンサン教会から移築したものらしい。

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ジャンヌダルク教会がある旧市街広場には食材のお店が軒を並べている。肉屋にはウサギの肉が。日本ではなかなかお目にかかれない。桃も扁平なものが売られていた。

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チョコレート(ショコラ)屋さんのショウウインドウ。日本の盆栽もブームらしい。印象派から時代は変われどフランスはジャポニスム。

続く

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2009年8月11日 (火)

私達の貴婦人

夏休み旅行の第二弾である。時系列でダラダラ書いても面白くないので、前回の「フランス印象派の旅」と同じようにテーマで横串を刺してみたい。実は、昨年のイギリス旅行もそう考えたのだが時間がとれずに途中で放棄した。

今回のテーマは「私たちの貴婦人」。フランス語でいうところの「ノートルダム」(Notre-Dame)の日本語訳である。ノートルダム寺院あるいはノートルダム大聖堂というと、パリのセーヌ河岸にある有名な教会を思い浮かべる人も多いだろう。たしかにあれはノートルダム大聖堂である。しかし、実はフランスにはたくさんノートルダム教会が存在するのである。今回観光ツアーでもルーアン、シャルトル、パリと三つのノートルダムを観た。

ルーアン(写真をクリックしてください)

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上記したように、ノートルダム=我々の貴婦人なのだが、ただの貴婦人ではない。聖母マリアのことを指す。だから、ノートルダム教会とは、聖母マリアに捧げる、日本流にいうと聖母マリアを祭った教会という意味なのである。ノートルダム教会が沢山あるということは、フランスやベルギーなどのフランス語圏で、マリア信仰がいかに盛んであったかを示すものといえよう。

パリ(写真をクリックしてください)

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キリスト教(カトリック)は本来一神教、つまり神であるイエズス・キリストを唯一神とする宗教であるが、なぜこのようにマリアを讃えるノートルダム教会が沢山建てられたのか?

勿論、キリストの母親であるから、神聖なものには違いない。しかし、それ以上にキリスト教が西ヨーロッパ各地に勢力を拡大してゆく時期に、地場土着の神様(女神)との習合の結果マリア信仰が生まれたという見方がある。土着の女神=マリアは先住民の心に深く刻み込まれた心の故郷であり、キリスト教も宗教上の軋轢を避けるために、こうしたマリアの信仰を大切にしてきた経緯がある。

もう一つの見方に、マリアの「母性」を重んじる考え方がある。キリスト教の神は厳しく畏れられる神であり、父性的ともいえる。ところが、厳しさばかりでは信者の共感を得ることは難しく、父性の対極にある母性が求められてきた。つまり、慈しみ許しを与える神の側面である。人間の弱さを許したもう「母なる神」を求めて作られたのがノートルダム教会なのである。

シャルトル(写真をクリックしてください)

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今回訪れた3つのノートルダムのなかで、一番楽しみにしていたのは世界遺産のシャルトル大聖堂であった(パリの大聖堂は二回目の訪問)。パリ南西部の一面の麦畑をバスで走っていると、突然前方に尖塔が見えてくる。近づくにつれ尖塔がどんどん大きくなり期待が膨らむ。間近でみると、なんとも壮大で華麗な教会である。ルーアンやパリのノートルダムよりも一回り大きく威圧感さえある。しかし、内部に入ると一転して静謐の世界が広がる。有名なステンドグラスもため息が出るほど美しい。建造当時のステンドグラスが大部分残っていて文化的な意義も非常に高いのだ。特に蒼く幻想的な光を放つシャルトルブルーは感動的。代表作の「美しき絵ガラスの聖母」は、ノートルダムの本尊ともいうべきマリアを讃美し、みる者を天国に導くようだ。

写真をクリックしてください。

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2009年8月10日 (月)

フランス印象派の旅

今回の夏休み旅行は知的好奇心を満足させる旅でもあった。ツアー旅行を選定する場合、当然のことだが、気に入った観光地がどれだけ盛り込まれているかがポイントになる。単にツアーに受身で参加するのではなく、自分の見たいものが何かを予め求めておく(あるいは予習しておく)ことが大切だと思う。その点で、今回のツアーは私の好きな印象派の絵画に縁のある観光スポットが上手く取り揃えられていた。面白いことに、絵画が描かれた現地を訪ね、その絵画を後に美術館で鑑賞することが出来たのである。

パリに当日夕刻到着し、翌日はパリ北西近郊の「オヴェール・シュル・オワーズ」という小村に向う。ここはゴッホ終焉の地。ゴッホは晩年精神に異常を来たし、とうとう自ら銃弾を胸に打ち込んで果てた。この村にはわずか2ヶ月間しか滞在していないが、70点もの作品を残している。なかでも有名な「オヴェールの教会」(ノートルダム教会)を見学。旅行終盤の自由時間を使って、パリのオルセー美術館でこの絵を観た。実物の教会は修復中で外観しか見られなかったが、絵のほうは深い紺青の空が印象的で、とても自殺を図るような精神状態とは思えないくらい美しい。この村ではゴッホと弟のテオが並んで埋葬されている墓地も見学できた。

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同日、次にモネのジヴェルニーの庭園へ向う。モネファンの私としては、ここはどうしても行きたかったところ。オヴェールからバスで1時間ほどの場所である。モネは50歳当時ここジヴェルニーに土地を買い、セーヌ河から水を引いて池を作り、あの「睡蓮」を植えた。モネが憧れた日本式庭園である。また、アトリエに接した庭には四季に咲き乱れる花々を栽培し、なんとも夢のようなモネの世界を作りあげたのだ。睡蓮の池の風景は息を呑むほど美しい。池の水面と風にそよぐ木々、とくに優美な柳の姿に暫し見とれていた。やっとここ、憧れのこの場所に来れたのだと感慨に浸った。モネのアトリエ(撮影禁止)は日本の浮世絵が所狭しと飾られている。印象派の画家達を風靡した「ジャポニスム」である。日本とフランス、印象派の遠くて近い緊密な関係を実感した。

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この風景を絵にしたのが、パリのオランジュリー美術館。ツアー最終日の自由時間に訪ねた。大昔パリに来た時に改修で閉館していて、地団駄を踏んだ思い出のある美術館。楕円形の二つの大広間の壁一面にモネの「睡蓮」が展示されている。大広間の中に居ると、あたかもモネの庭に佇んでいるような錯覚にとらわれる。まさに、癒しの空間。そして、二つの大広間が無限大=∞の記号のように接していて、時空を超えた感覚に襲われた。いつまでもその中に居続けたい空間、稀有な世界である。

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三日目にはルーアン観光。ルーアンはジャンヌダルクが火刑に処されたことで広く知られているが、ここルーアンが入っているツアーは数少ない。実は、ここのルーアン大聖堂もモネの連作で有名なところなのである。大聖堂の佇まいは壮麗そのもの。何世紀にも亘って手を加えられてきた大聖堂だが、様々な様式を超越して屹立している。内部のステンドグラスも美しい。モネは大聖堂の前にある建物(当時は下着ショップ、現在は観光案内所)の二階に陣取って、30点を超える作品を生み出した。興味深いのは、ほとんど同じ構図なのだが、時間の経過につれて見える大聖堂の有様を微妙な光のタッチで描き分けていること。

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このうちの数点をオルセー美術館で見ることができた。実物の大聖堂との対比をしてもあまり意味はないだろう。モネが描きたかったのは、大聖堂という建物ではなく、刻々と移り変わる大聖堂が反射する光そのものを絵に描きとめたかったに違いない。オルセーにある大聖堂の連作をまじまじと見て、印象派の本質が光の在り様であることについて、改めて思い知ったのである。

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2009年8月 7日 (金)

打ち水コンサート

夏休み旅行から帰ってきました。年に一度は海外に家族旅行するのが我が家の恒例行事。家内とフランスへ行ってきました。某旅行会社のツアーです。

訪問地は、パリ→ゴッホの終焉の地「オーベル・シュル・オワーズ」→モネの庭園のある「ジヴェルニー」→これまたモネと縁の深い「ルーアン」→フランスの江ノ島(笑)「モン・サン・ミッシェル」→優美なロワール地方の古城→大聖堂で有名な「シャルトル」→パリといった具合。盛り沢山な北フランス周遊です。

パリには一度立ち寄ったことはありましたが、北フランスの本格的な観光は初めてです。モンサンミッシェエルで豪雨に見舞われたほかは、天候もまずまずで知的好奇心も十分に満たされた楽しい旅行でした。この話は何回かに分けてお話しましょう。

そんなこんなで、今夜の丸の内合唱団の「打ち水コンサート」に参加することが出来ませんでした。残念。帰国は昨日でしたが、練習に全く参加できなかったことと時差ボケでかなりしんどい状態だったからです。でも、仲間たちの演奏を聴く事ができてよい経験でした。

「打ち水コンサート」は生憎の豪雨で開催が危ぶまれたようでしたが、予定時間には雨も小降りになり、演奏場所がビルの庇の下でしたので濡れなかったみたい。ビヤガーデンのお客さんもそこそこ来ていて、なかなかの盛り上がりでした。雨のせいで会場側ではなくビルに向っての合唱で、音響的には仕方のない部分もありましたが、それでも浴衣姿で楽しく歌っていたのが印象的でした。スポンサーの三菱地所の方も聴きにこられなによりでした。

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2009年7月29日 (水)

このくらいの暑さなら・・・・人間ウォシュレット

明日から夏休み。恒例の家族旅行で海外に行ってきます。しばらくブログはお休みです。

会社の人と話していたら、インド出張の様子を聞きたがっていた。そういえばインドの話はこのブログではまだ触れていない・・・・多忙でずっと触れないかもしれないので、今回は意を決してサワリをご紹介しよう。

インドはこれまで訪問したどの国より驚くことが多かった。思いつくままあげてみる。

①なんといっても暑い。最高気温が45℃前後。体温より暑く、血液が沸騰してしまいそう。出張した6月が一番暑い季節なのだという。なんでそんな時期に出張したか・・・・7月に入ると雨季になりモンスーンがやってくる。移動に支障をきたすと言われたからだ。特に、デリー(北部)は酷暑。ムンバイ(西部)は気温は40℃を切るが、海洋性のためものすごく蒸し暑い。現地の人は帽子や日傘を使わないのだから、身体の構造が違うのだろう。インドに比べれば、日本の夏の暑さなんて涼しいもの・・・・いやいや、比較論だが暑いものは暑い(笑)。

②水が飲めない。暑いと喉が渇くし、熱中症予防のためにも水分をこまめに補給しなければならない。このとき、ミネラルウォーター以外飲んではいけない。水道の水もダメ。日本にはない病原菌?がウヨウヨだから、水を飲んだら一発でお腹を壊すらしい。「らしい」というのは、水に気をつけていたので、幸い下痢にはならなかったからだ。歯磨きやうがいもミネラルウォーターでする。シャワーでも水を口に含まないようにする・・・・などなど。面白かったのはホテルのプール。出張なのでそれなりの立派なホテルに宿泊するのだが、いずれにも素晴らしく美しいプールがあった。ところが、誰も泳いでいない。一週間の出張中、人っ子一人泳いでいるのを見かけなかったのである。口や眼から水が入ると病気になるからだろう。

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③カレーの毎日。現地の人は朝からカレーを食べる。我々が泊まったホテルでも、洋食ブッフェが主体だが、ちゃんとカレーを取り揃えている。インドではヒンドゥー教はビーフ、イスラム教はブタが禁忌なので、肉といえばチキンかマトンのカレーしかない。その代わり野菜や豆のカレーが数多くあって、これが滋味深く旨いのだ。

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④日本人がいない。都会の街中でも日本人をほとんど見かけないのだ。ビジネスマンの数も少ないが、観光客はほとんど見かけない。休日にインドのデリー駅から「新幹線」に乗ったのだが、駅の喧騒がとても印象に残った。物乞いの人から、ホームに布を敷いてごろ寝している人・・・・いやー、戦後の日本もこんなだったのだろう。

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⑤衛生の問題。水のほかにもう一つ衛生の話をしよう。ホテルは例外として、インドのトイレにはペーパーがない。では、どうやって用を足しているかというと。カップに水を汲み、左手で洗い流すのである。まあ、「人手ウォシュレット」と表現したらわかってもらえるだろうか。インドでは左手は不浄の手であるから、尻をぬぐってもおかしくない。さらに驚いたのは、デリーからアグラ(タージマハル)に行く早朝の新幹線の車窓から見える光景。郊外には集落が点在しているが、家々から人がそろりそろりと線路際の草むらに出て来て、電車に向って「しゃがんでいる」のだ。そう、朝の用を足しているのである。家にトイレがない・・・・・ところも多いようだ。

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誤解しないでほしいが、インドの人々を卑下しているわけではない。日本でも一つか二つ前の世代の頃は、田舎に行けばこうした光景が見られたに違いない。インドの新幹線でもトイレにはタンクがなく、線路に落としっぱなし。日本だって私の子供の頃はそうだった。そうした意味では、インドは郷愁を誘う国といってもよさそうである。

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2009年7月 4日 (土)

食の細道

芭蕉を訪ねる山形・仙台旅行は、うまいもの旅行でもあった。各地の名物を口にするのも「口福」なのである。題して「奥」ならぬ「食の細道」。

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月山の麓の山菜料理「出羽屋」。http://www.dewaya.com/main.html

ここの山菜尽くし=ふるまい料理は圧巻。10数種の山菜が食卓に繰り広げる饗宴は素晴らしい。どれも素材の味を生かした薄味で、微妙な滋味を食べ比べる楽しみがある。女将によれば、山菜は地元住民が普段口にしているものなので、先代の創業者が料理屋を始めたとき、「頭がおかしくなったのでは」と噂されたそうである。それが、時代が変わりいまや山菜は貴重品。我々のように遠く首都圏からこれを目当てに旅行者が訪れるようになった。まさに先見の明があるというべきか。

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寒河江は「さくらんぼ」の名所。チェリーランドという土産物屋では、「さくらんぼカレー」なるものを売っていた。どんな味なのだろう?さくらんぼアイスも美味であった(写真はさくらんぼとお米のアイス)。

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昼の山菜料理でノックアウトされたので旅館での夕食をキャンセルし、天童の蕎麦屋=「水車」に行く。連れは山形そば。山形そばも様々だが、概して太くコシのある田舎そばが主流。東京の更科や藪を食べなれている舌には、ちょっと苦しいかも。しかし、100%そば粉手打ちの田舎蕎麦は、豪快でたいへん満足感がある。私はこの店が発祥?といわれる鳥中華。もともと蕎麦屋のまかない食だったらしいが、あまりの美味しさに看板メニューになった。この店は地元の客が多いようだが、二人に1人はこの鳥中華を注文していた。おそらく、そばつゆがベースになっていると思うが、甘みがかったスープがとても旨い。

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翌日の松島では鮨を食した。桶ちらしが有名なようで、カウンターの隣では若い女性3人組みが苦闘していた。我々はフツーの鮨を食す。観光地価格なのか、ちょっと高め。

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夕食は仙台駅に隣接したファッションビルの地下のレストラン街で長男と。伊勢屋というステーキが主体のお店だが、私は折角だから仙台名物牛タン定食。編み焼き、コロッケ、シチューなど牛タンをつかった料理に舌鼓を打った。別注文のガザウニのとろりとして旨かったこと。

番外編として「ずんだシェイク」。暑さでいささか疲れた体には甘いものがピッタリ。

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2009年7月 1日 (水)

山寺の和尚さん

ダガヂク ダガヂク ダガヂク エイホホー

山寺の 和尚さんは 毬はけりたし 毬はなし

おなじみの山寺の和尚さんの歌詞である。いや、この山寺ではなく、山形の山寺(立石寺)に行ってきた。

インドに出張したのはかれこれ3週間前45℃にもなる猛暑で、はやくも夏バテ(笑)。帰国してもなにもする気にならず。そしてすぐ株主総会などなど・・・・忙しくてすっかりブログもご無沙汰していた。

インドの話は追々書くとして、先週土日を使って、山形・宮城小旅行に行ってきた。仙台に転勤した長男の住居を訪ねるのが目的だったが、折角だから観光も。思い立ったのが一週間前、しかも山形は一年で一番混み合う「さくらんぼ」のシーズンで、旅館も新幹線も満室・満席。旅館は幸いキャンセルが出たので、上手く天童温泉の旅館に滑り込んだ。新幹線も、なんとか東京朝時30分の臨時列車に指定がとれて胸をなでおろした。自宅を朝4時半起きだったから、土曜日は18時間、一日のうち四分の三も起きていたことになる

雲の峰 いくつ崩れて 月の山(芭蕉)

地元銀行の友人に勧められて、山形から高速バスで40分の間沢という月山麓の山菜料理店で昼食さくらんぼの寒河江、天童を経て山寺まで足を伸ばした。山寺は奇岩怪石の絶壁に立つ名刹で、芭蕉の句でも有名。一度は訪ねてみたいところだった。

閑さや 岩にしみいる 蝉の声

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やや離れた丘から望む山寺全景は素晴らしい。しかし、頂上にある奥の院まで辿るには、1015段もの石段を登らなければならない。車の道もリフトもない。まさに足が勝負である。しかも土曜日は33度もの真夏並みの猛暑。奥の院にたどり着いたときは、汗びっしょり、息も絶え絶えであった。でも、途中に風情あるお堂が点在し、そこに立ち寄って体を休めながらなんとか踏破した。

この日は、天童温泉に戻り一泊

翌日は仙山線で仙台へ。山形と仙台は思いのほか近く、電車で一時間程度で到着してしまう。私のアイデアは、あおば城址など市内観光をする予定だったが、連れが松島観光を提案。時間に余裕があるようなので、仙石線で松島海岸へ。斎太郎節で知られる国宝「瑞巌寺」を観光。伊達政宗のパワーがいまだ満ち満ちている本堂の壮大さに目を見張った。また、参道の杉並木も見事。その後、松島島巡り観光船でゆったりとした時間を過ごした。

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これも芭蕉の句

松島や ああ松島や 松島や

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仙台に戻り、長男の住居を訪ねる。夜は駅地下のレストランで久々に長男と一緒に食事をとり、台発時過ぎの新幹線で東京に向った。

乗り継ぎが非常に効率的に出来たので、強行軍にもかかわらず充実した土日であった。そして、芭蕉の行路を逆行したのも趣があったたまにはこうした小旅行で心身ともにリフレッシュしてみたいものだ

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2008年11月17日 (月)

浅草めぐり

昨日は久々に浅草にあそびに行った。夜錦糸町で以前働いていた銀行関係者のコンサートがあったので、その前に浅草に赴いた。

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ただ、あてもなく行ったわけではなく、浅草大観光祭が目当てである。そのためか、仲見世はいつにも増して人人人の大洪水である。興味深いのは浅草寺のご本尊、お前立て観音のご開帳があること。ただ、遠くから見るとボヤっとしていて、小体であることもあってよく分からないというのが実態である。

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本当の本尊は聖観世音菩薩だが、これは絶対秘仏として知られていて、1400年もの間一度もご開帳されていない。このため、浅草寺のご本尊は紛失して今はない・・・という噂もあるのだ。かなり前のことだが、なにかのパーティーで浅草寺近くにある寺の住職から聞いた話。秘仏にしているのは、ご本尊が失われているから・・・・・実はその住職の寺にご本尊が安置されているから間違いない・・・・といういかにも嘘っぽい話だったのだが、坊主が嘘をつくわけもないし、と今まで半信半疑でいる。

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面白かったのは、お手綱。期間中、本堂前には3本の開帳塔婆が立ち、その塔婆からはお手綱が渡される。 お手綱は本堂のお前立観音の手に繋がっており、このお手綱を手に取ることで、直接お開帳のご本尊さまとご結縁できるというもの。 お手綱は、赤・黄・白・緑・紫の5本あって、参詣者が手にとってありがたく拝んでいた(私は黄色、家内は赤)。

そのあと、普段は見ることが出来ない伝法院の寺宝と庭園を見学。中でも作庭家として名を成した小堀遠州作による回遊式庭園は見事であった。浜離宮や六義園などと比べると小規模だが、浅草寺の寺塔特に五重塔を借景にした景観は見事であった。

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さて、ちょいと早いが食事でもと伝法院を出ると、奥山風景といって出店や大道芸が賑やかに催されています。面白かったのが見世物舞台。「大いたち」「大猿小猿」「大かみ娘」とオドロオドロしい化け物の看板が並んでいます。

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時間がなかったので中には入らず、塀の隙間から覗き手見ると、なんと「大かみ娘」は大きな和紙に筆で黒々と娘の字が大書されています・・・・・・なるほどねえ。と感心することしきり。この発想で行くと「大猿子猿」は「大きなザルと小さなザル」。「大いたち」は「大きな板に血(のようなものが)塗られてる」ということになるでしょう。他愛のない言葉遊びですが、なんともユーモアたっぷりで江戸時代の町人文化のウィットが感じられて楽しくなります。

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食事はもんじゃ焼き。家内が食べたことがないというので鮨屋通りの「祭りばやし」という店で。鉄板焼き、お好み焼き、もんじゃ焼きのセットで一人前1500円は安くて上手い、言うことなしです。

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最後は喫茶「アンヂェラス」を探し当て、名物梅ダッチコーヒーをいただきました。これは、アイスコーヒーに梅酒と梅をいれたこの店独自のメニュー。池波正太郎も贔屓にしていたという浅草らしい、浅草の良さを伝える名店です。

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2008年9月29日 (月)

IT企業ツアーと豪華ホテル

ハードスケジュールこなしてます。

持病のほうはなんとか常備薬が効いて大事に至ってません。ただ、指がはれてしまうので、今週末のゴルフはクラブが握れないため欠席としました。持病ですから付き合い長いなんですが、発見してから五時間以内に薬を飲めば大丈夫。熱も出ないし、伝染もしません。でも、やっぱり疲れが原因です。

さて今日は日曜日なので会社はお休み。でも、仕事するところが、われら日本人です(笑)。仕事といっても、相棒のアイデアで、シリコンバレーの有名IT企業を車で回りました。もちろん、会社はやってませんから玄関までですが、何社かセキュリティーに怪しまれました。怪しい日本人です(笑)。

会社名を羅列すると、かのグーグ本社から始まって、ライバルのヤフー、インテル、シスコ、サンマイクロ、アップルなどなど・・・・・みんなシリコンバレーの企業です。この話はいつかブログでご紹介しましょう。

さてこのあと、今回の出張のもうひとつの目玉、私が勤めている会社が出資している投資会社の年次総会。シリコンバレーとサンフランシスコの中間、太平洋に面したハーフムーンベイというリゾート地がその場所です。こんなところで・・・・と思いますが、二日間会員が途中で逃げないように辺鄙なリゾート地でやるのが慣わし?とのこと。でも、宿泊がリッツカールトンホテルなんです!

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なかなかとまれない豪華ホテル、会社には申し訳ないけれどお部屋も非常に豪家です。部屋の窓からは太平洋が見えます。隣に素晴らしいゴルフ場が併設されていて、どうやら女子プロのトーナメントをやるようでした。今日はディナーだけでしたが、明日は一日コンファレンスだそうです。大変だなあ。

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2008年9月26日 (金)

休みじゃなかった!

しばらくお休みのはずでしたが、出張先で書いてます。

成田を25日の17時10分に出発、サンフランシスコには同日の午前10時着。時差の関係で一日得してます(帰りは損)。飛行時間は約8時間ですからすぐにつく感じ。食事が出たりでよく眠れませんでした。

最高気温20度、最低15度と聞いていて、冬服でとのことでしたが、来てみたら暑い・・・・・・・最高28度ですから、日本と変わりません。湿度が低いのでからっとしていますが、夏服にすればよかったと、トランクに詰め込まれた冬服を見て嘆くことしきり。

今日は、会社を4件回りましたが、眠い眠い。おまけに英語がわからないのでボーっとしていました。いまは夜の11時、そろそろ限界です。

お休みなさい。

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2008年9月14日 (日)

日本一美しいスタバ

日本一美しいスタバって、スターバト・マーテルじゃありません。スターバックスのこと。なんせ、お店にプールがあるんです。

三連休の中日。昨日はお葬式に遠出したりして、少々お疲れ気味なので、今日は家内と近場をハイキング。久しぶりに鎌倉に出かけました。一応、住所は鎌倉市ですが、かえって出かけません。それに、鎌倉市のはずれに住んでいるので、モノレールとJRを乗り継いで結構不便です。

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北鎌倉で降りて、駆け込み寺で有名な東慶寺、鎌倉五山のひとつ浄智寺、亀ヶ谷切通しを通って海蔵時、寿福寺などを経由して鎌倉駅に至る道筋です。まだ暑いせいか、三連休にしては比較的空いていて助かりました。尤も、今回訪ねた北鎌倉の寺院は、円覚寺や建長寺に比べればマイナーですから、あまり人気がないのかもしれません。これらの多くには作家などの文化人のお墓があって、いかにも文士の街鎌倉という感じです。また、どのお寺も萩の走りでこれからもっと見事な花を咲かせるのでしょう。

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浄智寺の後、ちょうどお昼時でしたので、建長寺門前にある「五山」でけんちん汁を食しました。炊き込みご飯とセットになった、紫陽花ごぜんというメニューです。けんちん汁はご覧の通り具沢山。ごま油の香りが絶妙です。やはりけんちん汁の決め手はごま油。スープや具は薄味ですが、ごま油がほんのり効いて味を美味しくまとめてくれます。紫陽花めし=炊き込みご飯も美味で、ボリュームも十分。1050円也はお値打ちです。

けんちん汁のいわれはご存知でしょうか?むかし、建長寺の小坊主が豆腐を床に落としてグチャグチャになり困っていると、開山の蘭渓道隆がこのクチャクチャになった豆腐とくず野菜を煮込み、とても美味しい汁を作った。これすなわち、建長寺汁がなまってけんちん汁になったとか。まことにもっともらしい話です。

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北鎌倉の道は山間でアップダウンがきつく、特に切通しは外敵を防ぐ意味もあってなかなかしんどい道のりでした。のども渇いたので、本日の目的であった鎌倉駅裏市役所前のスターバックスへ。なんといっても日本一美しいスタバですから・・・・・だれが決めたって?奥さんの友人の外国人が「日本一」と決め付けたそうですから、間違いない(笑)。全国、いや世界を探してもプールのあるスタバはほかにないでしょう。建物も天井が高くモダンでいてシック。うまく鎌倉の町並みに溶け込んでいます。それもそのはず、ここは「フクちゃん」(若い人は知らないだろうなあ)で有名な漫画家横山隆一の邸宅の後を利用して建てた店舗なんです。プールもそのままです。それに、一緒に葉山の老舗料亭「日陰茶屋」の別バージョン「チャヤ マクロビオティックス」が入っていて、いかにもヘルシーなケーキを売っています。たかがスタバですが日本一となると、なんともリッチなひと時を過ごしました。

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もう一軒、最近有名になった昆布屋「宗達」。出身は大阪のようですが、鎌倉に本店を構えています。ここも建物がユニークです。建築コンクールで入賞したというピカピカのお店で、ちょっと入りつらい。店内撮影禁止とか、メニュー(軽食も出来る)の値段も高く・・・・・・ちょいと覗いただけで出てしまいました。鎌倉は質実剛健な武士の街です。よそ者がお高く留まった店を出すのはいかがなものか?

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鎌倉駅への帰り道、大正末期に開業した安保小児科という医院が風致保存会の手で保護されていて、一階の診療室が公開されていました。私が子供の頃のお医者さんそのもの。クレゾールの香りが漂ってくるようで、とても懐かしい気持にさせられました。机の上の絵皿のマンガが上記の「フクちゃん」です(写真をクリック→ポップアップしてください)

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2008年8月17日 (日)

ポターとシェークスピア

海外ツアーに行くと、当然のことながら地元の名所旧跡を案内される。ヨーロッパだとたいてい、教会寺院だったりお城だったり、近年は美術館も多い。私は教会寺院が好きだから抵抗はないが、ツアー客の中には「どこの寺院を見てもおんなじだ」と歓迎しない向きもあるようだ。

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今回の英国ツアーでは英国南部にあるバース(バス=お風呂の起源の町:写真)のバース教会=写真だけだった(ロンドンの自由行動ではいくつか教会を訪ねた)。これは大変珍しいことである。もっとも、三分の二をイギリスの田舎で過ごしていたので、これも自然の成り行き。英国でも日本でも田舎は自然があるだけで、知的好奇心を刺激されるものは少ない。振り返ってみても、地味な名所旧跡だった。

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中西部、風光明媚な湖水地方にピーターラビットの故郷がある。ピーターラビットの著者「ビアトリクス・ポター」は、夏休みや休日に出かけたスコットランドやここ湖水地方の自然を舞台に、そこに住む小動物たちを主人公にした童話を書き、世界中で愛されているのはご存知の通り。湖水地方最大の湖であるウィンダミア湖の湖畔に「ビアトリクス・ポターの世界」というアトラクションがあります。アトラクションといっても、ポターの童話をキャラクター人形で再現したもので、オトナでもなかなか楽しめる。きっと、ピーターラビット好きには堪えられない場所であろう。

今回ロンドンで家内の元生徒さん(家内は半分ボランティアで外国人に日本語を教えている)を訪ねた時、そこの4歳のお子さんにこのアトラクションの写真を見せたら大喜び。ほとんど登場動物の名前を(おそらく物語も)理解していた。でも、私たちフツーの日本人にとっては「ピーターラビット」は知っているが、「りすのナトキン」とか「グロースターの仕立て屋」とか言われても、なんのことやら分からないんだけどなあ・・・・。

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そうしたなかで、ストラトフォード・アポン・エイボンにあるシェークスピアの生家はなかなか面白い。生家の隣にシェークスピアの博物館があって、当時の彼の生活ぶりが再現されている(写真)。そこを見学してから生家に入る。なにせ16世紀の家屋がそのまま残されているのだから興味深い。木造で太い梁、ギシギシ鳴る床、シェークスピアが寝たベッド?などなど・・・さすが、イギリス人は古いものを大切に保存しているのだなあと感心。生家の中は撮影禁止なのだが、ガラス窓にイギリスの文豪たちが見学に来たシルシとして落書きがしてあったり、古くからシェークスピア詣があったらしい。生家の庭で、当時の衣装を着た説明員と記念撮影した(写真)。

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2008年8月14日 (木)

H交通社は凄い

H交通社についてブログに書いたら、やっこさんから“また長距離バス乗りに行くんだね~”とコメントがつきました(笑)。この際、Hなんていわずに阪急交通社とはっきり申し上げて、なぜ凄いのか私見を述べましょう。

阪急交通社のツアーは見所満載。これでもか、これでもかとてんこ盛りです。でも、その割りに安い。おそらくJTBや日本旅行など他の旅行社比2割程度は安いと思います。だから参加人数が多い。阪急は通常35名まで募集しますが、他社は20~25名くらい(あるいはそのぐらいしか集まらない)。①参加人数が多い分、一人当たりのコストが安くなるはず。また、②参加人数が多いから、開催回数を増やせる。このため、ホテルや交通機関へのバーゲニング・パワーが大きくて、安く仕入れることが出来る・・・・ということになるでしょう。

いいこと尽くめのようですが、反面人数が多いとツアーの質が悪くなりがちです。でも、阪急の添乗員さんはサービスが良いし、一生懸命に仕事をするので、お客さんの不満度はそんなに高まらないのです。今回はありませんでしたが、ツアーの最後に、添乗員さんが旅行の「手書き日記」を書いて渡してくれたりもします。

また、見所満載は、折角の海外旅行なのだから出来るだけ沢山見物したいという旅行者の本能を満たしてくれます。問題は欲張りすぎて、早朝出発・深夜到着があったり、長時間の移動が多いこと。今回のツアーのように6時間もバスに乗ったりはザラです。ですから、体力に自信がないと正直シンドイのです。

私は血液型はO型ですが、A型気質(血液型にあらず、性急・野心的・イライラ・気を使いすぎなど心身症になりやすい?と言われる)の様ですから、まさにピッタリのツアーです。でも、一応考えがあって、ヨーロッパ各国を制覇(笑)したら、今度は滞在型でゆっくり・じっくり旅行するというのが夢なんです。そのころには、体力も落ちてるだろうしね。ヨーロッパ以外で体力があるうちに行きたいのは、南米のマチュピチュです。なんせ、高山病にかかる危険があると言うので、医師同行のツアーのようです。

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2008年8月13日 (水)

英国ツアー2:田舎と都会

今回ツアーもH交通社。コストパフォーマンス抜群ですが、ハードスケジュールで有名。成田から12時間強でロンドン着15時30分。バスに乗り換えて約500キロ、6時間以上かけて初日宿泊する湖水地方に着くのです。他社のツアーではロンドンでトランジットして近くの空港に行くのですが、このツアーはバス。説明会の時に、なんで飛行機使わないんですか?と質問したら、「バスはよく眠れますよ・・・」だって。まあ、トランジットでもヒースローで何時間も待たされることがあるから、時間的にはあまり変わらないかもしれませんがね。

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今回のツアーは、イギリス中北部の「湖水地方」(ピーターラビットの故郷)から南下、丘陵地帯「コッツウォルズ地方」を経てロンドンに向かいます。旅程の三分の二はのどかな森林・田園風景が続いていて、癒しの旅。「コッツウォルズ」は羊小屋の丘という意味で、なだらかな丘陵が続きます。どこかで見た風景だなあ・・・と考えていたら、そうイタリア トスカーナの丘陵地帯ととても似ているんです。

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まさに田舎の風景ですが、道路のところどころにかわいらしい街が点在しています。人もあまり見かけず、ただ羊や牛が牧草を食んでいるだけ。なんとものどかな気持になります。例外はコッツウォルズの北端に当たるストラッフォード・アポン・エイボン。あのシェークスピアの生誕地です。この街の周りもごくフツーの田園地帯なのですが、ひとたび街に入るとここだけ異空間という感じ。観光客でごった返しています。でも、小さな街ですからたかがしれています。

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そんなのんびりムードだったツアーも、ロンドンに入ると一変。人の多いこと多いこと。東京生活をしている身からすると、たいしたことなさそうですが、その前が「癒しの世界」でしたから、ロンドンの喧騒についてゆくのに苦労しました。ロンドンの都会人が安らぎを求めて湖水地方やコッツウォルズに旅する理由がよく分かりました。

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2008年8月 9日 (土)

帰国しました・・・We Will Rock You

「威風堂々」の国から帰ってきました。さすがに飛行機10数時間はきついです。これから、不定期ですが何回かかけて、ツアー旅行についてアップしたいと思います。でも、去年の中欧旅行も途中で「挫折」してしまったので、どこまで続きますか・・・・・?

さて、第一回はWe Will Rock You」。ロックバンド「クィーン」の曲をフィーチャーしたロンドン・ミュージカルなんです。今回の「8日間英国周遊ツアー」の最後にオマケとしてついていました(といっても、チケットを見たら55ポンド。約1万円もします)。ただし、申し込み時点では演目は確定していなくて、「サウンドオブミュージック」「ライオンキング」「シカゴ」とこの舞台のいずれか。ロックにはまったく縁のない私ですから、どうかな?とあまり期待していませんでしたが、とても感動しました。

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ストーリーはシンプルで、英語が分からない私でもついてゆけます。未来社会で、すべての娯楽はグローバルソフトという会社が統制していて自由がない。そのなかで、ボヘミアンと呼ばれる異端分子たちが自由な歌を求めて抵抗する。リーダーとなったガリレオとその恋人スカラムーシュが伝説のギターを探し出し、ウィ・ウィル・ロック・ユーを高らかに歌う事によって自由を勝ち取る・・・・というもの。あのロバート・デ・ニーロのプロダクションで2002年からロングランしている大ヒット作です。ただし、随所にジョークが織り込まれていて、周りの観客は笑っているのに、私たち日本人ツアー客にはチンプンカンプンなのは寂しいものです。

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全編がクィーンの名曲によって構成されていて、両袖にはバンドが大音響で演奏しています。舞台装置もハイテク機材を駆使したものでハデハデ。バリライトがガンガンでいやがうえにも雰囲気が盛り上がります。キャストの歌唱力も見事。流石、本場ロンドン・ウエストエンドのミュージカルです。なにより凄かったのは、客席と舞台が一体化していること。ロックミュージカルということもありますが、拍手・歓声の嵐・・・・・・エンディングでは満席の客席総立ちで一緒に歌う、まさにロックコンサートさながらです。写真禁止でしたが、どさくさにまぎれて(笑)シャッターを切りました。こういう形式を「シンガロング」(sing along)というそうですが、ミュージカル好きな私でも初めての経験でした。比較的高年齢のツアーでしたが、皆さん立たれて相当盛り上がっていました(一番はしゃいでいたのは私・・・との証言あり)。

かつて出張の折にブロードウェーミュージカルを一度見たことがありますが、劇場はだいたいが小さくて古く、でも親しみがわく。地方から観劇に来た「おのぼりさん」たちが、親しげに我々日本人にも「どうだ、面白いだろう!」などと話しかけてくる。そんな雰囲気が大好きです。やっぱり、感動は皆で分かち合い共感するものだと思います。ここウエストエンドの劇場(ドミニオン劇場)も相当年季の入った建物ですが、古いものを大切使うイギリス人の心意気が感じられました。そして、クイーン世代の人も若者も、洋の東西を問わず全身で感動を受け止めていたのは、とても印象的でした。

プロモーションと隠し撮り(シンガロング!!)のユーチューブを見つけましたので、見てください。http://jp.youtube.com/watch?v=5DOZ5RaVz60

http://jp.youtube.com/watch?v=dW0z0xYJYOE&feature=related

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2008年6月14日 (土)

紫陽花と涙のブラームス

今日は梅雨の中休み。鎌倉の成就院の紫陽花と鎌倉交響楽団の定期コンサートに行きました。

002_2 ジモティーですが、江ノ電に乗るのは久しぶり。旬の紫陽花目当ての観光客で小さな電車はすし詰め状態です。江ノ島駅乗車で極楽寺駅で降ります。極楽寺も紫陽花の名所ですが、時間が無いので徒歩3分の成就院へ。鎌倉の紫陽花といえば、北鎌倉の明月院がとても有名ですが、近年クローズアップされているのが鎌倉西部の長谷寺と成就院。長谷寺は観光誘致?のため紫陽花を植えたと聞きましたが、この成就院はかなり昔から参道に紫陽花が植えられています。つまり、明月院は境内、成就院は参道ということで、成就院の境内は狭いし見るべきものは見当たりません。

014 でも、参道の紫陽花は素晴らしいです。成就院は海に面した高台にあるのですが、そこにいたる参道の両脇に紫陽花が咲き誇っています。もともと紫陽花は可憐なイメージなのでしょうが、帯状に繋がる紫陽花群は豪華ともいえます。しかし、凄いですよね・・・・この人の帯。午前中でこの混雑ですから、午後は入場規制が出たのではと思います。

005 そうそう、ここの見所は参道を登りきって後ろを振り返ると七里ガ浜の海岸が見えることでしょう。鎌倉の海と紫陽花の取り合わせは、景観的にとても魅力的です。今日はちょっと霞んでいましたが、天気がもっとよければ絶景です。うーん、やっぱり来て良かったなと実感。

012 タイミング的には紫陽花の花も丁度見ごろ。色とりどりの花々に思わず見とれてしまいます。紫陽花の花言葉は「移り気」。たとえ移り気でも、こうしてさわやかなパステルカラーのバリエーションを見せてくれるなら許します(笑)。日本原産ですから、まことに誇らしく思います。

その後、江ノ電・横須賀線を乗り継いで鎌倉芸術館へ。鎌倉交響楽団の91回定期コンサート。以前投稿しましたが、この由緒ある実力アマチュアオケのコンサートマスターを会社の後輩が勤めているのです。曲目はウェーバー「オイリアンテ序曲」、プロコフィエフ「ピアノ協奏曲3番」(ピアニスト芹澤桂司)、そしてブラームスの4番シンフォニーがメインです(指揮:角岳史)。先の2曲も良かったけれど、ナント言っても聴きものはブラ4。NHKハイビジョンの迷?番組、名曲探偵アマデウスでも採り上げられていました。この番組、名曲のアナリーゼを面白おかしく説いてくれるユニークな番組です。ブラ4の時の「オチ」は「ブラウス4枚干しといて」でしたが、さすがNHK、ブラジャーじゃないところが受信料不払いに対する苦悩がにじみ出ています。閑話休題。

001 ブラ4は彼のシンフォニーの中で一番好きな曲。あの第一楽章冒頭のすすり泣くような「3度のため息」を聴いただけで心が熱くなります。この部分は、技巧的には容易ですが、揺れ動く男の哀愁をどれだけ思い入れを込めて演奏するか、とても難しい部分だと思います。おそらく、指揮者の技量も含めて、出だしを聴いただけで、全曲の出来を推し量れるキーポイントでしょう。考えてみると、ブラームスの交響曲、とりわけこの4番は極めて私的な曲のような気がします。先人のモーツァルトやベートーヴェンと違って、宇宙や神、自然と人間、あるいは善悪といったような概念的な発想が感じられません。ブラームス個人の私的な体験、思想、気持ちの現れが極めてエモーショナルな曲想に乗って展開されます。男の哀愁といえばかっこよいですが、ウジウジした中年~初老男の煮え切らない気持ち・・・・・というと実も蓋もありませんが、ブラームスがエライのはそうした私的感情を、世の中の男たちが共感して涙を流すレベルにまで高めたことだと思います。

ちょっと個人的感想を言い過ぎました。この日の鎌響は素晴らしい演奏で、世の男たちの期待に応えてくれました。もちろん、管楽器のバランスとか弦のピッチの不揃い、とかもう少し・・・というアマオケ固有の部分はありますが、管楽器などは随所にはっとさせる美しい演奏をしてくれました。弦も素晴らしかった。弦楽器演奏者にとって、男の哀愁を紡ぎだすという点においては最高の楽曲ではないかとさえ思います。特に、コンマスは心底共感しきった弾きぶりで、中年男(笑)の哀愁を十二分に描き出していてとても感動的でした。アンコール曲でコンマスのヴァイオリンの弦が切れてしまったことがそれを良く物語っています。終楽章に至ってはオーケストラ全員がひとつの楽器になったような高揚感伴う演奏。思わず鳥肌がたち、涙がにじみでてきました。ありがとう鎌響!

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2007年11月10日 (土)

そして・・・・・神戸

そして神戸・・・・・クールファイブの名曲ではありません。今週の木曜、金曜で出張にいってきました。ハードなスケジュールで、東京→京都→大阪(本町、梅田)→神戸(元町、三宮)→名古屋(柳橋、栄)→東京(池袋)というものです。最後の池袋は合唱の練習ですが、帰宅したらもうクタクタになりました。

各地を回った中で、そして・・・神戸なんです。仕事で神戸に行くのは数回目。夕食は同僚と元町の牡丹園別館で中華です。戦後間もない創業で、多くの文人たちに愛された名店です。広東料理ですが、比較的あっさりしていていくらでも食べられる(笑)。前の会社にいるときも来ましたが、いつも大繁盛です。近くに、本館牡丹園というまぎらわしいお店があるのですが、これは当店とは無関係・・・・・・という看板が入口に掲げてあるのが面白い。間違って行ってしまう人がいるのでしょう。http://www.botanen.jp/

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宿泊は神戸で。いつもは大阪宿泊が多く、ホテル好きな私としては大阪のシティホテルはほぼ泊まり尽くしました。おそらく二つのタイプがあって、気に入ったホテルを定宿にする人と、私のように色々なところを泊まり歩くタイプ。私はちょっと収集癖があるのかもしれません(単にミーハーか?)。さて、神戸もホテルがたくさんあって、どこにしようか迷いました。最近の週刊ダイヤモンドでホテル特集をやっていて、そのなかで有識者?の評価が高かったのが神戸ポートピアホテル。でも、地元では古いホテルということで、あまり評価は高くないようです。有識者の一人が牛窪恵さん。http://www.hachinoji.com/about_ushikubo.html 実は週刊ダイヤモンドの特集で、私が牛窪さんからインタビューを受けることになっていたのですが、なぜか実現せずで残念な思いをしました。

Photo その牛窪さんの新刊「オトナの極上ホテル」で採り上げられたのがポートピアホテル。彼女いわく、夜景の素晴らしさには「腰が抜ける」ほど、だというのです。それを聞いたら、行かない手はありません。確かにポートピアホテルは、神戸港から突き出した人工の島ポートアイランドにあるため、神戸の「百万弗の夜景」(表現が古いが)が離れたところから一望できる位置なのです。元町での夕食の後、9時過ぎにホテルにチェックイン。さっそく、最上階にあるラウンジバーに向かいます。確かに、神戸そして六甲の夜景がゴージャスな輝きを放っています(写真は携帯なのでぼけていますが)。腰が抜けるかどうかは別として、絶好のデートスポットであることは間違いありません。私はというと、夕食時の紹興酒とこのラウンジでのフローズンダイキリで、もはや酒で腰が抜ける状態(笑)。酒弱いんです。

翌朝は同じラウンジでビュッフェ形式の朝食。朝の景色も素晴らしく綺麗です。しばらくボーっと見ていたかったのですが、仕事に向かわなくてはならず残念。ひとつ惜しいのは、携帯写真の端っこに写っているアパレルのワールドのビル。せっかくの景色に目障りなんだなあ。ワールドは神戸の有力企業ですから仕方ありませんね。

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おまけの写真は、出張一日目に京都の駅ビルで食べた昼食。「田ごと」のきのこ蕎麦膳です。色とりどりで美味。箱鮨もついています。デザートの蕨餅が絶品。ほんのりと甘く、さらっと口に解けて、特筆ものでした。

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2007年6月17日 (日)

中欧ツアー:アールヌーボー:ウィーン編

今回はアールヌーボーのウィーン編です。ウィーンはアールヌーボー=世紀末美術のメッカですが、ドイツ語圏ではユーゲントシュティールと呼ばれています。

20070429_dscf4354_3 ウィーンは15年ほど前に初めてのヨーロッパ旅行で訪れたことがあって、意識して世紀末美術を見るようにしましたが、今回はほとんど接する機会がありませんでした。ウィーン在住の友人と再会して、美術史美術館とオペラを見る目的があったからです。美術史美術館はルネサンスからバロック時代の名画の数々を収集していることで有名で、ルーブル、プラドと並んでヨーロッパ三大美術館の一つといわれます。

20070429_dscf4359_2 でも、ここにはユーゲントシュティールの作品もあるのです。ハプスブルク帝国最後の皇帝フランツ・ヨーゼフが帝国の威信をかけて建造したもので、様式は新古典主義ですが世紀末の遺産です。そして、美術館の大階段室には、ユーゲントシュティールの巨匠クリムトの壁画があります。エジプトとギリシャの女神を題材にした作品で、若描きなので写実的かつ官能的ですが、人物の衣装などにはクリムトの特徴である装飾的な文様が描かれていて、確りと自己主張しています。

20070430_dscf4389_1 それにしても、なんと壮麗な建物でしょうか。美術館の二階にはカフェ「ゲルストナー」があります。ウィーンの老舗カフェですが、こんな素晴らしい空間でお茶をいただけるなんて、本当に贅沢この上ありません。ウィーンの友人と記念撮影。

20070429_dscf4376_2 肝心の絵画を忘れてはいけません。でも、名画が多すぎるのです。有名なのは北方ルネサンス(フランドル)の巨匠ブリューゲルのコレクションです。本家のオランダより収蔵作品が多く、ハプスブルクの絶大な権力を感じさせます。写真は「雪中の狩人」。

20070430_dscf4382_1 日本人に人気の高いフェルメールもあります。「画家のアトリエ」は何年か前に日本にもきました。こんな名画を背景にして写真をバチバチ写せるのですよ。日本では考えられません。

20070429_dscf4380_1 写真は館内の様子。奥に見える大きな絵はルーベンスの「聖フランチェスコ・ザビエルの奇蹟」。日曜の午後でもこんなに空いています。日本では海外の作品が来るとそれこそ芋を洗うような混雑振り。常設展でも休日はかなり混んでいます。絵を観にきたのか、人を見にきたのかわからないありまさですね。

20070429_dscf4349 おまけに、国立図書館(プンクザール)です。「世界で最も美しい図書館」といわれています。昨年のNHKの番組「毎日モーツァルト」で紹介されて、ぜひ行ってみたいところでした。建物は18世紀前半に建てられ、宮廷の書庫として使われていたものを国立図書館に模様替えしたそうです。うっとりするほどの美しさです。

20070429_dscf4342 壁一面に膨大な蔵書が収められている様子はまさに圧巻の一言です。ここは私たちのような観光客は少なく、穴場中の穴場。はるかにハプスブルクの栄光に思いをはせることが出来ました。

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2007年6月 9日 (土)

中欧ツアー:アールヌーボー:プラハ編

久しぶりに中欧ツアーについて。まだ写真の整理も出来てないんですが、どうしよう・・・・・・ということで、アールヌーボーのプラハ編です。

20070426_dscf3925_3 「百塔の都」プラハはロマネスクから現代まで様々な様式の建物があることで有名。「建築博物館の都」とも呼ばれます。特にキュビズム建築で知られますが、プラハはかのハプスブルク家が支配していただけあって、アールヌーボーの素敵な美術がいたるところに見られます。写真は20世紀初頭に建てられたアールヌーボー建築のホテルエヴロパ。こんな素敵な建物が街中ゴロゴロあるんです。

20070426_dscf3707 画家では、なんといってもミュシャ(チェコではムハ)でしょう。ミュシャはパリで活躍したアールヌーボーの画家で日本でも装飾的な美人画ポスターで人気がありますね。でも、彼は晩年はチェコに戻り、スラヴ民族の自立を促す国民的な大作を次々に描いたことは余り知られていません。プラハ城のある丘に建つ聖ヴィート大聖堂には彼の素晴らしいステンドグラスがあります。パリ時代のポスターとは明らかに違って強い意思が感じられます。

20070426_dscf3871 そして、プラハの旧市街にある市民会館の正面モザイク画もミュシャによるものです。この市民会館自体アールヌーボー様式の美しい佇まい。そうそう、この中に「プラハの春音楽祭」で有名なスメタナホールがあります。「わが祖国」が演奏されるのもここです。ホールには入れませんでしたが、赤い絨毯の敷かれた階段前で中の様子を覗いました。

20070426_dscf3903 自由時間にミュシャの美術館にも行きましたが、規模も小さくイマイチ。先般日本橋高島屋で催された展覧会のほうが立派でした。でも、ミュシャが使った机などの調度品の展示などもあって、これはこれで興味深い(なぜか撮影禁止でしたがコッソリ撮っちゃいました)。

20070426_dscf3873 そして、中欧のアールヌーボーといえばカフェ。カフェの建物・内装が素晴らしいのです。プラハにもいくつもの豪華なカフェがあります。まず、市民会館のオベツニー・ドゥーム。高い天井に華麗なシャンデリア・・・・うっとりしますね。

20070426_dscf3879 市民会館近くにあるカフェ・パージュ。入口の装飾が実にシックです。

20070426_dscf3928_1 最後に、先ほどのホテルエヴロパの一階にあるカフェ・エヴロパ。プラハ随一の繁華街ヴァーツラフ広場に面していますが、一歩店内に入ると落ち着いた美しい装飾に囲まれ、まるでタイムスリップしたような静けさです。ピアノ演奏を聴きながら、美味しいコーヒーをいただきました。

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2007年6月 6日 (水)

銘酒 八海山

今度は新潟に出張です。今回は、ギフトカードの会社見学とコシヒカリの作付け状況の見学・・・・という奇妙な取り合わせ。

Photo_58 ご存知のように、新潟の名物といったらコシヒカリに日本酒です。私はお酒は弱いのですが、全国的に有名な銘酒八海山(ハッカイサン)。名前からして海の近くの山かなあと考えていましたが大違い。米どころ魚沼市から仰ぎ見る越後三山の一つでした。山の頂がぎざぎざになっていて八つの峰があることからこの名前がついたそうです。

Photo_59 お昼に雄大な八海山が間近にみえるところで蕎麦を食べました。なぜお米でなくて蕎麦かということですが、水が綺麗なところで打った蕎麦は美味しいのです。「岡寮」という風情ある蕎麦屋。八海山の酒蔵が経営しているようです。手打ちの10割蕎麦が売り物で、結構遠くから食べに来る人があとをたたず。10割蕎麦は作り置きが出来ないので、この日も私たちが最後の10割蕎麦を食べることが出来ました。

Photo_60 肴類も充実しています。驚いたのはニシンの山椒漬。山椒の利いたしょうゆに漬けたものですが、なんとも香ばしくて美味。燻製のような風味です。お土産に買って帰りたかったくらいです。ほかには山菜の天麩羅などなど。眼にまぶしい新緑と美味しい空気。旬のものがシャキっとした蕎麦と一緒に食べられるのは、都会に住む我々にとって堪えられない時間でした。

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2007年6月 3日 (日)

ご当地ホテル?

5月に工場見学で福井に出張しました。その時、敦賀のホテルに宿泊。敦賀は港町で、日本三大松原の一つがあったりで、風光明媚なところ。かつては温泉街などもあって観光客も来ていたようですが、地方都市の例に漏れず最近は寂れています。

Photo_54 そのなかで、たった一つ残った温泉ホテルに宿泊しました。山の中腹で見晴らしはよいのですが、結構年季の入ったホテルです。エレベーターに乗ってびっくり、なんと部屋の名前が全国の都市名。オーナーの趣味だそうですが、ちょっとねえ・・・・。今の若い人が見たらビックリするだろうなあ。

Photo_55 私の部屋は「函館」でした(笑)。敦賀に来て函館かあ・・・・・・不思議だなあ。家に電話したら、なんで福井に出張じゃなかったの?って、非常に怪しまれました。困った「ご当地」ホテルです。

Photo_56 ネットで事前に調べたら、部屋は古い、トイレは和式、料理は冷めている(天麩羅は石膏のよう)と散々な評価でした。覚悟して行ったのですが、お料理は存外に美味しくて大満足。地の魚が美味でした。きっと平日で宿泊客が少なかったので暖かいお料理が出たのでしょう。仲居さんも親切。ブラジルから出稼ぎに来ているそうです。そうそう、トイレはちゃんと洋式でした。

Photo_57 ここの温泉は敦賀トンネル温泉といって、北陸トンネルの工事中に湧き出した温泉だそうです。アルカリ質のヌルッとした美人の湯。温泉は最高でした。窓から見る敦賀の夜景。かつては10万ドルの夜景(ちょっとショボイ)といわれていたそうですが、かなり寂れてしまいました・・・・とタクシーの運転手の弁でした。

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2007年5月13日 (日)

中欧ツアー:高いところが好き編

三回目は高いところが好き?編です。

20070427_dscf4017 今回のツアーの目玉の一つは、ザルツカンマーグートでシャッフルベルク山に登山電車で登ることでした。この山から湖をみる眺望は最高だといわれています。映画サウンドオブミュージックの冒頭で、マリアが子供たちと山の草原で戯れ、カメラが空へ引いていって、素晴らしい山の景色が眼前に広がる・・・・というあの有名な場面は、ここで収録されたのです。

20070427_dscf4069 ところが、登山電車の運行が始まるのは私たちが訪れた次の日。そんな馬鹿な!という思いで、私は出発前から旅行社に問い合わせて、日程を変更するように申し入れたのですが、結局ダメ。当初16人の参加だったツアーが、半分の8人に半減してしまったのもこの理由かもしれません(でも、大きな観光バスにゆったり乗れたメリットもありましたが)。写真はザンクトヴォルフガングの後ろに見えるシャフルベルク山。

20070427_dscf4077 そんなことにはめげません。時間に余裕があるというので、予め調べておいたザンクトギルゲンという村にあるツヴェルファーホルン山へ登るロープウェイをリクエストしました。それが、ビックリするくらい素晴らしい眺めなんです。途中の展望台からはヴォルフガング湖全体が見渡せてこのうえなく心地よいです。

20070427_dscf4086 この冬欧州も暖冬で、4月末で気温が既に25℃前後にもなる暑さです。もっとも、日本に比べて湿度が低いので過ごしやすいですが。この山は標高1522メートルでちょっと寒いくらい。カンマーグート自体が標高500メートル前後ですから、所要時間片道15分程度で1000メートルも一気に登ります。どうでしょうかこのすがすがしい眺め。メンバーは大喜び。お勧めです。

Photo_51 今回は高いところにずいぶんと登りました。最後には添乗員さんが、みなさん高いところお好きですね・・・とあきれるほど。プラハでは自由時間に市庁舎の塔に。あの12使徒が出てくる天文時計で有名なスポットです。70メートルの塔でエレベーターで昇れます。プラハ旧市街が一望できるゴキゲンなスポットです。

20070428_dscf4212 お次は、ザルツブルクのホーエンザルツブルク城。昔きた時に入場できなかったので、今度こそと添乗員さんにリクエストして自由時間に行きました。標高120メートルのお城まではケーブルカーで数分。とても堅固なお城で、ローマ教皇も一目置いた大司教区の権勢を感じさせます。ザルツァッハ川をはさんで新市街、さらにはザルツカンマーグートの山々まで見渡せます。

2_10 さて、ハンガリーはブダペシュトの聖イシュトヴァーン大聖堂からの眺めも素晴らしい。大聖堂は1905年に完成。ハンガリー初代国王イシュトヴァーンを祭ったネオルネサンス様式の教会です。普通教会はキリストを祭っていますが、ここはハンガリーのキリスト教化を進めたイシュトヴァーンが主祭壇に置かれていてとても珍しい(ローマ教皇が承認したとか)。教会内部にはイシュトヴァーンの右手のミイラなんかも安置されています。

20070501_dscf4621 ここの展望台はエレベーターで昇ると聞いていましたが、途中から階段に、しかも相当キツイんです。展望台に出ると、バルコニーの欄間?が広く開けらていて、子供だったら落っこちてしまいそう。私は高所恐怖症気味(笑)なので、足元がすくんですくんで・・・・・。展望は最高なんですが。写真の緑の屋根の建物は、ハンガリーのガウディと呼ばれるレヒネル設計による郵便貯金銀行です。屋根のタイルはハンガリー名産のジョルナイの陶器製。美しいです。

20070501_dscf4752 最後は極めつけ。世界最高の夜景の一つといわれる、ゲッレルートの丘からのブダペシュトの眺め。真ん中はくさり橋。高いとこからだと、ブダ、ペシュト、ドナウ川の三つがこんなに綺麗に見えるのです。世界遺産になったのもなるほどと思われます。ツアー最後の夜だったこともあって、我々は立ち去りがたく長い間見とれていました。

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2007年5月 7日 (月)

中欧ツアー:朝食編

中欧ツアー:音楽の次は私の大好きな食事といきますか。まずは朝食編から。

20070426_dscf3650_2 今回のツアーはデラックスとはいえませんが、まあまあのホテルに宿泊しました。プラハのホテルコリンシア・パノラマの朝食です。チェコは内陸の国なので肉食が主体。というわけで朝食もハム・ソーセージの種類が豊富。ややスパイスが効いています。パンも多種類あって結構なボリュームでした。

20070426_dscf3649 ペストリーも沢山あって、目移りしてしまう。全部食べ比べられたら幸せなんだがね(笑)。

20070428_dscf4126 ザルツブルクのホテルがオーバーブッキングで、郊外にある山荘風のホテル:フーバーティシュホフへ宿泊。すぐ裏がアルプスに連なる山すそで眺望抜群です。これは怪我の功名かも。

20070428_dscf4122 食事は新鮮な野菜、パプリカやセロリが盛られていて、美味しい空気とあいまって食欲をそそります。

20070428_dscf4124 ここのホテルでは麦を粉に挽いていない全粒のパンがあったりして面白いです。口の中で粒と粒がこぼれる食感が素朴でユニーク。下はパウンドケーキみたいです。

20070429_dscf4273 ウィーンのルネッサンスホテルの朝食は、内陸にあるためか野菜がピクルス中心。緑の唐辛子?のピクルスはピリッと辛め。ヤングコーンに白い丸いのはミニのたまねぎみたいなピクルスです。三角のパンはフレンチトースト。丸パンはひまわりの種?がまぶしてあって香ばしい。

20070501_dscf4509 ブダペストのホテルへーリアは温泉付の大きなホテル。食事はちょっと大雑把かな。左の皿の黄色いのは洋ナシの芯みたいに固い野菜。なんだろう?紫の液体(笑)をグレープジュースかと思って飲んだら、えぐい味。ひょっとしてビートを絞ったものじゃないかな。一口でやめました。スパイスの国なのでソーセージにもパプリカが効いていてピリッとします。ハンガリーの朝食は変わっています。

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2007年5月 6日 (日)

マルガツの後は・・・中欧ツアー:音楽編

連休を使ってプラハ→ザルツブルク→ウィーン→ブダペスト=中欧ツアーのお話です。時系列にするのも芸がないので、ジャンルわけしてご報告します。私の行動パターンからすると、まず食べ物(笑)と来るところですが、節度を保って音楽の話から。

Photo_49 中欧三国は音楽と縁の深い国ですが、そのなかではオーストリアのウィーン。学生時代の友人がウィーンに駐在していて、幸運にもオペラ(ウィーン国立歌劇場)のチケットを取ってくれました。それも、小澤征爾さんの病気復帰初日の公演。演目はワーグナーの「さまよえるオランダ人」です。オペラ座は絢爛豪華な内装で、見る者を圧倒します。

20070430_dscf4406 我々の席は、オケピットと舞台が間近に見えるボックス席。パルケット・ロージェ(平土間に接するボックス席)というそういです。音響的にはイマイチかもしれませんが、オペラグラスがなくても舞台が良く見えるし、小澤さんの指揮ぶりもばっちり見ることが出来ました。これで95€(15000円)ですから日本と比べると本当に安いのです。

20070430_dscf4411 小澤さんはとても元気。力感あふれるタクトさばきが見事です。息遣いさえ聞こえてきます。序曲の最後では、体全体がオケピットの後ろの壁にぶつかるほどの力演で、感激しました。歌手陣も立派。タイトルロールとヒロインの二重唱などは息をのむ美しさです。コーラスも迫力に満ちていて圧倒されました。

20070430_dscf4414 演出はクリスティーネ・ミーリッツで新奇な演出で有名らしい。確かに、一部眉をひそめるような露骨な描写はありましたが、全体的にはオーソドックスで、特に幕切れでヒロインが火に身を投じる(本物の火なんです)場面にはビックリ。日本では消防法の規制で、出来ないんじゃないかな?当然、ブラヴォーの嵐でした。

20070429_dscf4286 もう一つの音楽は、ウィーンの王室礼拝堂で、ウィーン少年合唱団のミサを聴いたこと。これはツアーに組み込まれているイベントです。ただ、毎週日曜日のミサに出席するのですから、日本人の我々にとっては違和感があるでしょう。私は中高とカトリックの学校でしたから親近感はありますが、ほかの日本人の方はどれだけ理解できたか?

20070429_dscf4299 さて、曲目はハイドンのミサ曲第8番「ハイリゲ・ミサ」。ミサの儀式の合間に管弦楽の伴奏で合唱隊が歌います。ただ、オケと合唱隊は礼拝堂の高い部分にいて、我々は姿を見ることが出来ません。このほかに教会専属のカントールム(聖歌隊)もいてグレゴリオ聖歌を歌う歌ミサの形式です。

20070429_dscf4301 音楽は素晴らしいの一言です。日本では、演奏会としてホールでミサ曲が採り上げられますが、本来は教会音楽。教会の中でミサとともに歌われるべきものなのだということが実感されました。それにしても少年合唱団はまさに天使の声。天使の声が空から降ってくるようでした。女声合唱部分を歌うので、男声は成年の合唱団が歌っていますが、礼拝堂全体に響く迫力も見事なものです。それに、オーケストラがウィーンフィルのメンバーときては、まさに天に昇る気持ちでした(笑)。

20070429_dscf4305 残念だったのは、時間の都合で途中退出したこと。ミサは曲によりますが、通常1時間半もあるのです。このミサの楽しみは、終了後少年合唱団が降りてきて一曲歌い、その後気軽に記念撮影に応じてくれることだといいます。私はミサ曲そのものが聴けたので満足でしたが・・・・・。途中退出はちょうど聖体拝領(キリストの体であるパンを信者が受けて食べる=キリストと一体になる儀式)のどさくさにまぎれて出ようと思いましたが、信者の方々の列に並ぶ羽目になり、信者でない私も拝領してしまいました。信者じゃないけど、シンパだから許されますよね・・・・お願いですキリスト様。

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