つい見てしまいました。テレビ東京の映画特別番組「エディット・ピアフ~愛の讃歌」。
ピアフは母国フランスは勿論、日本でも有名なシャンソン歌手。映画の表題の「愛の讃歌」や「バラ色の人生」などを歌いシャンソン界に金字塔を打ち建てた。例えはあまりよくないが、オペラ界のマリアカラスのような偉大な存在である。ついでにいうと、映画の原題はラヴィアンローズ=バラ色の人生であり、愛の讃歌ではない。これは、日本では愛の讃歌の方が知名度が高いことを考慮してのものだろう。
私は昔から彼女の歌が好きで、必ずしも美声ではないが張りのある力強い声、深い感情を湛えた素晴らしい歌い口、表現力には惚れ惚れする。一度聞いたら忘れられない独特の声である。この意味でも、マリア・カラスに似ているかもしれない。日本の歌手では、中島みゆきかなあ。
映画は、カットバック(回想部分)が多く入り組んでいてかなり見難いが、史実に忠実なつくりになっている。彼女の人生は、波乱万丈で貧困、両親との離別、売春宿への寄宿(親戚が経営していた。彼女自身は売春していない)、酒、薬物、最愛の人との死別・・・・など、ありとあらゆる苦難が襲い掛かる。しかし、ピアフは破天荒な性格ではあっても、常に自分を信じて、プライドを持ち、前向きに進んでゆく。そしてついに栄光を勝ち取る・・・・まあ、まさに100年に一度の天才であった。
そんな天賦の才能=声を持ったピアフであるが、新進作詞家レイモン・アッソがいなかったなら、彼女は大輪の花を咲かせなかったかもしれないところが面白い。ピアフはそれまで誰からも歌を教えてもらったことはなかったが、アッソは3年もの歳月をかけて、彼女を徹底的にしごいた。これにより、ピアフはキャバレー歌手から、音楽ホールの歌手へ、ついには米国カーネギーホールで歌うまでに成長したのである。
さて、彼女は生涯二度結婚をしたが、一番愛した男はプロ・ボクサーのマルセル・セルダン。セルダンには妻子がいたが、相思相愛、ピアフにとってセルダンは「人生をかえた唯一の男」と言わしめるほど、ピッタリの関係だったようだ。映画では、セルダンを愛しむように、「ばら色の人生」を熱唱する。
「私をしっかり強く抱きしめて、魅惑の言葉を聞かせてください。これこそ、バラ色の人生です。あなたが口づけする時は最高に幸せ。そして私は目を閉じてバラ色の人生を見るのです」
しかし、セルダンは飛行機事故で死んでしまう。その時のピアフの狂乱ぶりには胸を打たれる。そこで歌う歌こそ「愛の讃歌」である。
「空が落ちてこようと、大地が崩れ去ろうと、そんなことどうでもいいの。貴方が愛してさえくれれば、世の中どうなってもいいの・・・・・・・いつか、人生があなたを奪っても、あなたが死んでも、あなたが遠くへ行っても、あなたが愛してすれさえすれば平気。だって、私も死ぬのだから。私達は永遠の中に生き・・・・・」。
セルダンの死後、ピアフはモルヒネ中毒になるなど晩年は苦しみのうちにあった。しかし、死ぬ前(といっても48歳)に、雑誌の?インタビューに答えて話す言葉が素晴らしい。
「歌えなくなったら?」→「生きていないわ」
「死を恐れますか?」→「孤独よりマシね」
「女性へのアドヴァイスは?」→「愛しなさい」
「若い娘には?」→「愛しなさい」
「子供には?」→「愛しなさい」
主役のマリオン・コティヤールは熱演(アカデミー主演女優賞)である。
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