2013年4月 7日 (日)

東西の「隅田川」を観る

先日、「隅田川二題」と題する演奏会に出かけた。前からとても楽しみにしていた会である。二題とは、ベンジャミン・ブリテンのオペラ「カーリュー・リヴァー」と舞踊 清元「隅田川」。二つとも能楽の「隅田川」を源流とする芸術作品である。このあと、筋書きに触れる時間もないので、能の隅田川については下記リンクを参照されたい。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%9A%85%E7%94%B0%E5%B7%9D_(%E8%83%BD)

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楽しみにしていた理由は二つある。一つは、合唱指導の浅井先生がこのオペラに出演されること。もう一つは、「カリュー・リヴァー」を前からとても観たかったからである。

私は、大学時代に能楽のクラブに入っていて、当時はよく能を観にいった。この「隅田川」は能の名作でよく採り上げられる人気曲である。数回は観た記憶もある。一方で、クラシック音楽も昔から好きだったので、ブリテンが能「隅田川」を基にしたオペラを作曲したことも知っていて一度は観てみたかった。カリュー・リヴァーはそれほど上演される事もないので今まで機会に恵まれなかったのである。

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能の隅田川を下敷きにしているとはいえ、カリュー・リヴァーは驚くほど能と近似している。地名こそイギリスとし、修道院長(浅井先生)などを登場させキリスト教の寓話に仕立て直しているが、話の本筋はほぼ能と一緒である。音楽の構成面でもオペラでは冒頭と最後に聖歌が歌われるくらいの違いしかないだろう。

ブリテンは来日時に、能の隅田川を2回も観て「これまでで最も素晴らしい演劇体験だ」と語ったといわれるが、まさにその感動をそのままオペラにしたようなものだ。能の隅田川は一言でいえば「哀傷」の能である。カリュー・リヴァーのテーマも同じ。哀傷を仏教を通じて観るか、キリスト教を通じて観るかの違いだけだろう。

伴奏音楽も興味深い。5パート、各パート1人の室内楽。もともとは指揮者を置かない(この日の公演では指揮者がいた)・・・・・となると、これも能囃子を模したと思われる。リズム感にも能の影響が聞き取れるが、冒頭はどう聴いても雅楽そのものだ。

カリュー・リヴァーの出演者は全て男声。主人公の狂女もテノールが歌う。これは、男性の演劇である能楽を下敷きにしているから当然ではあるが、ブリテンの性的嗜好(同性愛)が反映されていることもあるのだろう。ブリテンが能を絶賛したのも分かるような気がする。今回は日本語上演で、訳詞は指揮者の故 若杉弘であったのも不思議な縁である。

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目を引いたのは演出。二部の舞踊「隅田川」で主役を演じた花柳壽輔の演出・振付である(上記写真他はChoice!より)。壽輔もとことん能の本歌取りにこだわった様に感じた。振付はもちろん花柳流なのだが、まず舞台が能舞台のコピー。舞台上演用の能舞台を使っているのだろう。踊りと歌唱を分けたことにより、歌唱(ソリストとコーラス)は舞台の袖に下がって歌う。コーラスはまるで能の地謡そっくりだ。しかも、聖歌の衣装を脱いだら、下は黒羽二重に袴の礼装なのである。能では地謡は正座して謡うのだが、さすがにクラシック声楽家の先生達には無理で、椅子に座って歌っていた。

余談だが、和服は腹の出たでっぷり体型が似合う。私なんぞは、細身なので装束や衣装を着けるときはバスタオルを腹に巻いていたものだ。その点、浅井先生の和服の似合うこと!浄瑠璃の師匠でも充分通用するな(写真は井上雅人氏のブログより)。

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舞台で演じるのは日本舞踊の名取・師範。主役の狂女役の顔に見覚えがあるので、配役を見たら俳優の篠井英介であった。性格俳優としてTVにも数多く出演し、現代劇の女形としても有名である。舞踊も一級品であることに驚かされた。

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能の隅田川には作曲当時の有名な論争がある。隅田川はかの世阿弥の長男である観世十郎元雅の作である。次男が記した「猿楽談義」には、上演で狂女の子供の幻(亡霊)を舞台に出すか、出さないか(声だけ聞かせる)を巡って世阿弥、元雅の親子間で論争があったと書かれているのである。

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作者である元雅はリアリストであり「出す」のは当然だと主張。これに対して「幽玄」を重んじる世阿弥は、幻は母親(狂女)の心に生じたものであるとして「出さない」方が良いとしたのである。私は両方の演出の能を観たが、勿論どちらが良いとは言えない。子方が出れば、涙を誘うような現実的な舞台となる。一方、子方を出さないと、なにか悶々としたやるせなさが漂う。

カーリュー・リヴァーでは、子方が出る演出がとられた。子役が二度舞台を横切る。原作ではどのような指定があるのか分からないのだが、子方が出ることにより「奇蹟」あるいは「救い」が演出され、ブリテンはキリスト教的な救済に繋がってゆく意図を狙ったと思うのだ。

歌い手について書かなければ叱られる。ソリスト、合唱ともに素晴らしかった。テクニック的に大変な曲だと思うし、日本語による歌唱はかえって難しかろう。鈴木准氏は狂女役を見事に演じたほか、ワキの渡し守を歌った大久保光哉氏が大熱演で感動を誘った。ワキツレ旅人役の井上雅人氏の存在感ある歌唱。そして、浅井先生の舞台を包み込むような美声。地謡の「地頭」としての牽引も立派だった。

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さて、もう一つの隅田川、清元である。花柳壽輔の舞踊は大変見栄えのする立派な舞台だった。私の手元に、斑女の前(シテ) 壽輔、渡し守(ワキ)花柳基の同じ配役の録画がある。昨年、国立劇場で演じられた隅田川だが、壽輔の演技はこの時よりもさらに磨きがかかり、完成度が高まっているように感じた。子を亡くした母親の深い悲しみと狂乱を、能の様式美を損なわずに、よりストレートな感情に訴える見事な舞踊である。すすり泣く観客も少なからずいたようで、私も涙を禁じえなかった。能の隅田川を観た後に受ける行き場のない哀傷を、この清元にも深く感じ、舞台を後にした。


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2013年3月23日 (土)

直野資退任記念演奏会を聴く 

藝大教授の直野資先生の退任(退官)記念演奏会を聴きに行った。

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直野先生は私が所属(主催)する合唱団の公演で3年間お世話になった。合唱団は丸の内フェスティバルシンガーズ(MFS)で、毎年秋に丸ビルで開催されるイベント「藝大アーツin東京丸の内」にオペラのコーラスとして出演させていただき、ご指導いただいたのだ。

直野先生は、日本を代表するバリトン歌手であり、わが国オペラ界の大御所的存在である。普段、我々アマチュアが接することなど出来ないのだが、ご指導までいただけたのは藝大アーツの企画のおかげである。

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直野先生が練習の場に立ち会うだけで、プロのソリスト達が緊張するのが手に取るように分かる。しかし、一方で我々のようなアマチュアに対しては、とても気さくに接してくれるのだ。先生はジョーク(駄洒落)がお好きで、私も人一倍好きなのだが、二人で駄洒落の応酬をしていて、周りがハラハラしてた事もあったっけ。

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さて、直野先生が藝大を退官されるにあたっての記念コンサート。とても素晴らしかった。優れた門下生が多数集い、舞台で歌の競演をしたのだから、この上なく豪華である。門下生達は直野先生へのお礼をこめて熱唱する、その姿にも心打たれた。

第一部の終曲「ナブッコ」では、直野先生と舞台に立ったソプラノ田崎さんが涙ぐむ、といった光景も退官コンサートならではだ。トスカのテ・デウムでは、合唱に門下生が勢ぞろいした演奏は壮観。直野先生も非常に嬉しかったに違いない。藝大アーツでも、MFS合唱団が直野先生とテ・デウムを共演させていただいたことをふと思い出した。門下生で特に光ったのは、文句なしで大隅さんのトスカ、若手加藤のぞみさんのアズチェーナであったことを触れておこう。

直野先生の演奏会だから、先生についても書かねばならない。私のような分際が感想を述べること自体僭越の極みなのだが、独り言を呟くと思ってお許しいただきたい。

御歳67とのことだが、年齢を感じさせない張りのある声には驚かされる。後半はご自身も「声をなくした」と話されていたが、大変若々しい声である。そして、圧倒的な存在感。若い門下生との対比もあるのだろうが、先生が舞台に登場するだけで場面が光って見えるのだ。深い彫琢の歌唱は勿論だが、演技面の解釈も素晴らしいのだろう。顔の表情、立ち居振る舞い、日本芸能でいうところの「面のきり方」に至るまで、役柄の雰囲気が滲み出る。

この点で、やはり当たり役のトスカのスカルピアは素晴らしい。ちょっと体型もスリムになられて、悪役というよりも「チョイ悪」系のカッコよさが出ているが、息を呑む場面があった。嫌がるトスカの手をとって口付けをしようとする仕草である。単に女性の手に恭しくキスをするのではなく、いかにも下品に、口を半開きにして下唇からトスカの手を迎えるようにしてキスをしたのである。この仕草にこそ、スカルピアの品性、心のありようが象徴されているような気がした。先生は、恐るべき性格俳優でもあるのだ。

演奏会が終わり、入口でお客様を送り出す直野先生にご挨拶することができた。私を見るなり、私の肩を叩き「君も舞台で歌ってくれたらよかったのに・・・・」といわれた。もちろん、先生一流のジョークなのだが、私の肩を叩き、言葉をかけていただけるなんて、、、。先生の暖かさに接し、思いがけず嬉しく涙ぐみ、私は会場を後にしたのだった。

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2013年1月23日 (水)

偉大なる三菱の遺産~東洋文庫

駒込にある東洋文庫で新年会があった。

東洋文庫とは、三菱三代目の岩崎久彌が1924年(大正13年)に設立した東洋学の研究拠点である。世界5大東洋学研究図書館の一つに数えられ、もちろんわが国では最大。国宝5点、重要文化財7点を含む蔵書100万冊の大変貴重な資料館である。

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私は三菱銀行のOBであり、銀行時代のとある部のOB会が、東洋文庫のカフェテリアで開かれたのだ。少々早く到着したので。ミュージアム(一部展示)を見ることにした。

東洋文庫は、今から10年以上も前に訪れたことがある。当時は銀行の広報部長をしていたので、三菱グループの広報担当者の集まりだったと思う。当時の建物は設立当初のものと思われ、かなり老朽化していて、貴重な蔵書の保存状態も芳しくなかったと記憶していた。

三年前に建替えられたと聞いていたが、今回訪ねてみて驚愕した。まことに素晴らしい建物なのである。威容を誇る・・・・とでも形容できる堂々たる新本館。そして、内装の美しさ。莫大な費用がかかったに違いない。三菱の遺産を引き継いでゆこうとする三菱グループの志が感じられる。

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さて、1階のオリエントホールからモンスーンステップと名づけられた階段を登ってゆくと、そこには度肝を抜く光景があった。蔵書の津波とでもいうか、高さ10メートルはあろうかという大容量のスペースに、本が幾段にも陳列されているのだ。下記写真をご覧いただきたい。なんとも、感動的な展示方法である。

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これが、当文庫の目玉「モリソン文庫」。20年の長きに亘って中国に駐在していたジャーナリスト、モリソンが収集した2万4千冊の書籍。主に欧文で書かれた中国関連の書籍である。岩崎久彌は、これを現在価値70億円もの資金で購入したのである。

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モリソン文庫の中でも有名なのが、当方見聞録(マルコ・ポ-ロ)。書かれた当初から様々な言語で翻訳されているが、当文庫には77種類もの東方見聞録が収蔵されており世界一である。

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面白いところでは、17~18世紀のイエズス会宣教師の書簡集で、マリーアントワネットが所有していたと伝えられている。

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もちろん、3万8千冊に及ぶ和漢書などからなる「岩崎文庫」の存在が大きい。浮世絵なども多数ある。昔に訪ねた時には、いえわゆる春画の類もあるとのことだったが、ついぞお目にかかることはなかった。

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解体新書の初版本と、その原本である「ターヘル・アナトミア」も展示されている。

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さて、新年会の会場は、同じ敷地にある「オリエント・カフェ」。ここがまたシックな雰囲気で素敵なのだ。大好きな丸ビルの「フレミナール」と同様、小岩井農牧が運営しているから、味も折り紙つき。小岩井さんとは個人的にもお付き合いがある。ピアノも置いてあって、コンサートも出来る。

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マネージャーとすぐに仲良くなり、教えていただいたのだが、東洋文庫が藝大と業務提携をしているとのこと、これはまたセレンデピュティである。藝大の瀧井先生のこともマネージャーは良く知っていた。

カフェの壁には、東洋文庫縁の収蔵物のコピーなどが飾られている。個人的に興味を引いたのは、サカラメント(サクラメント)提要の聖歌ネウマ譜。ここに詳しく説明する余裕もないが、サカラメントとはカトリックの司祭が行う秘蹟(サクラメント)のための典礼書のこと。天正遣欧少年使節が持ち帰った活版印刷機で刷られた聖歌である。

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そして、小岩井農場ならではの、「一本桜」の絵画。マネージャーに、旅行で実物を観にいったよと伝えたら、なんと東洋文庫の中庭に、移植した木があると教えてくれた。

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この日は、先日の大雪がまだ残っていて、なんとも美しい景色であった。写真はカフェテリアから東洋文庫新本館を臨む。

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なお、東洋文庫もカフェテリアも誰でも入ることが出来る。お勧めのスポットです。

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2012年12月 2日 (日)

NHK特番「ユーミン 40周年記念」を観て

時期を得た企画、NKH特番「ユーミンデビュー40周年 はてしない夢の旅」を観た。番組を観ながら逐一メモをとったのだが、エッセンスと感想をここに記したい(写真はWIKI検索による転載)。

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アルバム通算3000万枚販売、歴代女性シンガーでダントツトップの偉業である。彼女自身「時代の波をくぐりぬけ、よく生き残れた」と述懐している。1972年にシンガーソングライターとしてデビュー、19歳で「ひこうき雲」をリリースした。番組のナレーターでユーミンとともに音楽シーンを歩んだ小林克也は、荒井由実(時代)のことを次のように述べている。「愁いを帯びた哲学的な歌詞と洗練されたポップサウンドを生みだす天才少女の出現。フォークや歌謡曲が主流だった日本の音楽シーンに衝撃を与えた」。

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ニューミュージックという新たなサウンドを生み出した彼女の音楽性が高く評価され、デビュー当時から既存の歌手に多くの楽曲を提供してきた。その数250曲。松田聖子の「赤いスイトピー」、原田知世の「時をかける少女」、薬師丸ひろ子の「woman~Wの悲劇」などスーパーアイドルの黄金期を支えてきたのも彼女の曲である。

映画の主題歌も多い。1989年の「魔女の宅急便」では、彼女が20歳の時に作曲した「やさしさに包まれたなら」が使われた。最後のフレーズ「目に映る全てのことは、メッセージ」というくだりは、彼女自身「自分でもどこから出てきたのかわからない」と言っている。ユーミンの歌は「曲先」が多く、「メロディーが呼んでいること(歌詞)を一生懸命探す作業」だという。

1976年松任谷正隆と結婚してから、新しいユーミンの世界が拡がる。曲想がポップス調に移り、ステージも大変大掛かりなものになってくる。以降、1991年には年間59億円もの売り上げを成し遂げ、日本ゴールドディスク大賞を受賞。このときのインタビューで「才能は母乳と同じで、出し続けないと身体に悪い。どんどん走り続ける」と話している。しかし、生みの苦しみは大変だったようで、今回の番組では「胃にボコボコ穴が開いた。プレッシャーというより、神経がいつも立っているから、勝手に内臓が動いちゃうって感じ。眠れないし、身体がもたなかった」と述懐している。彼女ほどの天才にしてもこうなのである。

1978年からはマリーナコンサートが始まり、一方で1981年からは、現在まで続く苗場コンサートがスタートした。余談だが、若者にスキーブームを巻き起こした1987年の「私をスキーに連れてって」の主演原田知世の相手役がいまや特異な性格俳優として名を成す三上博史だったとは!

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そして、彼女の音楽シーンの一つの頂点ともいえる1999年から2007年、三回に亘って演じられた「SHANGIRILA」。総費用120億円、観客動員数100万人にもおよぶ大イベントで、ロシアのサーカスやシンクロなど、世界の一流パーフォーマーとのコラボが夢のステージを作り上げ一世を風靡した。彼女は「今でも本当にやったのか?なんて思います。お金のかかり方も含めて、もうできないでしょう。そういう時代は過ぎてゆくことも分かっていましたし、分かっていたからこそ思い切ってやりたかった」と話す。

さて、番組はこの後、彼女のデビュー時代に遡る。ユーミンが中高を過ごした立教女学院を訪ねる場面である。入学当初ここの聖マーガレット礼拝堂での出来事である。礼拝堂でのオルガン演奏を聴いて、言葉にならないほどの雷に打たれたようなショックが身体を走った。それはなんと、バッハの超有名曲「トッカータとフーガ二短調」であった。このとき彼女は「音楽はもっと普通に聴いて楽しむものだったんだけど、何かしたいという思いが湧いてきた」と感じた。ユーミンは同じ頃13歳の時、プロコルハルムの「青い影」を聴いて、オルガンをフューチャーしたロックと出会い、音楽の道に進む大きなキッカケになったのだが、この二つの出来事が「ロックと教会音楽を橋渡ししてくれた」「自分にもなにかできるかもしれない」と考えたという。

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この辺りの経緯は、私のブログでも何回か触れ、指摘しているので、とても嬉しく番組を観ることができた。そして、一つ前のブログで話したように、プロコルハルムとのレコーディング場面に繋がってゆく。場所は、ロンドンのあの「アビーロードスタジオ」。リーダーのゲイリー・ブルッカーは67歳の現役である。ユーミンは「今回のレコーディングで自分の中のプロコルハルムの大きさを改めて実感した」。「私自身プロコルハルムから出発して、ジャズやボサノバなど雑食でやってきたが、でもそれがロックなんだろうと思う」と言っている。

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番組の最後は、「伝説のスーパーバンド」キャラメルママとの処女作「ひこうき雲」のセッション。顔合わせは15年ぶりとのことだが、デビューから数えると40年ぶり。実は、私のブログでも採り上げたのだが、遡ること3年前、当時の関係者が集まって、ファーストアルバム「ひこうき雲」のマスターテープを聴くという、実に興味深い番組がNHKで放映されたのだ。先日も再放送されたので、あるいはご覧になった方もいるかもしれないが、荒井由実ファンとしては必見の番組といえよう。本当にシビレる番組だ。もしご覧になりたい方がいればご連絡ください。DVDを貸出します。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/post-62f7.html

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今回の番組では、キャラメルママとユーミンでひこうき雲を演奏するのだが、演奏そのものは勿論、感想戦が面白い。旦那の正隆は「ユーミンの音楽の第一印象は良かったが、本人の印象は良くなかった」という。ギターの鈴木茂は「ユーミンの曲の力、世界観がハッキリしていたので、(収録時のアレンジなど)困った覚えがない」、細野晴臣も「曲を聴いてすぐに演奏できた」と述べている。この時代の収録は、スタジオに集まって、コード譜からアレンジをしていた時代なのだ。まさに、天才同志の個性のぶつかり合い、曲作りが手に取るようにわかって興味が尽きない。ユーミンは「曲を作っても、それを形にしてくれるミュージシャンがいてくれないと意味がない。埋もれていた自分の意図しないレベルまで音楽を膨らませてくれた皆さんに感謝する」と言っている。

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40年を振り返る特番では彼女が作った39曲が流され(録画を見ながら数えました)、まさにユーミンの歴史が分かる。と同時に、相変わらずのプロモーションの上手さには舌を巻く。NHKでの特番とそのまえの再放送。プロコルハルム来日によるジョイントコンサートまでやってしまうのだ。

さて、また3年前の番組に話が戻るのだが、ユーミンのルーツはブリティッシュ・ロックであり、キャラメルママはアメリカン・ロック。ユーミンもセッションを行うことには相当な抵抗があったらしい。正隆は「ブリティッシュロックを敵視していた」と公言している。面白いのは、ユーミンが築き上げたニューミュージックは、アメリカンロックとブリティッシュロックが融合した地点にあったということなのだ。

ユーミンは言っている「今の私の傍らに、常に40年前の荒井由実がパラレルで存在する。とても、不思議な感覚なのだが」。そう、この言葉を聞くと、荒井由実ファンとして、多くの方が納得されるのではないか。そこが、ユーミンの魅力なのだと。

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2012年11月25日 (日)

ユーミンとヤマタツと

昨日、ユーミンと山下達郎のベストアルバムを購入した。

ユーミンは顔友であり、会社の同僚でもあるUさんがフェイスブックで絶賛していたので、どうしても欲しくなったのだが、ヤマタツのベストアルバムは前から欲しかった代物。下の写真は二つのベストアルバムと、購入時に貰ったユーミンの限定版ポスターである。

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私は、ユーミン、いや荒井由実(時代の)ファンなので、このブログでもこれまで色々と投稿してきた。このアルバムは40周年記念と銘打ち、彼女の歌のまさに集大成。私も感じるところは色々あるが、本稿では初回限定配布の特典DVDの話をしよう。

DVDは1981年から2008年にわたる彼女のライブを一時間余り収録したもので、ファンにとってはまさにお宝映像である。

冒頭の「翳りゆく部屋」を見た瞬間から胸が締め付けられた。荒井由実としての最後のシングル、1976年リリースだから、私が大学3年の時だ。映像を見るにつけ、私の青春がフラッシュバックしたような気持にさせられる。この映像はライブではなく、プロモーションビデオの映像で、30年以上を経て今回の企画で「発見」されたのだというから、まさにお宝である。

収録場所は、東京カテドラル聖マリア大聖堂(関口教会)なのだ。すぐに分かったのは、学生時代にミサやコンサートで何回も足を運んだ場所だからだ。ジャケットはまさにカテドラルの祭壇を背景にユーミンが喪服?を着ている構図である。

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そして、ユーミンが教会入口上の聖歌隊席にあるオルガンを弾く写真。「翳りゆく部屋」の冒頭部分はここのオルガンの音が収録されているという(演奏自体は、旦那の松任谷正隆)。教会はオープンな場所だから、いつでも誰でも入れる。ユーミンファンはぜひ見にって欲しい。

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ちょっとマニアックだが、面白い話をしよう。翳りゆく部屋の冒頭のオルガンは、英国ロックバンド、プロコルハルムの超有名曲「青い影」のオマージュだという指摘がされている。確かに二つの曲の冒頭部分を聞き比べるとよく似ている。ユーミンが自ら語っているように、「青い影」はユーミンが作曲を始めるきっかけになった曲なのだ。私のブログ(エッセイ)でも紹介したように、ユーミンの、特に初期の曲はクラシック、それも教会音楽の影響が見られる。彼女は13歳の時にこの曲と出会い、教会音楽とロックが融合したようなサウンドに衝撃を受けたという。

この40周年記念アルバムの収録曲は皆リマスタリングだが、ユーミンはとうとう新録音で「青い影」を歌ってしまったのだ。しかも、本家のプロコルハルムに話を持ちかけ、「共演」という形で実現したのだ!DVDの冒頭が「翳りゆく部屋」で始まり、CDアルバムの最後が「青い影」で閉じる・・・というのも、私には偶然とは思えないのだ。ユーミンがこの道で大成するキッカケになった、プロコルハルムにこのアルバムを献呈する隠れた意図があるのでは、とさえ思ってしまう。

さて、冒頭だけで長くなってしまった。思うところを一つ二つ挙げてみよう。1996年のライブ「yumi arai the concert with old friends」@中野サンプラザは、荒井由実時代の曲だけを集めた企画。名曲「あの日にかえりたい」が収録されている。コーラスを歌っているのは、ハイファイセットの山本潤子に違いない。当時は随分とふっくらしているが、声で分かる。

2005年「Yumi MatsutoyaThe Session at Stellar Ball」の「卒業写真」。旦那の生ピアノでの歌唱は珍しい。このDVDでは、全曲に亘り随所に松任谷正隆の姿が見え隠れするのがほほえましいのと同時に、夫唱婦随の二人三脚でここまで来たことがよくわかる。

映像として秀逸なのは、2008年の「YUMING SPECTACLE SHANGRILA Ⅲ ドルフィンの夢」だろう。総費用40億円を超えるという舞台装置には度肝を抜かれる。ステージ中心にプールを据え、シンクロナイズスイミングを多用した「水芸」は見事としか言いようがない。まるで、往年のハリウッド映画「ザッツ・エンターテイメント」を見る様だ。

さて、このアルバムをみてなんとも不思議に思うのは、ユーミン自身の解説がないことだ。そのわけは、下記リンクの彼女からのメッセージをお読みいただきたい。
「時間を越えた青春」そして「悲しみ」や「切なさ」を感じ取って欲しい。

http://yumingbest.jp/letter.html

もう一つの山下達郎のアルバムについては、機会を改めて書こう。でも、一つだけ彼のことを「ここで」触れておきたい。ユーミンのDVDで詳しく話した冒頭の「翳りゆく部屋」を注意深く見て欲しい。オルガンを弾く松任谷正隆とゴーラスの練習風景があるはずだ。そこに映っている長髪の青年?、それが山下達郎なのです。どうです。驚かれましたか(笑)。これも、偶然とは思えないなあ。

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2012年11月20日 (火)

うめはんは凄い!

明21日、阪急百貨店の本丸である梅田(うめだ)本店がグランドオープンする。

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実は、先月関西に出張した10月25日が、丁度プレ(2期棟)オープンの当日で、我ながら興奮して足を運んだ。プレオープンといっても、全体の8割がた営業開始だったので、実質の新装開店といってよいだろう。待ちに待ったお客さんも大勢押し寄せ、大変な賑わいぶりであった。

うめだ本店のコンセプトは「劇場型百貨店」。なにが劇場型かというと、ホールやギャラリー、広場のほか24ヶ所ものステージがある。8万㎡のうち約2割がこうした非物販施設なのだ。なんとも贅沢なつくりである。

椙岡会長の話では「モノは買わなくても、行きたくなる百貨店。感動や学びのある場所」を目指しているとのこと。確かに、私が子供の頃はデパートそのものがレジャーであり、遊びであった。レジャー施設が他に余りなかったこともあるが、その頃の百貨店には人をひきつける夢や遊びがあったように思う。うめだ阪急はかつての百貨店の吸引力を取り戻そうとしているように見える。

さて、個人的な興味も含めると、なかでも驚かされたのは9階から12階まで高さ16mもの吹き抜けになった「祝祭広場」だろう。床面積は2000平米もある。片側には湾曲した階段があって、お客さんが階段に腰をかけて舞台を見るような・・・・そう、立派なコンサートホールのしつらえになっている。

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私は、ここを見た瞬間に、「ああ、ここで第九を歌えたらなあ!」と思わずつぶやいたほどだ。当日は、自動車の展示会をやっていたのだが、そのうちに正面の大スクリーンに映像が映し出されて、また驚いた。オーケストラ(大阪フィル?)がこの祝祭広場で収録したコンサート風景が写ったのだ。

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ところが、客席に目を移すと、なんとそこにはオーケストラを指揮するお客さんの姿が!面白いことに、指揮者の振るタクトの速さに応じて、画面のオーケストラがスピードを変えて演奏しているのだ。コンピュータによる擬似指揮体験という発想はまことに面白い。抽選で当たったお客さんが次々と楽しそうに指揮をしていた。

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この祝祭広場では、様々な催しが展開されるだろうし、年末は第九の演奏会もあるに違いない。やはり、ここで第九が歌えるのだ!

さて、私の本業からみた感想をチョッと書いておこう。デパ地下は人でごった返しいるのは、予想されたこと。

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面白かったのは、3階、4階の「うめはんシスターズ」と「うめはんジェンヌ」という自主編集売り場。うめはんシスターズは20歳前後の若い女性をターゲットにし、うめはんジェンヌは20代から30歳前後までの社会人女性を対象にしたアパレル・雑貨が展開されている。セグメントを絞り、様々なブランドのエッセンスを集めた阪急版のセレクトショップである。

他にも、イベントスペースがとても広く確保されていて期間限定でコンセプトを変えながらフレキシブルな展示販売を行うという。

百貨店の新形態、これからの百貨店の目指すべき方向性の一つが示されていて、大変興味深かった。

屋上に出て、梅田北ヤードに目をやると、三菱地所ほかが建設中の大規模商業施設がかなり出来上がってきていた。大阪商戦は激化の一途をたどるに違いない。

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2012年10月23日 (火)

二風堂々

エルガー作曲の威風堂々はいい曲だ。

エルガーは威風堂々という名前の行進曲を6曲作っているが、なかでも有名なのは第一番で、この曲の中間部は「希望と栄光の国」として歌詞がつけられ、第二の英国国歌といわれる。

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音楽好きの方は、毎年夏にロンドンで行われるクラシックの祭典「BBCプロムス」の最後に必ず演奏されることをご存知だろう。生き生きと覇気に富んだ前半(後半も)部分と中間部の崇高な旋律が魅力的で、月並みな言葉だが、まさに英国の伝統と風格を感じる名曲だ。

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この秋、威風堂々を2回立て続けに聴く機会を得た。しかも、同じオーケストラ、そして同じホールなのである。オーケストラは東京フィルハーモニー。ホールは初台のオペラシティである。

二つともご招待コンサートで、一つは京王電鉄主催の京王音楽祭。これは正確にはチャリティー。もう一つは某給食産業の周年コンサートであった。京王音楽祭は「英国音楽特集」でなかなか玄人好み。ヘンデルからビートルズまで、英国音学の系譜が奏でられる。目玉はブリテンの「ヘンリー・パーセルの主題による変奏曲とフーガ」。つまり「青少年のための管弦楽入門」である。これは名前にそぐわない聴き応えのある作品。

二つ目の招待コンサートは名曲シリーズといった趣だが、プログラムの目玉は、仲道郁代ピアノによる、チャイコフスキーの協奏曲第一番であった。

さて、肝心の威風堂々。要するに指揮者だけが違うのだ。一つ目は我らがマエストロ曽我大介。二つ目は、当日の東京フィルの桂冠指揮者である尾高忠明である。

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オケもホールも同じだから、必然的に聴き較べることになる。どちらが上手かったか、などという愚問はおいておき、これは好みの問題であろう。

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曽我大介は生き生きと躍動感溢れる指揮であった。尾高忠明は英国音楽の権威であり、特にエルガーには定評もあり流石に手馴れた演奏。テンポも比較的遅めにとって、悠々とした音楽であった。想像の域を超えないコメント(笑)なのかもしれないが。

威風堂々ならぬ二風堂々。こうして二つの演奏を聴き較べてみるのも一興である。


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2012年10月16日 (火)

スタバで待ってる・・・第二弾

267299_387257341347237_266038288__2 丁度一年前、ドヴォルザークのスタバト・マーテルを聴いた。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2011/09/post-e257.html

友人達が歌う合唱団の公演である。劇的な声楽曲で、大変感動した記憶もまだ新しいのだが、一年後に自分が歌うことになった。10月3日@サントリーホール。

某オーケストラ協会の合唱団。総勢200名を超える大合唱団である。自分で歌ってみても、実に美しく素晴らしい名曲であると実感した。

スタバト・マーテル=「悲しみの聖母」ではあるが、悲しみというよりも、聖母の慈愛に満ちた優しさを感じるのは私だけではあるまい。作曲の動機にはドボルザークの子供達が相次いで亡くなったという不幸があるには違いないが、そうした悲しみを超越して、魅力的な心温まる音楽がここにはある。90分にもわたる大曲だが、終曲のアーメン・コーラスのアレグロを除けば、殆どがゆったりとしたテンポで、聖母の悲しみを切々と紡ぎだす楽想は、歌っていても感動を禁じえない。ロマン派以降の楽曲だから、表情記号も細かくつけられており、思い入れもたっぷりある。

指揮の松井慶太さんは若手の有望株。一世を風靡した「のだめカンタービレ」にもかかわった(主人公の振り替え)、長身のイケメン指揮者だ。指揮は丁寧で分かりやすく、歌いやすい。本番中もずっと合唱やソリストと一緒に歌詞を口ずさんでいて嬉しかった。唯一、終曲のアレグロはかなりのアッチェレランドをかけて、我々を慌てさせたのだが、本人によると「天国に早く行きたい気持」の表れだという。素晴らしい指揮・演奏だったと思う。

肝心の合唱は、先生方からも高評価をいただき一安心。12年間で5本の指に入る・・・というお褒めの言葉もいただいた。聴きに来てくれた友人達も、合唱の迫力に圧倒されたと。

勿論、技術的にはまだまだの部分も多いかと思う。指導の先生が口うるさく言われた「大人の音楽」がまだ出来ていないこともあるだろう。ただ、正しく歌うのでは不十分で、一人ひとりが楽曲に共感して、感情豊かに歌うことの大切さを痛感させられた。

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2012年10月 8日 (月)

ハイレクもいいね!

ハイレグ・・・懐かしい言葉である。既に聞かなく(見なく)なって久しいが、ハイレグではなくはハイレクである。

ハイドンのレクイエムを略して、ハイレク。日本人は略語が好きだ。レクイエムでもモーツァルト作曲はモツレク、ヴェルディはヴェルレク、ブラームスはブラレクか?もっとも、ブラームスはドイツレクイエムなので、ブラレクとは言わない。

昨日、このハイレクとモツレクの演奏会に行ってきた@すみだトリフォニー。歌友の知人である山本義人氏が指揮をするというので出かけたのだ。ハイドンといっても、あのパパ・ハイドンではなく、ハイドンの弟、ミィヒャエル・ハイドンのことである。

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このレクイエムは30分ほどの曲だが、耳にしたのは初めて。モーツァルトをはじめとする巨匠作曲家の陰に隠れてめったに演奏されない。でも、なかなかの佳曲だ。華やかさには乏しいが(レクイエムだから当然だが?)、楽曲は緻密な構成で、独唱と合唱のバランスも良い。特に、ソリストと合唱の織り成す綾が聴き所である。ソリストは頻繁に立ったり座ったりするので、結構大変だろうな。

後半は有名なモツレクであったが、前半にハイレクを持ってきたのは、モツレクはハイレクを参考にして作曲されたという解釈があるからだ。

プログラムにも書かれていたことだが、ミヒャエル・ハイドンはザルツブルクの宮廷オーケストラの楽長を務め、同時期にモーツアルトは父レオポルトとともに、このオーケストラの楽団員だったのである。

もう、かれこれ20年も前になるが、新婚旅行以来、はじめて海外旅行をした折にザルツブルクを訪ね、ザンクト・ペーター教会でミヒャエルのお墓にめぐり合ったのを思い出した。

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モーツァルトはハイドン兄弟と親交を結び、彼らの音楽を吸収しながら大作曲家の道を歩んだ。パパ・ハイドンとの関係では、モーツァルトの37番シンフォニーは実はハイドンの25番シンフォニーの改作で、現在は欠番になっていることは有名である。また、私が愛してやまないモーツァルトの弦楽四重奏曲の傑作である14番から19番の6曲はハイドンに献呈されたことから「ハイドン・セット」の名前で広く知られている。

モツレクはやはり素晴らしい曲だ。聴きなれた曲だとはいえ、心に迫るインパクトの大きさが違う。モーツァルトが死ぬ年の七月に、正体不明の「灰色の衣服」を着た男性が現れ、レクイエムの作曲を依頼して、名も告げずに立ち去った・・・・という因縁話のような伝承があるが、モーツァルトの魂の告白を聞くような、真に迫った名曲である。

しかし、モーツァルトが筆を折った「ラクリモーサ」が終わると、急に曲の輝きが半減してしまうように聴こえるのは、その来歴を知って聴いているからだけではないだろう。

もう一つ、演奏会に出かけたキッカケは、某合唱団で指導をされている浅井隆人先生がソリストを歌ったからだ。浅井先生を演奏会で聴くのは久しぶりだが、素晴らしい声であった。柔らかいぬくもりのある声質、月並みな表現で恐縮だが、ビロードを手で愛でるような趣である。初めて聴く歌友も絶賛していた。

他のソリストの方々もとても素敵な歌唱を届けてくれた。TGY合唱も健闘。山本義人氏の指導の賜物だろう。特に男声は相対的に人数が少ないなかで、大変立派な声量で感動を与えてくれた。

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□ 出演 山本義人[指揮]
山田英津子[ソプラノ独唱] 安藤郁子[アルト独唱]
藤牧正充[テノール独唱] 浅井隆仁[バリトン独唱]
アンサンブル・ジムニカ[管弦楽] 伊藤佳苗[エレクトーン] TGY合唱団[合唱]
□ 曲目 ミヒャエル・ハイドン/レクイエム
モーツァルト/レクイエム

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2012年9月26日 (水)

ディープな街のディープな中華

どうりで、本場の中華なわけだ。

今日の夕方、父親を病院に連れて行ったとき、待合室でなにげなくNHKのニュースをみていた。日中関係がギクシャクするなか、在日中国人が困惑しているという話で、採り上げられたのが池袋の中国人街。池袋に中国人街があるとは初めて聞いたが、池袋北口周辺には1万人もの中国人が暮らしているのだという。

昨夜会社の懇親会で行った中華料理店。まさにこの池袋北口にあった。後背地の風俗街の入口のちょっと路地を入った地下にある。いかにもディープな場所だ。そしてこの「知音(ちいん)食堂」はなんともディープな中華料理店なのだ。

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まず、お客さんの殆どが中国人。ここの店の常連で昨夜の引率者丸さんによれば、昨夜は少ないほうだったようだが、いつもは大体満席で、中国語が飛び交っているという。1万人もの中国人街を後ろに控えていれば当然だ。

二つ目は、本場中国そのままのメニューを提供していること。知音食堂はいわゆる四川料理だが、「メニューを見ても知らない料理だらけだ・・・・」とは、食通の古さんの弁。誠に知的、いや食的好奇心をそそられる。

昨夜は常連の丸さんにチョイスを任せたのだが、それではおさまらないのが私・・・と菊ちゃんにイヤミを言われたが、私もメニューとにらめっこ、いくつかをチョイスした。というのも、以前四川省の首都「成都」に出張したときの記憶があったからだ。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2011/07/post-6738.html

ご存知のように、四川料理は唐辛子と山椒を多用し、とにかく辛い。そのなかで「夫妻肺片」は四川料理の名品だ。牛のタンと胃袋の辛味煮込。WIKIの解説があるが、肉片の切り口が肺に似ているからと現地で聞いたような気がする。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%AB%E5%A6%BB%E8%82%BA%E7%89%87

次は、鶏肉とピーナッツの辛子炒め。ピリ辛で後を引く旨さ。

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車エビの山椒炒め。山椒と唐辛子、ニンニクを刻んだタレが車えびの香ばしさを引き立てる。手は菊ちゃん。

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当店の看板料理「歌楽山辣子鶏」。四川省の歌楽山で栽培される唐辛子と鶏肉の炒め物。写真に見るように唐辛子の量が半端でない。四川料理で使う唐辛子や山椒は、同じ中国で取れるものとは違い、飛び切り辛くて旨みがあるのだ。近年日本でも辣子鶏はかなりポピュラーな料理になってきたが、この店の辣子鶏は一味違う本場モノだ。唐辛子のエキスが鶏肉に充分に浸み込んでいて、ビールのつまみには最高だろう。

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ちなみに、鶏肉は少し、唐辛子たくさん(笑)・・・なので使用後の姿はかくの通りである。間違っても唐辛子を食べてはいけない。命は保証できません。

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最後に、これも当店の名物料理、15種類の香辛料を使ったスペアリブ。八角の香りがたまらない。そうそう、スープも旨かった。チャーハンは普通。

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しこたま食べて、ビール&紹興酒ボトル2本、7人で3000円弱@人だからコスパも言うことなし。ちなみに「知音」とは中国の故事からとった名前で、親しい人、知人の意味。

http://gogen-allguide.com/ti/chiin.html

丸さんによれば、道の入口にあった輸入中華食材店が経営しているとの事。どうりで本場の味だ。お勧めである。

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2012年9月16日 (日)

別れあれば、出会いあり

別れあれば、出会いあり・・・・とはよく言ったものだ。

先週、私の中高の恩師が亡くなった。神父様だから帰天したというのが正しいだろう。毎年、年賀状のやりとりをしていたので、それを見て同僚の神父様が自宅に連絡をくれたらしい。次の日のお通夜に参列した。

場所は、四谷の聖イグナチオ教会、マリア中聖堂。私の母校はカトリックのイエズス会(かのフランシスコ・ザビエルも創設者の1人)が運営しているのだが、ここイグナチオ教会も同じ。ついでに言うと、お隣にある上智大学もイエズス会が母体である。

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同期の数名もお通夜にかけつけ、故人のお人柄が偲ばれるとてもよい葬儀であった。故人中村工(なかむら たくみ)神父は、背が小さくて当時「ミクロ」とあだ名をつけられていた。また、寡黙な人柄なので、我々おませな中高生は、さんざん生意気なことを言って故人をてこずらせたものだ。故人は我々にモットーとして「清く、男々しく、けじめをつけて、いつも愛を表すように」を刷り込んでいた。なんか、宝塚の標語のようだとイヤミを言ったりしていたが、今思い出してみると、心に染みるいい言葉だ。

その後、故人は教会に出て、大船鍛冶ヶ谷教会の主任司祭を務めるに至った。当時の故人を知る同僚の神父様のお話があった。人一倍責任感が強く、寡黙で弱音を吐かない。そして清貧を旨としていたらしい。素晴らしい信仰の人生を全うされたに違いない。

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この日お通夜に列席した同期とは本当に久しぶりに再開した。たまたま、隣り合わせしたM君。中高生時代は家が近いこともあって、親しい間柄であった。かれは関西の企業に勤務し、住まいも大津に構えていたから、再会するのは30年以上ぶりである。この日も、仕事を置いて京都から駆けつけてきたのだ。

式の合間に話をしていて、私が今は○○という企業で監査役をしていると切り出したところ、彼は一瞬驚いた顔で、「私は▲▲で監査役をしている」と名乗り出た。実は、○○と▲▲は大変親しい関係にある会社なのだ。業務は勿論、資本関係もある。

2人とも入社した会社とは違う会社に今勤務していて、この場で再会し、隣に座るなんて奇遇以外の何ものでもない。2人してしみじみと話したことは「おそらく、故人中村神父様が2人を引き合わせてくれたんだろうね」ということである。この出会いに感謝し、故人の冥福をお祈りしたい。

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2012年8月21日 (火)

不思議な場所

世の中には不思議な場所があるものだ。

先週の土曜日(18日)に初孫が生まれた。これで私もおじいちゃんになった。

土曜日には合唱の練習があって、会社から築地の社会教育会館に出かけた。その途中に「初孫誕生」のメールがついたのだ。先生や仲間に事情を話して、急ぎ産院に向った。このとき、不思議な既視感に襲われたのだ。

思い起こせば、4月のある日、別の合唱団の練習で築地の社会教育会館に出向いたのだが、長女が「切迫早産」で入院したとのメールが入った。私はとても驚き、取るものもとりあえず、合唱団の役員にそのことを告げ、産院に向ったのだった。

幸いにも、大事には至らず、その後しばらくは入院していたのだが、先日めでたく出産したのは既に述べたとおりである。

その合唱団は築地の社会教育会館を常時練習場としていたのだが、私が休団したのでそれっきり行ってなかった。ところが、別の合唱団で珍しくここの練習会場を使うことになり、訪れた途端に今回の慶事となった。

偶然といえば偶然なのだが、私には「縁」があるとしか思えない不思議な場所なのだ。

初孫は可愛いというが、そのとおり。親ばかならぬジジばかと言われても仕方が無いが、本当に嬉しい。責任が無い分、ただただ可愛いのだ。

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2012年8月14日 (火)

愉しきかな おやじバンド

先月のことになるが、おやじバンドを聴きに行った。

最近は聴くのはもっぱらクラシックであるが、昔は結構ジャズライブなども聴きに出かけたものだ。今回は、銀行の広報で戦友ともいうべき仲間のHさんが出演するので誘われたのだ。戦友といっても、異なる金融機関の友人なのだが、広報の世界は会社を超えた付き合いが出来るので面白い。

Hさんは、旧華族のやんごとなきお方である。私が第九の合唱に誘い、一時は一緒に歌っていた。血はあらそえないもので、銀行員のかたわら水彩画などをものし、雅楽に手を染めるなど、根っからの芸術家気質とみた。そして、近年は銀行の先輩の誘いで、おやじバンドやっているのだ。

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出かけたのは、銀座松坂屋に程近いTACTというライブハウス。100名ほど入れるだろうか、立派な会場である。観客は殆どがHさんが勤める金融機関関係の方のようだったが、アットホームでいて、とてもノリノリの愉しい一夜だった。

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曲目は洋の東西を問わず、ビートルズから懐かしのグループサウンズまで幅広。アマチュアバンドだから、技量は「それなり」であるのだが、メンバーが皆愉しんでいる様子がとてもほほえましかった。

リズムギターを弾くメンバーが、昔を思い出したのだろうか、感極まって涙ぐんで演奏の手が止まってしまったあたりには、私もほろっとさせられた。

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Hさんは、ヴォーカルとキーボードを担当。味のある声で、なかなかのもの。上手く歌いこなしていて少々驚いた。

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驚いたといえば、観客に私と同じ合唱団の女子がいたこと(上写真左端)。たまたま、同じテーブルでまん前に座っていたので、歌の話をしていたら、合唱をやっているとのことで、なんと曽我大介さん=一音入魂合唱団の名前が出たのにはビックリした。合唱指導の豊原先生について個人レッスンも受けているらしい。世の中狭いというか、ここにも幸せなセレンデピュティがあったのだった。

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2012年8月 1日 (水)

リョーマの休日で佐世保バーガーを食す

リョーマの休日・・・あのソフトバンクのCMは愉快だね。

先日、友人からいただいた偽造紙幣(笑)、例のリョーマの肖像が印刷されている。よくみると、佐世保バーガーの割引券と書いてあった。

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さっそく、佐世保バーガーを検索、会社の近くにある中野の店を見つけた。勇んで出かけたのだが・・・・店員がしげしげとリョーマ札を睨んで言うには、「ここの店では使えない」と。

残念だなあ。折角リョーマ札を握り締めて暑い中を出かけたのに。折角だから、割引なしの(笑)佐世保バーガーをいただくことにした。店員と話しているうちに、このお店が佐世保バーガーの発祥地だということが分かったのだ。佐世保なのになんで中野なの?といぶかる向きも多かろう。

いまでこそ、佐世保バーガーの名前はポピュラーになっているが、2005年に佐世保出身者が中野に「ザッツバーガーカフェ」を開店し、初めて佐世保バーガーと命名したのだという。このお店の前身である。

http://sasebo-burger.jp/index.html

前身というにはわけがある。時流に乗って中野を皮切りに中央線沿線中心に7店舗を展開した。ところが、資金繰りに窮したようで、ある日突然オーナーが夜逃げしたのだという。上記のホームページも放置されたままだという。

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いまの店長?さんは、ザッツバーガーの残党で、そのままここに居ついて、佐世保バーガーを提供しているのだった。

さて、佐世保バーガーのお味はいかに。米軍発祥だから、コッテリ大味かと思ったが、想像に反して、ヘルシーでライト感覚、大変美味しかった。佐世保バーガーの特徴は、甘めのマヨネーズ味で、中に半熟の目玉焼きが入っていること。食べ方も変わっていて、バンズをギューっと潰して、肉汁とソースをパンにしみこませる。バーガーにはコークがおきまり。

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690円はやや高価な印象だが、大手ハンバーガーチェーンには無い手作りの美味しさが際立っている。ランチ時には、若い女性で混雑しているという。

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店長さんとも仲良くなったし、また出かけてみるとしよう。

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2012年7月18日 (水)

ソラマチ探訪記:レストラン編

第三弾はレストラン編とゆこう。

見晴らしの点では、展望デッキのレストラン「634」が一番だろうが、今回はスカイツリーに登れなかったので除外。ソラマチイーストタワーのレストランに入った。

前々回でご紹介したように、30F、31Fレストランフロアからの眺めは素晴らしく、隠れた穴場だと思う。そのレストランでゆっくり食事が出来れば言うことはない。ここには以下のレストランが入っている。

http://www.tokyo-solamachi.jp/floor/30f/
http://www.tokyo-solamachi.jp/floor/31f/

一番人気は、31Fの天空ラウンジだろう。まさに目の前にスカイツリー・・・といっても胴体で、フロアに寝そべらないと天辺は見えない・・・が鎮座しているのだ。特に夜景は素晴らしいと聞く(写真はレストランのHPから)。

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同じくスカイツリーの正面といえば、30FのBEER&PUB SUPER"DRY"も眺めがいい。ただここは、展望スペースの後ろにちょっと引っ込んでいるので視界が展望客で遮られるうえ、半オープンスペースなので騒がしく、ゆっくり食事が出来る雰囲気ではない。

当日土曜日、営業開始の11時に夕食の予約の電話を入れた。スカイツリーが展望できる西側に面した店は、全てが既に満席であった。夕方5時からの早い時間を指定したがこれもだめ。ただ、例外的に自由席を若干残している店もあり、早い時間に来て、並べば座れる可能性もある・・・・という話であった。

折角ここまで来たのだからと、5時15分前にレストランフロアに到着、いくつかの店を回ってみたがやはり難しそう。だが、30FのイタリアンIssare shu cielo [イザーレ シュウ チエロ]の支配人と交渉、7時半までなら入れるとの事で胸をなでおろした。しかも、通された席はというと、正面にスカイツリーが見える特等席だった。なんて、ついてるんだろう。

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このイタリアンは、名古屋から上京、名古屋ではイタリアンの代表格だという。もともとは岐阜多治見の澤千という日本料理が発祥らしい。スカイツリーが目の前という場所が場所だけに、かなり高額と覚悟していたが、コースで6000円からだからボッタクリではない。スカイツリーのライトアップまでの時間稼ぎにこのコースを頼んだ。パスタを中心に、ヘルシーだが手の込んだ料理で大変満足であった。

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気になったのは時間。スカイツリーの点灯時間だ。ホールの人に聞くと点灯は7時。7時半から次の客がくるのだが、早く到着したら我々は席を立たなければならないだろう。コース料理も終わり、時間稼ぎにゆっくりコーヒーを飲む。

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30分もそうしていただろうか、ようやく時計が7時に・・・・・点灯だ。満席のテーブルのあちこちから、「オーッ」という歓声があがる。スカイツリーのライティングにはブルーの「粋」とパープルの「雅」があるが、この日は「粋」。ツリー全体が幻想的な水色に包まれて美しい。

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レストランを出て、スカイツリーの乗降階から見上げた姿。

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そうそう、レストラン編ではこれをご紹介しなくちゃ。一番人気と書いた「天空ラウンジ」のディナーコース。アミューズタワーが売り物なんです。なかなかおしゃれでしょ。これで4500円とのことですから、お試しあれ。

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2012年7月10日 (火)

ソラマチ探訪記:スイーツ編

ソラマチ探訪記第二弾はスイーツ編である。

今回、ソラマチをご案内いただいたY氏は、スイーツの権威。想像するに、その知識においてはわが国でも10指に入るのではないだろうか。東に美味しい洋菓子があると出かけて食し、西に珍しい和菓子があると聞くと出向いて味を確かめる。そうして、実際にパティシエと会ってコミュニケーションをとる。これはというスイーツは、担当する商業施設に導入するばかりか、時にはその施設にふさわしい、新しいコンセプトのお菓子を提案し、メーカーに実際に商品を作りあげてもらうのだ。まことに創造的な仕事である。もちろん、このソラマチのスイーツのいくつかは彼が導入したものである。

さて、ソラマチのスイーツの特徴は、スカイツリーにあやかった商品が多いこと。下の写真は、東京下町シュークリーム。シューがスカイツリーの形になっている。神戸のスイートガーデンというお菓子屋(発祥はタカラブネ)だが、実はこうした隠れ東京土産(東京発祥でない東京土産)は多いのだ。

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ねんりん屋の「東京バウムツリー」。娘の旦那がバウムクーヘンが好きなので、これをお土産に買った。大変な人気である。

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ねんりん屋と同じ会社の「東京ばな奈」ではソラマチ限定のヒョウ柄の商品を販売。

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パティスリー ブラザーズの「スカイツリーかすたーら」。早い話が、ツリーの形をした人形焼である。小さいので店頭で試食品を配っていた。

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極めつけは、ベーカリーだが、ポンパドールのスカイツリーそっくりのバケット。ここまで凝ればアッパレというほか無く、一番人気である。焼きあがるそばから、飛ぶように売れてゆく。

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こうしたツリーに倣った新商品は、普通のものに較べて、売れ行きがまったく違うのだという。やはり、お土産にはスカイツリーに行った「証拠」が必要なのであろう。ちなみに、スカイツリーのマークを使うだけで、東武さんに一定率手数料を払わなければならないらしい。しかし、それを払っても売り上げでカバーできるそうだ。

さて、お土産の話だが、館内にはお土産ショップも何箇所かある。東武商事が運営する「空の小町」もその一つ。ここのショップの誘致を全てYさんが任されたのだという。続に東京三大土産とは、ひよこ、東京ばな奈、ごまたまごを指すらしいが、これに近年人気の東京カンパネラを加えて、四大土産という向きもあるようだ。この空の小町では、東京ばな奈を除く四大土産の全てが揃う。しかもソラマチ限定品である。

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例えば、紅茶味のひよこ。

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ひよこは東京を代表する銘菓だが、実は「隠れ東京銘菓」。東京カンパネラも東北の某超有名菓子メーカーによる「隠れ東京土産」である。もっとも、それぞれ東京に別会社を設立しての進出だから、非難には値しないことを書き添えておく。

ぜひご紹介したいのが、空の小町のヒット商品、「空の小町あんぱん」。これは、Y氏と某有名ベーカリーがタッグを組んで開発したソラマチ限定のお土産だ。詳しい説明は省くが、写真に見るようにとても愉しい。もちろん、我が家のお土産としたが、凝ったあんぱんでそれぞれが美味であった。

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2012年7月 4日 (水)

ソラマチ探訪記:その1

話題のソラマチに行った。スカイツリーには昇れなくても、根元のソラマチならば誰でも行ける(笑)。2回に分けて私の見たソラマチをご紹介しよう。

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一年最大の行事である株主総会も無事終わり、早く視察したかった話題の商業施設「ソラマチ」に同僚と出かけた。実は、ソラマチのスィーツショップのかなりのお店を、私が勤務する会社のYさんが誘致されたということで、Yさん直々にご案内いただいたのだ。

同僚とは押上駅(いまや「スカイツリー前」という副駅名がついている)で待ち合わせたのだが、時間があったので私は錦糸町駅から歩いて向った。錦糸町にはトリフォニーホールのコンサートで、ほぼ毎月出かけるが、錦糸町から見るスカイツリーは素晴らしい。ほぼ正面にスカイツリーが見える「スカイツリー通り」を歩くことにした。

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なるほどずっとスカイツリーが見え、どんどん大きくなってゆく(当たり前だが)。通りは学校があったり、雑貨屋があったり、町工場があったりで、下町の風景そのもの。あと一年もすれば、スカイツリーあやかりショップなどで、様変わりしてしまうのだろうか?

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約20分でスカイツリーに到着。下から見上げると、その巨大さに驚く。しかし、スカイツリー+ソラマチからなる、スカイツリータウンは、巨大戦艦のようだ。しかも、周囲の下町の情景と全くそぐわないのが、まことにユニークである。

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ここまできて、スカイツリーに昇れないのは悔しいな・・・と思っていたら、案内役のYさんが、実は穴場があるんですよ、と連れて行ってくれたところがある。穴場だから書いてよいものかどうか逡巡するが、どうせそのうち知れ渡るだろうということで、お教えする。

それは、イーストタワー最上階、30階&31階からからみる景色である。この2フロアはレストラン街なのだが、わずかながら展望スペース(東側の展望)がある。特に30階には反対側(西側)が見えるスペースがあって穴場なのである。

30階から見る東京の町並みは、壮観の一言。スカイツリーに昇れなくても十分見ごたえがある

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下の写真は、東武押上駅と東武鉄道本社。

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西側の穴場からスカイツリー向こうに浅草方面を臨む。

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眼下にはプラネタリウムが。

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これは番外編。1階そらまちひろばのモニュメントの真下から空を見上げると・・・・。

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2012年6月14日 (木)

美音に酔いしれる一夜

ちょっと前のことだが、五嶋龍&オルフェウス室内管弦楽団のコンサートを聴きに行った@サントリーホール。

会社の関係先のご招待なのだが、昔からオルフェウスCOは大好きだったし、成長した五嶋龍にも興味があった。メインプログラムは、五嶋のベートーヴェンバイオリンコンチェルト。それとオルフェウスがメンデルスゾーンのイタリア(交響曲第4番)である。

龍のバイオリン(VN)は素晴らしかったの一言に尽きる。有名なティンパニの4つの音に導かれて長い序奏が始まるが、満を持して龍が引き出した最初の音を聴いてしびれてしまった。なんという美しく艶やかな音色だろう。大昔だが、同じサントリーで聴いたシュロモ・ミンツの音色を思い出した(プレヴィン指揮ウィーンフィルという贅沢なコンサートだった)。テンポを遅めにとり、ひたすら美しく弾いてゆく演奏に心が奪われてしまったのだ。

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ベートーヴェンのVN協奏曲は古今のVN協奏曲の最高峰であることに異論はないだろう。だからハードルは高いし、生半可な取り組みではしっぺ返しを食う。無論演奏にはベートーヴェンの崇高な精神性が求めら得るから、弱冠24歳の龍にはまだ早いのかもしれない。しかし、彼のVNの音の美しさ・・・音の素直さといってもよいだろうが・・・は、足らない点を補って余りあるのだ。ひたすら美しい演奏に演奏者も聴衆も身を任せられる幸せがあった。

そもそも、この曲は「怒れるベートーヴェン」にしては、とても歌謡的で叙情的な曲だ。彼が36歳の時の作品で、交響曲第4番、ピアノコンチェルトも4番を同時期に作曲していて、いずれも叙情性に富んだ名曲。それに、このころ彼はヨゼフィーネに恋をしていたことを考え合わせると合点がゆく。

流石に終楽章ロンドに入ると、明快なリズムを刻んで心地よい演奏だった。指揮者がいないので、カデンツァにさしかかると、龍が身を乗り出すように舞台前面にせり出し、さらに興が乗る。
龍は既に立派なソリストであるが、このまま順調にキャリアを積んで偉大なヴィルトゥオーソに上り詰めて欲しい。

さて、もう一つの主役オルフェウスCOに触れないわけにはゆかない。1970年代からアメリカを起点に活躍をはじめ、指揮者を置かないことで有名なCOである。レコーディングも膨大な数に及ぶ。指揮者がいないのに、演奏は極めて整えられていて胸のすくようなインパクトを与える。ベートーヴェンの伴奏でも、極めて力感に富む立派な演奏だった。並のフルオケに引けをとらない合奏力である。メンバー一人ひとりの技巧とパワーが無ければここまでの演奏は出来まい。

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オーケストラとしての歴史は40年を超え、メンバーの世代交代もあっただろうが、活動を続けていること自体すごい。ただ、近年の潮流として、古楽演奏法が現代オーケストラにも影響を及ぼし、特に室内オーケストラにその傾向が顕著である。オルフェウスは古楽奏法とは一線を画し、当初のスタイルを固持しているように思えた。メインの「イタリア」にしても、演奏は本当に素晴らしいのだが、インパクトの強い古楽器奏法(あるいはそれを取り入れた演奏法)に慣れつつある聴衆にとって、彼らの演奏に物足りなさを感じた人もいたことだろう。

なお、多くを語る余裕が無いが、オルフェウスの演奏スタイルは企業経営にとって大きな示唆を与えてくれる。彼らは指揮者をおかず、演奏解釈は合議制、コンサートマスターをはじめ、各パートのトップは随時交代する・・・などなどユニークである。こうした独自の自主管理の方法論は「オルフェウス プロセス」と呼ばれ、8つの原則「権限委譲、責任の自覚、役割の明確化、リーダー役の交代、横のつながりの強化、聞く力・話す力の強化、コンセンサスの追求、熱意と目標」からなっているという。これは立派な経営学なのである。

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2012年6月 5日 (火)

星はヒカリエ(笑)

本題に入る前に、報告をひとつ。報告といっても極めてプライベートなことである。父親がまた入院してしまった。土曜日の朝に呼吸の調子が悪くなり、ついでに腰を痛め、しばらく様子を見ていたた。私が仕事から帰宅した夕刻くらいから一層苦しくなり、救急車を呼んで病院に運び込んだのだ。幸いに危篤状態だった前2回に較べると軽症のようだが肺炎を併発していて、予断はできない。また、本人にとっても、家族にとっても闘病生活が始まるのだ。この1年、半分は入院生活を強いられた父は気の毒だが、毎日お見舞いに行く私を含めた家族の負担も大変大きい。高齢者社会の辛さは、経験してみないと分からないものだ。

さて、暗い話はこの位にして、本来は明るい話を書きたかった。新橋のミュージックレストランなるものを初体験した。その名は「アルテリーベ」。声楽家がクラシックを中心とした愉しい歌を歌い、客はビアグラスを傾け、時には一緒に歌う・・・・・というドイツ料理のビアレストランである。

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実は、ソプラノ歌手の浪川佳代さんの自称追っかけをやっていて(笑)、先日、同じくミュージックレストランの銀座「ライオン」に続き、ここアルテリーベにやってきたのだ。なぜ、浪川さんの追っかけになったか、自分でも良く分からないのだが、冗談で言っていたら、いつの間にかみなされてしまったらしい。まあ、追っかけでもそうでなくても、余り大差はないのだから良しとしよう(笑)。

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この日はマルガツで歌友のムッシュ一夫、おそらく30年ぶりくらいに再会する中高時代の友人Iさん、そして以前居た会社の後輩かつ歌友のFさんとの4人編成。Iさんはムッシュ一夫とIさんは初対面だが、フェイスブックが引き合わせた不思議なご縁なのだ。歌も会話も弾み本当に愉しかった。

アルテリーベハは、私に言わせると「視聴者参加型レストラン」。歌を一緒に歌うのは当然として、客が舞台に上がっての「ラインダンス」には驚いた。果ては会場全員で縦列を作っての「歌行進」まである。本当にビックリした。銀座「ライオン」はここまではやらない。聞くところによると、ここアルテリーベは過去何回も閉店の憂き目をみたのだが、そのたびにファンの要請で復活、いまは個人のファン数名がスポンサーになる「有限責任事業組合」としてスタートしたのだという。だから、お客さんを愉しませる精神が浸透しているのだろう。

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もちろん、浪川さんの歌も素晴らしい。何が素晴らしいかって?まず、コスチューム(笑)。ドイツ風というか、チロル風というか・・・・コスプレまがいで可愛らしい。いや、コスプレは浪川さん自身が言っていることなので、ここに書いても良いのだ。まったく浪川さんは愉快な人だ。

もちろん歌も忘れてはならない。素晴らしい持ち歌を沢山ご披露してくれた。「ライオン」でも歌ったと思うが、「私のお父さん」。そして、オペラ「トスカ」から、テノールの名アリア「星は光ぬ」と並び、人気絶大のタイトルロールのアリア「歌に生き、恋に生き」の絶唱は見事!

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そうそう、「星は光ぬ」で思い出したが、先週末渋谷「ヒカリエ」を視察した。開業して一ヶ月余り。すこしは落ち着いたかと思い、見に出かけたのだが、まだまだ大変な混みようだった。このヒカリエは「大人の女性のためのショッピング施設」と銘打つだけに、ターゲットを絞り込んだ潔さを感じた。8フロアのうち空いているのはコスメチックの階だけで、あとは大盛況。特に雑貨のフロアは歩くのにも苦労するほどの混みようだ。ショップの一つ一つがなかなかユニークで、見ていて愉しい。

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レストラン街も充実していて、大人の女性のオーガニック志向を反映した店が集められていた。店ごとのスペースの囲いが極力取り払われていてオープンなのも良い。伊勢うどんまであるのには驚いた。地下のスィーツも大人気で、サダハル・アオキのショップは大判マカロン目当ての女性で長蛇の列だ。

私は、友人が勧めてくれた京都「然花抄院」の生成りカステラを買い求めた。

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後で考えたことだが、ヒカリエの前は東急文化会館だった。この屋上には有名な五島プラネタリウムがあったのだ。意外に、ヒカリエのネーミングは「星は光ぬ」から来ているんじゃないかなあ。

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2012年5月29日 (火)

大学の聴講生になって。

先週、大学時代の後輩である藤野達也氏の授業を聴講した。

後輩といっても大学は違う。今はなき「三木ハイム」という学生寮の後輩である。藤野氏は卒業後、民間企業に勤務したが、ひょんなことから岩村昇医師(アジアのノーベル賞といわれるマグサイサイ賞受賞)と知り合いになり、国際協力NGOの道に足を踏み入れた。以来30年余、神戸にあるPHD協会の中心人物として活躍、今回わけあって、東南アジアに移住する予定だという。

http://muko-dono.cocolog-nifty.com/blog/2011/11/post-9729.html

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彼が日本を離れるに当たって、やはり同じ学生寮の後輩が、江戸川大学で教鞭をとっており、特別に講義をすることになったのだ。学生達に混じって、我々学生寮のOB約10人が集い、聴講した。

約1時間半の短い時間だったが、目からウロコの講演だった。というか、私が余りに国際協力に無知だったからかもしれないが。当日の講義を聴いて、私なりに例示を交えて解釈したのが以下である。

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国際協力には段階があるという。まず、第一段階は直接的な支援。先進国と発展途上国との格差を埋めるため、資金や物資などを支援するもの。一番身近な国際協力であるが、対象となる住民の自立を阻害するというマイナスの影響もある。

第二段階は技術的な援助である。先進国の優れた技術を途上国に移転、定着させることにより、住民の生活を向上させる。現在、最も多く行われているパターンで、国際協力というとこのイメージが強いだろう。例えば、国際協力で病院を建設し、医師の教育もあわせて行うようなことも含まれる。事例として話されたのは、漁業を生業とするが自給自足の状態の住民がいるとする。そこに、漁具を与え、魚の獲りかたを教えるイメージである。

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ところが、これが進むとどうなるか。漁師の例で言うと、魚が沢山獲れるようになり、それを村の市場に売りに行く。対価に貨幣を得る事になり、それで物品を買えるようになる。貨幣経済が導入されるということだ。生活の向上と経済の進化は不可分であるし、これ自体を否定するものではない。しかし、貨幣経済が導入されると、そのマイナス面も出てくるのである。住民の間に格差=貧富の差が生まれる。また、多くの先進国が人口の多い途上国の潜在的なマーケットを狙って進出してくる。これは、現地での雇用を含めて、広い意味の国際協力といえなくも無い。しかし住民の経済力が伴わないと、住民のわずかな富が搾り取られることになる。果ては、悪質なマイクロファインンス(慈善事業の名を借りた高利貸)の話まででる昨今である。

これが、本当に住民にとって幸せかどうかは、我々先進国の人間には判断できないし、押し付けてはならないのだと思う。講義で一番印象的だった話をしよう。ネパールだったか、食事の後片付けをしている女性の写真が出てきた。この村は都市からバスで3時間、歩いて1時間の奥地にある。カレーだったか、脂っこい料理が多いし、水も潤沢にはないので皿を洗うのには骨が折れる。どうしたものかと見ていると、煮炊きに使った薪の灰を持ってきて、それを皿につけて洗っているのだ。まさに生活の知恵である。

ところが近年は、こうした村にも雑貨用品店が出来、洗剤やシャンプーを売っているのだという。箱やボトルでは買うだけの資金が無いので、洗剤もシャンプーも数回分のパックに小分けして店に並んでいる。それを買うために金を稼ぐという構図。

確かに生活は便利になるのだろう。しかし、従来でも何一つ困っていなかったのだ。先進国が国際協力という名の下に、「結果として」持ち込んだ便利な品々や技術を競って入れる必要が本当にあるのだろうか・・・・という指摘である。

藤野氏は30年来、こうした国際協力に携わってきたのだが、近年上記のような矛盾に身をさいなまれ、とうとう組織を飛び出して東南アジアに身を投じることになったのだという。現地では、先進国が持ち込むものに対して、盲目的に受け入れるな・・・・と住民達に警鐘を鳴らしたいと語る。

我々、還暦を目の前にしてのまさに英断には敬意を表したい。こうした「警鐘」を1人でも多くの住民に聞いていただきたい。そして、「警鐘」は国際協力をする側である、我々にも向けられていることを肝に銘じたいと思うのだ。

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