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2011年4月24日 (日)

タモリ倶楽部でフルヴェン!?

タモリ倶楽部は夜更かししている時は観ることが多い。前回はなんと「フルトヴェングラー生誕125周年記念 クラシック名盤(秘)音鑑賞会」というテーマ。観ないわけにはゆかない。

ゲストはおなじみの山田五郎に加え、クラシック業界からは宮本文昭、満津岡信育(音楽評論家)という面々。果たしてなにが飛び出したか・・・・・あらましをご紹介しよう。

①フルトヴェングラーの足音

1954年、例の有名なバイロイトの第九である。私も初めて聴いたのだが、指揮台にあがる際の足音のようだ。欧米ではこれは雑音なのでレコードやCDには入れられていないが、なぜか日本だけは珍重されて、ジャケットの帯にも「足音入り」(笑)と銘打たれているのだ。フルヴェン信奉者=神様と崇めるファンが多い日本だけの現象ではある。

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②興奮しすぎた観客の拍手

1954年1月1日、ウィーン楽友協会におけるクレメンス・クラウス指揮、ウィーンフィルによるJ・シュトラウス2世の「春の声」。演奏が始まるとすぐに観客の拍手喝采が始まり、演奏を中断して再開することになる。ニューイヤーコンサートが戦後再開された時の演奏で、観客の待ちに待った喜びが演奏開始後の拍手になったらしい。ほほえましい珍録音。

③雷鳴と電光

これは、シュトラウスのポルカではありません(笑)。1960年4月28日バチカンにおける奇才ミケランジェリのピアノによるベートーヴェン「皇帝」協奏曲3楽章の演奏。明らかに電光の弾けるパチパチという音と、ゴロゴロという雷鳴が聞こえる。キャンセル魔のミケランジェリがよく演奏を中止しなかったなあ。

④鳥の声

女流チェンバリストの大御所、アクセンフェルトによるバッハのパルティータ第二番。1980年6月ドイツのノイエルスハウゼン城での録音。場所柄近くの森からか可愛らしい小鳥のさえずりが聞こえる。

⑤戦場のピアニスト

この「題名」は私がつけました(笑)。巨匠ギーゼキングのピアノで、これまたベートーヴェンの「皇帝」の1楽章。高射砲の音が入っています。正真正銘の「戦場のピアニスト」なんですなあ。録音された1945年ベルリンは第二次大戦末期。連合軍の夜間爆撃があり、ドイツ軍がこれを打ち落とすべく高射砲をがんがん撃っていた。しかし、こんな状態でも演奏会をやっていたんですね。ユーチューブがありました。凄いクリアーな録音で二度ビックリ。

http://www.youtube.com/watch?v=EY7lvuVjjX4&feature=player_embedded#at=15

他にも、やはりフルトヴェングラーのブラームス2番シンフォニーにおける飛行機の音や、天才ピアニスト サンソン・フランソワのラヴェル:ピアノ協奏曲におけるトンカチの音・・・など盛りだくさん。

最後に、われらがコバケン、小林研一郎のドヴォルザーク「新世界」のフィナーレ。当然、あの唸り声です。実演におけるコバケンのうなり声は有名で、私も例年の第九でいやというほど聞かされています。タモリや山田五郎はビックリしていたようですが・・・・・。

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さて、おしまいに。ズービン・メータの東日本大震災チャリティ「第九」演奏会をBSで観た。大変力のこもった骨太の立派な演奏で、普段は冷静な(笑)N響も事が事だけに一生懸命演奏していた。ソリストも充実。アルトの藤村実穂子が終演後舞台上からメータに惜しみない拍手をおくっていたのが印象的だった。観客のスタンディングオーベーションもなかなかみられない。

大震災被災者支援コンサートで第九はどうかな・・・・と思ったが、第九のテーマでもある「苦しみ・悲しみを通じての歓喜へ」・・・・はまさに被災者、いや日本国民全体の願いなのである。メータが最後に言った「音楽家は音楽で人々に力を与える義務があるのです」という言葉が心に残った。我々アマチュアでも、音楽を演奏する限りその義務を果たしたいものである。

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2011年4月17日 (日)

英雄色を好む

二つ前のブログで、大指揮者のカルロス・クライバーについて書いた。そのとき、クライバーのプレーボーイぶりで、知られざるエピソードに触れた。名ソプラノのイリアナ・コトルバシュは「彼の弱点は女性」だとはっきり言っている。ビックリ仰天したのは、「ばらの騎士」などで共演した、日本でも人気の高い名ソプラノのルチア・ポップに熱を上げ、「トランク一つ持って、ルチア・ポップの家に押しかけ、同棲しようとした」というのだ。

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このように、著名な音楽家には好色が多いのは事実だ。「英雄色を好む」というやつである。よく言われるのは、お弟子さんとの関係。信頼できる筋の情報によれば、わが国の著名なある現役管楽器奏者。彼は、お弟子さんに手当たり次第「お手つき」をするらしい。そういわれてみると、みるからに精力絶倫な感じがする。その話を聞いて以来、プログラムに先生がその管楽器奏者氏であることを発見するや、「あーあ、この娘もやられちゃったのか」とため息をつく。

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クライバー繋がりの指揮者では、往年の名指揮者オットー・クレンペラー。190cmの長身で、鋭い眼光に威厳ある風貌。演奏も厳しく孤高の音楽だ。ところが、ものの本によると「音楽と女性以外には全く関心を示さなかった」らしい。オペラ終演後、オーケストラピットから舞台に突進し、答礼も済ませていない人妻女性歌手の手を取って姿を消した・・・・・その後彼女の亭主に頭を殴打されたが、頭に包帯を巻いて平然と指揮をしていた。また、あるときコンサートマスターから、ズボンの社会の窓が開いていますと指摘された。クレンペラーは「それが音楽と何の関係があるのか?」と切り返したそうだ。

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ちょっと小ぶりだけれど、日本でもN響を振って人気の高かった東独の巨匠オトマール・スウィトナー。彼の渋く朴訥で、玄人受けするような音楽性からは考えられないのだが、西ベルリンに愛人がいて子供をもうけていた・・・・テレビドキュメンタリーを見たときは意外な感じを受けた。

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日本では特に人気の高い、これまた往年の世界的指揮者ヴィルヘルム・フルトヴェングラー。彼には隠し子が13人もいたらしい。ウィーンフィルの会計係はフルトヴェングラーから金銭的な援助が必要な女性のリストをもらっていて、それを支払って残った額だけがフルトヴェングラーの口座に振り込まれたそうだ。彼の名誉のために言うが、フルトヴェングラーは女性が好きであると同時に、女性にもてた。でなければ、13人も子供を作れまい。

そこで、思い出したのはある書籍にあった「フルトヴェングラーの演奏はセックスを感じさせる」という表現。フルトヴェングラーの「クライマックスを目指して、加速して果てる」ところがまさにそうなのだという。一方で、「エロスこそ藝術の根幹」だという見方もある。いずれにせよ、天才芸術家のパワーの根底にはエロスなるものがあるのは事実だろう。まさに「英雄色を好む」。しかし、フツーの芸術家が「色好み」であったら・・・・それは単なるエロオヤジでしかないか(笑)。

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2011年4月10日 (日)

美しすぎる指揮者!?

毎日放送の「情熱大陸」という番組では、時々クラシック音楽家を採り上げる。例えば、何年か前だがベルリンフィルの首席ビオラ奏者である清水直子の番組。それ以来、ベルリンフィルの放映があると彼女の姿を探すようになった。

3月27日の番組では、女性指揮者の三ツ橋敬子を採り上げていたので、録画しておいて昨日観てみた。1980年生まれ、弱冠30歳の俊英である。藝大を卒業後、ウィーンへ留学、08年第10回アントニオ・ペドロッティ国際指揮者コンクールにて日本人として、女性として初めて、しかも最年少優勝を果たした。10年にはアルトゥーロ・トスカニーニ国際指揮者コンクールで、準優勝を果たし、マスコミでも大きく採り上げられた。

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女性のオーケストラ指揮者自体が大変珍しい存在だ。プロとして活躍する女性は日本でも数名?だろうし、世界で見てもごく少ない。ピアノや弦楽器では多数いるのに、指揮者が珍しいのは、100名にも及ぶオーケストラの統率力が問われるからだろう。差別をするつもりは毛頭ないが、芸術家気質の自己主張の強い楽団員を統率するには、彼ら以上の自己主張というか専制君主である必要があるのだ。女性には荷が重いことは事実だろう。

その点、三ツ橋敬子はどうだろう。リハーサルを見ると専制君主のかけらも感じさせない。むしろ、女性であることを逆手にとって、とても自然体でしなやかにオケをリードしてゆく。常に楽団員に気を配り、指揮者の意見を押し付けるのではなく、楽団員の意見を聞いて音楽を纏めてゆく。「ここの演奏は、どうしたらいいですか?」と問いかけるのである。レパートリーの選定についても、楽団員の意見を聞く。君主と臣下という関係ではなく、よき仲間どうしなのである。これも一つのあり方だと思う。企業経営にもいえることだが、若手を指導するには、いまや鬼軍曹タイプは敬遠されるのだ。

興味深かったのは、日本を代表する現代音楽作曲家の西村朗の初演を、イタリアのボルツァーノで演奏する場面。クラリネットソロはカール・ライスター。そう、ベルリンフィルの一時代を築いたクラリネット界の大御所である。リハーサルが始まると、オケに緊張がみなぎる。ライスターの存在が余りにも大きいがゆえに、三ツ橋の存在が希薄になってゆくのが分かる。彼女も、それに悩み、いつもの笑顔が消えてゆく。

果たして本番はいかに?・・・・・・大成功であった。三ツ橋の本番の指揮は、リハーサルのそれとは全く違う。物凄い迫力、気力、そして目力。どんな小さな音も聞き逃すまいとする集中力とタクトのコントロール。しかも、それが神経質になるのではなく、大きな音楽として広がってゆくのである。間違いなく三ツ橋は自分の音楽を持っていると実感した。それにしても、リハーサルの時の、あの優しい三ツ橋はどこへ行ってしまったんだろう。

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三ツ橋の音楽の魅力を一言で言えば、ケとハレのギャップの大きさにあるのではないだろうか。もちろん、多くの指揮者は、リハーサルと本番では違った、より熱い音楽を演奏する。しかし、彼女の場合は、本番での気迫や真摯さのオーラが、楽団員を鼓舞し、次元の違う世界へつれて行くことが出来るように思えるのだ。あの百戦錬磨の巨匠ライスターでさえ、驚いた様子で彼女を褒め称えていた。特に、メリハリの効いた演奏・・・激しい魂の叫びと穏やかなカンタービレの対比を絶賛していたのである。

三ツ橋は、指揮台を降りると、普通の下町生まれのお嬢さん。152センチという小柄ながら食欲は旺盛で、料理も上手。とても気さくな女性で親しみが持てる。そして、なにより美形である。いや、わたくし的には可愛いと表現したほうがよいだろうか。人呼んで「美しすぎる指揮者」だそうだ。もちろん、例の「美しすぎる市議」のもじりだが、申し訳ないが格がちがう。

彼女はこれからのキャリアで様々な壁にぶつかるだろうが、間違いなく世界で通用する音楽を自らのうちに持っている。活躍を期待したいし、応援したい。参考までに「情熱大陸」の動画を添付する。法的に問題があるのかもしれないが、発信元は韓国のようである。ちょっと操作が複雑ですが。

http://varadoga.blog136.fc2.com/blog-entry-2672.html

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2011年4月 3日 (日)

クライバーをみた!!!

NHKハイビジョン「プレミアムシアター」でカルロス・クライバー特集を見た。

1986年の日本公演(ベートーヴェン交響曲4番&7番)、1996年のバイエルン国立管弦楽団によるモーツァルト33番とブラームスの交響曲4番がメインだが、その前の彼のドキュメンタリー「ロスト・トゥー・ザ・ワールド」が非常に面白かった。

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クライバーは偉大な指揮者であり、天才であることに異論を挟む者はいないであろう。彼の指揮する演奏を聴き、また彼の指揮姿を目にすれば、その溢れんばかりの感情が吐露するさまに、一瞬にして魅了されるに違いない。

クライバーの指揮はとても繊細かつ優美であるが、ここぞという時は物凄いエネルギーを噴出させるダイナミックなものである。言葉では伝えきれないので、実際の演奏を見て欲しいのだが、指揮棒の先端まで感情が溢れ、両手の動きは軽やかで自由自在空中を舞っている。得意の腕をぐるぐると大きく弧を描く指揮ぶりはいつ見ても胸が躍る。番組中の「彼の指揮は型どおりではなく、曲の雰囲気を作り出すもの」という関係者のコメントどおりである。

上記日本公演のアンコール、お得意の「こうもり序曲」を見ていただきたい。

http://www.youtube.com/watch?v=OqJK_s7I9EY&feature=fvwrel

このドキュメンタリーでは、全編を通して、ワグナーの「トリスタン」のリハーサルの映像が挿入されている。どうやらバイロイトかどこかで盗み撮りした映像のようで、映るのはピットで指揮をする彼の正面からの姿だけ。しかし、この指揮の姿が実に雄弁で、見る者を圧倒するのである。カメラの焦点がぼけていて、クライバーは亡霊のような姿である。それが、彼の感情が肉体を離れて指揮しているような錯覚にとらわれる。

彼の指揮姿同様、というか、だからこそ彼の演奏する音楽は、実に自由で生き生きとしていて、「切れば血が出る」ようなパッションに溢れている。なんとも、魅力的な音楽なのだ。型や既成概念にとらわれない、音楽の流れに身を任せたような演奏こそ、天才のみがなせる業なのである。

しかし、今回演奏を聴いてみて、おやっと思ったことがある。彼の指揮ぶりを見ながら演奏を聴くと、上記のように圧倒されてしまうのだが、目を閉じて演奏を聴くと、意外とオーケストラが集中力を欠いていたり、粗が出てきたりする。要するに演奏の完成度にはやや疑問符が付くのである。もちろん、クライバーの変幻自在なタクトについてゆくのは大変だろうと思う。彼の解釈を理解するのも骨が折れるに違いない。一流のオーケストラを以っても、彼の天才性には付いてゆけない部分があるというものだ。やはり、彼の演奏は生がよい・・・・このブログにのテーマのように、クライバーを聴いたではなく、クライバーを見るべきなのであろう。

さて、このドキュメンタリーが面白いのは、彼のネガティブな部分が描かれているからである。以下、紹介するが、これを以って単に彼の人格を否定するのではなく、天才なるが故の理解されない苦しみ。普通の規格には入りきれない感情や精神性を感じてしまう。

クライバーは完ぺき主義であるがために、楽団員からは気難しく思われ、人を小ばかにした態度を取ることが多かったという。また、カネの面でもうるさく、鼻持ちならない行為にも及んだ。今回の番組で、あのサヴァリッシュが言っていることだが、クライバーが公演前に電話してきて「私のギャラが上がったことをご存知か」と尋ねたらしい。サヴァリッシュは「知るわけがないだろう」と番組でも吐き捨てていた。サヴァリッシュ何歳かな?かなりヨボヨボですが。

クライバーはレパートリーが少ないことで知られていた。著名な演出家のオットー・シェンクは「指揮者なのに数えられるほどしか振らなかった」と皮肉タップリに言っているし、たしがウィーンpoの名クラリネット奏者であるペーター・シュミードルだったと思うが、「素晴らしい腕を持つコックなのに料理をしない」と辛口のコメントをしている。カラヤンのジョーク「クライバーが指揮するのは、冷蔵庫が空になった時だけだ」も有名である。

オーケストラには長時間の練習を強いる割には、極度の緊張家だったことでも知られる。本番の数時間前でも自信喪失に陥り、「息子と泳ぎに行く」と言い放って降板した。これも、本番前に極度に緊張して、「とても舞台に出られない。もう逃げ出したい」とわめいたとか、バイエルンオペラで、得意の「バラの騎士」演奏中、第二幕で客席のライトが落ちたというのに、控え室に閉じこもって「だめだ、前回より上手くやるなんて無理だ」と叫んだという。こうした、緊張癖や意気地のなさは、父親である大指揮者エーリッヒ・クライバーへのトラウマがあるなどといわれるが、天才となんとかは「紙一重」的なところが大きいのではないか。

面白いのは、練習時の「例え」。自分の気持や意図を楽団員に伝えるために、比喩を使うのが得意だったらしい、番組ではウィーンpoとの「テレーゼ事件」なども採り上げられていたが、極めつけはこれ。楽曲中に同じフレーズが出てくる際の表情付けの差にについて次のように言った。「同じ女性とやるのだが、体位を変えた感じで!!!」。私的には座布団一枚進呈したいが(笑)、今日ではセクハラ間違いないし、当時でも怒った楽団員も少なくなかったらしい。

セクハラのついでに、クライバーの艶聞は有名だったらしい。プレーボーイで女性への情熱が物凄い。名ソプラノのイリアナ・コトルバシュは「彼の弱点は女性」だとはっきり言っている。ビックリ仰天したのは、「ばらの騎士」などで共演した、日本でも人気の高い名ソプラノのルチア・ポップに熱を上げ、「トランク一つ持って、ルチア・ポップの家に押しかけ、同棲しようとした」とは・・・・。何をか言わんやである。

さて、長い文章になってしまったが、ぜひこのドキュメンタリーをご覧いただきたい。おしまいに、仲のよかった現役大指揮者リカルド・ムーティの言葉を紹介してお開きにしよう。

「テクニックを駆使する指揮者の動きはマネできるが、本能で振る指揮者は誰もマネできない」。けだし名言である。

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