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2011年2月22日 (火)

心の友

先週、池上彰の番組をみていた。なんだかんだ言われていても、彼の番組は面白い。NHKの「週刊こどもニュース」のお父さん役で名をあげた記者だが、それ以来彼のファンである。

実際、難しいことを易しく説明するのは、最も難しいことなのだ。難しいことを難しく説明するのは誰でも出来る。しかし、易しく説明するには、何が物事の核心かを的確に捉え、簡潔に表現しなければならない。池上は時事ネタをこどもに説明するという至難の業をやってのけたのである。

こどもニュースは放送が昨年で打ち切られた。その理由が振るっている。こどもニュースと銘打っていたが、実際は50歳以上のオトナ=高齢者が見ていたというのだ。誰だって難しいことを易しく解きほぐして説明して欲しいのである。

さて、先週の番組では(おそらく再放送だが)、ダイアナ元王妃が採り上げられていた。だれでも知っている悲劇のヒロインだが、晩年慈善事業に精力を注いでいたことは余り知られていない。

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皇太子妃時代は皇室の行事を中心に100もの肩書きがあったらしいが、離婚してからは自分のやりたい慈善活動をとことん行った。エイズ患者やガン患者の救済、地雷の撤去活動など、自らの危険を顧みずとことん行い、それがこうした慈善事業の拡大・推進に大きな影響を与えたという。上の写真はエイズ患者と握手するダイアナ妃。

彼女が離婚を決意したときのインタビューの言葉・・・「これからは、私は国民の「心の女王」を目指してゆきたいのです」。素晴らしい言葉である。

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私は「心の友」という言葉が好きだ。これは、たしか映画「ロード・オブ・ザ・リング」で使われていたのだと思うが、真の友情をあらわしているように感じられる。ダイアナ元妃の言葉を聞いて、「心の友」のフレーズが熱く思い起こされた。

私は齢を重ねても、まだまだ未熟者であるし、このブログの表題である「ゆびはじぶんに」の心境になかなか近づけない自分ではある。しかし、老若男女・・・親しく交わった人たちに対して、彼らを支えてゆく「心の友」でありたい自分は確かにいるのである。

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2011年2月19日 (土)

伝統芸能の伝承について思うこと

という表題は、なにかとても真面目な話のようだが、新聞記事を読んで思ったことである。

毎朝、電車で読む日経新聞。まあ、なかば惰性というか、うつらうつらするなかで義務感で読んでいるような気がする。しかし、時々最終面文化欄に面白い記事が載って「覚醒」(笑)することがある。

2月17日の記事がそうだった。「ケニア部族の魂奏でる」という見出しで、ケニアの民族楽器ニャティティ奏者のアニャンゴさんが寄稿している。アニャンゴという名前はケニアのルオ族の言葉で「午前中に生まれた女の子」の意味だが、彼女はれっきとした日本人 向山恵理子さんのことである。

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彼女がニャティティを弾くようになったのには面白い経緯があるのだが、このブログでは書ききれないし、ぜひ記事を読んでいただきたい。いずれにしても日本人初、いや女性初のニャティティ奏者だから、これまで大変な苦労があったのだ。興味深いのは、彼女とケニアの大師匠との「伝統芸能の伝承」に関わる心の交流についてである。

彼女はケニアのナイロビに修業に出向き、ひととおりニャティティをマスターするが、どうしてもこの楽器の故郷である「ルオ」村に行って文化や生活に触れたいと考え、ナイロビから13時間かけバスと徒歩でルオに着く。

そして村の大師匠の門を叩くのだが、大師匠は会うなり一言「女性には教えない」と言い放つ。そう、ニャティティは本来男性にしか演奏が許されない楽器なのだ。

彼女は、半ば押しかけで大師匠の家に住み込み、水汲み(片道30分!)や炊事など家事全般をするのだが、日本とケニアの田舎のカルチャーギャップに悩まされる。マラリアにも罹る。大師匠は弟子にするか否かは「あなたが本当に正しい心の持ち主なのか見極めてからだ」と言った。

しばらくして、彼女は親戚の葬儀で日本に帰国することになるが、ルオの村では「アニャンゴは逃げ帰った。もう戻っては来ない」と噂されていた。彼女がルオに戻った時は、村の人々は驚き、大歓迎した。そして、ようやく大師匠から稽古をつけてもらえるようになったのだ。しかし、手取り足取り教えてくれたりはしない。大師匠の猛烈な速さの名人芸を見て、それを真似るだけなのだ。

かれこれ半年たって、村の長老や名人達が集まり、アニャンゴのテストが開かれ、彼女は見事合格を果たした。そのときの大師匠の言葉がすごく感動的だ。

「ここから先は遊びではないぞ。世界中でこの楽器を奏でてきなさい。私の行けないところまであなたが行って奏でなさい」

アニャンゴこと向山恵理子さんの記事を読んで、世界広しといえども、伝統芸能の継承は同じなのだなと感じ入った。日本でも落語や、私が大学時代にクラブ活動していた能楽の世界は、ケニアの伝統楽器と同じである。例えば、能楽は歌舞伎と同様「女人禁制」の藝術であり、女性のプロ能楽師が誕生したのは昭和に入ってからなのだ。ちなみに、初めての女性能楽師である津村紀三子は私の師匠の師匠にあたる。

また、「人格」を重要視することも共通である。伝統芸能を担うには、それにふさわしい人品骨柄がなくてはならないのだ。人格的に優れた人間でなければ、伝統芸能を正しく伝えることが出来ない。伝承方法も、手取り足取りは論外で、「口伝」が基本である。落語のネタ伝授をみればよく分かるだろう。「芸を盗む」ともいうが、盗めるようになるにも本人の才能が必要とされる。

最後に「プロ意識」を持つこと。プロから見れば、素人さん=アマチュアは趣味や遊びの領域なのだ。そして、1人でも多くの人に伝統芸能を知ってもらうことが、伝統の灯を絶やさないための最も重要な活動なのである。

まことに、洋の東西を問わず・・・であるとただただ感心した。

参考までに、アニャンゴさんと彼女の演奏(ユーチューブ)を見てほしい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%8B%E3%83%A3%E3%83%B3%E3%82%B4

http://www.youtube.com/watch?v=N_ZB5jqpxKg

公式ウェブサイト

http://anyango.com/

彼女のブログ

http://ameblo.jp/anyangowarembo/

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2011年2月17日 (木)

休日返上

先週の三連休は本当に寒かった。第九の演奏会も終わり、久しぶりにゆっくりしたかったのだが、非情にも休日返上で仕事が入っていた。

某地方国立大学のベンチャー講座で、毎年学生によるベンチャー企業発表会があって、審査委員として呼ばれるのである。学生さんによるバーチャルな起業ということもあるが、活気があって審査するほうもなかなか楽しい。

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昼休みにキャンパス内にある記念館を案内してもらった。名前は「高柳記念未来技術創造館」という。いささか長くて欲張りな名前だが(笑)、高柳とは、「テレビの父」といわれる高柳健次郎のことである。

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高柳は1926年(大正15年)、世界で最初にブラウン管による電送・受像に成功したことで知られる。ここには高柳の開発したカタカナの「イ」の字の送受信装置や、最初期のブラウン管、そして我々の年代でも懐かしい昔のテレビなどが置かれていて楽しい。

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同じ記念館には、やはり地元の有名企業であるスズキ自動車のバイクの原型が陳列されていた。面白いことに、ペダルが付いていて、外形的には現在のアシスト自転車にそっくりだ。時代をワープしたような偶然には驚かされた。

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2011年2月13日 (日)

牡蠣祭り

毎年2月は全国各地で「かき祭り」が催されている。

というわけで、牡蠣の本場である広島に行ってきた。いや、誤解を招くので、「かき祭り」とは無関係で、「牡蠣」を視察してきたのだ。ちなみに、現地の人によれば、牡蠣祭りが2月に多いのは、牡蠣の旬であるのもさることながら、年末年始は忘年会・新年会で出荷が多く、イベントに手が回らないのが理由のようだ。

牡蠣の視察はもちろん仕事。取引先が広島の倉橋島というところにセンターを持っていて、ここを見に行ったのだ。この会社はオイスターバーを経営しているが、使用する牡蠣を全量このセンターに集め、無菌の状態にして出荷するのだ。貝類の旬はノロウィルスの時期と重なるので、念には念を入れた万全の対応をしているという。

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このセンターでは、日本・海外各地の牡蠣が集積しているので、食べ較べもできる。ご好意で、3つばかり試食させていただいた。私はあまり牡蠣は好きではないのだが、牡蠣ファンには堪えられないだろうと思う。

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センターの近くにある、牡蠣の生産者のところにも連れていてもらい、牡蠣の養殖の現場も見学した。船で湾の先端まで出かけるのだが、結構な船のスピード。切る風が冷たい。筏に到着し、牡蠣の養殖の様子をこの目で見ることが出来た。筏からつるしたロープに、牡蠣がびっしり付着している。

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生産者の工場に帰って、牡蠣の殻をむく様子も見ることが出来た。専用の器具を使って殻を剥ぐ。広島では殻を打つ(打ち砕く)と呼ぶらしく、これに従事する職人さんを打子という。冬場の寒い重労働で、いまは殆どが中国からの出稼ぎだという。

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取引先から面白い話を聞いた。牡蠣はノロウィルスとの戦いだが、実はノロにかかりやすい、かかりにくい人のタイプがあるようなのだ。面白いことに、血液型がB型が最も罹りにくいらしい。正確に言うと、A→O→AB→Bの順に罹りやすいのだそうだ。帰宅してネットで調べてみたが、同じような記事もあった。理由は分からないのだが、統計的にいえるらしい。B型の方は沢山貝類を食べても大丈夫なのかな。

牡蠣にまつわる話を色々聞けたので大変勉強になった。やはり、「百聞は一見にしかず」。現場を見るのは大変貴重な経験だ。

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2011年2月 5日 (土)

わが人生最高の第九・・・・

今日の「第九」は、わが人生最高の第九であった。

私はかれこれ20数回は第九を歌っているだろう。もちろん、主観的なものだが、少なくとも最高のものの一つであったことは間違いない。昨年歌ったコバケンの第九が、コバケンにとって「人生最高の第九」だったというブログを書いたし、大晦日の丸の内合唱団の第九が指揮者の神尾さんにとって「これまでで最高の第九」だったようだ。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-9900.html

合唱団の一員として、どちらも大変名誉なことだが、「歌うたい」として自らの出来栄えを自己評価すれば、今日の第九が最高だったのではないか。残念ながら、いつも最高音は出せないので、やむなくファルセットで歌った。もっとも、これまではあきらめることも多かったのだが(無理して歌うと合唱全体に迷惑がかかるので、これを「名誉ある撤退」という)、今回は合唱指導の水野先生の「裏声」を多用できたのが収穫であった。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2011/02/post-eeb5.html

また、テンポが遅かったのも幸いだった。指揮の山口先生は、フルトヴェングラーばりのテンポの遅さやアゴーギグが持ち味で、最近の若い演奏家にしては大変珍しいし貴重な存在である。指揮を注意深く見なくてはならないが、合唱もたっぷり歌える・・・・感覚的には1.5倍くらいの音価(実際にはそんなことはないが)で、丁寧に力強く歌えるのだ。練習番号Mの部分や、ドッペルフーガなどでは、たいへん密度の高い合唱ができたように思う。

しかし、一番の理由は、演奏の燃焼度が高かったからだと考える。昨日のブログに書いたように、今回の第九はオケも合唱もアマチュアである。第九という難曲を仕上げるのはまさに至難の業であるが、そうであるが故に情熱が高まるのだ。私が毎年歌っている某合唱団はアマチュアであるが、オーケストラは一流のプロ。大晦日のマルガツの第九も、オケは臨時編成とはいえプロ集団である。アマチュアに較べてプロは上手いに決まっているが、音楽への情熱という点ではアマチュアはプロに引けは取らないし、むしろ優れていることも多いのだ。

今日の演奏でも、第三楽章の弦の美しさ、心を一つにした弦と木管の掛け合いには心を打たれた。特に四楽章が始まった直後からのチェロバスのレシタティーボは素晴らしかった。チェロバスにレシタティーボを弾かせるのは、ベートーヴェンのまことに常識を超えた凄いところなのだが、そうであるがゆえに演奏も難しい。練習の際も指揮者の山口先生から度々ダメだしがあった。しかし、今日のチェロバス、特にベースは本番で最高の演奏が出来たと思う。必死で旋律を歌わせようと格闘するベース群の姿を横目で見るだけで、私の胸が熱くなった。

そして、山口先生の指揮である。本番では燃えに燃えた。もちろん、オケや合唱に的確な指示をだしているのだが、ある時は指揮を止めて目線で我々にサインを送っていた。指揮台から飛び上がらんばかりの情熱的なタクトからは、まさにオーラが発せられていた。

こうしたオーケストラや指揮者の熱演を目の当たりにしては、合唱も盛り上がらずにはいられない。これが本番の凄いところであり、楽しみでもあるのだ。私自身は大声とは全く違うのだが、心の中にある全ての情熱が引き出されるような心地がして、口から情熱の塊が客席に飛んでゆくような気持さえしたのである。

おそらく、オーケストラも合唱の情熱に触発されるところがあったに違いない。指揮者とオーケストラと合唱の相互作用が、音楽を高みへと運んで行ってくれたのではないか。むしろ、プロとの共演では得る事のできない感動なのである。

最後に、我々「外人部隊」であっても、このような素晴らしい感動を味わうことが出来たことを合唱団、オーケストラ関係者の皆様に感謝したい。そして、打ち上げの席で私がスピーチしたように、合併10周年には再び合同でマーラーの「復活」を演奏したいものである。

余談だが、今回を契機に合唱団へ新規入団をされる方が多からんことを祈ります。私自身はどうなのかだって?・・・・たしかにこの合唱団は団員も指導者の水野先生も素晴らしい・・・でもね・・・・・まあ、下記ブログをお読みください(笑)。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/m-46e8.html

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2011年2月 4日 (金)

まだ、第九歌ってます

明日、第九の本番がある。

第九といえば、日本の年末の恒例行事。私も毎年歌っていて、昨年末は都合3回舞台に上がった。しかし、そのシーズンを外せば、めったに歌われない。

今回の第九は、私が元在籍していた会社の合併5周年記念行事として開催されるのだ。合唱はその会社の合唱団だけでは足りないので、外人部隊として(笑)、私も駆り出された。オーケストラも会社の管弦楽団である。

どちらもアマチュアなので、練習が大変。オケがプロならば合同練習はだいたい1回で済むのだが、今回は3回練習した。最初はどうなるかと不安だったが、練習を積んだ成果が出て、オケもとてもよくなった。合唱団も私のような外人部隊や、第九や合唱が初めてという人もいるので、10月から3ヶ月間みっちり練習したのだ。

私なんぞは、第九を毎年歌っているから大丈夫でしょ・・・・と冷やかされるが、とんでもない。指揮者や指導の先生の解釈によって、全く違った歌い方になるのだ。それが音楽の面白く、奥が深いところでもある。

さて、明日の演奏はどうなるのか。楽しみである。

http://www.suntory.co.jp/suntoryhall/perform/list1102.html#P05M1

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