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2009年4月14日 (火)

悲しくも美しくもえ

会社でお世話になっている大学の先生(医師)が入院しているというので、大学病院にお見舞いにいった。半年に一度、会食を兼ねてお話を聞く機会があるのだが、一年近く前から調子が悪かったようだ。しかし、傍目には健康体の様子で、食事もフルコースを確り楽しんでいらした。最後にお会いしたのは昨年末。その時も車椅子で入院先からわざわざ出てこられ、貴重なお話を伺った。一度お見舞いに行かねばと、先週末入院先に出かけたのだ。

ところがである。受付で病室を探してもらったが、現在入院していないとの事であった。不審に思い、勤務先の病院に電話したが要領を得ない。ようやく先方が口を開いた言葉は「最近、お亡くなりになりました」。まさに、驚天動地の思いであった。勤務先にご自宅を聞いても個人情報の関係からか教えてもらえず、八方手を尽くして、最後はNTTの電話番号案内で自宅を知った。

電話で奥様とお話ができたので、取るものもとりあえず、その足でご自宅にお悔やみに行った。

奥様は、半年に一度の会合の事をご存知で、そういえば、昨年末の時も終了後、どこかで待機していらした奥様とお嬢様が先生の車椅子の両側に寄り添うようにしていらした姿が目に焼きついている。思わず涙ぐむような情景であった。先生はこの会合をとても楽しみにしていたことを奥様から伺った。どんな予定が入っていても、また入院してからも主治医に頼み込んで病院を出たのだという。本当に嬉しいし、ありがたいことだ。でも、先生にはもう喜んでもらえない。

亡くなった先生は、僕はあまり長いお付き合いではなかったけれど、奥様の話を聞いて、非常に立派な人であったとの思いを強くした。

先生は日本でも有数の医師として注目を浴びていたが、大学から理事就任(学校経営)を要請されて、大好きだったメスを置いたという。先生いわく、理事になりたくてしょうがない人が学校経営に当たるのはよくない。経営がおかしくなる。周りから推されて仕方なく就任するような人でなくてはダメだ。医師として患者を救うのもひとつの道だが、大学経営の場を通じて、ひとりでも立派な医者を作るほうが大切だ・・・・との思いからだったらしい。

大学経営においては、ひたすら大学改革に取り組んだそうだ。古い体質の医学部には大きな壁が立ちふさがっていた。しかし、先生は常に自分の軸を確り持ってブレルことがなかった。常に正論を吐き、それを自らの行動で示していたそうだ。結果、大学の上層部に受け入れられずに非常に苦しんでいたことも奥様の話からはじめて知った。しかし、教え子からはとても慕われていたそうである。
末期に病が全身を蝕み意識が朦朧としていたのに、最後に奥さんを強く抱き締めたという。そんな力がどこに残っていたかと思うほど。


奥様は泣きながら、先生の思い出話を語り、私は思わずもらい泣きをしてしまった。しかし、奥様の思い出話を聞いてあげる事で先生のご供養になった気がしている。
先生はクリスチャンで聖書の言葉通り生きた人だったそうです。

私には所詮無理なことだろうが、少しでも先生のような人に近づきたいものである。

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