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2012年10月23日 (火)

二風堂々

エルガー作曲の威風堂々はいい曲だ。

エルガーは威風堂々という名前の行進曲を6曲作っているが、なかでも有名なのは第一番で、この曲の中間部は「希望と栄光の国」として歌詞がつけられ、第二の英国国歌といわれる。

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音楽好きの方は、毎年夏にロンドンで行われるクラシックの祭典「BBCプロムス」の最後に必ず演奏されることをご存知だろう。生き生きと覇気に富んだ前半(後半も)部分と中間部の崇高な旋律が魅力的で、月並みな言葉だが、まさに英国の伝統と風格を感じる名曲だ。

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この秋、威風堂々を2回立て続けに聴く機会を得た。しかも、同じオーケストラ、そして同じホールなのである。オーケストラは東京フィルハーモニー。ホールは初台のオペラシティである。

二つともご招待コンサートで、一つは京王電鉄主催の京王音楽祭。これは正確にはチャリティー。もう一つは某給食産業の周年コンサートであった。京王音楽祭は「英国音楽特集」でなかなか玄人好み。ヘンデルからビートルズまで、英国音学の系譜が奏でられる。目玉はブリテンの「ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲とフーガ」。つまり「青少年のための管弦楽入門」である。これは名前にそぐわない聴き応えのある作品。

二つ目の招待コンサートは名曲シリーズといった趣だが、プログラムの目玉は、仲道郁代ピアノによる、チャイコフスキーの協奏曲第一番であった。

さて、肝心の威風堂々。要するに指揮者だけが違うのだ。一つ目は我らがマエストロ曽我大介。二つ目は、当日の東京フィルの桂冠指揮者である尾高忠明である。

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オケもホールも同じだから、必然的に聴き較べることになる。どちらが上手かったか、などという愚問はおいておき、これは好みの問題であろう。

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曽我大介は生き生きと躍動感溢れる指揮であった。尾高忠明は英国音楽の権威であり、特にエルガーには定評もあり流石に手馴れた演奏。テンポも比較的遅めにとって、悠々とした音楽であった。想像の域を超えないコメント(笑)なのかもしれないが。

威風堂々ならぬ二風堂々。こうして二つの演奏を聴き較べてみるのも一興である。


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2012年10月16日 (火)

スタバで待ってる・・・第二弾

267299_387257341347237_266038288__2 丁度一年前、ドヴォルザークのスタバト・マーテルを聴いた。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-e257.html

友人達が歌う合唱団の公演である。劇的な声楽曲で、大変感動した記憶もまだ新しいのだが、一年後に自分が歌うことになった。10月3日@サントリーホール。

某オーケストラ協会の合唱団。総勢200名を超える大合唱団である。自分で歌ってみても、実に美しく素晴らしい名曲であると実感した。

スタバト・マーテル=「悲しみの聖母」ではあるが、悲しみというよりも、聖母の慈愛に満ちた優しさを感じるのは私だけではあるまい。作曲の動機にはドボルザークの子供達が相次いで亡くなったという不幸があるには違いないが、そうした悲しみを超越して、魅力的な心温まる音楽がここにはある。90分にもわたる大曲だが、終曲のアーメン・コーラスのアレグロを除けば、殆どがゆったりとしたテンポで、聖母の悲しみを切々と紡ぎだす楽想は、歌っていても感動を禁じえない。ロマン派以降の楽曲だから、表情記号も細かくつけられており、思い入れもたっぷりある。

指揮の松井慶太さんは若手の有望株。一世を風靡した「のだめカンタービレ」にもかかわった(主人公の振り替え)、長身のイケメン指揮者だ。指揮は丁寧で分かりやすく、歌いやすい。本番中もずっと合唱やソリストと一緒に歌詞を口ずさんでいて嬉しかった。唯一、終曲のアレグロはかなりのアッチェレランドをかけて、我々を慌てさせたのだが、本人によると「天国に早く行きたい気持」の表れだという。素晴らしい指揮・演奏だったと思う。

肝心の合唱は、先生方からも高評価をいただき一安心。12年間で5本の指に入る・・・というお褒めの言葉もいただいた。聴きに来てくれた友人達も、合唱の迫力に圧倒されたと。

勿論、技術的にはまだまだの部分も多いかと思う。指導の先生が口うるさく言われた「大人の音楽」がまだ出来ていないこともあるだろう。ただ、正しく歌うのでは不十分で、一人ひとりが楽曲に共感して、感情豊かに歌うことの大切さを痛感させられた。

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2012年10月 8日 (月)

ハイレクもいいね!

ハイレグ・・・懐かしい言葉である。既に聞かなく(見なく)なって久しいが、ハイレグではなくはハイレクである。

ハイドンのレクイエムを略して、ハイレク。日本人は略語が好きだ。レクイエムでもモーツァルト作曲はモツレク、ヴェルディはヴェルレク、ブラームスはブラレクか?もっとも、ブラームスはドイツレクイエムなので、ブラレクとは言わない。

昨日、このハイレクとモツレクの演奏会に行ってきた@すみだトリフォニー。歌友の知人である山本義人氏が指揮をするというので出かけたのだ。ハイドンといっても、あのパパ・ハイドンではなく、ハイドンの弟、ミィヒャエル・ハイドンのことである。

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このレクイエムは30分ほどの曲だが、耳にしたのは初めて。モーツァルトをはじめとする巨匠作曲家の陰に隠れてめったに演奏されない。でも、なかなかの佳曲だ。華やかさには乏しいが(レクイエムだから当然だが?)、楽曲は緻密な構成で、独唱と合唱のバランスも良い。特に、ソリストと合唱の織り成す綾が聴き所である。ソリストは頻繁に立ったり座ったりするので、結構大変だろうな。

後半は有名なモツレクであったが、前半にハイレクを持ってきたのは、モツレクはハイレクを参考にして作曲されたという解釈があるからだ。

プログラムにも書かれていたことだが、ミヒャエル・ハイドンはザルツブルクの宮廷オーケストラの楽長を務め、同時期にモーツアルトは父レオポルトとともに、このオーケストラの楽団員だったのである。

もう、かれこれ20年も前になるが、新婚旅行以来、はじめて海外旅行をした折にザルツブルクを訪ね、ザンクト・ペーター教会でミヒャエルのお墓にめぐり合ったのを思い出した。

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モーツァルトはハイドン兄弟と親交を結び、彼らの音楽を吸収しながら大作曲家の道を歩んだ。パパ・ハイドンとの関係では、モーツァルトの37番シンフォニーは実はハイドンの25番シンフォニーの改作で、現在は欠番になっていることは有名である。また、私が愛してやまないモーツァルトの弦楽四重奏曲の傑作である14番から19番の6曲はハイドンに献呈されたことから「ハイドン・セット」の名前で広く知られている。

モツレクはやはり素晴らしい曲だ。聴きなれた曲だとはいえ、心に迫るインパクトの大きさが違う。モーツァルトが死ぬ年の七月に、正体不明の「灰色の衣服」を着た男性が現れ、レクイエムの作曲を依頼して、名も告げずに立ち去った・・・・という因縁話のような伝承があるが、モーツァルトの魂の告白を聞くような、真に迫った名曲である。

しかし、モーツァルトが筆を折った「ラクリモーサ」が終わると、急に曲の輝きが半減してしまうように聴こえるのは、その来歴を知って聴いているからだけではないだろう。

もう一つ、演奏会に出かけたキッカケは、某合唱団で指導をされている浅井隆人先生がソリストを歌ったからだ。浅井先生を演奏会で聴くのは久しぶりだが、素晴らしい声であった。柔らかいぬくもりのある声質、月並みな表現で恐縮だが、ビロードを手で愛でるような趣である。初めて聴く歌友も絶賛していた。

他のソリストの方々もとても素敵な歌唱を届けてくれた。TGY合唱も健闘。山本義人氏の指導の賜物だろう。特に男声は相対的に人数が少ないなかで、大変立派な声量で感動を与えてくれた。

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□ 出演 山本義人[指揮]
山田英津子[ソプラノ独唱] 安藤郁子[アルト独唱]
藤牧正充[テノール独唱] 浅井隆仁[バリトン独唱]
アンサンブル・ジムニカ[管弦楽] 伊藤佳苗[エレクトーン] TGY合唱団[合唱]
□ 曲目 ミヒャエル・ハイドン/レクイエム
モーツァルト/レクイエム

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