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2010年7月30日 (金)

行ってきます

明日から夏休み→海外旅行に行ってきます。

今年は北欧・・・1週間の旅行ですが、日本の猛暑を避けて、涼しい旅行が出来ればいいなあ。

帰国したら、道中のお話をアップします。

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2010年7月25日 (日)

おめでたい話

神尾先生、ゴメンナサイ。

24日は神尾先生の初リサイタルで、チケットを買って楽しみにしていた。ところが、おめでた話が飛び込んできて、遠出することになったのだ。リサイタルをキャンセルするのだから、かなりおめでたい話である。

私の長男が伴侶をみつけ、将来奥さんになる相手のご両親と初対面したのだ。場所は奥州平泉。相手のご両親が一関の名勝「厳美渓」の近くの旅館を予約していただき、そこで夕食をともにしたのだ。

会食はおよそ二時間。最初はさすがに緊張したが、食事やお酒が進むにつれ互いに打ち解けてきて、和やかな会でよかった。長男とフィアンセも結納や結婚式の話を出して双方の親から理解が得られて喜んでいた。

長男のフィアンセの実家は18代続く農家だとか・・・・古くは東北を制圧した坂上の田村麻呂くらいからの家らしい。でも、女系家族で、お母さんは今のお父さんを養子にもらった。そして、子供は娘3人だから(長女がフィアンセ)、やはり筋金入りの女系かもしれない。女4人に囲まれたお父さんがちょっぴりかわいそう。

さて、夕食会が終わって宿の温泉に入ろうとしたら、稲城に住んでいる私の弟からメールが入った。私は実の両親と鎌倉に同居しているのだが、大磯に住んでいる父の姉(お箏の先生)が体調を崩していて父に電話が入った。父は心配ですぐ大磯に出かけた。自宅には母が1人、我々長男夫婦が平泉に出かけているので、弟の奥さんがとりあえず家へ向っている・・・・・・云々。

我々が遠方に出かけた矢先に、このアクシデントではやっていられません。心配でハラハラしていました。幸い夜の11時過ぎに父が自宅に帰り、大磯の伯母もなんとか小康状態ということで、胸をなでおろしました。
今日、医者に見てもらったら、脈拍が通常人の半分しかないとのことでした。やはりこの猛暑がこたえて体力が落ちているんだろうな。歳も90歳近いですから。

熱中症問題は一応対応できたので、我々はフィアンセのお母様に平泉を案内いただいた。中尊寺金色堂、毛越寺など主要な観光名所を巡った。この話はまた別の機会にするとして(なかなかその機会が巡ってこないが)、面白かったことを二つ。

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一つは、一関・平泉の名物は・・・・・なんと「御餅」。杵つきの餅に色々な薬味=アンコをかけて食べるのだ。あずき、みたらしは当然として、くるみ、ゴマ、生姜などなどバラエティに富んでいる。ご当地には餅街道なるものまであって、盛んにPRしている。私は根っからの餅食いで、自宅にも切り餅パックを欠かしたことがない。一番好きな食べ方は、餅茶漬け。ご飯の上に焼餅を乗せ、餅のひび割れた部分にたっぷり醤油をかけてお茶漬けにする・・・・・なんともシンプルで香ばしく美味なのである。この地方では慶弔の際に必ず餅が振舞われるというから、うらやましい限りである。

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もう一つは、厳美渓の「空飛ぶ団子」。厳美渓は一関市内を流れる磐井川の美しい渓谷。忽然とあわられる渓谷は確かに美しい。しかし、それ以上に目を奪われたのは、「空飛ぶ団子」であった。渓谷の休憩所に設けられた仕掛け。ワイヤーロープでつないだ籠に代金を入れ合図の板を叩くと、対岸の店が注文を聞いて、だんごと茶を提供してくれるというものである。川をまたいだ芸当なのだが、するすると籠に揺られてきた団子と一緒に運ばれるお茶が器から一滴もこぼれていないのだ。名人ではある。

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2010年7月20日 (火)

ぶり返し

恐れていたことが起こった。

朝起きようとしたら、腰が痛い・・・・・やはり無理をしたのがたたったのか?1ヶ月前のぎっくり腰のような関節の痛みではなく、物につかまらなくても立ち上がれる。しかし、ジワッとした痛みが持続する。左でん部も痛い。これは坐骨神経痛に違いない。

疲労が溜まっているに違いない。胃に悪いのは承知で、鎮痛剤を飲んで少し痛みは治まった。夜は会社のOB会の立食パーティー。立ったママが一番堪える。横になりたいくらいである。

デスクワークが多いので、椅子の座り方を会社の人に聞いたら、背筋を伸ばして浅く座ったほうが良いという人と、正反対に椅子に深くかけて背もたれに体重をかけたほうが良い・・・・・という人もいた。いったいどちらが正しいのだろう。どなたか正解を教えてください。

いずれにせよ、腰からお尻にかけて、湿布薬のオンパレードがしばらく続きそうだ。ヤレヤレ。

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2010年7月19日 (月)

連チャンの特訓

三連休は楽しいはずだが、今回は昨日・今日と合唱団の特訓でつぶれてしまった。

昨日は荻窪・池袋方面の某オケ合唱団。毎月1回は日曜日に練習がある。私は遠方に住んでいるので、極力日曜練習には出ない方針なのだが、このところの多忙で(もちろん仕事)平日練習の出席がままならないことから、日曜練習に出席せざるを得ない状況にあったのだ。なにせ出席率が厳しく、基準を下回ると本番出演がおぼつかないのだ。

本日は丸の内方面の合唱団。10月に本番を控えているので特別練習に近い状態。こちらも欠席気味であるし、毎回新しく覚える楽曲があるので、この際挽回をしようということになった。

相変わらず腰の調子が思わしくないので、大部分椅子に座ったままで歌っていたのだが、それでも腰には負担である。それにこの猛暑。東京に出るだけで嫌になります。

まあ、好きでやっているのだから、愚痴は言いたくはないが、土曜日は自宅で仕事をしていた。のんびり連休を過ごしたかったなあ。

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2010年7月11日 (日)

中国で驚いたこと

中国出張から帰ってきて、仕事が山積状態で、なかなか続きがかけません。

外国だから、大げさだが見るもの聞くもの新鮮なことばかり。なかでも、今回驚いたのは、邯鄲市の接遇。まさに賓客扱い・・・・というか、中国では珍しいことではないようだが・・・・・。

北京から石家庄までの新幹線を降りると、花束が渡された。かなり恥ずかしいが、これもセレモニーだから、ポーズをとらなくてはならない。ちなみに電車は日本の新幹線車両そっくりだが、在来線を走るため速度はそれほどでもない。約2時間の旅。来年には本当の新幹線が開通して時間は半分になるという。写真右は市の幹部。

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ちなみに、駅のホームに車で乗り入れてしまい、これも特別待遇。日本ではありえません。写真の車は別のグループ。

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高速道路、市内の工業団地や、工場、名所旧蹟などには専用のマイクロバスで移動するのだが、常にパトカー(公安)の先導がつく。おそらく金輪際こんな経験はしないだろうが、なかなか気持が良い。ビックリしたのは、交差点の信号が赤でも、平気で通り抜けること。交差点には予め警官が出張っており、車通過の連絡が入ると、即座に交通規制を始めるようだ。二つ目の写真の前方横断幕は邯鄲鉄鋼集団の工場です。

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そうして、よくテレビのニュースでみるあれです・・・・トップ同志が会談するやつ。これも、おそらく日本では出来ないなあ。

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2010年7月 4日 (日)

二度とない経験

中国出張での、二度とない経験・・・・・いや、二度とあっては困ります。本当に大変でした。

約1週間の中国出張は、北京→石家庄(河北省の首都)→邯鄲市→上海→昆山→上海というスケジュールだった。メインは河北省ならびに邯鄲市と私の会社との、地元「工業団地」に関わる調印式で、現地見学を含めて丸二日を要した。写真は北京発の新幹線もどき=D列車といって線路は在来線を走る特急列車である。本当の新幹線は現在工事中。

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中国人とのお付き合いなので、ビジネスは勿論のこと、その後の懇親会なども非常に中身が「濃い」。二日間の親密なお付き合いを終えて、夜の8時に邯鄲空港から上海に飛行機で飛び立とうとしたら・・・・・・飛ばないのである。

この日は、夕方から天候が不順で、中国華北地域一帯に雷雲が発生し、どの空港でも飛行を見合わせているとの事。さて、困った。邯鄲空港へは上海から飛んできた飛行機が折り返すことになっているが、上海からの便が隣の石家庄に降り立ってしまい、そこから邯鄲まで飛行しないと我々は上海に行けない。しかも、飛行機は一日に一便しかないのである。

ところが、さすが共産党独裁政権の中国。同行した邯鄲副市長さんが電話を掛けまくって、石家庄から邯鄲まで飛行機を飛ばしたのである。聞くところによると、我々=重要な賓客がいるので、絶対に邯鄲に来てくれと凄んだらしい。

さて、ようやく飛行機に搭乗したのだが、うんともすんとも動かない。そのうえ、機内放送もないのである。乗客もイライラしてくる。1時間も機内にいただろうか、突然、すぐ後ろの席で大きな物音がしたと思ったら、乗客が発作を起こし横転している・・・・・・酸素ボンベで救急措置がされ、救急車で運び出された。写真はなかなか飛ばない飛行機。

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副市長から電話がかかってきて、まだ出発に時間がかかりそうだから、空港のVIPルームに戻りなさいとの指示。救われた気持で飛行機を脱出した。このとき既に時計の針は12時をまわり翌日になっていた。待合室で副市長をはじめ邯鄲市関係者と雑談をし気を紛らわせる。市政府関係者にはお帰りいただきたかったのだが、頑としてその場を離れないのである。まことに、丁寧というか、ホスピタリティーというか、賓客にはとことん尽くす中国人の姿勢にいたく感動した。

しばらくたって、私の疲れを心配して、空港長の執務室を空けてくれ、執務室の長椅子で横になることに。こんな経験は二度とないだろう。出張前からぎっくり腰・・・・腰を痛めていたので、大変助かった。この分だと、このフライトは無理かなと半ばあきらめ、ウトウトとしていたところに空港長に声をかけられ、出発のオーケーが出たと。

再び飛行機に乗り込んで出発したのが、午前2時半。なんと6時間以上も待たされていたことになる。上海空港到着が午前4時。ホテルチェックインが午前5時。夜も白々と明け始めた頃であった。

およそ2時間ほど仮眠を取って、翌朝は昆山にある当社投資先の工場見学へ。外気温39度・・・・・・体温よりも高く、非常に湿度の多い状態で、極度のバテバテの状態であった。自分でも腰痛・胃痛をかかえよく頑張ったと思う。

中国出張の話は続きます。

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