2012年2月15日 (水)

マイ・ファニー・バレンタイン

このブログを最後まで読んでくれた方に、ちょっといい話をしよう。

昨日はバレンタインデーだった。バレンタインに因む歌というと古典的名曲「バレンタイン・キッス」(笑)・・・最近はリメイクもあるが・・・・など沢山あるが、世界的に有名なオトナの曲といえばマイ・ファニー・ヴァレンタイン(My Funny Valentaine)に止めを刺すだろう。

ロレンツ・ハート(詞)、リチャード・ロジャース(曲)の名コンビによる、1937年のミュージカル「ベイブス・イン・アームズ」のナンバー。今なお名ミュージシャン達が採り上げる人気曲でもある。古くは、ペリー・コモ、トニー・ベネット、ジャズではマイルス・デイビス。そうそう、チェット・ベイカーの名唱・名演も忘れてはいけません。フランク・シナトラはこの曲の中興の祖で、映画「パル・ジョーイ」(夜の豹)で名曲の名を不動のものとした(歌ったのは相手役のキム・ノヴァク)。

さて、この名曲だが、物悲しい曲調からして失恋や別れの歌という印象を与える。しかし、実は熱烈なラブソングなのである。下記に、シナトラが歌ったYou Tubeを付けた。これは歌と同時に、歌詞が画面にスクロールされるのでご覧いただきたい。

和訳はこんな具合である。

私の変てこなバレンタイン、スイートで面白いバレンタイン、

あなたは私を心から微笑ませてくれる

あなたのルックスは笑えるわ、写真向きじゃない

でもあなたは大好きな芸術作品なの

あなたの見てくれはギリシャ人以下でしょ?

口許はちょっと弱点よね?

その口を開いてしゃべる言葉なんてスマートって言える?

だけど私の為に髪の毛一本も変えないでね

だめよ、もし私を思ってくれるなら

そのままでいて、かわいいバレンタイン、そのままで・・・

あなたさえいれば、私は毎日がバレンタインデ-なのだから

どうです。なかなか素敵でしょ。はじめの2段落は相手の容姿や知性?をけなしていて、ここまで言ったら喧嘩になりそうだなと思うのだが、決め手は最後の段落。私のために髪の毛一本までかえないで・・・なんて熱烈なラブコールなんだろう。わが国の「痘痕も笑窪」という諺のままである。

ここではバレンタインは人名で、それをバレンタインデーとかけているのである。もともとは女→男への歌なのだが、男→女と読み替えても良い。この気持、私もよく分かるなあ。

さて、私の今年のバレンタインはどうだったかって?勿論、貰いましたよチョコ。親しい人から。会社でも、チョコっと(笑)期待していたんだけれど、貰えなあったなあ。おそらく、そうした取り決め(約束)があるんじゃないかと思う。

でも、僕の机の上には、いつもご覧のようなバスケットが・・・・。

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そう、この歌詞の最後、Each day is Valentaine's Day(わたしは毎日がバレンタインデー)なのだから・・・・・・。

http://www.youtube.com/watch?v=JGxrE6Mf_6Y&feature=fvst

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2012年2月11日 (土)

中井貴一か、くいだおれ太郎か(笑)

中井貴一か、くいだおれ太郎か・・・・。また、馬鹿な話をしたい。いや、本人は真剣なのだが。

私が誰に似ているのかを巡って、フェイスブックが炎上しかかった。最近よく思うのだが、私は中井貴一に似ている・・・と。平清盛の父親役はともかく、テレビドラマ「最後から二番目の恋」なんかみていると、そう感じる。振り返れば、以前、中井貴一に似ていると友人から言われた(ような記憶がある・・・笑)。

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しかし、フェイスブックでは、「くいだおれ太郎」だ!という友人の指摘があり、圧倒的多数でくいだおれに賛同が得られた。そこまで、イジメなくてもとは思うのだが、恐ろしいもので勢いがつくと手がつけられなくなる。もっとも、「くいだおれ」も以前から良く言われていたので違和感は無いのだが。

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私=中井貴一、私=くいだおれ太郎となると、中井貴一=くいだおれ・・・・ということになるので、これはちょっと中井貴一に失礼なのではないか。

ということで(笑)、大阪に出張したおり、道頓堀に立ち寄った。道頓堀こそ、くいだおれ太郎の故郷だからである。

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写真のくいだおれ太郎はいなくなって久しいが、記念グッズが華々しく売られている。くいだおれのストラップを購入。通常の立ち姿と「走ってくる」タイプ。

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「くいだおれ」絆創膏なんてものもあったので、迷わず購入。くいだおれの衣装があったら、ぜひ買いたいと思っていたのだが、流石に売ってなかった。ぜひ取り揃えていただきたい。

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よしもと系列のお土産屋には、噂の「面白い恋人」があった。販売差止めにならないうちに、迷わず購入。ところで、面白い恋人の箱に入っていた、「東京カブレ」ってなんやねん。こんなの平気で作りよるから、大阪めっちゃ好きやねん。

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ところで、某メガバンクの現役頭取も「くいだおれ太郎」に似ているといわれている。本人がそう言っているのだから間違いない。そういえば、若い頃私は某メガバンクの現役頭取(これも若い頃)に似ているといわれたものだ。「○○二世」と言われてもいた。これは某メガバンクの現役頭取が自ら言っているので間違いない(笑)。

くいだおれ太郎も捨てたもんではないのだ。

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2012年2月 7日 (火)

インフルの真っ只中で

父親がまた入院した。

このブログでご存知のように、昨年父は入退院を繰り返し、一時は人工呼吸器を気管に直接挿入する事態となり、危篤状態に陥った。しかし、その後奇跡的に持ち直し、人工呼吸器を抜管、秋ごろからは自宅で療養をしていた。

長い入院生活で足腰が弱り、車椅子生活を余儀なくされていたが、最近は、デイケアへリハビリに通い、ようやく少しではあるがつかまり歩きが出来るまでになっていたのだ。

ところが、先週あたりから、再び呼吸器に支障をきたし、加えて食欲不振で、水分も摂取しにくくなっていた。このままでは、脱水症状を起こすと判断し、急遽日曜日の朝に救急車を呼んで総合病院に運び込んだのだ。本人は入院を嫌がっていたが、栄養や水分まで摂取できなくなると命にも関わることを説得し、なんとか入院させることが出来た。

医師の診断は心不全と呼吸不全。と聞くと驚くが、85歳の高齢者なので、心機能・呼吸機能に問題が出るのは仕方の無いことらしい。なんせ、去年は肺炎で生死の間をさ迷ったのだから、確実に機能は衰えているようだ。

今日も酸素マスクをつけて苦しそうにしていたとの事で、一日も早く回復に向って欲しい。長引けば長引くほど、重篤な状態に陥る可能性が高まるし、折角回復しつつあった足腰もまた元に戻ってしまう。日曜日は朝から夕方6時頃まで、私と家内は病院につめていて、ヘトヘトになった。病院での付き添いは本当にエネルギーを消耗する。

一日病院にいたので、何度も診察室や観察室を行き来するのだが、日曜日の救急外来は大変な混雑振りだ。特にインフルエンザの患者が多いようで、マスクやヒエピタをして待合のソファに寝そべる子供達を多くみた。また、薬もインフルエンザの治療薬が多く処方されていた。

我々家族もマスクをしていたのだが、インフルを貰ったのではないかと心配である。病院の医師、看護師、事務員もインフルウィルスがうようよしている環境の中で、大変苦労しているに違いない。患者の病を治すのが仕事であることに間違いは無いが、自らの健康と引き換えるような職業は、まさに高い使命感なくしては出来ないだろう。

JUJUの新曲「sign」、いい曲だ。映画「麒麟の翼」の主題歌らしい。


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2012年2月 4日 (土)

鍋は無くとも(笑)居酒屋ツアー

突如、居酒屋に目覚めた私。居酒屋シリーズ第五弾。

ここまでくると、偶然では済まされないかもしれない。短い期間に名の知れた居酒屋5連発とは、神の導き以外になかろう。これまでの、食生活を懺悔(笑)しなくてはならない。

ということで、今回訪ねたのは・・・・すっかり、吉田類の酒場放浪記であるが、なんと天下の慶應義塾大学に隣接した由緒ある居酒屋「津国屋」(つのくにや)である。由緒あるとことわったのは、建物が明治26年というから、120年を超えている。港区の歴史的建造物に登録されているというが、さもありなん。

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お誘いを受けたのは、私が社長をやっていた前の前の会社の同僚2人である。積もる話に花が咲き、また現在の境遇についてひとしきり。しかし、私を入れて3人ともアグレッシブ(笑)志向なので、これからの相互事業展開にも話が及んだ。早速、それが私の会社で実現しそうな様子になってきたのは、大変喜ばしいことだ。

さて、閑話休題。この居酒屋はもともと酒屋の建物であった。それを居酒屋に衣替えしたのが今から10年弱前と聞いた。酒屋が経営する居酒屋だけに、日本酒の種類が豊富な上、安価なのが嬉しい。例えば、私が好む島根の酒「李白」がさりげなく置いてあったりする。

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小魚のサラダと刺身から始まり、自家製のさつま揚げを注文。肉厚で旨い!

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当店の名物、烏賊わた味噌ゲソ入りオーブン焼き。これ自体絶妙な味で、涎を禁じえない。一緒に出されるガーリックバターバケットに味噌をつけて食べるとこれまた大変美味である。

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他にも居酒屋メニューが沢山用意されているが、締めはふんわりオムそばに。パクパクいってしまう。

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鍋がないのはチト残念だが、どの肴もいける。酒屋の酒に気の利いた肴のコンビネーションは強力だ。慶應大の傍だけに、「偏差値」の高い居酒屋だといえよう。


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2012年1月31日 (火)

凄いディープな街の明るい居酒屋で

おそらく、日本で一番ディープな街にある明るい居酒屋で鍋を食した。ご存知居酒屋・鍋シリーズ第四弾。またまたまた、偶然ですが(笑)。

偶然でなくて意識的だと批判される向きもあろうと思うが、本当に偶然である。毎年、年末は第九やらガラコンサートやらで、忘年会の誘いも全て断っている。最近では、もうお声もかからなくなってきた。これはこれで寂しいものである。その分、新年会に回してもらっていて、このシーズン私は超多忙である。そして、予算の問題もこれあり、居酒屋が重なった。私は、どちらかというと居酒屋は苦手なほうだったが、通い続けてみると、しみじみとしていいなと思うようになったのである。

さて、誤解を恐れず申しあげると、日本一ディープな街とは、ズバリ南千住から南へ下った山谷(さんや)のことである。昔のドヤ街。今は、外国人旅行者=バックパッカーのメッカとも言われているが、足を踏み入れるにはそれなりの勇気がいる。山谷地区、日本堤に居酒屋「丸千葉」がひっそりと佇んでいる。

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この日は、マーケティングライターで、テレビにもよく出演されている牛窪恵さんを囲む会という趣旨であった。牛窪さんと山谷はイメージがかけ離れているが、幹事役の元敏腕経済雑誌編集者のF氏が選んだ店なのだ。普段行けない店に行く・・・・おそらく牛窪さんの驚く顔を拝みたかったのだろう。男は彼と私。そして牛窪ファンの女性二人(OO=オーオー=コンビ)。

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この店、居酒屋業界(そんな業界あるのか?)ではかなり名が知られた存在らしい。とにかく安くてボリュームが多い。肝心の味も旨い、と三拍子揃った店なのだ。まず、酒が只者でない。いまは殆どお目にかからないサッポロの赤星。大衆居酒屋の勲章である。

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そして、焼酎が「キンミヤ」と来ている。最近でこそ、芋や麦の乙類焼酎がよく飲まれるが、キンミヤは甲類焼酎の王様である。なんといっても、このラベルの優美で繊細なこと。金色の宮(キンミヤ)の字が眩しい。味もスッキリしていて、私は定番のホッピーでいただいた。幹事のF氏は自宅の冷凍庫にキンミヤをストックしてあって、いわゆるシャリキンで呑むらしい。

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酒の話はこの位にして、肴はというと、まず〆鯖。このボリュームで550円とは驚きだ。絶妙な酢加減で文句無く旨い。

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同行したO嬢(2人ともO嬢だが)の1人が注文したカツ煮。甘辛出汁が染みていて食欲が出る。ご飯が食べたい。

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私が頼んだポテトサラダ350円。居酒屋の定番である。これまた、大盛りでマヨネーズがたっぷりかかっている。

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他にもいくつか注文したが、極めつけはこの鍋。みてください、このボリューム、圧倒的な存在感!!これで、一人前である。もともとは白子鍋1500円(安い!)を注文したのだが、大将の勧めで牡蠣とのミックスに。味噌味が効いていて抜群に旨い。

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この大将が愉快で、ナルトの沢山入ったナルト鍋を注文した客がいて、ナルトいっぱいで目を回した・・・・なんて冗談を言う。「やっちゃん」と呼ばれているが、私達の間ではすっかりエナリ君になってしまった。

いやいや、楽しい飲み会だった。私はカツ煮を注文したO嬢に呑まされて、すっかり酔っ払ってしまった。帰りの電車を乗り過ごすのではないかと心配していたがなんとか帰宅。しかし、その晩の夢で、乗り過ごした夢を見た(笑)。なぜか小田急線の最終で、厚木の先まで乗り過ごした夢である。

もう一つ、面白いことが。わいわい騒いで呑んでいたのだが、世間を騒がせている寺田農が話題になった。そして、信頼できる筋という触れ込みで、F氏から館ひろしと某女優の話が・・・・・。そのとき、私が何気なくテレビを見上げると、なんと当の寺田農と館ひろしが出演しているテレビドラマだったのだ。それに気づいた私・・・・・また呼んできてしまったようだ。シンクロニシティ。

かくして、ディープな街の楽しい居酒屋の夜は更けていったのである。

おしまい。

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2012年1月29日 (日)

東京最古の居酒屋で鍋を食らう

明治38年創業というから、優に100年は超えている居酒屋、人呼んで「東京最古の居酒屋」で鍋を食らった。なべシリーズ第三弾・・・また、偶然ですが(笑)。

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店の名前は「みますや」という。神田淡路町の路地裏にひっそりと佇んでいる。先の大戦でも戦火を免れたのだろうか、実に風情のある店構えである。歌友三人で呑もうということになり、事情通のTさんが予約してくれたのだ。6時半に遅れるな・・・との厳命であったのだが、行ってみて納得した。年季の入った引き戸を開けると、テーブルは人、人、人で埋め尽くされている。壮観である。予約もなかなか取れないらしいから、時間に遅れたら待ちの客に取られてしまうに違いない。

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周囲が静かなオフィス街だけに、店の中の喧騒はまさに別世界である。6時過ぎだというのに、かなり広い店内は満席で、奥まった回り込んだスペースにTさんの名前の書いた経木(懐かしい!)がおかれたテーブルを見つけた。当方は3人だから当然相席である。

さっそく、呑み始めたのだが、肴も500円前後と安い。Tさんのお勧めで串カツとから揚げを頼んだ。Oさんと3人でつまんだのだが、ボリューム満点で大変美味しい。

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相席のお隣さんが寄せ鍋を頼んだのをみて、こちらも鍋を。冬は鍋に限る。Oさんが道に迷って、私がコートを着ずに淡路町の交差点まで迎えに行ったのでとても寒かったし。我々は「ねぎま」鍋にした。かじきマグロだと思うが、脂の乗った切り身がどっさり。刺身でも旨いだろうが、それを鍋にして食べるところが粋だねえ(笑)。ほっこり柔らかくて幸せな気分になる。そして、なにより出汁が素晴らしく旨いのだ。最後のおじやまで一気に食べてしまった。

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もともと私は酒が弱いので、しばらくはビールをお付き合いして、鍋が出たタイミングでウーロン茶をいただいた。ところが、このウーロン、なんかヘンなのである。妙に甘味がある。店員が来たので、「これ、本当にウーロン茶?」と聞いたぐらいだ。合点がゆかないが、半分ほど飲み進めたところ、ハタと気が付いた。これ、ウーロンハイじゃない?合唱団の暴露話などで盛り上がったのだが、私は一気に酔いが回ってきた。

酒飲みにはラッキー?かもしれぬが、私にはいい迷惑。もっとも、東京最古の居酒屋で、ウーロン茶なんて注文する輩はいないのだろうなあ。

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2012年1月26日 (木)

どすこい~どすこい

なべシリーズ第二弾・・・・偶然ですけど。

昨年の6月に中野の会社に来るにあたって、友人から「中野には汚くて旨いちゃんこ屋がある」と聞いていた。ようやく、それと思しき店をみつけ、ちゃんこを賞味した。間違いなくその店だった。汚くて旨いちゃんこ。

月に一度グループ会社の同役が集まって会議の後に会食(といっても飲み会)をする慣わしとなっている。今月は、私がこの「力士」というちゃんこ屋を所望したのだ。

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汚い店といってしまえば、身も蓋もない。汚いといったのは私の友人であり、私に言わせれば風情のある店だ。中野のブロードウェイ東側にある新仲見世商店街の一つ。この新仲見世商店街は、終戦直後昭和24年に生まれたという。以来、大きく変化することなく、懐かしき昭和がそのまま残されたようなスポットだ。いまや大人気の「三丁目の夕日」がそのまま残ったような・・・・と表現してもよいくらいだ。とにかく、時代に取り残されている。聞くところによると、ブロードウェイが出来る前は大変な賑わいだったようだが、ブロードウェイ完成後は人の流れが変わってしまい、寂れてしまったようだ。でも、いいなこの雰囲気。

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さて、肝心の「力士」。二子山部屋のOB力士二子竜が経営するちゃんこ屋である。人呼んで「幻のちゃんこ」。いくら電話をかけても繋がらないのだとか。電話番号が違っているとか、大将が1人で切り盛りしているので電話に出られないだとか、諸説あるが、いずれにしても鷹揚な店である。

しかし、ちゃんこは確かに旨い。我々が食したのは「醤油」(ソップ)と「味噌」。それぞれに具も違う。スープが素晴らしいのだ。醤油も味噌も出汁がよく出ているのだが、しつこくなくあっさり味。だから、いくらでも食べられる。具を食べた後のうどんの旨いこと。しこたま食べて満腹満腹。

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ここの大将が面白い。なにを言っても「ごっちゃんです」。そして、ビールの注ぎ方がユニーク。こんな注ぎ方は見たことない。ネタバレはよろしくないので、興味のある方は自分の目で体験していただきたい。

店の壁に、自分の力士時代の体験談だとか張り紙がしてあって面白い。しかし、極め付きはトイレに貼ってあったこれだろう。「JT」の意味がわかった方はコメントに書いて欲しい。

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2012年1月24日 (火)

その手は桑名の・・・・

本当に久しぶりだが、街のグルメの話題を一つ。

フェイスブックで再開した旧友と蛤(はまぐり)を食べに行った。新聞で紹介されていた店で、私から提案した。六本木ヒルズに昨年オープンしたばかりの、「新三郎」という店である。

別にめちゃくちゃ貝類が好きというわけではないが、蛤は貝の王様。旨いが値段も安くない。この店は三重の蛤問屋(そんなのがあるんだ!)マルタカ水産が直営する蛤専門店。旨くないわけがない。六本木ヒルズがミスマッチだが、もの珍しさに訪問した。

http://www.roppongihills.com/shops_restaurants/restaurants/japanese/201550006.html

蛤のコースが3500円で、たいしたことは無いだろうと高を括っていた。ブログ表題の諺「その手は桑名の焼き蛤」からして、半信半疑だったのだ。ところが、どうして質・量ともに大変満足した。

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コースの概要を言うと、まず突き出しのわかめサラダ。ガーリックと唐辛子のみじん切りがアクセントになってなかなか旨い。次が蛤の刺身。これも歯ごたえと甘味が感じられて美味。そして、名物焼き蛤が三つ。蛤ときたら焼きハマに限る。汁がジューシーでいける。意表を突かれただったのは、蛤の天麩羅。衣のサクサク感と熱々の蛤のコンビネーションが絶妙。あと、蛤のあさつき焼き?も悪くない。

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ここまでで、かなり蛤を食べたのだが、締めはこれまた名物の蛤のシャブシャブ。蛤の出汁が効いて最高に旨い。蛤を食べ終わったあとのスープの美味しいこと。締めの締めにこの汁で作ったラーメンが出る。

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あーあ幸せ。お腹一杯。そして蛤の殻が山と詰まれる(この店では貝塚と呼ぶらしい)。かれこれ、1人蛤を20個は食べたろう。養殖のようだが、味は確り出ていて文句ない。これにデザートがついて3500円はお値打ちだなあ。

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お酒も蛤酒なんていうユニークなものをいただいたりして、締めて一人5000円あればたらふくいただけるのだ。もう、一年分の蛤を食べて満足な会食であった。

蛤はいいなあ。最後に有名な川柳を一つ。

蛤は初手 赤貝は夜中なり

この意味が分かった人は、相当な通です。

この川柳で思い出したのが、貝は貝でも牡蠣。今年日本に来るフェルメールの「青いターバンの少女」(真珠の耳飾の少女)で有名な、オランダのマウリッツハイス美術館にある、ヤン・ステーンの名画「牡蠣を食べる少女」。牡蠣と少女、そしてこの目つきに貴方はなにを感じますか?川柳と名画、解釈のコメントをぜひお書きください。

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2012年1月18日 (水)

ダークヒルズ恋愛白書あるいはクラシック音楽の新しいかたち

これは、新しいクラシック音楽のかたちなのでは・・・・と思った。

昨日、バスバリトン北川辰彦さんが脚本&演出&出演する「ダークヒルズ恋愛白書」を観にいった。本当は北川先生なのだが、ここでは親しみをこめて北川さんと呼ばせていただく。北川さんは、私が所属する某プロオケ付属合唱団のヴォイストレーナーとしてご指導いただいているのだが、偶然にも昨年末の丸の内合唱団(マルガツ)の第九のソリストとして共演させていただき、なにか因縁を感じているのである。

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その北川さんから「ダークヒルズ恋愛白書」のお誘いがあったので、歌友のOさんと一緒に勇んで出かけた次第。ダークヒルズは昨年の二期会weekで評判となり、今回は@座・高円寺で再演されたのだ。チラシや当日のプログラムにも粗筋などは何も書いてなく、ビバリーヒルズ恋愛白書をパクッた題名からも3組の若いカップルが織り成す「古今の名アリアを歌う」恋愛オペラかと思っていた。予備知識ゼロで会場に向ったのだが、素晴らしい舞台でとても楽しめた。

始まってすぐに気づいたのは、筋書きがモーツァルトのオペラ「コジ・ファン・トゥッテ」(女はみんなこうしたもの)のパロディであること。ただし、コジとは男女が入れ替わっていて(ネタバレですが)、言ってみれば「男はみんなこうしたもの」という体裁になっている。なるほど、現代は男女の立場が逆なんだな!・・・・気の利いた着想に引き込まれた。コジは二組の男女、ダークヒルズは三組になるが、うち一組はコジのドン・アルフォンソとデスピーナといった役回りになる(もっとも、ここでも「しかけ」は女性主導なのだが)。

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あと、同じくモーツァルトの「フィガロの結婚」を下敷きにしたような部分もある。アリアがフィガロとその兄弟作であるロッシーニ「セビリャの理髪師」から歌われる。J・シュトラウスのオペレッタ「こうもり」を想起させる部分も。偽りのデートでケリーが取られてしまう指輪は、あきらかに「こうもり」のアイゼンシュタインの「時計」のコピーだろう。「こうもり」からもアリアが二曲取られている。

さて、曲目はというと

L.バーンスタイン キャンディード 着飾ってきらびやかに
L.バーンスタイン ウェストサイドストーリー アイフィールプリティ
ヴェルディ リゴレット さようなら私にはあなただけが希望と命
ロッシーニ セヴィリアの理髪師 私は街の何でも屋
プッチーニ ラ・ボエーム ミミ、君はもう戻ってこない
E.ジョン ライオンキング ハクナ・マタタ
J.シュトラウス こうもり さぁ来たまえ、踊りに行こう
J.シュトラウス こうもり 公爵様、あなたのようなお方は
F.スッペ ポッカッチョ 恋はやさし、野辺の花よ
モーツァルト ドンジョヴァンニ 窓辺においで
ヴェルディ 椿姫 乾杯の歌

F.ロウ マイフェアレディ 踊り明かそう
プッチーニ ラ・ボエーム おお、麗しい乙女よ
モーツァルト 魔笛 愛を感じる男の人たちには
バーンスタイン ウェストサイドストーリー トゥナイト・アンサンブル
プッチーニ トゥーランドット 誰も寝てはならぬ
M.レイ ラ・マンチャの男 見果てぬ夢
レハール メリーウィドゥ メリー・ウィドゥ・ワルツ
モーツァルト フィガロの結婚 フィガロ、静かに
J.ラーソン レント シーズンズ・オブ・ラブ

どうです、このラインナップ。よくぞこれだけ名曲をちりばめたものである。しかも、ストーリーの展開にちゃんと平仄があっている。どれもこれも、素晴らしい歌だが、個人的に凄いなと感じたのは、バーンスタイン「ウエストサイドストーリー」のトゥナイト・アンサンブル。この曲は、昨年のマルガツの定期公演で採り上げたが、非常なる難曲で最後まで四苦八苦した曲なのである。それを各パート1人で完璧に歌い上げていたことに驚嘆した。実は、昨夜はマルガツのムッシュー一夫氏が偶然にも会場にも来ていたのだが、彼も同じ感想だったに違いない。なんせ、彼こそ、定期演奏会でトゥナイト・アンサンブルを採り上げた張本人なのだから。

他には、椿姫の乾杯の歌・・・これもマルガツで歌っているので、一緒に口ずさんでいる自分があった。レハールの「メリー・ウィドゥ・ワルツ」。岩本町にある「オペラサロン トナカイ」でいつも最後に歌われる曲。私の大好きな曲で、時々風呂場で熱唱している(笑)。最後の「言わねど知る恋心・・・・」だけを日本語で歌ったのは、私の思いが通じたのか!?

出演者も素晴らしい。それぞれ個性が立っていて役柄にピッタリ嵌っている。笑の要素もちりばめられていて、チャラ男キャラクターの高田さん、北川さんの古畑任三郎など爆笑である。桝さんの大阪弁もいけてま(笑)。女性3人はいずれも美声美女で魅惑される。ピアノの穴見さんにも拍手!。バラエティに富んだ数々の曲の性格を見事に弾きわけ、それも2時間弾きっぱなしなんだから。

そして、脚本&演出も北川さんだというのだから驚きである。古今当時の諸事情・・・・ダチョウ倶楽部やチャラ男まで通暁しているとは(笑)。冗談抜きに、大変な才能であり、広く深い人間性がないと出来ないことである。

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いやはや、ダークヒルズは本当に楽しかった。一緒にいったOさんは昨晩興奮して寝付けなかったといっていた。クラシックファンのスノビズムをくすぐる仕掛けがある一方で、クラシック音楽に全くなじみが無くても十分に楽しむ事が出来る。「クラシックは死んだ」といわれて久しいが、私はこれからのクラシック音楽の一つの方向性を示しているのではないかとさえ思う。ぜひ、再々演してほしいものだ。そのときは多くの友人に声をかけファンを増やしたい。

そしてもう一つ、思ったことがある。終演後ムッシュー一夫にFB経由で話したのだが、我々もMFS(丸の内オペラシンガーズ)でこうしたミュージカルをやりたいという事。ムッシューはMFSの林光・・・・座付き作家・演出家でもあるのだから(と妄想してます)。

ケリー  :鷲尾麻衣(ソプラノ)
アンドレア:三宅理恵(ソプラノ)
ド ナ  :澤村翔子(メゾソプラノ)
ディラン :北川辰彦(バスバリトン)
ブランドン:桝貴志(バリトン)
デビッド :高田正人(テノール)
ピアノ   穴見めぐみ

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2012年1月10日 (火)

丸の内合唱団を休団しました

丸の内合唱団を休団しました。今日、休団届けを出してきました。

人二倍愛していると公言しているマルガツを休団するのはよっぽどのこと・・・・とお感じの方もいると思う。練習終了後に築地に行ったのだが、仲間からは「なぜ?」と聞かれた。神尾先生や団長にも挨拶したのだが、そのときに家庭の事情と音楽上の事情とお答えした。

ここでは少し詳しくご報告したい。まず、家庭の事情とは、介護問題である。このブログの読者なら良くご存知とは思うが、昨年は両親の病気と介護で大変な一年だった。母親は介護施設に、父親は一度危篤状態に陥ったが、奇跡的に持ち直してただ今自宅で介護をしている。今年の私の年賀状には、「やってみて はじめてわかる 老介護」と添え書きしたくらいである。

今の会社では、私は日曜日と水曜日が休みなのだが(ちなみに土曜日、祝日は出勤日)、日曜日は母の介護施設へ訪問、水曜日は父の通院介護や雑用代行にあてていて、休日二日間のかなりの時間を両親の面倒見に割いている状況にある。マルガツとほぼ同時に始めたもう一つの合唱団があるのだが、これまでのように週に二日、夜間べったりと合唱の練習に充てるのはなかなかシンドイ。

音楽上の理由とは、ここらで正式に発声のレッスンを受けてみたいと思ったことである。合唱を5年超やっているが、はっきり言って自分の発声がどのようなものなのか自信がなかった。もちろん、これまでの練習の成果で、ある程度のレベルにはあるかとは思うが、基本中の基本である発声が確り出来ていないのである。かといって、今のマルガツでは、人数も多く、人の出入りも激しいので、一人ひとりの発声のレベル云々という状況ではない。

幸い、ある先生に巡りあう事が出来たので、お世話になろうと考えている。時間的にも、1時間@月に2回程度であれば、さほど負担にはならないと思う。まあ、これからの合唱人生を考える上で、少し足もとを固めておきたいのである。

もっとも、他の合唱団からのお誘いもあったり、それが魅力的な曲目だったりして、心は揺れ動く。また、昨年来ある音楽事務所とのつながりが出来たり、まだ公表は出来ないが、マルガツも毎年出演している「熱狂の日」のプロデューサーと直近知り合いになるなど、色々と面白いことも出来そうな予感がしている。それも、家庭の事情が許せばの話なのだが・・・・・。

また、いつか戻ってきますからね、わが愛するマルガツに。

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2012年1月 3日 (火)

歌で一年を繋いでゆく!!

皆さん、あけましておめでとうございます。新しい年も、この「ゆびじぶ」ブログにどうかお付き合いください。

さて、新年早々風邪を引いてしまった。また、腰痛も出てきた。風邪は強い薬を飲んでいるので、大事には至っていないが、年末の疲れだろう。三日連続のコバケン第九の合唱。そして、大晦日の恒例丸の内ガラコンサートがきつかったのかもしれない。

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直接的には、ガラコンサートの寒さ。上の写真をご覧いただきたい。背か高いので、例年最後列で合唱しているのだが、背後のガラスから寒気が襲ってくる。寒気の中、歓喜の歌を歌うのだ。写真の紫色の光線がまさに寒気(笑)。カイロをはったり、ヒートテックの下着を着たり防寒には怠り無いのだが、今回は2時間もあったので、流石に寒かった。あと、2時間立ちっ放しだと腰に来る。四捨五入で60歳だから、身にこたえる。

でも、年と年を歌い繋いでゆくのは特別の感慨がある。今年のガラコンサートは、盛りだくさんで、竹山愛さんのフルートコンチェルトにはじまり、第九女声ソリストのオペラアリア、男声イケメングループのJADEメンバーのオペラアリア、恒例の第九、JADEの「リヴァイブ」などなど。特にバス・バリトンの北川辰彦さんは、私が所属する某プロオケ付属合唱団のヴォイストレーナーで、今回は第九のソリストを歌った。舞台で共演できるのはとても嬉しいことだった。

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合唱の出来は良かったようだ。お世話になっているマネジメント事務所の社長さんが褒めていたというし、指揮の神尾先生からもお褒めをいただいた。一方、かなり手厳しい意見もいただいた。男声の迫力不足、女声のハーモニーが出来ていない・・・などなど。美しい第九を標榜したのだから迫力が足りないという批判もあるかもしれない。私自身は思い残すとことなく歌えたのだが、第九に賭けるパッションや一人ひとりの第九への思い、メッセージが不足していたのかもしれない。これは反省点である。また、練習期間が短く、新規入団者も歌えてしまうので、技術的に問題が無くはなかったと思う。較べるのは酷であるが、第九だけで練習に最低3ヶ月は欲しいところである。

オーケストラはとても良かった。特にチェロ・バスの低弦は非常に充実していた。チェロにN響の手だれが入っていたこともあるかな。管楽器も昨年に較べて良くまとまっていたと思う。バイオリンが薄く聴こえるのはホールのせいかもしれないが、もう少し増員したほうが良いと思う。

今年はどんな歌が歌えるか、楽しみである。

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2011年12月28日 (水)

男泣き!の第九

コバケンこと小林研一郎指揮日フィルの第九、三日連続演奏会が終了した。

このところ、第九の記事ばかりだか、シーズンなのでお許しいただきたい。それにしても、コバケン日フィルで三日連続で第九の合唱を歌わせていただくなんて、本当に感謝というほかは無い。

今年私は職場(会社)がかわったのだが、その新しい職場の同僚がクラシック好きであることを知り、「第九を歌わないか」と強引に日フィル合唱団に誘った。同僚の彼は、合唱も初めてではじめは尻込みしていたが、本当にマジメに練習に通った。そして、一日目のサントリーホールでの第九では、第一楽章で不覚にも涙が出てきたという。勿論、感動のあまりである。そして、昨日の三日目最終日は、第三楽章でやはり泣けてきたのだという。第九で男泣きか! なんて素晴らしい感性豊かな同僚なんだろう。コバケンの感情移入たっぷりの指揮の姿と三楽章の愛しむような美しいアダジオを聴けばさもありなんである。私も思わず目頭が熱くなった。

第3楽章アダージョ。素晴らしく美しい音楽だ。「第九が3楽章で終わってくれたら、どんなにか嬉しい」と言った人がいたそうだ。4楽章の合唱は例えようもなく偉大な音楽だが、第九全体から見れば異質とも感じられる。その点、3楽章はただただ美しく、「ベートーヴェンのアダージョで最も美しい」とか、「ベートーヴェンが書いた最美の音楽」ともいわれる。でも、私にとっては「世界で一番美しい音楽」なのである。

さて、我々合唱団の出番である第4楽章について。最終日はオペラシティ タケミツ・メモリアルホールであった。このホールの響きは素晴らしい。ピラミッドの内部のような構造で、ゲネプロの時は残響が大きすぎてビックリしたが、客席が満席になるとかなり落ち着き見事な響きになる。しかし、1600席とやや小ぶりなのと残響が豊かなので、強い音だと飽和状態になりやすいようだ。

そんなことも影響したのだろうか、コバケンの合唱団への指示を聞いて驚いた。一つはドッペル・フーガの後「R」の終結、ソリストの四重唱前の「liber Vater wohnen」の部分。wohnenをソプラノ以外のパートを「ハミング」で歌わせたのだ。コバケンはデューナミク(音の強弱)を大胆に表現するが、これは極致だ。確かに、父なる神が星空の彼方にいるに違いない・・・という願望と確信がこのハミングに託されているのだ。

もう一つ、第九のハイライトともいうべき威勢のいい「M」の部分(Freude schner Gotter funken・・・)を、なんと「イタリアの愛の歌」のように歌えというのだ。初日のサントリーの時から、「パッションが必要。しかし、大きな声はいらない。美しく深く豊かな声で・・・」とのダメだしがあったが、まさかMを愛の歌とは・・・・・。そして、コバケンは自らピアノのところに行って、有名なイタリア民謡「カタリ、カタリ」を弾きだしたのだ。そのピアノの上手なことといったら。

このことをフェイスブックに書いたら、2人の「顔友」から賛同のメッセージが届き嬉しくなった。1人は「ベートーヴェン自身が振ったならば、案外こういったタイプの演奏になっていたかもしれないなあと思ったりします。最後は、楽譜の呪縛から自由であることがとても重要です。」 そして、もう1人は「第九はやっぱり、愛の歌だと思います」と断言された。

そうか、第九=愛の歌 はおかしくないのか。そこで思い出したことがある。もう5年位前のことだろうか、鎌倉の市民合唱団で歌った第九。日本語の第九のことである。訳詩は歌謡界の大御所 なかにし礼である。彼の詩は、バス合唱の歌いだし「フロイデ」を「あい」と歌うのである。Mの部分を見てみよう。以下のようになる。

愛こそ歓喜にみちびく光

さえぎる苦難を越えて進まん

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そして、終演後の打ち上げ会でのコバケンの言葉。楽譜は単なる音符や記号の羅列でしかない。その行間、そこに作曲者のどのような思いが込められているのかを見つけるのが音楽家の仕事だと・・・・。まさに音楽は再現藝術であることを端的に語っている。先に紹介した顔友の言葉「楽譜の呪縛から自由であれ」とも通じるところがある。彼自身、この解釈はやりすぎではないかな・・・と思うことがあるという。しかし、これはベートーヴェンが許してくれるのではないか、否ベートーヴェンが求めているものに違いないという確信を持って指揮するのだという。

コバケンの第九は独特である。誤解を恐れずに言えば、ベートーヴェンの第九というより、コバケンの第九に近い。しかし、それは彼が何百回と第九を指揮してきたなかで醸成・熟成された解釈で、これをあれこれ評する意味は無に等しいと思う。それほどコバケンは第九を研究しつくし、それでも時に解釈に迷う時は「ベートーヴェンが現世に降りてきてくれないかと祈りを捧げる」という。一方でコバケンは「今日の演奏は、少しでもベートーヴェン(の理想に)に近づけたかもしれない」という謙虚な気持を常に忘れないのだ。まことに真に偉大な指揮者といえよう。

我々合唱団は、小林研一郎の指揮で第九が歌えて本当に幸せである。

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2011年12月26日 (月)

世界一演奏の難しい第九とは

25日、今年の第九の初日を歌った。コバケンこと小林研一郎指揮、日本フィルハーモニー、@サントリーホールである。

ご存知のように、日本ほど第九が愛され、数多く演奏される国はない。だから、日本のオーケストラ、日本人のソリスト、日本人の合唱が世界で最も上手い第九の組み合わせ・・・などといわれるほどである。中でもコバケンの演奏回数は推定だが500百回を超えてダントツなのではなかろうか。

ところが、コバケンの第九こそ、合唱を含む演奏者にとって最も演奏が難しい第九だと思うのだ。それは、コバケンの解釈がとても奥深いからだ。緩急自在のテンポの揺れ、デューナミクの振幅、歌詞の解釈などなど、どれをとっても良い意味で他の指揮者の追随を許さない。すなわち、演奏者に対する指示や期待のバーが高いのだ。日本フィルはプロだし何百回も一緒に演奏しているから、勘どころは押さえられるが、我々合唱団はアマチュアだから、付いてゆくのに必死である。

さて、今日の第九はどうだったのか。第一楽章から、実に心のこもった指揮ぶりで圧倒された。「炎のコバケン」という愛称もあるくらい、常に熱い指揮をするのだが、今日は格別に思い入れが強いような気がした。いつも発せられるうなり声が影を潜め、全身全霊を音楽に捧げるといわんばかりの、力の入った演奏であった。彼の第九はベートーヴェンの第九ではなく、コバケンの第九である・・・・などという人もいる。しかし、今日の演奏は、まるでベートーヴェンが彼に乗り移ったような、いやベートーヴェンとコバケンが一体化したような演奏ではなかったか。聴いていて思わず胸が熱くなる。我々自身が高揚してゆくのが自覚できる。合唱団の私の同僚は聴いていて「涙が出てきた」ともらしていた。

合唱の出来は歌っている本人にはなかなか分からない。ゲネプロで、コバケンから厳しい指示も飛んだが、本番は気持ちよく歌えたので、悪くはなかったはずだ。ただ、サントリーホールのP席で歌うと、指揮者との距離が遠いうえ、階段の傾斜がきついので、合唱としてのまとまりを取りにくいように思う。合唱にとって難しいホールなのだ。

26日は横浜みなとみらい、27日はオペラシティと三日連続で合唱を歌う。コバケンの思い描く第九の世界、ベートーヴェンが第九に託した思いに、一歩でも近づくころができるよう精進したいものだ。

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2011年12月22日 (木)

若手演奏家の熱演を聴く

今週、歌友のお嬢さんが出演するコンサートに行ってきた。

このブログでは、極力実名を避けるようにしているが、お嬢さんはプロだし差し支えないだろう。ヴァイオリニストの荒巻美沙子さんである。この春に藝大の修士課程を修了したばかりだから、まさに新進気鋭である。

曲目はシューベルトのVnとPfのソナチネ2番、ブラームスのVnソナタ一番「雨の歌」、フランクのVnソナタの三曲。ブラームスとフランクは私の大好きな曲で、古今のVnソナタの名曲中の名曲、かつ大曲である。熟練のプロをもってしても演奏には覚悟のいる二曲を新進の荒巻さんがどのように弾くのか、興味津々であった。

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驚いたことに、彼女は堂々と大曲を弾ききったのである。まず、音色が美しいことに惹かれた。演奏会場の「カワイ表参道 コンサートサロン」は収容100名程度のこじんまりしたホールで天井も低い。しかし、彼女は朗々とした音色で私を魅了した。高音の張り詰めた音色も美しいが、中低音のタップリとしたふくよかな音が魅力的である。

神経質に陥らない、思い切った弾きっぷりも見事。シューベルトのソナチネは演奏される機会は少ないのじゃないかな。以前、ヒンクと遠山慶子の演奏を聴いた記憶があるくらいだ。2番はシューベルトにしては珍しいほの暗い気分が漂う。半音階的な経過句があったりで、モーツアルト的な平明さの中に複雑な心情が覗く。荒巻さんの演奏は、出だしから「ハッシ」とばかりの気迫が感じられてひきつけられた。

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テクニック的にも優れているが、曲の全体感をよく把握できているように感じた。ブラームスでは、語りかけるような優しさが全曲を通じて表現されていた。フランクでは、彼の十八番である循環形式をとりながら、各楽章の性格が上手に描き出されていた。

もちろん、解釈やアーティキュレーションなどまだまだ経験を積まなければ到達できない山は大きい。聴衆をうならせるだけの個性と魅力を備えて欲しい。しかし、荒巻さんの演奏には、楽譜を演奏するのではなく、聴く人を惹き付ける somethingがあるのだと思う。将来が楽しみである。
ピアノの清田千絵さんも達者な奏者で、特にVnと対等な立場を求められるフランクでは、十分に自己主張が伺えた。

コンサート終了後、父上の荒巻さんにお礼を申し上げた。彼は本当に嬉しそうな顔を見せていた。おそらく、美沙子さん以上に緊張したのではないか。でも、演奏会が成功し、ほっとするとともに、いっぺんに喜びがこみ上げてきたに違いない。下のお嬢様も藝大でオーボエを専攻されているとのこと。かつて、お子さんと共演するのが夢と話していたことを思い出した。うらやましいな。

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コンサートの帰り、表参道のイルミネーションが、私の躍る心を一層華やかなものにしてくれた。

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2011年12月20日 (火)

カフェのヨハン・シュトラウス

土曜日の深夜にBSプレミアムで素敵な音楽番組をやっていた。

ウィーンの歴史的なカフェで、ヨハンシュトラウスの室内楽を聴くという趣向である。

まず、場所はカフェ「Sperl」(シュペール)。1880年の創業で、オーストリアの芸術家が屯していたことで有名なカフェである。なんともシックで落ち着いていて、古きよき時代のウィーンがここにある。今にもシュトラウスがドアを開けて入ってきそうな雰囲気である。

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そして音楽。まてよ、シュトラウスが室内楽を作曲したっけ?と首をひねる御仁もおられようが、彼の名曲を室内楽に編曲したものである。しかも、編曲者が凄い。シェーンベルク、ベルク、ウェーベルンという現代音楽(12音階)の創始者たちなのだ。実は、彼らの編曲によるシュトラウスは結構有名でコンサートで取り上げられたりCDも出ている(私が持っているのはボストンシンフォニーのメンバーによるもの)。

なぜバリバリの現代音楽作曲家が通俗的なシュトラウスの音楽を編曲したのか?理由の一つは、シュトラウスの音楽が時代を問わず誰からも愛されているからだろう。もう一つは、これは請け売りなのだが、シェーンベルクが会長を務めていた「ウィーン私的演奏協会」のなりたちである。もともとこの協会は現代音楽の普及のために設立され、大編成の管弦楽曲を室内楽の編成で聴かせていた。ところが、折からのインフレで協会の運営が危機に瀕し、財源確保のために特別演奏会という形でシュトラウスのワルツが演奏されたらしい(一説には、シューベルトの冬の旅の演奏会がキャンセルになりピンチヒッターとしてこの演奏会が催されたとも)。背に腹はかえられないということか。

しかし見逃せないのは、シェーンベルクが弟子であるベルクやウェーベルンに編曲を通じて音楽教育を施していたということである。編成は弦楽四重奏にピアノ、ハルモニウム、フルート、クラリネットという奇をてらわない室内楽編成であるが、編曲自体かなり凝ったつくりになっている。でも、シュトラウスはシュトラウス。どんな形でも親しみやすく楽しい。

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しかも演奏はウィーンフィルのメンバーときたら、この上何を望むことがあろうか。曲、演奏、そして場所(カフェ)とまさに三拍子揃った音楽・映像なのである。曲をご紹介すると、シェーンベルクは「皇帝円舞曲」「南国のバラ」。彼の高弟である2人は、ウェーベルンが「私の恋人」、ベルクが「酒、女、歌」。

朋友であり、フェイスブックの顔友であるムッシュー一夫にすぐさまこの放映を連絡した。ムッシューは、自らあちらこちらで触れ回っているように、アルバン・ベルク協会の監事なのでありますから(ですからこのブログでも彼の肩書きを大いにPRさせていただきます)。しかし、ムッシューは放映に間に合わなかったと悔しがっておりました。ベルクの編曲は「酒、女、歌」・・・・ムッシュー一夫にピッタリの曲だったのに(笑)。

◇ザ・フィルハーモニックス イン・ウィンナ・カフェ
~シェーンベルク、ベルク、ウェーベルン編曲によるワルツ集~
1:00:00~2:08:30

<曲 目>
皇帝円舞曲(ヨハン・シュトラウス作曲 シェーンベルク編曲)
ウィーン風小行進曲(クライスラー作曲)
ワルツ「わたしの恋人」(ヨハン・シュトラウス作曲 ウェーベルン編曲)
ワルツ「南国のばら」(ヨハン・シュトラウス作曲 シェーンベルク編曲)
美しいロスマリン(クライスラー作曲)
ウィーン奇想曲(クライスラー作曲)
ワルツ「酒、女、歌」(ヨハン・シュトラウス作曲 ベルク編曲)
イデッシュ・マム(ティボール・コヴァチ作曲)
入り江のワルツ(ヨハン・シュトラウス作曲 シェーンベルク編曲)
なつかしいウィーン(ゴドフスキ作曲)

<演 奏>
ザ・フィルハーモニックス


収 録:2011年3月9日
カフェ・シュパール(ウィーン)

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2011年12月15日 (木)

今年初めての第九!

今年初めての第九・・・・歌ったのではなく、聴きに行った。

合唱を始めてこの方、第九とは歌うもので聴くものではないという思い込みがあるが、今回は歌友が合唱で出演するので、久しぶりに聴く側に回った。演奏は熊谷弘指揮 グレイトアーティスツ・イン・ジャパン・シンフォニーオーケストラ 合唱は東京混声合唱団+第九を歌う会 という顔ぶれである(ソリストは省略)。@東京文化会館。

このコンサートは、熊谷弘が「第九と皇帝」というイベントを企画、今年が31回目になる大変な年末長寿演奏会である。熊谷自身も御歳79歳と高齢で、日本の指揮者としては最長老の部類に入るだろう。いずれも大曲である皇帝と第九を振るわけだから、ちょっと体力を心配していたが最後まで雄弁に振り切り、心配は杞憂に終わった。

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ただ、歳のせいなのか、もともとなのかは分からぬが、指揮棒の打点がやや不明確なうえ、操り人形のような指揮ぶりなので、演奏者はさぞや緊張を強いられたに違いない。もっとも、かの有名なフルトヴェングラーも「操り人形」と形容され、アインザッツがなんとも不明瞭で、その緊張感が名演を生んだと伝えられるのだから、一概に不味いとは言えまい。

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熊谷が紡ぎだす音楽は、一言でいうと優しさ。悠々としていて慈愛に満ちている。熊谷の人間性がなせる業だろう。このため、第九では第三楽章が一番楽しめた。特にバイオリンパートの愛しむような美音が素晴らしい。説明が後になったが、このグレイト・・・・・というオケは、在京の腕っこき奏者を集めた臨時編成の楽団である。顔と出演表を見る限りではN響が圧倒的に多いようだ。例えば、コンサートマスターはこれまたN響コンマスの山口浩之、フルートの神田寛明、トランペットの関山幸弘、ホルンの今井仁志などN響の現役トップだし、他の首席奏者も名だたるプレイヤーだ。最初は、アンサンブルにもイマイチ感はあったが、楽章が進むにつれて素晴らしいハーモニーになってきた。

さて、第九といえば合唱の第四楽章である。客席で聴いていても、思わず身体が揺れ、歌いだしたい気持でいっぱいだった。まずアマチュア合唱団は約200名の大群で、半年前から練習に励んできた。そこに、プロの東京混声が加わるのだから、大変な迫力である。特に男声が素晴らしく立派であった。女声は響はきれいなのだが声量が不足気味で、やや不安定。これは私の聴く位置が12列と前過ぎたことがあるかもしれない。しかし、女声の最大の難所である「uber sternen ・・・」やドッペリフーガなど要所は大変立派であった。惜しむらくは、アマチュアの至らないところなのだが、「笑顔」が少なかったこと。折角の歓喜の歌なのだから、晴れ晴れと歌ってこそである。

ソリストはアルト以外やや声量不足。これも、私の席の位置のせいかもしれない。面白かったのは、東京混声に「楽太郎」がいたこと。楽太郎とは・・・・本名が思い出せないのだが・・・・丸の内合唱団の第九でソリストとして歌ったテノール歌手で、顔が似ているので口の悪いメンバーが「楽太郎」と呼んだのである。でも、こうして知った顔に出会うのは大変嬉しいことだ。

やはり第九は聴くのではなく、歌う曲だなと思いつつ、上野の森を後にした。

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2011年12月13日 (火)

鳥肌のたつ演奏会!

先週土曜日、鳥肌のたつ演奏を聴いた。

歌友がメンバーである「SINGS」という混声合唱団のクリスマスコンサート。場所は渋谷の東京山手教会だった。

渋谷の山手教会というと、我々の年代は教会地下にあった「渋谷ジァン・ジァン」を思い出す。いわるるアングラの劇場で前衛劇を盛んにやっていた。私は観にいったことは無いのだが、それほど有名だった。いまは、カフェMIYAMAになっている。

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閑話休題。この教会は、「1000人会堂」とも呼ばれる収容力があるらしいが、椅子席は300人程度か。こじんまりとした可愛い教会である。プロテスタント(日本基督教団)なので、装飾は無いに等しく、祭壇中央に黒の十字架が立っているのみである。ただ、天上がかなり高いため、残響は非常に心地よい。渋谷というと雑踏がいやで、私にとってできれば避けたい街なのだが、こんなところに心の安らぐ場所があるのは救いである。

しかし、冬の教会は寒い。ダウンコートを着ていったのだが、寄せ来る寒気に身体の芯から冷えた。暖房も入っているのだろうが、建物自体がコンクリ造りのうえ、コーラスが入退場する際に背面の扉が開いて、寒気がどっと入ってくる。「歓喜の歌」はいいけれど、「寒気の歌」はごめんだ。まさに、鳥肌がたつコンサートだったのだ。

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SINGSはパンフレットによれば、「好きな歌を好きなだけ、シンプルにかつ楽しく、そしてやっぱり上手に歌いたい・・・」こうした想いをもとに、演奏会を企画し、終了後は解散するという独特の形態の合唱団である。今回のコンサートも練習を始めたのが半年ばかり前との説明だったが、演奏はとても満足の行くものだった。テンポラリーな活動だが、メンバー一人ひとりの技量が確りしているからだろう。

http://music.geocities.jp/ensemble_sings/2011.htm

コンサートの曲目・プロフィールなどは上記のHPをご覧いただきたい。第一曲から、ハーモニーの素晴らしさに圧倒された。周到に各声部が積み重なり、ピアノからフォルテまでのデューナミクも非常にうまくコントロールされている。掛け値なしに実際「鳥肌のたつ」演奏であった。指導者の小林香太の力量も優れているのであろう。

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特に第一部が秀逸。曲も素晴らしいのだ。「祈りを歌う」と題されていたが、北欧の現代作曲家による「詩篇」や「福音書」をテクストとした作品や、あるいはバッハの「カンタータ」を主題にした合唱曲。どれもが、シンプルなメロディラインをベースに、声部の目のつんだテクスチェアがとても美しい。北欧の澄んだ空気を感じるし、まるでダイヤモンドダストを浴びているような感覚さえする。各声部よく訓練されているが、特にテノールの弱音の美しさには感心した。ソプラノの声の伸びも綺麗だ。

第二部のアラカルトを経て、第三部はクリスマスキャロル。キャロルも有名曲ばかりではなく、本当に歌いたい美しい曲をチョイスしてある。そして、締めがヘンデルのメサイアの終曲、Worthy is the lamからアーメンコーラスへ。私も丸の内合唱団の定期で歌ったが、教会という環境のよさもあるにせよ、上手い合唱団が歌うと違いは歴然と思い知らされた。

今年も良いクリスマスが迎えられそうである。

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2011年12月 7日 (水)

二つの蝶々夫人

立て続けに蝶々夫人のTV番組を観た。

ひとつはドラマ、もうひとつはドキュメンタリーである。不思議なことに二つの番組は同じ主題を扱っていた。同じ主題とは、日本人としての誇りであり武士道精神(士風)である。感想を書いてみたい。

ドラマの「蝶々さん」は~最後の武士の娘~という副題が付くNHK土曜ドラマで、2週にわたって放映された。市川森一による小説「蝶々さん」が原作で、脚本も彼が担当している。市川は長崎県生まれで、蝶々夫人には思い入れも強いのだろうが、ドラマは素晴らしい出来であった。

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「蝶々夫人」はプッチーニがオペラ化して世界的に有名になった(悲)歌劇である。もちろんプッチーニは日本に来たことはないし、日本の文化や音楽について色々資料収集をしたらしいが限界がある。ましてや、日本人の精神性などわかろうはずもない・・・・と考えるべきであろう。当時ヨーロッパで人気のあったオリエンタリズム、東洋趣味を利用して、自害に至る狂女の悲劇を描いた。そのため、逆に我々日本人から見ると、なんとなく違和感を感じることが多い。

原作の市川は、こうした違和感を自らが問い、武士の娘で、懐剣で自害するという行為を「士風の美」として描き直したかったと述懐している。武士の娘としての「誇り」を手放すことなく、美しく生きることに命を賭した女性として描かれているのだ。日本人として、日本人のための「蝶々夫人」を再構築したともいえよう。蝶々の自害の場面は、私を含め多くの視聴者の袖を絞ったに違いない。悲劇ではあるが、美しく潔い、むしろ清々しいのだ。かつて祖母が蝶々に伝えた言葉「武士の自害とは自らを罰することでも、敗北でもない。誇りの証である。」がズシリと胸を打つ。

このドラマが感動を呼ぶのは、主演の宮崎あおいによるところ大である。彼女は、NHK朝ドラの「純情きらり」からのファンで、若いのにいい役者だなと思っていたら、大河ドラマ「篤姫」に抜擢され、大変な逸材であることが実証された。そして、三年ぶりのドラマ主演である。ピュアでどこまでもまっすぐ。動じない強い心を持つ・・・名演技という言葉では片付けられない、天性の才能があるような気がする。今年の大河ドラマの主役とは月とすっぽん。市川も原作の時から「宮崎あおいを当て込んで」書いたというから、まさに彼女以上の配役は無い。

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エンディングもなかなか洒落たつくりである。物語はかつて蝶々に思いを寄せた伊作が、老年になってからオペラ「蝶々夫人」を観るという場面から始まる。そこへ二世の青年ジョーが現れ、伊作が問わず語りに蝶々夫人の物語を回想してゆく入れ子構造。オペラが終わって伊作とジョーが会話をしていくうちに、ジョーが「葉隠」の一節を説く場面で・・・・ジョーが蝶々とアメリカ海軍士官の子供であることが視聴者に分かるのだ(ドラマでははっきり説明されないが)。そして、ジョーは蝶々の潔く生きた生涯を聞いて感動しつつ去ってゆく・・・・・。この場面が、蝶々の最期の悲しみを救い、「士風」が次世代に伝わっていることを明らかにするのだ。

一つだけ難癖をつけるとすれば、蝶々さんの愛読書が「学問のすすめ」「葉隠」というのは安易過ぎないか。

さて、もう一つの蝶々夫人。わが国バス歌手の大御所、岡村喬夫「新演出」の蝶々夫人である。この番組はオペラではなくドキュメンタリー。イタリアのプッチーニフェスティバルに招待され、新演出であるが故の、アクシデントや苦闘を描く番組。副題が「岡村喬夫80歳イタリアへの挑戦」。見ごたえ十分である。

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逆になったが、タイトルは「蝶々夫人は悲劇ではない」。どうです?上記のドラマとテーマが似ているでしょ。NHKが同じテーマに無理やり持っていった気もしなくは無いが、基本的には市川と岡村の発想は同じなのだと思う。

もともと岡村は、オペラ蝶々夫人に大きな違和感を感じていた。それは日本人としての恥ずかしさでもあったらしい。たとえば、オマーラという地名が出てくるが、これは「大村」。また、「カミサルンダシーコ」という謎の言葉。これは「猿田彦の神」の事らしい・・・などなど。演出も坊主がちょんまげを結ってでてくるなど、日本人が観たら腰を抜かすほどらしい。

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まあ、こうした文化の誤解は、サリヴァンの喜歌劇「ミカド」などは論外だとしても、当時は仕方が無いこと。それを、史実に沿って直すのは意味のあることだし、日本人にしか出来ないことである。もっとも、訂正したからといって、外国人から見ると大して意味を持たないのだろうと思うが。

より、大事なのは岡村も「蝶々夫人は悲劇ではない」と言い切っていることだ。象徴的なのは、結末で蝶々が自害してから、女中のスズキまで自害して果てる新演出だ。ここは見逃せない。岡村は、武士道という言葉こそ使わないが、自害に至ったのは本能的な狂気の行動ではなく、日本人としての高貴な行動である。理性的な、自覚的な行動なのだであると言う。自害するのはプライドからであって、悲劇ではないのだという。スズキが蝶々の後追いをするのも、主従の関係にあってもプライドが尊ばれるからなのである。

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日本人の手によるドラマとオペラ「蝶々夫人」の再構築。そのテーマが共通するのは必然かもしれない。私はこう思う。国際社会の中で、日本のおかれている状況の厳しさ。それを認識した上で日本人としての誇りを呼び戻すことがなによりも重要であることを。そして、悲劇を希望につなげられるように力を尽くすことを。それを今回の蝶々夫人は示唆しているのだ。

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2011年12月 4日 (日)

フランツ・シュミットを聴く

新日本フィルの定期でシュミットの交響曲第二番を聴いた。

フランツ・シュミットは日本では殆どなじみが無い。指揮者のアルミンク&新日フィルにとっては、一昨年のオラトリオ「7つの封印を有する書」に続く第二弾であり、私にとっても耳にするのは二回目のことだ。このオラトリオはキリスト教にとっての終末の書である「ヨハネの黙示録」を題材にとっていて、なんともおどろおどろしいスペクタクルだったように記憶している。

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シュミットは世紀末オーストリーの作曲家で、マーラーやR・シュトラウスよりもやや後の世代に属する。12音技法を編み出したシェーンベルクと同じ年であるが、現代音楽の方向へは進まず、後期ロマン派の末裔でありつつもユニークな音楽性を放っている。今回のシンフォニーも大作であり、非常にロマンチックな音楽であるが、和声の複雑さなどは独特の味わいだ。

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一時、「マーラーのライバル」とも言われていたようだが、日本で(あるいは西欧で)人気が出ないのは何故だろうか。いくら言葉を連ねても、百聞は一聴にしかず・・・・であるが、誤解を恐れずに言えば、マーラーほど感情過多ではなく、シュトラウスよりも通俗的ではない・・・といったら、この2人に較べると人気が無いのをなんとなく理解していただけるだろうか。

ただ、こうした比較をせずとも、立派な音楽が鳴っていた。そして意外と親しみやすい。三楽章形式で、約50分の大作。第一楽章はクラリネットと第二!!バイオリンによる擬バロック的(解説書から)な主題が展開される。第二楽章は民謡風と思しき主題と10の変奏曲。木管の合奏がとても美しいが、やや冗長。最終楽章は明らかにコラールと思われる旋律が対位法的に果てしなく続いてゆく。

編成は同時代作曲家の例に漏れず大編成。トランペット5本(うちアシスト1)、ホルン8本、クラリネットも5本。全体的にはかなり厚化粧で、各パートがこれでもかとタップリ歌うのだが、リズムや和声が複雑に書かれているから、演奏にはかなりの困難が伴うだろう。木管が心地よくメロディを吹く場面があるかと思うと、金管が暴力的に総奏するなど起伏に富んでいる。

アルミンクは自国オーストリーの作曲家を採り上げたい気持があったにちがいないが、この曲をレパートリーに加えたことを自体を評価したいし、隠れたる名曲を世に出したことには感謝したい。新日フィルも良くその任を果たし、素晴らしい演奏を聴かせてくれた。

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2011年12月 1日 (木)

最古のビッグバンド健在

先日、オカムラさんのご招待でジャズを聴きに行った@文京シビックホール。

オカムラは毎年お得意先を招待してコンサートを開いている。昨年は前の会社でご招待いただき、「高嶋ちさ子と12人のヴァイオリニスト」を聴いた。今年は今いる会社でも幸運にもチケットが回ってきたのだ。

今回は「阿川泰子with森寿男&ブルーコーツ」でゲストが日野皓正。往年の、そして現役の名手達である。阿川泰子は置いておくとして、この日はビッグバンドを堪能することが出来た。

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若いかたはビッグバンド what?かもしれない。読んで字の如しだが、大編成のジャズバンドのことで、各4人程度のサックス、トロンボーン、トランペットなどのホーンセクションを中心にピアノ、ベース、ドラムスを加えた総勢17名前後の編成(フルバンド)になることが多い。1930年代以降のスイングジャズを中心に演奏するのだが、迫力満点で、また懐かしいサウンドが繰り広げられる。

わが国でも、かつては小野満とスイングビーバーズ、原信夫とシャープス&フラッツ、宮間利之とニューハード・オーケストラなどがテレビの歌番組でも出演していた。時代が下ると、私の好きな「天才」前田憲男とウインドブレイカーズがある。しかし、これらのビッグバンドは時代の要請にそぐわなくなり、またリーダーの代替わりなどで消えゆく道を歩んでいる。

そうした意味で、ブルーコーツはスタートが1946年の最古参バンドで、現在まで生き残り、立派な活動を続けているのだから素晴らしいことだ。リーダー(指揮者)の森寿男は三代目。題名の無い音楽会の創始者である黛敏郎が藝大在学中にこのバンドでピアノを弾いていたり、現リーダーの森も同じく藝大でトランペットを吹いていた時からバンドに加わったというから、さすが品格を感じさせる演奏である。森は間もなく御歳80歳にもなるという大御所で、足取りもややおぼつかなく、指揮をしているのかいなのか分からない(笑)のだが、リードするところはビシッと決めるのは流石だ。

コンサートは二部構成で、第一部は阿川のMoonlight Serenadeに始まって、ブルーコーツの演奏が中心。in The Mood , Mack The Knife, Sing Sing Singなど名曲が目白押し。森の年齢の話をしたが、メンバーも白髪の初老が中心で高齢化は否めない。反面、練れた円熟味のあるハーモニーは悠々としていて胸に迫る。もちろん、迫力もまだまだ健在である。驚いたのはゲストの日野皓正。間もなく70歳になるのだが、モダーンでパワフルな演奏は圧倒的である。特に切り裂くよなハイノートには全く年齢を感じさせない。

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第二部は阿川のヴォーカルをフィーチャーしたスタンダードナンバー。Take the A Train, Satin Doll, Sophisticaed Lady, Solitudeなどデューク・エリントンの名曲がずらり。こうしてみると、エリントンって凄いなあ。阿川も60歳だ。若い頃は下手だのなんだのと言われたが(失礼!)、齢を重ねていいジャズシンガーになった。

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そして、この日のトリの曲は、ガーシュウィン兄弟の佳曲Love is Here to Stay。映画「巴里のアメリカ人」でも使われ有名になった。実は、私の最も好きなジャズヴォーカル曲なのだ。どこへいっても、たいていこの曲をリクエストする。この曲がトリに歌われたのも不思議な縁を感じた。

参考までに歌詞を添えよう。

「私たちの恋は永遠に。ラジオや電話、映画はひと時のもので時は流れさる。だが、私たちの恋は永遠だ。ロッキー山脈は崩れ、ジブラルタル海峡がひっくり返っても、私たちの恋はここにある・・・・・・・。」

まずは、エラ・フィッツジェラルドの味わい深いバラードで。http://www.youtube.com/watch?v=at3DdAQseGs

対照的な、ダイナ・ワシントンのダイナミックな歌。

http://www.youtube.com/watch?v=IznqcHMVA6o&feature=related

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