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2009年5月28日 (木)

深大寺といえば・・・・・

深大寺といえば・・・・・・蕎麦ですかね。いや、今日は深大寺に薪能を観に行きました。

私の友人が、某大手企業のオーナーさんの知り合いで、この会社が主催している薪能だった。このオーナーさんは、ベンチャー企業の育成に力を尽くされた方で、私の仕事とも関係がある方です。私の友人からオーナーさんをご紹介いただきましたが、仕事の上でもご縁ができるとよいと思います。

薪能とは、神社仏閣などの野外で行われる能楽。お能は通常専用の能楽堂で行われるが、昭和40年代ころから全国各地で薪能が行われるようになった。文字通り夜間かがり火のもとで演じられるお能は、幽玄な趣があって素敵である。深大寺では今年で18回を数えるというから、古い部類に入る。残念ながら今夜は大雨で、急遽お寺の本堂で演じられることになった。

このブログでも何回か書いているように、私は大学時代能楽のクラブに入っていて、それ以来時々お能を観にいっているが、ここ2年くらいご無沙汰していて、本当に久しぶり。やっぱり、お能は素晴らしい・・・・合唱も良いが、能楽は日本人の血が騒ぐのである。

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演目は「清経」。能楽にはいくつかのジャンル(類型)があって、この能は二番目=修羅物に属する。修羅というのは、仏教の六道輪廻の一つで、生前戦いに明け暮れた人間が陥る苦しみの世界で、修羅道でも争いにさいなまれる。主人公は平家の武将「平清経」だが、源平の戦いの報いで、死後も苦界にとどまっている。

というと、なにか壮絶なお能のようにも見えるが、実はこの演目は夫婦の細やかな情愛がテーマとなっている。源氏に追われて入水自殺をした清経の亡霊が、哀しむ妻の前に現れて、自分の最期の様子を再現する。妻の悲しみとそれを慰めよう?とする清経の亡霊の掛け合いがなんともしみじみとした能なのである。

お能の武将には平家と源氏の両方を扱った演目があるが、その内容の深さは平家の演目が断然勝っている。「滅びゆくものの美しさ」を愛でるのは、やはり日本特有の美学であろう。そして、源氏の荒々しい武将ではなく、平家は「公達」といわれるように、文武両道に秀でた貴族的なインテリジェンスが、お能の題材にピッタリなのである。

久しぶりに日本文化の粋に触れた夕べであった。

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2009年5月27日 (水)

合唱団はお呼びじゃない?!

前回ブログの続きである。合唱団がいらないというのは、大問題である。

バッハの宗教曲を聴いていて、近年の流行は合唱の各パートを1人で歌う・・・場合によってはソリストを兼ねるという、大変な演奏方法が定着しつつあることである。

これをOVPPという。ブランデーのVSOPではない(もう死言だが)。One Voice Per Partの略である。ラフォルジュルネ(熱狂の日)のリチェルカーレ・コンサートの演奏はまさにこのOVPP。最後に聴いた、鈴木雅明指揮のバッハ・コレギウム・ジャパンによる「ヨハネ受難曲」でも、各パート1人ではなかったが、合唱はパートあたり3人程度に刈り込んでいた。

なんで、こんなことになったのか?最近の不景気の影響で演奏にもコストカットが求められているのか・・・・・いや、ちゃんと理由があるのである。一昔前までは、バッハの宗教曲では大人数の合唱とソリスト、そしてちゃんとしたオーケストラがついていた。ところが、前回のブログでも述べたように、作曲当時の演奏をそのまま再現するという潮流が大きくなり、必然的にオーケストラも声楽も少人数になってきた。バッハでも、これまた有名な「ブランデンブルク協奏曲」もオーケストラ各パート1人の演奏形式も当たり前になってきている。

考えてみるに、バッハの複雑かつ絡み合うポリフォニーの処理、繊細な表現、言葉の明瞭性などを重視すれば、各パートの数を減らしたほうが良いことは明らかである。我々、丸の内合唱団がモテットを歌った際も、特にあの気の遠くなるようなメリスマを100人規模の合唱団で歌うことの難しさを、いやというほど味わった。なかでも言葉の表現力は大切で、音楽学者の礒山雅さんは「バッハのカンタータは単なる音楽ではなくて、人間として生きるうえでの宗教的なメッセージである。それには言葉を重視した演奏でなければならない。」「そして、それ以上に大切なのは、歌手一人ひとりが人間的なレヴェルで音楽とかかわりを持つこと。演奏者全員が親密な関係をもち話し合いながら音楽を作ってゆくことだ」と言っています。大人数の合唱では、そうした目標の達成がなかなか難しいのは確かなのである。

メリスマで思い出したが、最近は例えば、ホホホホとかハハハハと各音符を切って歌うのは古めかしい歌い方らしい(合唱団の団友の話)。別の合唱団の指導者も、そういう歌い方は間違いだと指摘していた。熱狂の日でも、プロの歌い手はメリスマは各音符の音価を保ちながら「レガート」で歌っていた。我々、マルガツにこのように歌えといわれても難しいだろうが・・・・・。

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さて話を戻すと、こうした傾向に拍車を掛けたのが、音楽学者であり指揮者でもあるジョシュア・リフキンの考証である。リフキンはバッハの時代、ライプチッヒの合唱隊は様々な理由で人数を確保する事が出来ず、原則各パート1人で歌っていたことを突き止めた。それどころか、ソリストと合唱の区別がない・・・つまり、オーケストラとソリスト4人(合唱を兼ねる)で演奏したというのだ。これはまだ、定説にはなっていないが、現時点では有力な説として認められている。実は、このOVPPはリフキンが提唱した演奏形式で、日本ではリフキン方式とも呼ばれている。実際、リフキンは「ロ短調ミサ曲」でこのOVPPを実演している(CDもある)。

マルガツがアンコールで歌った「主よ人の望みの喜びよ」はリフキンの演奏ではこうなります。http://www.youtube.com/watch?v=Q2MVohd9yJE

いずれにしても、各パート1人なんてことになると、合唱団の出番はなくなるし、仮に歌うことになってももの凄いプレッシャーだろう。以前、マルガツの練習でバスパートが私1人しかいなくて、大変往生した。OVPPなんてとてもじゃなけれど、勘弁、勘弁。

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2009年5月24日 (日)

女性は教会で黙すべし

大分間が空いてしまったが、ラフォルジュルネ(熱狂の日)の続きを書きたい。

今回の一連のコンサートで、一番驚き、最も感激したのは「カウンターテナー」の上手さであった。カウンターテナーとは成人男性が主にファルセット(裏声)を使って女声の音域(アルトが多い)を歌うこと、あるいは歌う歌手のことである。

わが国でこのカウンターテナーが広く知られるようになったのは、「もののけ姫」を歌った米良美一を嚆矢とする。もちろん、米良はもともとクラシックの歌手なのだが、最近は合唱を聞きにいっても、男声がアルトに混じって歌っているのをチラホラ見かけるようになった。バッハのカンタータ、ミサ曲などの宗教曲でも、いまやカウンターテナーが大活躍、女声歌手(主にアルト)の存在を脅かすまでになっている。

この背景には、1970年代からバロック音楽を席巻しつつある、古楽器演奏の潮流がある。例えば、バッハを演奏する際には当時の楽器=古楽器、オリジナル楽器を使うという流れである。確かに現代楽器はロマン派の時代を経て、大きく、そして輝かしい音が出るように改造されたもので、バッハの時代に演奏されていた音とは大きく異なる。楽器そのものばかりか、ピッチを低く取ったり、演奏方法もビブラートをほとんど掛けない「ノンビブラート」の演奏が主流になっている。

となると、必然的に声楽も当時のオーセンティックなものが求められるようになってくる。実は、当時ヨーロッパ教会では「女性は黙すべし」という、今考えるととんでもないシキタリがあって、歌を歌うことが出来なかったらしい。まあ、男尊女卑の考え方は洋の東西を問わずあったわけで、芸能では日本も能楽や歌舞伎は女性ご法度であった。したがって、教会では少年がボーイソプラノとして女声パートを歌っていたが、少年では表現力に限界があるため、アルト部分を成人男性が裏声で歌うようになったのである。

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現代の古楽演奏が行き着くところ・・・・・バッハの時代の演奏を再現するという目的には、カウンターテナーがなくてはならないのである。10年以上前までは、カウンターテナーも少数しかいなかったし、日本でも好奇の目で見られていたことは確か。しかし、今回の熱狂の日では、素晴らしいカウンターテナーに接することが出来た。ヴィオラ・ダ・ガンバの名手でもあるフリップ・ピエルロ(上記写真)率いるリチェルカーレ・コンソート(ベルギー)の演奏で聴いた、カルロス・メナその人である。

演奏曲目は、

①ヨハン・クリストフ・バッハ:ラメント(哀歌)「ああ、私の頭が水で満ちていたら」

②バッハ:カンタータ第4番「キリストは死の縄目に繋がれたり」bwv147

③バッハ:カンタータ「主よ、深き淵よりわれ汝を呼ぶ」bwv131

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リチェルカーレ・コンソートの演奏は、しみじみとした情感に満ち、深い精神性をたたえた演奏。本当に良いものを聴いたなという感想であった。特に、カウンターテナーのメナの声は素晴らしい。正直、冒頭で採り上げた米良美一の「カウンターテナーってこの程度」という概念を大きく打ち破る大変立派な声なのだ。言葉では言い表せないもどかしさああるが、芯のある伸びやかな声。音量も十分でノンビブラートの艶やかな音の塊が、聴く者の胸をついてくる。それでいて押しつけがましくない端正な表現。中性的という表現は当てはまらないが、男性にない色気も感じさせる、なんともいえない生理的に美しい声なのだ。

このコンサートの前に、ペルコレージの名曲「スターバトマーテル」(悲しみの聖母)を聴いたのだが、ソリストは著名なバーバラ・ヘンドリクス。しかし、その大きなビブラートには正直幻滅した。60歳という年齢のせいもあろうが、女声にはビブラートが付きまとう。宗教曲はやはりノンビブラートの清純な声で聴きたいものである。この点、カウンターテナーでは、ほとんどビブラートがかからず、清明な神の世界に遊ぶ雰囲気に浸れるのである。

このあと、書きたかったOVPP・・・VSOPじゃありません(古い!)、One Voice Per Partについては、長くなったので次回に回します。

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2009年5月19日 (火)

傑作!天使と悪魔

話題の映画「天使と悪魔」を観にいった。

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いやー、面白かった。シリーズ一作目の「ダヴィンチ・コード」も良かったが、「天使と悪魔」も素晴らしい映画だ。前作は読んでから→観るだったが、新作は読まずに→観るで、ストーリーも分からず。しかし、息もつかせぬ展開で、アクション場面も多く、ハラハラドキドキ。数時間の出来事を追ってゆくストーリーで、人気ドラマ24(トゥエンティー・フォー)にあやかったのではなかろうか。スジを話してしまうとネタバレの危険があるのだが、最後のドンデン返しが凄いとだけ申し上げよう。

そもそもイコノグラフィー(図像学)の好きな私としては、トム・ハンクス扮するラングドン教授の専門分野が、宗教象徴学ときたひにゃ堪えられません。これは、ダヴィンチコードも同じ。さらに、四大元素に倣った殺人事件が連続するのだが、これはミステリーでいうところの「見立て殺人」。横溝正史でおなじみのアレです。かつてミステリーファンだった私にとっては大変なご馳走です。

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そして、私がこの映画を好きになった最大の理由は、ローマの歴史建造物がふんだんに登場すること。とりわけ、イタリアバロック建築の寵児、ベルニーニの建築・彫刻が謎を解く鍵になっていることである。ベルニーニの作品は大好き。かれこれ10年近くなるが、ツアーでイタリアに旅行した時に、自由時間を利用してベルニーニやボロニーニといった、バロック建築・彫刻の粋を観て回ったほどなのである。

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映画「天使と悪魔」には、このベルニーニの建築が沢山出てくる・・・・・というか、それほどローマはベルニーニの作品で満たされている。当時のローマ法王をして「ベルニーニはローマのためにある」と言わしめたくらいである。映画でも、ヴァチカンのサンピエトロ広場の列柱回廊、サンピエトロ大寺院のバルダッキーノ(天蓋)、ナヴォーナ広場の「四大河の噴水」、サンタ・マリア・デッラ・ヴィットリア教会・・・・などなど、昔の旅行が思い出されてとても懐かしい。ヴィットリア教会には彼の代表作である「聖女テレーザの法悦」がある。金の矢を持った天使がテレーザの心臓を突き刺し、テレーザはその激しくも甘美な痛みに恍惚となる・・・・という極めて宗教的でありながら女の性を感じさせる彫刻は非常に印象的である。

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もう一つ挙げると、ヴァチカンの「コンクラーベ」。ローマ法王が死去した後、世界各地の枢機卿がヴァチカンに集まり、次期法王を選挙するカトリック信者にとっての一大イベント。カトリック・シンパの私にとっては興味津々である。そして、これも大好きな?秘密結社である。以前このブログでもフリーメーソンを採り上げたことがあるが、今回出てくるイルミナティはフリーメーソンの弟分(後継者)に当たるのだ。

前作のダヴィンチコードの時も、「宗教観に反する」としてカトリック教会の大反対があったのは記憶に新しいが、それに懲りず、今回の「天使と悪魔」はなんと大本山のヴァチカンに乗り込み、そこを舞台にしているのだからアッパレというほかない。案の定、教会からは撮影を拒否され、多くの建造物はセットを作ったという。モーツァルトがミサ曲を一度聴いただけで暗譜した・・・・いやそれ以上にミケランジェロの壁画で有名なシスティーナ礼拝堂のセットなどは、大変な労力をかけたに違いない。それだけをもってしても、驚きを禁じえない。

いずれにせよ、「天使と悪魔」は私の好きなものが満載で、面白くないわけがない。そうでない人でも、ストーリー展開だけで十分観る価値があると思う。

最後に、ネタバレにならないように・・・・・・最初の5分で怪しいと思っていた人物が、犯人だった・・・・・どんでん返しの末の結果論ですがね(笑)。

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2009年5月18日 (月)

現代浪漫主義

日曜日に日本の現代音楽を聴きにコンサートへ行った。

現代音楽は難しくて、眠くなるあるいは寝させてくれない(笑)曲が多いが、今日の曲は現代浪漫主義。とても良かった。会場はミューザ川崎シンフォニーホール。東京交響楽団のコンサートです(指揮:大友直人)。

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曲目:
    *坂本龍一/映画「戦場のメリークリスマス」テーマ曲
    *三枝成彰/NHK大河ドラマ「太平記」より
    *三枝成彰/映画「優駿 ORACION」より
    *服部隆之/TBS日曜劇場「華麗なる一族」より
    *羽田健太郎 交響曲「宇宙戦艦ヤマト」

これがクラシックかと訝しがる向きもあるかもしれませんが、れっきとしたクラシック。坂本龍一(東京藝大)、三枝成彰(東京藝大)、服部隆之(パリのコンセルヴァトアール)、羽田健太郎(桐朋ピアノ科)とくれば、れっきとしたクラシックをベースにした作曲家たちです。三枝さんにいたっては、80年代はまさに前衛現代音楽の作曲家だったが、90年代になって現代浪漫、ネオ叙情派ともいえる作風に大転換したのが大変興味深い。

「戦メリ」は乾いた叙情が涙を誘い、「太平記」「優駿」はいかにもドラマ・映画音楽らしく優しいメロディラインと豪勢な盛り上がりを兼ね備えた名曲。やっぱり、日本人の心情のツボにぴたりはまる美しさです。新世代の旗手である服部さんの「華麗なる」は凝ったつくりの曲で、ドラマの登場人物の葛藤を描いて余すところがない。

お目当ては東響コーラスでもあったのだが、流石によくトレーニングされていて、声の均一性、厚みが素晴らしい。ヴォカリーズだけしかなかったのが残念であった。

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さて、ハネケンの「ヤマト交響曲」は1時間にもなんなんとする大曲。宇宙戦艦ヤマトはポップス作曲家の宮川泰によるものだが、このモチーフをハネケンは大叙事詩交響曲に仕上げた。

申し遅れたが今回のコンサートは、東響の東京藝術劇場シリーズ100回記念。曲間に大友さんの説明が入る異例な展開。大友さんから「普通ならマーラーやエルガーの合唱付の大曲を選ぶのだが」というコメントがあったが、どうやら東響の前身の東宝交響楽団が映画音楽を演奏していたことから創立時のDNAが脈々と受け継がれていること、そして大友さんがこの「ヤマト交響曲」の初演者であり、とても思い入れがあることが選曲の理由のようだ。

大友さんは、25年前にN響を指揮して初演しているが、このときのハネケンの精魂を込めた作曲振りなどのこぼれ話を披露していた。解説の途中で、先年、働き盛りに亡くなったハネケンのことを思い出して、思わず涙ぐむシーンもあって感動的であった。

曲は大変立派なもので、ヤマトのメロディーが全編にちりばめられ、ある時はチャイコフスキー風、またあるときはブルックナー風の音型が顔をだしてとても楽しい。ハネケンの才能がフルに発揮されている。特に聴きものは第4楽章で、なんとピアノ(若林顕)とヴァイオリン(大谷康子)のドッペル・コンチェルトに仕立て上げられている。ハネケンは自らがソロを弾くためにピアノを挿入したのだが、このピアノが素晴らしい。両手が縦横無尽に鍵盤を走る楽想は、ラフマニノフもかくやと感じるほどのグランド・マナーである。ハネケンは大変なヴィルトーゾとして名を知られていたが、ピアノの若林にハネケンが乗り移ったかのような熱演で、感動的であった。

こうした素晴らしい現代日本の浪漫主義音楽に、もっと光を当ててほしい。そして、録音され広く世の中に聴かれることを願ってやまない。

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2009年5月10日 (日)

来年のラフォルジュルネは?

今年が終わったばっかりなのに、もう来年の話ですか?

でも、今のうちから決めておかなければいけないのですよ。せっかちに見えますが、マルガツ団長さんの頭もこのことが心配のようです。いずれにしても、来年のメインテーマはショパンで決まり。ただ、ショパンの合唱曲は聞いた事がありません。

となると、周辺企画で探すことになります。本家のフランス ナントでは、ショパン+ロマン派・・・具体的にはメンデルスゾーン、リスト、シューマンに決定したそうですが、日本では未定とのこと。メンデルスゾーンは初期ロマン派ですから、ちょっとショパンとは違うような気がします。でも、シューマンは確実でしょう。彼なら「流浪の民」とか合唱曲があります。ブラームスが入るとグッと厚みを増すのですがね。

団長さんは、オーケストラつき合唱曲を沢山歌うのがライフワークのようですから、ひそかにメンデルスゾーンを狙っている。でも、エリアとかパウロとかのオラトリオはハードル高いですよ。

まあ、作曲家がどうなるかは主催者任せになってしまいますが、私にはアイデアがあります。ショパンでも大丈夫。ただし、アンコール曲がふさわしいと思いますが。

皆さん平原綾香がショパンの歌を歌っているのはご存知ですか。昨年末の紅白でも歌いました。ショパンの歌といっても編曲です。「ノクターン」という曲と「カンパニュラの恋」という二曲。実は同じ曲で、前者が英語バージョン、後者が日本語バージョンです。ノクターン20番(遺作)に歌詞をつけたものですが、なかなか良くできてます。この曲、映画戦場のピアニストでも採り上げられましたね。平原綾香はユーチューブご覧ください。

ノクターンhttp://www.youtube.com/watch?v=jevi3-vIbkk&NR=1

カンパニュラの恋http://www.youtube.com/watch?v=3Cal83Z6CRk&feature=related

原曲http://www.youtube.com/watch?v=eRqURo6FugA&feature=related

この調子で行けば、どんどん編曲できるかも。きっと、「別れの歌」なんかは既に合唱曲に編曲されているのでしょうね。

なんでも来い!=柔軟性の高さが丸の内合唱団の持ち味ですから。

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2009年5月 7日 (木)

ルネ・マルタンに会いました

丸の内合唱団公演のお礼に、団長と一緒に関係者に挨拶に行った。

ノーアポなので会えなければ仕方ないと思いつつ、まずスポンサーさんの部長さんのところへ。生憎離席中で名刺を置いて退出。続いて、スポンサーさんのマネジメント会社へ。担当の方の機嫌は上々。いつもは忙しくてイライラしていることが多いのだが、さすがに大イベントが終わったて、ほっとしているからでしょうか?秋の藝大イベントのこともお願いして引き上げた。

驚いたのは梶本音楽事務所(社名変更でKAJIMOTOに)。幸い担当のIさんがいらしたので、しばし歓談。マルガツのフォーラムでの公演は迫力があってとても良かったと褒めていただいた。合唱団の公演が珍しかったこと、出演者が一番の大人数で見栄えも十分。さらに集客度合いも観客の反応も良かったようだ。前のブログにも書いたことだが、プロから評価されて、こんなに嬉しいことはない。ギリギリまで練習した成果だろう。

そのあと、最近知り合いになったS顧問(元副社長)さんと社長室でお話を。Sさんは私と同じ大学の先輩に当たり、オーケストラ部(私は謡曲部だが)。偶然Sさんと共通の友人が複数いて、数ヶ月前にSさんと会食したばかりである。S顧問いわく、「東京国際フォーラムに文化の香りを持ち込みたいとの想いからラフルジュネをはじめた」のだと。「熱狂の日が終わってしまうと、フォーラムもひっそりとしてしまう。なんとか街をもっと活性化したい」とも言っていた。まさに、我々マルガツの目指す、「丸の内から文化=音楽を発信する」発想と同じで、大変共感を覚えた。スポンサーさんの部長さんとも親しいようで、しばし噂話に花が咲いた。

これも偶然で驚いたが、スポンサー会社の担当役員さんとS顧問は親しい間柄だということなのだ。なんと、同じ大学のオーケストラ部に所属していた・・・・・ということは、担当役員さんは私の大学の先輩でもある。Sさんのご紹介で担当役員さんにご挨拶に行こうと思う。

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そうこうしているうちに、梶本の社長さんが部屋に入ってこられしばし歓談。これがカッコいいんだな(写真)。経営者というより芸術家の風貌。長髪で顔立ちもイケメン(上記写真失礼しました)。梶本社長さんからは、ラフォルジュネ・ジャポン誕生の経緯や、最初は東京都や企業から受け入れられなかったエピソードなどをお聞きし、しばし歓談。しばらくすると、なんとラフォルジュネの総監督ルネ・マルタンが入ってきたのです。マルタンに挨拶、握手までしてもらい感激。来年はショパンとロマン派(本家のナントではショパン+メンデルスゾーン、リスト、シューマン)ということなので、よろしくお願いしますと頭を下げ梶本を後にした。

Martin

皆さん、丸の内合唱団も将来梶本さんにお世話になるかもしれませんよう。

さて、昨日のブログの続き。5月4日の1時間目(11時から)の演奏の紹介をしたい。ファビオ・ビオンディの指揮・独奏ヴァイオリンとエウローパ・ガランテによるヴィヴァルディの四季である。今回の熱狂の日の聴きものの一つ。というのも、ビオンディは、1990年代初頭に古楽器によるこの四季の演奏で一躍名を知らしめたからである。

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ヴィヴァルディの四季というと、古くはフェリックス・アーヨの艶やかな独奏バイオリンとイムジチ合奏団のイタリア美の極致のような流麗な演奏や、ドイツのカール・ミュンヒンガー指揮シュツトガルト室内Oの玲瓏たる構成美の演奏が思いうかぶ。ビオンディの演奏は、それらとは全く次元の違う、ロック音楽といってよいほどの過激な演奏なのだ。即興性の極致、ダイナミズムの幅は想像を絶する。まずはMixPod6曲目、7曲目を聴いてほしい。6曲目「冬」第一楽章の不気味な出だしからして只者ではない。独奏バイオリンのテーマが出てくると、破天荒そのもの。トゥッテイになるとロック音楽である。

7曲目の「夏」のプレストは、まさに夏の嵐。嵐が吹き荒れていて全てのものを吹き飛ばしてしまう。ジェットコースターに乗っているような眩暈さえ覚える。

実演を聴くと、ビオンディは弓を短く持ち、激しいボウイングで疾走するように演奏する。細かいことには拘らずに、即興性を重視しているように見える。オーケストラも一癖も二癖もあるアーティキュレーションで、ビオンディは美音(笑)を犠牲にしてまでも、あくまでも躍動感に富んだシュールな演奏をしたいようだ。従来の穏やかで豊かな演奏の対極にあるので、一般的に親しまれている春や秋よりも、どちらかというと地味だった・冬の演奏に強烈なサーチライトを当てるようなイメージだ。触れれば火傷をするような、なんとも刺激的な演奏に大満足だった。

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2009年5月 6日 (水)

MixPodを導入・・・熱狂バッハその1

音楽ブログランキングのブログを覗いていたら、MixPod.comという面白いツールを発見、私のブログのサイドバーに貼り付けることにした(左のiPod風のツールがそうです)。

日本語版のサイトがないので、結構苦労したが、なんとか貼り付け成功。自由に楽曲を検索して、そのまま貼り付けられるのが素晴らしい。私のように、楽曲をネタにするブログでは、曲の紹介に大変便利である。興味のある方は貼り付けてみてはいかがでしょうか。細かい設定が分からなくて、ブログを開くとオートプレイになってしまい読者には申しわけありません。

ということで、早速MixPodを活用して、5月4日にラフォルジュネ(熱狂の日)で聴いたバッハの感想を書いてみよう(MixPodは既存の録音で当日の演奏ではありません・・・念のため)。11時からのヴィヴァルディは明日以降に書くとして、13時からの日本人独奏者によるバッハの協奏曲はとても楽しかった。

一曲目はブランデンブルク協奏曲第三番(第一楽章=MixPod一曲目)。これは協奏曲といっても、独奏楽器を持たない弦楽器だけのコンチェルトグロッソ。ポリフォニックな旋律の掛け合いがまことに心地よく、生理的な快感を感じる。まるで、スポーツカーで疾走しているような感覚。バッハの現代にも通じる革新性を感じさせる名曲である。演奏はイプ・ウィンシー指揮の香港シンフォニエッタが好演。

次がヴァイオリンとオーボエの協奏曲BWV1060a(第一楽章、第二楽章=MixPod2曲目,3曲目)。私の大好きな曲である。バッハは意外にもヴィヴァルディやバッハ自作の曲を編曲して作曲することも多かったが、この曲はバッハの二台のチェンバロ協奏曲の原曲と目されるもの(楽譜は現存しない)。私が中学生の頃だろうか聴きにいった、ドイツオーボエの名手、ヘルムート・ヴィンシャーマンが率いるドイツバッハゾリステンの演奏会でも取り上げられた。その時、躍動感と愉悦感に満ちたヴィンシャーマンの演奏に聞ほれてしまったことを思い出す。ヴィンシャーマンのモットーはlebendiges konzert(生きた演奏)であった。

ちなみに、ヴィンシャーマンは宮本文昭の先生で、宮本もドイツバッハゾリステンで吹いていたこともある。生き生きとした第一楽章に続き、第二楽章の嫋々としたヴァイオリンとオーボエの掛け合いは桃源郷に遊ぶかのような趣がある。当日のソリストはヴァイオリンが渡辺玲子、オーボエが新日本フィル首席の古部賢一。渡辺は世界的に活躍する逸材。もともと切れ味の鋭い現代的な演奏を持ち味とするが、この曲ではビブラートをたっぷり掛けて叙情性を強調していた。古部は宮本引退後のわが国を代表するオーボエ奏者。ホールの音響のせいもあってかやや線が細い感じだったが、美音に聞ほれた。

最後はおなじみの管弦楽組曲第二番(MixPod5曲目)。フルート協奏曲ともいえるような華麗で典雅な組曲である。ソリストは髙木綾子。イエローキャブの小池栄子に似た(と感じるのは私だけではあるまい)美貌・ナイスバディの人気フルーティスト。彼女はその容姿からビジュアル系と誤解されがちだが、20分を超えるこの大曲を華麗な技巧と音楽性で吹きぬいた実力に感心した。

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このコンサートの選曲はバッハの器楽合奏曲における多様性とレベルの高さを改めて思い知らせてくれる良いものであったし、理屈抜きでバッハを十分楽しんだひと時であった。

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2009年5月 5日 (火)

マルガツ 今後の予定(一部妄想)

丸の内合唱団の今後の予定を私なりに整理してみた(一部妄想)。

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その前に、ラフォルジュネ(熱狂の日)番外編を少し。今回フォーラム公演については「Artist」の扱いで入場パスが配られた。アーテイストと呼ばれると、とてもよい気分である。なにか上手くなったような、偉くなったような・・・・パスをかけて会場を歩き回ったりした。

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熱狂の日はお祭りだから、記念グッズを買うことにしている。昨年のシューベルトの時は、ラフォルジュネのTシャツを買って、背中に神尾さんはじめソリストさんたちのサインをしてもらった。今回土曜日の箪笥の練習で着ていたやつである。

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今年はポロシャツを購入。本当は今年のシンボルカラーのピンクがほしかったのだけれど、サイズがなくてブラックに。でも、胸にバッハとロゴの刺繍がついていて、なかなか素敵です。ほかにピンバッジも購入。ある女声団員から、「去年もそんなことしていたわね。○○さんはミーハーですね」と皮肉を言われたが、当たってるだけに返す言葉がなかった(笑)。でも、イベントだから精々盛り上げたいというのが正直な気持である。打ち上げでの下の写真のような演出も面白かった。左下Sさんのうらやましそうな表情も秀逸。

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マルガツの今後の予定である。例によって現実と妄想が混在しているのだが、私の場合妄想が現実になる可能性が高いので、皆さんお許しいただけるだろうか(笑)。合唱団公式ブログには、おそらく絶対に出ないだろうから(笑)下記日程をしっかり頭に刻んでほしい。

2009年

7月:丸の内「打ち水プロジェクト」に浴衣姿で参加。「ふるさとの四季」を歌い華を添える。

10月30日(金)~31日(土):藝大アーツin東京丸の内のオペラハイライト(仮称)に参加。乾杯の歌ほかを会場と一体になって演出する。

12月中:丸ビルのクリスマスシーズンイベントに出演。大きなツリーの前でクリスマスキャロルを歌う。

12月下旬:テレビ東京「なつかしのメロディー」にフランク永井の歌で出演。

12月31日:恒例ガラコンサートで「第九」を歌う。

年内に丸ビルでFさん・Iさんの合唱婚を挙行。

同じく年内にコブクロの丸ビルコンサートで、男声合唱が協演(女声だけに良い思いをさせていてはダメ)。

2010年

初春:葛飾柴又の帝釈天本堂にてコンサート(葛飾区主催)。

いつ?:神尾音楽祭に参加

3月:マルガツ団員からアカペラユニットが誕生。テレビ番組「ハモネプ」に出演。

5月:ラフォルジュネに参加。テーマはロマン派だから、ブラームスかシューマンあたり。ロマンス・グレー(笑)の男声陣が俄然奮闘。

10月:藝大アーツin東京丸の内に参加。オーケストラ付の本格上演に。

秋:第一回定期公演開催

12月:「第九」演奏後、渋谷NHKホールに駆けつけ、念願の紅白歌合戦に出演。

時期未定:藝大の奏楽堂にてコンサート。藝大さんとの交流が評価され藝大生オケと大曲を歌う。

2011年

ヨーロッパ演奏旅行。

パーラーさんの招聘で、バッハ縁のライプチッヒ聖トーマス教会でモテットを演奏。ウィーンでは王室礼拝堂でウィーン少年合唱団、ウィーンフィル選抜メンバーと協演、シューベルトのミサ曲を歌う。

・・・・・ここまでくると、ちょっと自信ありませんが、ひたすら妄想すれば、夢はかなうのです。このブログをお読みの団員の皆さん。ぜひ良いアイデアやイベントがありましたらお寄せください。

丸の内合唱団は一部の役員が執りしきる合唱団ではありません。皆さん全員で作ってゆく合唱団なのです。

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2009年5月 3日 (日)

フォーラムにバッハの十字架が・・・

丸の内合唱団の「熱狂の日」フォーラム公演で、バッハの十字架が出現した。

「あーあ、もうバッハが終わってしまった・・・・・」これがただ今現在の私の心境である。バッハをを合唱で歌ったのは初めて。しかも、団員さんたち共通の感想だろうが、とても難しい。でも、私はバッハの合唱曲が大好きになってしまった。このブログで書いたように、私がバッハファンであることを割り引いてもである。神尾さんが本日の「打ち上げ」で言っていたが、フレーズが耳に残って、後から後から果てなく紡ぎだされてくる感覚がある。そして、あの数学的な(笑)メリスマとシンコペーション。一度はまると危ない禁断の果実かもしれない。

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国際フォーラムの舞台は初めてで正直不安だった。しかし、いつかはこの舞台に立ちたいと思い、梶本音楽事務所ほか関係各所に働きかけて実現したのだから失敗は許されない。場所は音楽ホールではなく、普段は展示場として使われているところ。丸ビルのような心地よい残響はなく、だだっ広く天井も低い。

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しかし、観客数は凄い。舞台を取り囲むように、1000人にもなるだろうか、立ち見も沢山いて圧倒される。最初こそホールの雰囲気に慣れるまで戸惑いはあったが、そのうち気にならなくなり、精一杯歌えたように思う。終演後、お世話になった梶本音楽事務所の担当者と話したが、とても素晴らしかったと感心していた。来年も「熱狂の日」に是非出演してほしいとのこと。ルネ・マルタンに推薦する・・・・・云々。おそらく、マルガツといっても、その実力を計りかねていたに違いない。実際に聴いてみてとても好感を持っていただけたようだ。もちろん、我々も自惚れるつもりはない。指導いただいた神尾先生、ミナエ先生のおかげだし、我々の努力の賜物だろう。しかし、プロから評価されるほど嬉しいことはないのも事実である。

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さて、表題のバッハの「十字架」である。これも以前のブログで書いたように、バッハは自作のなかに十字架のモチーフをよく持ち込んでいる。十字架はキリストが磔刑された際の刑具であり、キリストの象徴である。宗教曲には欠かせないモチーフであり、実際に十字架という言葉(歌詞)を使うほか、バッハは「十字架音型」を好んで使った。そこで、下の写真を見てほしい。ミナエ先生に撮影をお願いしたものだが、ホール天井にライトが十字架上に配列されている。そのうえ、神尾さんの指揮姿がまるで十字架のよう・・・・・・ミナエ先生はこの瞬間を写したかったそうだが、バッハの思いが成就しているように見えるのだ。偶然といってしまえばたわいない話だが、やはり大バッハの神通力、いや信仰心のなせる業かもしれない。

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「打ち上げ」もとても楽しかった。本番後の打ち上げは格別である。打ち上げの実行委員のアイデアも素晴らしく、参加者はみな楽しいひと時を過ごせた。最近の若い人の(笑)パーティーって趣向に富んで面白いんですね。最後に、お決まりの?合唱。BWV225を大合唱。私は何回も歌っているうちに、だいたい暗譜で歌えるようになっていたのには、自分に驚いた。でも、BWV227が一番好きだけどね。「So nun der Geist」の休符の沈黙の響き、終結部のメリスマとシンコペーションには歌っていて鳥肌がたつほどである。いつか全曲を歌いたいものだ。

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2009年5月 2日 (土)

バッハ 熱狂の日 本番

丸ビル マルキューブで熱狂の日=バッハの本番があった。

興奮していたせいか、早く目が覚めてしまい、集合時間よりも1時間以上早く東京駅に到着したので、直接練習場には行かず、ステージを見に行った。丸ビルでは丁度本日最初の公演のリハーサル。「MASAKI」さんというシドニー生まれの日本人バイオリニストの演奏である。協演の弦楽オーケストラが可愛いちびっ子たち。

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バッハの二つのバイオリンのための協奏曲BWV1043をさらっていた。この曲は私も大好きで、バッハならではの精緻な対位法が素晴らしく、パッションを感じる。通常は独奏バイオリンが二丁と弦楽合奏だが、この演奏は、弦楽を二つに分けて合奏するコンチェルトグロッソ(合奏協奏曲)風の編曲。ちびっ子たちのバイオリンがよく揃っていてまことに痛快である。プログラムを読むと、あのスズキメソードでも採り上げていると書かれてあり、ちびっ子たちはその生徒さんたちかもしれない。

さて、我々丸の内合唱団は、箪笥町で約1時間半練習をしてから、丸ビルへ向う。公演は4時半からだが、いつものように公開リハーサルとして4時からみっちり練習した。観客の集まり具合も思ったより沢山いて、上首尾である。写真をクリックすると拡大できます。

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本番の出来はなかなか良かったと思う。昨年来積み上げてきた練習の成果が出ているのだろう。バッハ、特に今回採り上げたモテットは、8声の曲もあったりして、難渋を極めたが、ここまでやることが出来てマルガツの自信になったと思う。

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丸ビルの響きは相変わらず素晴らしい。特に今回はパイプオルガンが合唱を包み込むような効果を出していて、我々も歌いやすかったし、本当に大聖堂で歌っているような雰囲気満点であった。お互いの声も良く聴こえ、中でも女声の声が素晴らしく伸びそして響いていた。まるで天使の声の如きである。歌っていて、思わず肌がゾクゾクするような感動的なひと時でした。

聴きに来ていた友人に感想を聞いてみたが、「レベルの高い合唱団」という評価。お世辞半分としても、正直嬉しい。また聞きではあるが、3階から聴くと声部が良くブレンドしていたとか、感動で泣きそうになったという声もあったそうだ。観客の皆様ありがとうございます。

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NHKでお世話になったKさんがお見えになっていたが、スポンサー関係者の顔が見えなかったのが心残りだった。さあ、明日も頑張ろう。

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